兄妹の不安
ドルトが魔法を使ったショーをしてから、3日ほど経った。
あの日以来、俺はドルトと一度も出会えないまま時間だけが過ぎていった。
俺はドルトに魔法を教えてもらいたくて、何度もミネ公園やトバル公園を往復して探したけど、あのお爺さんは全然見当たらなかった。
「ドルトさん、いったい何処行ったんだよ‥‥‥」
俺はいつものトバル公園の長椅子に座ってぼやいていた。
なにせ、ドルトが使った自由自在に変化し動かした魔法を、自分も使う事ができると期待していたぶん、肩透かしを食らってしまったのだ。
せっかくやる気溢れた気持ちが霧散していく気分だ。
「あんたが教えてくれないと、あんなすごい魔法使えない‥‥‥ぞ?」
いや待てよ‥‥‥と、ふとそう思った。
魔法は魔法の玉と想像力で発現できる。
例えば、寒いと想像すれば氷の魔法。熱いと想像すれば火の魔法といった感じにだ。
だとすれば、魔法を変形させるのも、自由に動かすのも、魔法を放つ時と同じ要領でやればいいのではないだろうか。
今までは、魔法の玉から魔法を出した瞬間までしか想像力を使っていなかった。
だがもし、魔法を放った後も、魔法の玉を通して変化させるというイメージをし続ければ、ドルトが使った魔法みたいなことが出来るのではないだろうか。
「まっ、ためしてみるか」
俺は長椅子から立ち上がり、すぐ近くにある噴水を前にした。
それから、腰に付けた革袋から魔法の玉を1つ取り出して、さっそく頭の中で燃え盛る炎を思い浮かべた。
そうして思い浮かべた想像力が、魔力として魔法の玉に宿り、魔法が発現する。
「ファイアーボール」
魔法の玉から大きな炎の玉が放出されて、空に浮かんだ。
そして、それが俺の前の方へと飛んでいこうとした。
俺はぎゅっと魔法の玉をお持ち、ファイアーボールがピタリと止まるイメージを頭の中で描いた。
すると面白い事に、飛んでいこうとするファイアーボールがイメージ通りに、前へと飛んでいくのをやめてピタリとそこで止まった。
「おおっ、なんだ簡単じゃん」
魔法を操作する事が、思っていた以上にうまくいったので、少し安堵した。
これならドルトに教わることなく自由自在に表現できる魔法を使う事が出来る。
そう思った俺は、次にファイアーボールを自分の周りにクルクルと回して見ようと考えた。
その時、止まっていたファイアーボールが突然動き出した。
ゴォォォーと音を立てて、前へと、噴水目掛けて飛んでいったのだ。
「ちょっと!!」
俺は驚き、そして焦った。
このままだと、ファイアーボールが噴水目掛けて突っ込んでしまう。
「止まれ止まれ!!」
俺は声に出しながら、止まれと魔法の玉に力を込めた。だが、止まらずに先へ先へと進んで行く。
って、違う違う。それじゃ止まらないんだった。
想像しないと。止まったファイアーボールを思い描かないと‥‥‥。
俺は焦りながらも、目を瞑って集中した。
ピタリと止まる炎の玉を想像して。
すると、噴水の直前でピタリとファイアーボールが止まった。
「ふぅ」
俺は冷や汗を拭った。
あの噴水は、この町の町長のお気に入りの噴水だ。
壊したらどのような事になるか‥‥‥想像したくない。
俺はファイアーボールを噴水から離すように上へとあげていった。
「よーし、じゃ、次は消してみよう」
俺は魔法の玉を上へとあげながら、炎が少しずつ小さくなるように想像した。
すると、ファイアーボールは縮小して、そしてシュっと消えた。
「ほっ、良かった。ちゃんと消せたな」
魔法を消すことは初めてだったので、思わずほっとした。
