ためしの日常
「もっと細くじゃ、もっと」
「むぅ、こうか。いや、こうかな」
パスと呼ばれる魔力の糸。その糸を細くする方法はまさに感覚で行っていくものだった。
まずその方法は、パスに送る魔力を少しづつ、ゆっくりと減らして細くしていき、最適の魔力量を感覚で覚えていくというやり方だ。
だがこの方法は、感覚を覚えるのに何度も試しながら魔力を消費し続けるので、激しい精神の疲労がともなっていた。
「はぁはぁ、やべぇ、もうきついぞ」
「うむ、ならここまでじゃな。‥‥‥うむうむ、それにしてもこの短期間でよー細く出来てきておる。たいしたもんじゃ」
俺は疲労を感じながらも、手元にある魔法の玉とパスで繋がっているファイアーボールを見た。
少し前までは拳サイズの極太の糸だったのが、今では直径50㎜くらいの細い糸になっていた。
「んじゃ、消すぜ。‥‥‥ふぅ疲れた」
ファイアーボールを消すと同時に腰が落ちて、地面に尻餅をついた。
長い時間魔法を維持し続ける事に解放されて、心がほっと軽くなった気がした。
「それにしても、長く維持し続けることが出来るようになったのぉ。ちゃんと魔力の消費を抑えることが出来ている証拠じゃな」
昼から始めたこの訓練は、すでに夕方になっていた。
最初の頃はすぐに魔力が尽きて倒れていたのに、今ではこんなに長い時間魔法を使い続けることが出来た。
「ふむ、次は複数の魔法をパスで繋いでみようかの。1つの時とは違い、3つ4つと複数の魔法を細いパスで繋ぐのは結構大変じゃぞ」
「まじかぁ。まぁ、いいさ、まずはやってみるさ‥‥‥」
「ほっほっほ。また明日、何度も試しながら掴んでいこうぞい」
「おうよっ!」
そう言った俺は、そのまま横になって目を瞑った。
魔力の枯渇でとても眠たかったのだ。
だから、おやすみなさい‥‥‥と。
「だから、ここで眠るなと‥‥‥まったくのぉ」
こうして俺の1日はあっという間に過ぎていった。
それから次の日。そして次の日。そしてまたまた次の日。
俺は連日、ドルトの指示を受けながら複数の魔法にパスを繋げる訓練に明け暮れた。
複数の魔法‥‥‥と言うよりかは、いつもながらのファイアーボールを3つほど出して、細いパスで繋げるという訓練になるのだけど、それも3日ほどで上手く繋げる事が出来るようになった。
「なんじゃ、思っていた以上に速く出来るようになったの」
「えっ、3日もかかったんだけど」
「普通はもっとかかるもんじゃがのぉ」
どうやら、複数のパスの太さの調整には、長い時間がかかるらしい。
1つだけならば、それだけを調整して繋げればいいのだけど、2つ3つと複数になるとパスに流れる魔力が乱れ、思い通りの太さにならないとの事だ。
これらをうまく調整して、細くして、安定させることにだいたい1年から2年、又才能のない者は10年以上をも費やすことがあるらしい。
「まじか。ははっ、もしかして俺って才能あるのかな?」
「ある。‥‥‥才能はある」
冗談交じりに言った言葉だったけど、ドルトは真面目に返答した。
「どうじゃ、魔法使いに転職してみるか? 魔王軍の脅威と魔物の活発化により、才能ある魔法使いを必要としている場所は沢山あるぞ」
「ははっ、まぁ勘弁してくれや」
俺は別に魔法使いになりたいと思ったことはない。
何度も言ってることではあるが、戦うなんて怖いことまっぴらごめんなのさ。
今回、こうやって魔法の訓練をしているのは演技の幅を広げるための手段。
それと、自分の足りない‥‥‥いや、何かを失くしたものを補うためにやっているのだ。
だから別に戦うために学んでいるわけじゃない。
「そうか‥‥‥残念じゃの」
「なんだ、ドルトさんは俺に魔法使いになってほしいのか?」
「‥‥‥」
「ドルトさん?」
俺の質問にドルトは答えなかった。というか話を聞いていなかった。
ドルトは横を向いて、何かを食い入るように目を細めて見ていた。
「おーい、聞こえてるか? ‥‥‥はぁ、何を見てるんだ」
俺はドルトの見ている方向に目を向けた。
するとそこには1人の女性がいた。
俺達のいるミネ公園のすぐそばを優雅に歩いていた。
「おぉ、すげぇ。あんな鎧を着ている人初めて見た」
その女性は、ビキニアーマーと呼ばれる露出度の高いなんとも素晴らしい鎧をつけて歩いていた。
しかも発育のいい体をしていたので、歩くたびによく揺れていた。
‥‥‥えっ、何が揺れていたかって? そりゃ胸だよ胸!!
