パス
ドルトから魔導書を渡されて3日ほど経った。
あれから俺は家からまったく出ず、部屋の中でずっと魔導書を読んでいた。
寝る間も惜しんで読みふけっていたので、寝不足なのか、目の下に隈が出来ていた。
「ふぁーあ、終わった。それと、もう限界だっ」
俺は開いていた分厚い魔導書を閉じて、その上に覆いかぶさるように倒れた。
そしてゆっくりと瞼を閉じて眠りの中へと入ろうとしていた。
眠る寸前に、後ろでトントンと部屋のドアの叩く音が聞えた。
多分、マリーちゃんが夕ご飯の用意が出来たと知らせにきたのだと思う。
だけど今の俺は、意識が保てず、返事が出来ないままぐっすり眠ってしまった。
次の日。
俺はベッドの上で目が覚ました。
「んっー」と体を伸ばして起き上がる。
「あれ、机に座りながら眠ってなかったけ?」
頭をぼりぼりとかきながら、いつのまにベッドに移動したのだろうかと疑問に思った。
だけど、それほど気にするような事でもなかったので「まっいいか」と呟いて、窓の方に顔を向けた。
窓から温かな朝日が差し込んでいた。
「おうおう、良い天気じゃないか」
窓に近づき、外を見ると雲一つない青空が視界に入った。
最近外に出ていないという理由もあるのだろうけど、こう天気が良いと外へ出たい気分になってきた。
ぐぅぅぅーー。
突然お腹の音が鳴った。
胃の悲鳴が響くとともに体に力が入らなくたった。
「は、腹減った‥‥‥。あれ、そういえば昨日の夜ご飯食べてないや」
そして思い出した。
俺が意識が落ちる寸前に、ドアを叩く音が聞えていたのを。
「あーしまったな」
マリーちゃんがせっかく御飯を用意してくれたのに、すっぽかしてしまった。
もう1度、俺は頭をがしがしとかいて、それから自分の部屋から出た。
「いない‥‥‥か」
部屋もしくは台所にマリーがいないかなと思い、探してみたけどいなかった。
朝の今だと多分、小神殿でのお仕事に行っているのだろう。
「ん?」
テーブルに近づくと、そこには朝食が置かれていた。
そして書置きの紙も置いてあった。
「えっと、なになに‥‥‥お腹空いたでしょ? 朝食たくさんあるから食べてね‥‥‥か。結構あるなぁ」
たしかに、朝食にしては品数が多かった。
これらからして、昨日食べれなかった夕飯分も合わさっているのだろう。
「さてと」と言って俺は椅子に座り、朝食を勢いよくガツガツと食べた。
お腹が空いていたので、丁度いい量だった。
「うっぷ」
膨れあがったお腹をポンと叩いてゲップを出した。
腹が一杯になった俺は、人差し指と親指で口についた汚れを拭き、食器を台所へと持っていった。
食器を軽く洗い、食器置き場の布の上に乱雑に置くと自分の部屋へと戻っていった。
「さてと、ドルトさんいるといいんだけど」
ドルトは神出鬼没なので、ミネ公園に必ずいるとは限らなかった。
なので、もしいなければ、またいつぞやのように現れるまで待つことになるのだけど‥‥‥。
「まぁいっか、まずは行ってみるか」
俺は魔導書を片手に持ち、家を出て、ちゃんと戸締りをして、それからミネ公園へと歩いていった。
ミネ公園に到着した俺は、さっそく公園の中央にある長椅子に目を向けた。
すると、そこには長椅子に座っているドルトがいた。
ドルトを見つけて俺は思わずほっとした。
「おーい、ドルトさん。この魔導書読んだぜ」
俺は手に持っている魔導書をかかげながらドルトのそば近づいた。
しかしドルトは何の反応もしないまま目を瞑って俯いていた。
「なんだ、寝ているのか?」
「いや、目を瞑ってるだけじゃ」
「うおっ」
俺は気になって、俯いているドルトの顔を覗き込もうとしたら、いきなり顔をあげたので驚いてしまった。
「ふぁーあ、良く寝たわい‥‥‥それでどうじゃ、まだ最初ぐらいしか読めてはおらんじゃろうが‥‥‥」
「おう、全部読んだぜ」
「なぬっ、もう全部読んだのか」
自信満々に言った俺の言葉に、ドルトは「本当かいのぉ?」と言って眉を顰めた。
たしかに、この魔導書という難解な本を、これだけ分厚い本をたった3日で読んだというのだから、ドルトが驚いたとしても仕方ないだろう。
まぁ、と言っても‥‥‥。
「なんとなくでしか理解出来なかったけどな!!」
そう言って俺はドルトに魔導書を渡した。
