渡された本
「あらよっと」
昨日も今日も、俺はファイアーボールを空に浮かべて、自分を中心に円を描くように動かした。
それから次は、下から上へと上下移動をするように動かした。
「はぁはぁはぁ、はぁー」
寒気と頭痛がする。
魔法を操作するたびに、精神がガリガリと削られていくようだ。
このままだと魔力が枯渇していき、意識が落ちてしまいそうだ。
「もう‥‥‥駄目だっ」
俺はすぐにファイアーボールを消して地面に倒れこんだ。
息を荒げながら空を見上げながら、視界が真っ白になっていく。
そうしてスーっと意識を失った。
「はっ」
パチッと目を開けて周りを見ると、もう夜になっていた。
そんな暗闇の公園内で体を起こした俺は、頭をガシガシとかいた。
「はぁ、また1日が終わってしまったぞ」
溜息をついた俺は立ち上がり、長椅子の横に置いてある荷物を背負った。
それから俺は家に向けて歩き出した。
トバル公園を出て、通りを歩きながら俺は考えていた。
最近、魔法の練習をして、意識を失い、そして帰るというのが日常になりつつある。
なんというか、1日という日がとても短く感じる日常だ。
「それにしても、どうしたら長く動かすことが出来るんだろうなぁ」
魔法を動かすというのは慣れてはきている。
だけど、少しの時間を動かすと、すぐに疲れて倒れてしまうのが問題だ。
慣れればもしかしたら何とかなるかなぁーと思ってはみたけど、やっぱりどうにもなりそうにない。
参ったなぁ‥‥‥と思いつつ歩いていると。
バサバサバサッ。
「ん?」
今、俺の前を横切る形で小鳥が飛んでいった。
小鳥はチュンチュンと鳴きながら、近くのミネ公園へと飛んでいった。
俺はもしかしたらと思い、小鳥の後を追うようにミネ公園に向けて走りだした。
すると、ミネ公園にある長椅子に1人のお爺さんが座っていた。
「おいおい、やっぱりいたかよ。ドルトさん!!」
俺はすぐに長椅子に座るドルトに向かって走り、そして声をかけて肩を叩いた。
「グゴォー、グゴォー」
ドルトは寝ていた。
今時なかなか見られない鼻提灯を出して、大きなイビキをかいて眠っていた。
「えいっ」
俺は地面落ちていた小さな石を拾い、鼻提灯目掛けて投げた。
すると、パチンっと音をたてて破裂し、ドルトは目を覚ました。
「おおぉ! 誰じゃ?」
「俺オレ、俺だよ」
「おぉ、ワシの孫か」
「ははっ、またそれか。もうそれでいいよ。それでドルトさん、ほんと何処行ってたんだよ。俺はずっとドルトさんが来るのを待っていたんだぜ」
「ふむ。そうかそうか。それで何でワシを待っているんじゃ?」
「それは‥‥‥」
「魔法を教えてほしいじゃったな」
「わかってるじゃないか‥‥‥」
ニヤリと笑うドルトに俺は呆れた。
このお爺さんはとぼけているのか、本当にボケているのかがわからない。
それになんだかこういった言葉の掛け合いが、親父と話している時と少し似ているのが変な気分にさせられる。
「ほっほっほ。まぁ教えるのはまた明日じゃな。もう暗いしな」
「ん‥‥‥たしかそうだけど」
よく思えば今は夜だった。
もしかしたらマリーちゃんは家に帰ってきているかもしれない。
帰らないといけないんだけど、今ここでドルトと別れたら、次はいつ会えるかわからない。
「安心せい。明日はちゃんとここにおる」
「そうなのか?」
「うむ。じゃから若いのは帰るといいぞ。お主の嫁が家で待っておるぞ」
「いや、嫁ちゃうし。‥‥‥はぁ、わかった。それなら今日は帰るけど、明日必ずそこにいるんだぞ!!」
「ほっほっほ。わかったわかった」
いまいちその言葉が信用出来ないのだけど、俺は帰ることにした。
念のため最後に振り返って「明日、ミネ公園に行くから絶対いるんだぞドルトさん!!」と言って家に向けて歩いていった。
次の日の朝。
俺は家を出ると、すぐにミネ公園に向かった。
やっと、ドルトに魔法のあれこれを教わる事が出来ると思い、気分が高揚して足早になっていた。
だがしかしだ、あのお爺さんのことだからいない可能性もあった。
また小鳥の様に何処かへと飛んで行ってしまったようにね‥‥‥。