それはさておき、俺とドルトはその姿に目が離せなくて、彼女が何処かへ行ってしまうまで、つい見続けてしまった。
「ほっほっほ。なんとも、ボンでキュッとしてボンじゃったな」
ドルトは頬を緩ませて笑った。
その姿はまるでスケベ爺のようだった。
‥‥‥ドルトさん。あんたそんな人だったけ。
俺は呆れたようにドルトを見た。
だけど‥‥‥たしかにドルトの言う通り、先ほどのビキニアーマーを付けていた女性はそんな感じのスタイルだった。
まさに、胸がボンッとつきでて、腰がキュッとしまって、そして大きなお尻がボンッとでていた。
なんとも魅力的な体だろうか‥‥‥特にそうだな、やっぱり胸がすごい。
あの露出度が高い装備であの大きな胸、まじでやばい。
胸部の鎧から溢れそうな胸。鎧で押さえつけられて楕円形になった胸。
それはまるで膨らんだ風船を胸部の鎧で無理やり押さえつけている様にも見えた。
なんだか針でも指したらパンッと破裂しそうだ。
そう、針でも刺したら‥‥‥。
ボッッッッン!!!!!
その時、俺の出していた3つのファイアーボールが、風船が破裂するように順番に大爆発した。
「なっ、お主何を考えたんじゃぁぁぁ。バ、バリア!!!」
「あげぇつ、ほげぇぉ、ぐげぇぇぇ」
ドルトは瞬時に魔法を使い、自分の周りに膜のようなものを張って爆発の衝撃から身を守った。
だが俺はドルトみたいに身を守る魔法を使えるわけもなく、順番に爆発した衝撃に当てられて、ピンポン玉のように弾かれて地面に何度も叩きつけられた。
「おい、若いの。だ‥‥‥大丈夫か、生きとるか!」
「だ、大丈夫‥‥‥じゃない、ぐふっ」
「ふむ、返事が出来るということは、大丈夫そうじゃな。‥‥‥ふぅ、まったく」
「久しぶりに肝が冷えたわい。まぁよいわ。では、また明日じゃな」とそんな言葉が聞こえると同時に、俺は体中に走る痛みに耐えかねて、そのまま意識を失った。
のちほど俺は目を覚まして、体を引きずりながら家に帰り、俺の姿を見て驚いたマリーにベッタベタに薬を塗られて包帯を巻かれて、ミイラ男に変身した。
次の日。
「もう治ったのか。さすが若者じゃのぉ」
昨日の怪我がたった一晩で治った俺の姿を見てドルトは驚いていた。
「まぁ怪我といっても、擦り傷や打ち身で体が腫れただけだけどな。それとマリーちゃんの薬のおかげだな」
「たしか、妹さんじゃったかな」
「いや‥‥‥まぁ、それでいいや」
違うと言いたかったけど、説明がめんどくさかったのでやめた。
「良い妹さんをもったのぉ。さて、話は変わるが昨日の爆発はなぜ‥‥‥」
「さ、さぁ、体は万全だぜ。次は何をすればいいんだ」
ドルトの言葉を遮って、次のやることについて急かした。
あのパンパンに膨れあがった大きな胸に針を刺したら、風船のようにパンと破裂するんじゃないかといった変な想像を、ついファイアーボールに魔力を送り込んで破裂させてしまった‥‥‥なんて、なんだか気恥ずかして言いたくないぜ。
「‥‥‥まぁいいじゃろう」
「おう、どうでもいいんだぜ」
「うむ、それでは次の訓練は魔法の操作といこうかの」
操作。パスで繋いだ魔法を自由自在に動かすことだ。
パスについて何も知らなかった前の時でも、一応は魔法を操作は出来ていた。
上下移動や自分の周りを回したりといったようにだ。
