勝手なゴエモン
握手をかわしたゴエモンを間近で見ると、とても面白い顔の形をしていた。
山とも言えるし、おにぎりとも言えるその形はとても個性的だった。
そんなゴエモンは脇道から大通りに戻ると、早速自分の荷物を置いた場所に走り、ガソゴソと大きなバッグから変わった服とズボンを持ってきた。
「私のお古になりまもうすけど、ぜひ使ってでもうす」
「おぉ、助かるよ」
股下が破けたピエロの服の代わりとして渡されたので、俺はありがたく受け取った。
ゴエモンの言うお古の服を広げてみると、真っ黒な服だった。
あとズボンも‥‥‥これもまた真っ黒だった。
これを着れば、黒装束の男になれるだろう。
「何でこんなに黒いんだ?」
あまりにも真っ黒な服なので、思わず聞いてみた。
「実は私、以前は黒衣をやっておりもうして。あいや、今で黒子という名のほうがわかりやすいでもうすかな」
「あー黒子かぁ」
黒子は、黒装束を身に着けた舞台の裏方で働く人達だ。
お仕事としては、主に舞台道具の移動や舞台に立つ芸人達の補佐をしていると聞いたことがある。
「えぇ、私はある有名な大道芸人に弟子入りをして、我が師匠から技を見て学ぶため、黒子になったでもうす。その時に来ていた服になりもうす」
「へぇ、それは‥‥‥いいのか? 大事な服なんじゃないか?」
「いえいえ、たしかに愛着はありますが、私はもう着る事がなくなりもうした。なのでぜひ、服を必要とするロジックさんが使ってくだせい」
そう言われると、着なくちゃいけないという使命感にかられるじゃないか。
「じゃあ、ありがたく着させてもらうわ」
一応、俺はこの黒い服とズボン‥‥‥黒子の服を着ることにした。
そう、一応‥‥‥今だけ。
なぜなら、ゴエモンはこの黒子の服を愛着があるだけと言っていたけど、大切そうに黒子の服を持っていた。
なんだかんだ言って、大事な物なのだろう。
だから俺は、この後どこかの服屋でピエロの服を買ったら返そうと思った。
「えっと、この着かたでいいのかな?」
「そうでもうすね。後は帯で締めればいいでもうす」
俺は、ゴエモンに服の着かたを教えてもらいながら、黒装束の男になっていった。
「ははっ、なんだか変わった匂いがするな」
黒子の服を身に付けると、香りが漂ってきた。
俺はその匂いを確かめるために、スーッと勢いよく鼻で吸った。
すると何と言うか、い草のような、それでいて少し酸っぱいようなぁ‥‥‥そんな匂いがした。
多分、ゴエモンの故郷メントシア特有の香りなのだろう。
「それは、数十年も洗ってませんでもうすからなぁ。はっはっは」
「げぇ!!」
吐き気がした。
何の匂いがわかってしまうと、たまらなく臭く感じた。
「血と汗としょんべんがびっしりこびり付いた青春の服でもうす」
「ちょ、洗えよ!!」
俺はこの黒子の服を着て心底後悔した。
速く脱ぎたくて仕方がなかった。
「はぁ‥‥‥それじゃ、俺ちょっと行く所あるから、ゴエモンさんまたな」
俺は急いで服を買いに行こうと思い、ゴエモンに別れを告げた。
なんだけど‥‥‥。
「あ、ロジックさん。私もついて行っていいでもうすか? さすがにここで演技する気持ちがなえもうしたし、せっかく出来た友人ともっと語り合いたいでもうす」
なんだか、いつのまにか友人になっていた。
‥‥‥まぁ、いいんだけどね。
だが、ついて来るとなるとなんだか服が買いづらい。困ったな。
そう思っていると、ゴエモンは俺の返事を聞かずに荷物を風呂敷でまとめて、それを背中に担いでいた。
完全について来る気まんまんである。
「まぁ‥‥‥いっか」
黒子の服を返すのに、ゴエモンを探す手間が省けたと考えればいいかと思った。
「さぁ、用意はできもうした。行きましょう!!」
「あぁ」
こうして俺とゴエモンは大通りを歩いていった。
「それにしても、最近町の雰囲気が物々しいでもうすな」
「ん? あぁ、たしかにそうだな」
周りを見渡してみると、武装をした冒険者達や町の自警団の人達を多く見かけた。
以前までは商人達や観光客らでこの大通り埋め尽くしていたのだけど、今ではそういった人達ばかりしか見かけなくなった。
「なんだか劇的に変わったなぁ。少し前まではこんな雰囲気じゃなかったんだけどなぁ」
でもそれは仕方ない事かもしれない。
町の外には危険な魔物が出現するようになったし、そしてなにより今バーミリオン王国は魔王軍が攻め込んできているのだから。
「そういえば、町の人達があまり見かけないでもうすね‥‥‥逃げ出したでもうすか?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
色んな情報が入ってくる酒場に勤めているマリーからはそんな話を聞いたことがない。
たしかに、不安に陥っている人達が多いとは聞いたけど、逃げ出したといった話は聞いていない。
いや、そういえば‥‥‥隣のマルトロン神国に逃げようかと言ってた人がいたっけな。
「私の故郷ではバーミリオン王国がいよいよ危ないとは聞いていたでもうす。王国の人達が不安に駆られて心に余裕がないと聞いているでもうす。だから私は自分の芸でもって、そんな彼らの心に少しでも楽しみや安らぎをもたらしたくて来たのですが‥‥‥どうやらまだまだ実力不足でもうした。」
「‥‥‥」
ゴエモンの演技を見るに、なかなか芸達者だった。
通行人らが見てくれれば、ちゃんと楽しめただろう。
だがそんな演技を見る人達はほとんどいなかった。
思えば歩いている人達は皆、何かせっぱつまった様な、余裕のない表情をして歩いていた。