「それは‥‥‥理解したと言えるのかのぉ?」
しかめっ面になったドルトは魔導書を受け取った。と同時に、俺に向けて魔導書を返す様に差し出した。
「さぁ、もう一度、勉強してくるとよいぞ」
「あいや、待ったまた。ドルトさん、まぁ見てくれ」
俺はドルトから少し離れて、魔法の玉を取り出した。
たしかに俺はこの魔導書に書いてある内容を完全に理解してはいない‥‥‥というか難しくて理解できない部分が多かった。だけど、俺の知りたかった部分はちゃんと理解できた。
俺の知りたかった事‥‥‥それは魔力の消費を抑えながら魔法を使う方法だ。
「ファイアーボール」
俺は魔法を唱えて、目の前に大きな火の玉を目の前に浮かべた。
「ほう‥‥‥少しは理解出来ているようじゃな?」
「だろ。低消費ファイアーボールだ」
よく使う火の魔法ファイアーボール。
ただ、今回作り出したこのファイアーボールは以前とは違う。
見た目は燃え盛る熱々の火の玉。もしこれを誰かにぶつけたとしたならば、その相手は激しく燃やし尽くす、そんな様に見えるだろうけど、実は‥‥‥見た目だけのハリボテのようなものだったりする。
なにせこのファイアーボールは‥‥‥中身がスカスカなのだ。
いつも唱えて出しているファイアーボールは「めっちゃ熱い」や「燃える」など抽象的なイメージと攻撃を意図した強い思いを魔法の玉に込めて魔法を発現させていた。そのため、魔力の詰まった攻撃力のあるファイアーボールを作っていた。
だけど今回使うファイアーボールは、別に誰かに攻撃しようとする思いがあるわけではないので、攻撃力や破壊力といった力は必要なかった。なので、見た目だけ‥‥‥中身が空洞の、表面だけが燃えているファイアーボールになっている。
「まぁ、攻撃としては使えないけどな。だけどこれなら何個でも出せるぜ」
そう言って俺は、ファイアーボールを新しく5つほど作った。
「ふむふむ、なるほど。これなら魔導書を渡したかいがあったというものじゃ」
ドルトは満足するように頷いた。
それから「うーむ」と呟きながら浮いているファイアーボールを見て、ニヤリと笑った。
「ほっほっ。それでじゃ、その6つのファイアーボールはいつまで維持できるかのぉ」
「えっと、いつまでと言うと?」
「いや、そうじゃの。せっかくだから動かしてみるのもいいかもしれんな」
「ん? おう、いいぜ」
俺はドルトに言われ通りに6つのファイアーボールを軽く上下に動かしていった。
すると、不思議な事の魔力が急激に失われていった。
それでころか頭痛に眩暈、その他色々といった症状まででてきた。
おかしいぞ‥‥‥。
魔力を抑えめにしていたはずなのに、みるみると枯渇していっているぞ。
「あれ、待て‥‥‥どうなってんだ」
気がつけば、俺に地面に腰を落としていた。
「まっ、そうじゃろうな。それだけ魔力を使っていればそうなるじゃろうよ」
「どういうことだ、ドルトさん」
「ほれ、忘れたか? ‥‥‥ふっ、まぁいいわい。たしかにこのファイアーボールは今までと違い、魔力はうまく抑えて出来ておる。じゃがな、操る事に関しては以前と変わらずに大量に魔力を注ぎこんどるわ」
「あ‥‥‥」
「しかも今回は6つも同時に動かしている。ゆえにすぐ枯渇するじゃ」
そうだった。魔力を抑えて魔法を使う事ばかり考えていたので、操作するのも魔力が必要だった事を忘れていた。
「ほれ、はよ消すといい。ファイアーボールを維持するだけでも消費するじゃろう」
「おう‥‥‥」
ぐっと、火の玉が縮小するように小さくなり消えていった。
この消すという作業も魔力を必要だったりする。
だから俺はさらに精神を消耗させた。
「おえぇ‥‥‥もうだめだ」
「ほっほっ、枯渇しよったか。なら今日はもう帰るといいぞ。後、ほれ魔導書じゃ。操作に関する事もちゃんとこの中に書いてあるぞい。お主はもう1度読み直してくるとよいぞ」
「ま、まじかよ‥‥‥」
「まじまじ‥‥‥と言いたいところじゃが、ちょっと時間がないか。まぁ仕方ない、理解して魔法を使ってほしかったが‥‥‥明日からはワシの指導のもとで操作を会得してもらおうか。その方がお主にとっては身に付きそうじゃからのっ」
「あっ、その方が助かる。マジ助かる」
俺は寝そべりながら親指を立てた。