そんな不安があったのだけど、ミネ公園に着いてみるとそれは杞憂だった。
ちゃんとドルトは長椅子に座って待っていた。
「ドルトさん。おはようです!」
「うむ。おはよう」
「ちゃんといてくれて良かったよ。ささっ俺に教えてくれ、ドルトさんが言う魔法の使い方ってやつをな」
「ほほっ、若ものよ焦る出ないぞ。まずはほれ、今のお主がどのくらいの魔法を使う事が出来るか見せてくれ」
「いいぜ。それじゃ早速」
俺は魔法の玉を取り出して、いつもの様に大きなファイアーボールを出した。
そしてそれを空に浮かべて、俺を中心にぐるぐると円を描くように回した。
俺の魔法を見たドルトは、手を振りながら呆れたように言った。
「なんと、無駄遣いをするものよのぉ。もういい、消すとよいぞ」
「お、おう」
無駄遣いと言われて、なんともピンとこなかった。
どういった無駄遣いなのだろうか‥‥‥。
「ふむ、お主は力が入り過ぎておるのぉ。それじゃ、すぐに枯渇しようからに」
「そう、そうなんだよ。それですぐ疲れてしまうんだ。なんとかならないか?」
「まずは、力を抜く事じゃな。そして無駄に魔力をばら撒かんことじゃ」
「?」
俺は頭を傾げた。
力を抜くやら、魔力をばら撒くとか‥‥‥さっぱりわからなかった。
「ドルトさん。もっとわかりやすく頼むぜ」
「そうじゃなぁ、まずはお主のファイアーボールじゃが‥‥‥あれはなんじゃ、濃密な魔力で構成されておるが、誰かにぶつける気でもあるのか?」
「あ、いや。そんなつもりはないけど」
「あんな魔法をポンポン使っておれば、すぐ魔力不足におちいるぞい。それにじゃ、ファイアーボールをを動かす時になぜ魔法の玉から魔力を大量に放出しておるんじゃ? 無駄にもほどがあるぞい」
「お、おう‥‥‥」
どうやら俺は、大量の魔力で作ったファイアーボールを大量の魔力で動かしていた。
故に自分はすぐに魔力が枯渇してしまった‥‥‥という事になるらしい。
たしかに、そう聞けばなるほどと思った。
だが、しかしだ。それならば‥‥‥。
「どうすればいいんだ?」
「それをこれから教えてやろう」
そう言ってドルトは、装飾のついた分厚い本を懐から取り出した。
「なにこれ?」
思わず俺はこの分厚い本とドルトを往復して見た。
「この本は魔導書と呼ばれる本じゃ。知識の本とも呼ばれておる。お主は魔導書を読んで知識を蓄え、魔法の現し方について知ることから始めよう」
「えー」
予想外だった。まさかこんな形で教えてもらうとは思わなかった。
それにだ、この魔導書‥‥‥なんだか難しそうだ。
俺は頭が悪いので、こういう知識人が読みそうな難しい本は読みたくない。
「そんな顔をするでない。お主は今まで適当に魔法を使っていたんじゃ。だから、まずはそれを読んで基本的な知識を身につける必要がある」
「なぁドルトさん。こう‥‥‥もっと簡単に、ぱぱっとやり方を教えてくれないかなぁ」
「わしが使った魔法は、基本とその応用でもって扱う事が可能となる。じゃからパパッとは無理じゃ。ほら家に帰って読むんじゃ!!」
「うえ。まじかよぉ」
今更‥‥‥勉強とかしたくないでござる‥‥‥。
そう思いながらも俺は、ドルトからしぶしぶ魔導書を受け取った。
「‥‥‥うーん」
家に帰った俺は、机の上にドサッと魔導書を置いた。
正直、読みたいという気持ちがまったく湧かない。
いっぱしの魔法使いならば、勤しんでこの魔導書とやらを読むんだろうけど、俺は別に‥‥‥。
そもそも、難しい本などまったく理解出来ないので、読もうとしても眠たくなるだけだ。
だから‥‥‥。
「あーいかんいかん。言い訳ばかりしてるなぁ」
俺は椅子に背もたれをする。
自分でもわかってはいるのだ。この魔導書を読まないと先に進めないことは‥‥‥。
だが、わかってはいても、どうもやる気というか読む気というものが出てこないと、こういった本を読むことが出来なかった。
読みたくないなぁという気持ちで一杯な俺は、魔導書をじっと眺めながら時間だけが過ぎていった。