そんな安堵した束の間、足に力が抜けて体がゆらりと揺れた。
「おっとと」
突然、眩暈と脱力感が体を襲ってきた。
血の気が引いて、体が冷えていく感じも出てきた。
この感じは覚えがある。
魔法を使いすぎて、枯渇してきた時と似た症状だ。
「やべぇ」
意識が落ちる感じがした俺はとっさに、長椅子に座り込んだ。
すると丁度、すーと視界が真っ白になっていった。
そして、がくりと頭を落として意識を手放した。
それから時間が経って、俺が意識を戻した。
目を開けて空を見ると、すでに暗くなっていた。
トバル公園には朝に来たばかりだったはずなのに、気絶して目を覚ましたら夜になっていたのだ。
「あぁ‥‥‥まじか」
ほとんど何もしてないのだけど、もう帰る時間だった。
早く帰らないと、またマリーちゃんが心配をかけてしまうだろう。
「仕方ない。また明日にするか‥‥‥」
また明日、魔法の練習でもしようと思いながら俺は家に向かって歩き出した。
次の日。そして次の日。そのまた次の日も俺はトバル公園に行って、大きなファイアーボールを出して動かしていた。
魔法の玉を持ち、炎の玉を動かす想像力を魔力として注ぎ続けながら、クルクルと自分の周りを回していく。
「はぁはぁはぁ」
熱くもないのに、汗がだらだらと流れ出てくる。
頭痛や眩暈といった症状があらわれ、脳内で限界という文字が湧いてくる。
「ぐっ」
俺はすぐに、炎を小さくするイメージを思い浮かべて、ファイアーボールを消した。
それから、すぐにトバル公園の長椅子に座った。
「はぁぁぁぁぁぁ」
全体重をかけるように椅子に深く体を押しつけた。
頭が痛い。体が冷たい。なにより精神的に疲れた。
なんだか家に帰って、ベッドに横になりたい気分になった。
「それにしても‥‥‥これだとだめだ。これじゃ使えないぞ‥‥‥」
ファイアーボールを少し動かしただけで、こんなにも疲れてしまった。
こんな短時間で疲れてしまうようじゃ、演芸の中に取り入れるわけにはいかない。
なにせ、魔法を操作した瞬間に精神が疲弊して体が動かなくなってしまうからだ。
「ドルトさん。どうやったんだ? やっぱ教わらないと無理だわ」
ドルトは多くの魔法を使い、長い時間それらを動かし続けた。
それなのに、多少の疲れは見せても、自分みたいに体が動かなくなるほどの精神の摩耗が見られなかった。
こうなると、自分のやり方が何か間違っているように思えた。
「はぁぁぁぁぁぁ」
さて、どうしたものかと考えていると、横からつんつんと指で突かれた。
思わずドルトが隣に現れたかと思い、俺はすぐに横を見た。
「やっと、現れたかドルトさ‥‥‥あー」
「こんにちはピエロのおじさん」
「こんにちはおじさん」
俺は額に手を当てて俯いた。
そしてもうもう一度声に出しながら息を吐いた。
「あー」
まいったなぁーと、言葉にならない叫びにもなった。
「あの。挨拶は大切だと思います」
「お父さんも言ってた。でも、ピエロのおじさん挨拶してくれないね」
ああ、頭痛が‥‥‥。
「あ、はっはっ、そうだね。こんにちは2人とも。久しぶりだね」
俺の横、いや今は前に現れたのは2人の少年と少女。多分兄妹。名前は‥‥‥知らない。
少し前に出会って、俺を反面教師として色々と聞いてきた恐ろしい兄妹だ。
この2人は、口から見えない刃を放ってくるので要注意だ。
いや、注意していても心に刺さるんだよなぁ‥‥‥。
会いたくなかった。と正直思いながら俺は無理やり笑顔になって兄妹の言葉を待った。
「あの、ピエロのおじさんに教えてもらいたい事があります」
「あります」
そら来た!!