なにせ俺は3日間ずっとこの魔導書を読んでいたのだ。もう読みたくなかった。
「ほい。魔導書じゃ、持って帰れい」
「えっ、教えてくれんじゃないのか?」
「いいから、持って帰れ。いずれこの中に書いてある事が解るようになってくる。そして必要になる時がやってくる。それまで大切に持っておれい」
「おいす‥‥‥じゃお休み」
魔導書を受け取ると同時に、魔力枯渇により意識が落ちようとしていた。
視界が真っ白に染まり、俺はそのまま目を閉じた。
「スヤァ‥‥‥」
「こらっ若いの!! ここで寝るんじゃない」
意識の外側でなにやら声が聞こえたけど、すぐに聞こえなくなった。
次の日。
この日から俺は、ドルトの指導のもと魔法の操作の練習を始める事になる。
なのだけど、まずはその前に知っておかなければならない事がある、とドルトが言うので、何を教えてくれるのかと期待しながら地面に座った。
「さてと始めるぞ。むぅ、ファイアーボール」
ドルトは魔法の玉から火の玉を作り出して浮かべた。
「ほれ、よく見るといい。魔法の玉とファイアーボールが糸のような物で繋がっておるじゃろ?」
俺はドルトの持つ魔法の玉とファイアーボールの間を凝視した‥‥‥がしかし。
「見えん」
「もっとよーく見るんじゃ。目に力を入れて、よーくじっくりと、そこにあるもの見るんじゃ」
「‥‥‥見えん」
「くっ、お主の目は節穴か!!」
「あ!! 細い虹色の糸が見えた」
「ほっ、焦ったわい。宜しい、話を続けるぞい」
「おうっ」
それからドルトはこの虹色の糸について説明してくれた。
魔法の玉とファイアーボールを繋げている虹色の糸は魔力の糸で、魔法使いの間では『パス』とも呼ばれている。
そしてそのパスに魔力を送りファイアーボールを自由に動かすことが出来るのだそうだ。
「あれ、俺はそのパスというのを繋げてないけど、それでもちゃんと動かすことは出来たぞ?」
「いや、気づいておらんかったかもしれんが、お主はちゃんとパスを繋げておるぞ。しかも‥‥‥とっても”太い”パスがな」
「まじかぁ‥‥‥知らなかったぞ」
「そうじゃな‥‥‥ほれ、試しにやって見てみるとよい」
そう言われたので、俺は早速魔法の玉を手に持ち、ファイアーボールを出した。
「どうじゃ?」
「いや‥‥‥やっぱりパスなんて見えないぞ?」
「いやいや、ちゃんとあるぞい。よーく見るんじゃ、目に力を入れるようにな」
俺は魔法の玉と、浮かべているファイアーボールの間をじーっと凝視した。
これでもかってぐらいに見た。目に力を入れるように見た。
すると、虹色の太い糸がうっすらと見えてきた。
俺の魔法の玉から虹色の太い糸がファイアーボールに繋がっていたのだ。
「おう、見えたぞ。マジだ。すげぇ」
「パスというのはな、見ようとしないと見えてこないものなのじゃ。だから先ほどまではまったく見えなかった‥‥‥というわけじゃな」
初めに、ドルトがファイアーボールを出した時にパスが見えなかったのもまた、見ようとしていなかったからだと言う。
「へぇ、不思議なもんだなぁ」
俺は改めてパスを見た。
とっても太い虹色の糸だ。
その糸がファイアーボールにがっしりと繋がっている。
試しに動かしてみようと上下に動かすイメージを魔法の玉に入れていく。
すると、ファイアーボールを動かすために、体から大量の魔力を強制的に吸い取られ、太いパスにギュンギュンと送られていく。
自分の持つ魔力がどんどん無くなっていくのがわかった。
「どうじゃ、恐ろしいぐらい魔力を消費するじゃろう? 太いパスを繋げて操作しておるからそうなるんじゃ。わしの様に細いパスで繋げていればそうはならんよ」
「そうなのか? でもさ、細いパスだったら操作しにくかったり、しなかったりしないか?」
「しないぞ。パスが太くても細くても繋がっておればちゃんと操作することが出来る。ただ問題はそのパスが太い細いで送る魔力が変わるという事じゃ。太いと魔力が膨大に消費され、細いと魔力は少ししか必要としない」
「なるほど‥‥‥」
「というわけで、これからお主のぶっといパスを細くする。そうすれば長時間魔法の操作を行うことができるじゃろう。さて若いの、頑張るとしようぞ」
「了解だ、ドルトさん!!」
こうして俺は、ドルトの指導のもとでパスを細くする訓練をしていくことになった。