「ドルトさん。パスが細くなったことで魔法の操作が難しくなったりするのか?」
「それは‥‥‥ほれ、何でもいいからまずは魔法を出して試してみよ」
「おう」
今度は、気分を少し変えて氷の魔法アイスボールを唱えた。
そしてそれを3つほど出して、細いパスで繋いだ。
「さぁ、動かしてみせよ」
「おいっす。さてと、以前とは何が違うかな?」
俺は早速アイスボールを自分の周りを回すように動かしてみた。
3つとも同じ速度で俺の周りをぐるぐると回る。
操作感は以前と変わらないが、魔力の消費量が抑えられているのでまったく疲労感がなかった。
「うーん、操作に関しては変わらないかな‥‥‥」
「ほほーう、本当にそうかなのぉ? ほれ、そろそろ取れるぞ」
「取れる? っておいっちょと」
突然、俺の周りで回っていたアイスボールの1つが、勝手に別の方向へと飛んでいった。
なぜだ? と思いよく見てみると、そのアイスボールにパスが繋がっていなかった。
「ほれほれ、すぐ繋がないと公園が壊れるぞい」
「くっ」
俺はすぐさまパスを伸ばして繋げて、アイスボールを自分のもとに引き寄せた。
それから他のアイスボールも自分の前に引き寄せて、そして3つのアイスボールを全て動かすのを止めた。
「これってどういうことだ?」
なぜパスがいきなり取れたのかが分からなかった。
「魔法を操作する時、パスは激しく伸び縮みして動く。その時、パスの要所要所が細くなり途切れるといった現象が起きることがある。もしパスが途切れれば繋がりはなくなり操作が出来なくなる。わしらはその事をわかりやすく『取れる』と言っておる」
「はぁ、なるほど‥‥‥それで、どうすれば取れなくなるんだ?」
「パスを調整すればよい。途切れそうになればパスを太くするといったようにじゃ」
たしかに、細くて切れそうになるのならば太くして補強してやればいい。
だけど‥‥‥。
「切れそうになるってどうやってわかるんだ」
「感覚じゃ」
「か、感覚?」
「そう、パスを細くする時もそうじゃったが、これも感覚じゃ。言うなれば‥‥‥パスを体の一部分として認識することじゃ。さすればパスが途切れそうになれば感覚でもってわかるようになる」
「あーでもさ、その、どうすればパスを体の一部ってやつにできるんだ?」
ドルトの言いたい事はなんとなくわかる。
パスが体と完全に繋がっているとすれば、途切れそうになればすぐに気づいて補強することが出来るだろう。
だけど、魔法の玉から出すこのパスが、自分の体の一部分として扱うことがどうやって出来るのだろうか。
「そもそもパスというのは、お主の頭の中から作り出す想像力という魔力を、魔法の玉に介して糸のように伸ばしている。言うなればそれはパスと魔力は繋がっているという事じゃ。そもそも魔力とは体に張り巡らされた神経と似た性質を持っておるので、もし魔力と繋がているパスが、何らかの障害が起きればすぐに頭の中の脳に伝達される。それならばなぜ先ほどアイスボールが取れたのが分からなかったか‥‥‥と言うと、それは脳がパスを体の一部だと理解していないからじゃ。繋がっているというのにまったく気づいておらんのじゃ。じゃからパスが途切れそうになっていても、全然分からないでいる」
俺は目を瞑りながら「成程なるほど」と何度も頷いた。
‥‥‥もちろん理解しながら聞いているよ?