そんな時、トントンとドアの叩く音がしてからドアが開き、マリーちゃんが顔を出した。
「お兄ちゃん御飯だよ」
「おー、了解」
どうやら夕食が出来たようだ。
俺は魔導書を眺めてるのを一旦止めて、自分の部屋から出た。
部屋を出ると、なにやら香ばしくて美味しそう匂いが鼻に入ってきた。
匂いの元を辿ると、テーブルの上に置いてある鍋からだった。
「いい匂いだね。何鍋かな?」
「黒イノケンティウスの鍋だよ」
初めて聞く食材だけど、こんなに美味しそうな香りを出しているのだから、多分良い食材なのだろう。
鍋の中を覗いてみると、大きな魚?の頭が入っているのが見えた。
「なんだか変な魚だね」
「でしょー。でもね、この黒イノケンティウス体の方はもっと変な形をしているんだよ」
「ん、そうなのか」
「体の方は風船みたいにプッくらと膨らんでいてね、それでね、とっても捌くのが難しいの」
「へぇー」
風船みたいな魚か‥‥‥。
はて、どうやって捌くのだろうか。
「しかも毒持ちでね。資格がないと捌いてはいけない魚なんだよ」
「ど、毒だって!! 大丈夫なのか? マリーちゃん資格持ってないだろう」
「えっへん! 大丈夫、ちゃんと持っているよ!!」
マリーは自慢気に俺の前に紙を広げた。
それは毒魚調理の認定書だった。
「おおっ、本物だ。すごいじゃないか」
「えへへっ」
「それにしてもよく取れたね。あ、そっか。酒場の亭主‥‥‥たしかブルタスだっけ、その人から色々と教わったのか」
マリーは夜に酒場で給仕のお仕事をしているので、そこの主人ブルタスから資格を取るための指導をしてもらったのかと思った。
「うーうん、ちゃんと勉強したんだよ。本を読んで、そして何度も切って試して練習してね。でもね、大変だったよー。私ってば文字を読むことや書くことが全然出来なかったから、そこから始めないとなかったんだよねぇ」
「えっ、そうだったのか」
「小神殿の神官様に、文字の読み方や書き方を教わったり、家で勉強するために本を貸してもらったりしてたの。でもね、私ってば頭が良くなかったから、読み書きがきっちり出来るようになるのに1年ぐらいかかっちゃった」
「いやいや、それでも大したもんだよ。さすがマリーちゃんだ」
「そ、そうかなぁ。そ、それでね、ほらほら見て」
顔を真っ赤にしたマリーは台所近くの棚から5冊の本を取り出して俺に見せた。
それは料理本と危険な獣肉や不思議なキノコ検定の本だった。
「神官様から借りてきた料理と資格の本。この本を読んで、色々と作るために勉強してね、お兄ちゃんに美味しい御飯もっともっと食べさせてあげるの」
「‥‥‥お、おう。ありがとうマリーちゃん」
「えへへ、楽しみにしていてね! さっさっ、料理が冷めちゃうよ。一緒に食べよう」
「ああ」
そうして俺達は食事を始めた。
ほくほくと湯気があがる鍋から熱々の黒イノケンティウスの魚肉を口の中に入れた。
「旨い」
上手い言葉思いつかないので、言える言葉その一言だった。
「ね。美味しいねぇ」
マリーもまた熱々の魚肉を頬張りながら美味しそうに食べていた。
思えばだが、ここに来たばかりだった頃のマリーは、料理はそれほど上手ではなかった。
今まで料理をする機会がなかったからなんだろうけど‥‥‥だけど最近はとても美味しい料理を出してくれるようになった。
‥‥‥色々と勉強して、試して、頑張ったからなんだよな。
「そうだよな、マリーちゃんは頑張ったんだよなぁ」
「ん? どうしたの」
「いや、なんでもないぞ!! 旨いうまいぞ黒イノケンティウス!!」
「わわっ、お兄ちゃん、急がなくても黒イノケンティウスは逃げないよ」
俺は美味しい料理をガツガツと食べた。
そして満腹になると、ご馳走様と言ってすぐ部屋に戻った。
なんだかやる気と読む気力が湧いてきたのだ。
「俺も頑張らないとな!」
俺は椅子に座り、机の上に置いてある本を見た。
本。それは魔導書。魔法の基礎が書かれている難しい本だ。
「さてさて、何が書かれているのか。出来れば俺にもわかる内容でいてくれよ」
俺は魔導書の表紙を触り、そして開いた。