「余裕がない‥‥‥か。‥‥‥ん?」
「おや、何か騒がしいでもうすね」
何やら泣き声や怒声といったざわめきが聞こえてきた。
聞こえてくる場所は、すぐ近くにある大きな建物からだった。
その建物の看板を見ると剣の紋章とバンダイ支部と書かれていた。
剣の紋章といえば‥‥‥。
「ああ、冒険者組合か。どうしたんだろう?」
「ここまで聞こえてくるのですから、何かあったのでもうすね。見に行ってみるでもうすか?」
冒険者組合からこのような大きな声が聞えてくるといったら、大抵は大事だったりする。
冒険者の有名人が殺されたとか、大勢の人が行方不明になったとか、大物の魔物が現れたとか‥‥‥もしかしたら魔王軍がこの町に攻め入ろうとしているとか。
そういえば‥‥‥あの兄妹が話してくれたあれはどうなっただろうか。
近くの森で行方不明になった冒険者達を救助すべく、新たに冒険者達を向かわせたという話。
たしか、向かわせた冒険者達の中には兄妹の父親がいるとか。
「気になるし、ちょっと寄ってみるか」
野次馬根性丸出しの感じにはなるのだけど、色々と気にもなったので冒険者組合に向けて歩き出した。
そして、入り口付近までくると騒いでいる人達の声が明瞭に聞こえてきた。
「誰も帰って来ないってどういうことだ!!」
「私の夫はどうなっているのですか!」
「20人も送ったんだから、なにかしらの情報があるだろう! いったい何があったんだ!」
話を聞くに‥‥‥詳しくは分からないけど、やっぱり何か大事があったようだ。
中を覗いてみると、受付の周りに人だかりが出来ていた。
子供からお年寄り、幅広い人達が受付に立っている女性に怒鳴り散らしていた。
「ここも物々しい様子でもうすね。やっぱり何かあったでもうすね」
「うーん、もしかして‥‥‥」
もしかして、新たに向かわせた冒険者達がまた行方不明になった、とかだったりして。
まさにミイラとりがミイラになった‥‥‥といった感じにだ。
「いやいや、さすがにそんなことはないか」
「わかったでもうすか?」
「いや、何にもわからん。ちょっと聞いてみようか」
詳しい事情が知りたくて、近くに立っている人に話かけようとした。
その直後、受付辺りにいた2人の子供が泣きながら弾丸の様に走って、なぜか俺の腹に突っ込んできた。
「おごごっ‥‥‥」
俺はくの字ように体を曲げた。
突っ込んできた子供の頭は丁度みぞうちに入ったので悶絶した。
「だ、大丈夫でもうすか?」
「お、おう。だいじょうぶ」
いったいどんな子供が俺の腹に突っ込んできたのかと思い見てみると‥‥‥知っている子供らだった。
「入り口で立ち止まらないでください」
「邪魔ぁー。立ち止まらないの」
俺がよく出会うあの兄妹だった。
ちなみに名前はあえて聞いていない。
名前を聞くと毎日のように会いにきそうだったので。
「あっ、ピエロのおじさん」
「おじさん‥‥‥真っ黒。すっごく変」
目を真っ赤に腫らした兄妹は、俺のに指をさした。
ついでに服の色も指摘した、
「あー、これは黒子の服なんだぜ。横のお兄さんから貸してもらったんだけど似合ってないかな?」
「そんな事どうでもいいです」
「どうでもいいの!」
「あ、そうですか‥‥‥」
思わず心の中でしょんぼりとしてしまう。
「それより、助けてください!!」
「助けて!」
「えっ」
兄妹のいきなりの言葉に思わず驚いた。
そして、もしかしたら‥‥‥と考えていた事が本当に起きてしまったのではないかと思った。
「お父さん帰って来ないのか?」
「うん、森に入って行方不明になったって」
「お父さんと一緒に行った友達も帰って来ないの」
友達というのは多分、この兄妹のお父さんの冒険者仲間の事だろう。
「僕達は森に行ってお父さんを探しに行きたいです。でも‥‥‥僕達はまだ子供だから戦う力がない」
「戦えないの」
「だから、お願いです。お父さんを助けてください!」
「助けて!!」
兄妹は真剣な眼差しをしながら俺に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待った。俺はしがないピエロ。単なる芸人さんだ。こういった事は頼りがいのある冒険者にお願いするのが一番だ」
「ピエロのおじさん。魔法使いなんでしょう。魔法使いはすごく強いとお父さんから聞きました」
「そもそもおじさん最近ピエロしてないの。いつも魔法で遊んでるの」
た、たしかに言われてみると最近演技してないし見世物もしてない。
魔法の訓練ばかりしていたので、ある意味本業を疎かにしている。
「ちゃんと報酬を出します。お願いしますピエロのおじさん!」
「お願いします!」
「むぅ」
どうしたものか。とても断りづらいぞ。
そもそもだ、俺の魔法は別段戦うためのものではなく、演技や演出に使うための魔法だ。
バリバリの戦闘をこなす攻撃特化型の魔法使いとは大きく違うのだ。
俺はどう断ったらいいかと困っていると、ゴエモンが俺の肩に手を乗せてニコリと微笑んだ。
そして兄妹に顔を向けて俺の背中をバシバシと叩きながら言った。
「はっはっは。そこの子供達、安心するでもうすよ。ロジックさん‥‥‥じゃなくて、ピエロのおじさんならやってくれるでもうすよ」
「ホントですか! ありがとうございますピエロのおじさん!!」
「ありがとうなの!!」
「ちょ、ちょっと待った」
なぜか勝手に話が進もうとしているので、すぐ待ったをかけた。
ていうかゴエモン、あんた勝手に何てこと言ってくれるんだ!!