「ならどうすればパスが体の一部分として分かるようになるのか。それはな、長く魔法を使い続ける事じゃ。日常的に魔法を操作していけば、だんだんとパスが繋がっているという事に気づいてくる」
「えっと、要するに‥‥‥」
「要するに、何度もパスを繋げて操作をしてれば出来るようになるよ、というわけじゃ」
「なるほど‥‥‥」
「と言うわけで、さぁ若者よ。もう一度やってみるとよいぞ。いや、何度でもやるといい」
「お、おう」
それから俺はもう1度、3つのアイスボールを自分の周りで回し始めた。
パスが自分自身と深く繋がっている事を意識しながら操作していった。
だけどやはりと言うべきか、動かしている途中でパスが取れて、別の方向へと飛んでいく。
俺はすぐに、もう1度パスを繋げて、また自分の周りで回した。
これを何度も繰り返して、魔力が尽きれば家に帰り、次の日またこの訓練を始めた。
そして次の日、また次の日。これまた次の日と時が経っていった。
同じことを繰り返しをする日々。
まさに、今している訓練が日常になりつつあった。
そんな中、珍しくもミネ公園にお客さんがやってくることがあった。
それはマリーと俺の心を攻撃してくるあの兄妹だった。
マリーの場合は、以前、俺が体をパンパンに腫らして帰ってきたのをずっと気にしていて、また何か危ない事をしているのではないかと怪しんでこっそりと覗きに来たみたいだ。
‥‥‥一応は、公園でこけたと言って誤魔化しておいたのだけど、どうやら信じてくれなかったみたいだ。
次にあの兄妹の場合は、どうやら今日、兄妹の父親と冒険者達が森の調査と行方不明になった冒険者達の救助のために町から出発したらしい。その父親の見送りをしに町の入り口まで行って、帰りに寄り道をして偶然、俺をこのミネ公園で見つけたようだ。
はぁ‥‥‥なんで寄り道でミネ公園に来るかなぁ。
しかも、仕事しなくていいんですかって、きつい言葉を残して帰っていったよ。
はぁ‥‥‥それと、冒険者達はまだ森へ行ってなかったんだな‥‥‥もう結構日数が経っているぞ。森で行方不明になった冒険者達やばくね?
とまぁそんな感じで、時々珍客を迎えながら日が過ぎていった。
そして‥‥‥。
「どうだろう、ドルトさん。良い感じに操作出来てるしょ」
俺は3つのアイスボールを自由自在に動かせるようになっていた。
自分の周りを回したり、上下や斜めに移動させたり、1つ1つをバラバラに動かしたりといった感じにだ。
そんな風に動かしていると、パスが取れそうになるのが感覚で分かった。
そう、分かるようになったのだ。
こう、何ていうかな、キュっと腕が引っ張られて千切れそうになる感じ。
結構痛くて、取れそうな感じがする。
なので俺は、パスが取れないように魔力を通し、太くして補強した。
こうしてまた俺は自由にアイスボールを動かした。
「まったく、たいしたもんじゃ。‥‥‥だが、そうでないと困るわい」
「おっ、なんだって?」
「いや、なんでもないわい。‥‥‥さてさて、次は魔法の変化を教えるとするかいのぉ。これが出来る事で魔法の形を新しく作り出す事が可能になる」
「よっし、やるぜ!!」
その魔法の変化というのを覚えれば、以前ドルトがやったように、魔法を鳥の形に変えて飛ばしたり、馬の形に作りあげたりと、そういった事が俺にも出来るようになるのだろう。
これはとても気合が入った。
これが出来れば色んな演技や表現に使うことが出来る。
「で、どうすればいいんだ?」
「ほっほっほ。その前にじゃ‥‥‥。ほれ、お前にお客さんじゃぞ」
ドルトが公園の入口に指をさした。
「ん? またマリーちゃんかな、それともあの兄妹かな?」
またマリーが気になって来たのか、それともあの兄妹が遊びにでも来たのか、そう思い俺は公園の入口に顔を向けた。
するとそこには、1人の青年が立っていた。
頬がこけて、やつれた姿をした青年。
「‥‥‥あ」
俺は思わず声を詰まらせた。
なぜなら、その青年は俺の良く知る人物だったからだ。
「やぁ、ロジック。久しぶりだね」
「ロレンス‥‥‥」
俺は勇者ロレンスとの突然の再開に驚いていた。