「ははっ、何かな。ピエロのおじさん頭悪いから、うまく教えられないかもしれないよ?」
「知ってます」
「知ってる」
「おふっ」
思わず胸を押さえた。
早速、心に何かが刺さった気がしたのだ。
だが、浅い。これならまだ軽傷さ、ははっ。
「そ、それで。何が聞きたいんだ? もう、教えるような事とかない気がするんだけどなぁ」
この兄妹の知りたい事を全て話した気がする。
だから、もう教えるような事ってない気がするのだけど‥‥‥。
「はい。その、冒険者の仕事とは危険なのですか?」
「冒険者の仕事?」
冒険者の仕事は基本的に何でもやるので、その仕事内容は幅広い。
だから危険かどうかで言われると、何とも言えない。
「うーん、仕事の内容によるかな。荷物運びや、お店の手伝いとかなら危なくないと思うけど、護衛や魔物退治といったものなら命にかかわる問題だから危険と言えるんじゃないかな」
「森に現れた魔物の調査だったらどうですか?」
「調査かぁ‥‥‥。調べるだけなら、それほどの危険性は高くないと思うけど‥‥‥具体的な話だな。もっと詳しく話してみ」
「はい‥‥‥」
俺は兄妹の話を聞いてみると、どうやらこの兄妹の父親は冒険者で、近々、近くの森に現れた巨大な魔物の調査をするらしい。そしてその巨大な魔物は、巨人族ではないかと噂になっているらしい。
「巨人族って、まじかよ‥‥‥」
全滅したと言われている巨人族だが、俺は3年前、巨人族のギガースと戦った事がある。
だから、その噂は本当である可能性がある。
「でも、まぁ調査だけなら危なくはないと思うぞ」
「‥‥‥この調査、2回目なんです」
「なに」
どうやら、この調査はすでに2回ほど行われているのだけど、調査に行った全ての冒険者が森から戻ってこないらしい。
最初に調査を依頼を受けた9人の冒険者が森の中に入り行方不明になった。
2回目に調査と行方不明になった冒険者の救助の依頼を受けた6人のベテランの冒険者が森に入ったのだけど、森の中に入ったまま帰ってこなくなった。
今回の出来事に重く見た冒険者組合は、3回目となる調査と救助の依頼を出して、バンダイの町にいる優秀な冒険者達にお願いしたらしい。
そして、その優秀な冒険者達の中に、この兄妹の父親がいるらしい。
「へぇ、優秀な冒険者かぁ。なら心配することはないだろうよ。というか、親父さんの冒険話聞いたことないのか? 魔物退治とかよくあるんだろ?」
兄妹は首を振った。
「お父さんは、そういった話はしてくれないです」
「無口なの」
「だから‥‥‥初めてなんです。お父さんが僕達に冒険者のお仕事の話をしたのは」
「初めて。なんだかお父さん心配」
兄妹は落ち込むように顔を俯いた。
「‥‥‥」
兄妹の不安の気持ちが俺にも伝わった。
お父さんもまた、森に入ったまま帰って来ないんじゃないか。いなくなってしまうんじゃないか。そういった不安が2人の心を落ち着かせなくしているのだろう。
俺から何か言えることはないだろうか。
この兄妹の不安を取り去る‥‥‥事は出来なくても、心を平穏に保たせるような、少しでも安心させるような言葉、演技、何かないだろうか。
「‥‥‥大丈夫さ。それにだ、多分お父さんは、お前さん達が大きくなってきたから冒険者の仕事といういものが、どんなものであるか教えてあげようと思って言ったんだろうさ。だから、心配することないさ」
結局俺は何も思いつかなくて、こう言っただけだった。
「うん。そうだよね。‥‥‥ピエロのおじさん、お話を聞いてくれてありがとう」
「ありがとうピエロのおじさん」
「ああ‥‥‥」
丁寧なお辞儀をして兄妹は去って行った。
俺はそんな2人の背中を見ながら、魔法の玉を手に持って眺めた。
親父みたいな一人前のピエロだったら、あの2人になんて言って励ましたんだろうな。
そう思いながら俺は、魔法の玉を浮かせながら空を見上げた。