「お母さん!! お父さん探してくれる人見つけたよ!!」
「見つけたの!」
そんな俺の言葉など聞こえてないかのように、兄妹は受付の方に振り向き、椅子の座って俯いている母親に大声をかけた。
そう、大きな声を出したのだ。
すると兄妹の母親らしき人物がこちらに振り向いた。
ついでに、受付の周りで騒がしくしている人らもこちらに振り向いた。
「まぁ!!」
兄妹の母親が立ち上がり、俺の前へとやってきた。
そして俺の手をぎゅっと掴んでお願いしてきた。
「貴方が誰だか知りませんけど。お願いします。どうかあの人を見つけてください」
俺は額に一滴の汗が流れた。
とっても断りづらい雰囲気が出来ているので、どうしたらいいものかと悩んでしまった。
危険な所に行きたくない、だが断りづらい。
そもそもだ、複数の‥‥‥しかも優秀な冒険者達が行方不明になっている問題を、俺がたった1人で解決できるはずもない。
この親子らには落胆させてしまうかもしれないけど、やはり断ろう。
無理なものは無理なのだ。仕方ない物は‥‥‥仕方ないのだ。
「奥さん、お任せてでもうすよ! さぁさぁ皆さま、ここにいる黒い服を着たピエロと、この私大道芸人のゴエモンがこの事件解決して見せましょう!!」
まるで舞台の上で口上するがの如く、周りに聞こえるように声を張り上げた。
「うぉぉい、勝手に何言っての!!」
ゴエモンが勝手に兄妹の母親の願いを了承し、しかもそれを大きな声で事件解決すると宣言してしまった。
すると、そんな声を聞いた受付にいた大勢の人達が俺達の方に集まりだした。
というか俺達を囲んだ。まるで逃がさないと言わんばかりに厚く囲まれた。
「なんだって!!」
「ほう、お前行くのか!」
「なんだか、頼りなさそうだが‥‥‥大丈夫かのぉ」
「貴方の服変な匂いがするわ」
汗がだらだらと出る。もはや断れる状況ではなくなってしまった。
まさに、どうしてこうなった‥‥‥といった感じだ。
いや、すべてゴエモンのせいだった。
勝手に適当な事を話すこいつのせいだ。
俺はゴエモンに対して、よくもやってくれたなと非難する目で見た。
だが、ゴエモンはそんな俺を見てニコリと微笑み、グッっと親指を突き出した。
くっ、こいつー!!
久々に苛立った。この苛立ちは何年振りだろうか。
そんな気持ちが湧き出ていると、冒険者組合受付の女性までもが俺達の所にやってきた。
「助かりました。これほどの大事になると、誰も依頼を受けてくれませので正直困っていました。それで、あの調査だけでいいのでお願いできますか? どのような情報でもいいので、手に入れて来てもらえれば助かります。出来れば救助もお願いいたします。」
まじで勘弁してほしかった。
今の状況からして、調査だけでも危険だという事がなんとなく分かった。
なにせ誰1人として森の中から帰って来ないというのだから。
もちろん救助なんてもってのほかだ。
でも、今ここで断ったら、それはそれで危険な感じがする。
なぜなら、周りにいる人の目が血走っているからだ。
「やるでもうす!!」
またなぜかゴエモンが答えた。
すると周りの人達は血走った眼でジロリとゴエモン‥‥‥ではなく俺を見る。
何故か俺を見る。何故かだ。
「‥‥‥」
俺は周りからの期待を寄せる熱い視線に晒されながら「‥‥‥はい」と諦めたように頷いた。




