思いがけない再会
俺はベッドの上で冷たい軟膏をペタペタと体中に塗られて、その上に白い包帯が巻かれた。
そんな体の上に、足りないとばかりにまた包帯をぐるぐると巻かれた。
「うーん、心配だし。もう1回巻いておこうかな」
「あいや、マリーちゃんもう十分だから」
重症患者のように包帯が巻かれた俺は、マリーちゃんに手をあげて断った。
これ以上やられたら、動くことすら出来なくなる。
「お兄ちゃん傷だらけだったんだよ。心配だよぉ」
「うっ」
涙目のうえに上目遣い。これをされたら断ることが出来ない。
仕方ないとばかりに俺は包帯を分厚く巻かれた。
それから、ベッドに寝かされて俺の上に布団をかけた。
「これで良し。今日は絶対安静だからね!!」
「はい‥‥‥」
「私はこれからお仕事行ってくるけど、帰ったら何でこんな事になったかちゃんと教えてよね、お兄ちゃん!! それじゃ行ってきます」
「お、おう。いってらっしゃい」
俺の怪我の処置を終えたマリーちゃんは、仕事に行くために家から出ていった。
彼女はこれからバンダイの町にある小神殿で洗濯や掃除、神官のお手伝いといったお仕事をする。そして夜になると酒場の給仕をしてお金を稼ぐのだ。
「‥‥‥やっぱ、起きよう。あいたたっ」
俺はなんだか落ち着いて寝ていられなくて、ミイラ姿の体を起こした。
すると今になって激痛が体を走った。
「はぁ、なんでこうなったんだっけな」
昨日の夜。俺は冒険者とひと悶着あった後、真っ赤な顔をして家へと帰っていった。
冒険者の慰謝料として頂いた酒瓶を片手に「ただいまぁ!!」と言ってドアを開けて中に入ると、そこにはマリーちゃんと、テーブルとその上に‥‥‥冷めた料理が置いてあった。
冷めた料理は全部俺の大好きな物ばかりだった。
マリーちゃんは落ち込んだ様子でその料理を見ながら椅子に座っていた。
俺は‥‥‥すぐに酔いが冷めた。そしてジャンプ土下座をした。頭から突っ込むようにだ。
それから「旨い旨い!」と連呼しながら御飯を食べて、マリーちゃんの前でもう1度禁酒を誓った。
マリーちゃんの機嫌が直ると、俺は安心して自分の部屋に戻りベッドに入った。
そして今日の朝。俺は体がすごく熱くて目が覚めた。
いったいなんだろうと思って服をめくって体を見てみると、体中が真っ赤に腫れていた。あちこちに青痣もあった。
次に鏡を見ると顔も腫れていた。パンパンに腫れていた。丸いアンパンの様に膨らんでいた。パンパンマンだ。
俺を起こしにきたマリーちゃんはその姿を見てすごく驚いた。
すぐ回復薬(塗り薬)を持ってきて、俺の体中にベッタベタに塗りこんで、包帯を巻いて、俺はミイラ姿になったのだ。
「やっぱり、このままじっとして寝るか」
体も痛い事だし、今日はゆっくりと休むことにした。
俺は体を倒してベッドに横になった。
そして目を瞑り、静かな自室の中に溶けこもうとした。
「‥‥‥」
目を瞑って横になっていると、不思議と外の音が大きく聞こえてくる。
それは小鳥達の鳴き声。それは動物が草をかき分けながら歩いている音。そしてそれは‥‥‥。
ーーこっちじゃーー
爺さんの声?
「だ、誰だ?」
声に驚いて俺は、目を開けて体を起こし辺りを見回す。
部屋の中には自分以外誰もいない。
「なんだ、気のせいか」
幻聴だったかな‥‥‥そう思いながら俺はなんとなく窓を見る。
すると窓辺に1羽の小鳥がとまっていた。
小鳥は俺を見ながら首を何度も傾げてチュンチュンと鳴いた。
俺に「なんでここにいるの? 外へ行こうよ」そうと言っている気がした。
不思議と外へ出たくなった。
「あー眠れないし、まぁ散歩でも行くか」
自分自身にそう言いながら、俺は体の痛みを我慢して、ベッドからふらつきながら立ち上がった。
2つの魔法の玉を使って、いつも着るピエロの服を取り出して着替えをした。
「よし、んじゃ行くか」
着替え終わった俺は、魔法の玉を革袋に入れて家の外へと出た。
「んしょ、んしょ」
俺はゆっくりと町の通りを歩いた‥‥‥というかゆっくりとしか歩けなかった。
なにせ包帯が分厚く巻かれているため関節が部分が曲がらないのだ。
今の俺の姿は、他の人から見ると棒人形が歩いているように見えるだろう。
「ママー。変な人が歩いているよ」
「こら、見ちゃいけませんよ」
‥‥‥あれ? なんだかひどい言われようだぞ。
今思えば家を出る前に包帯を少し外せばよかった。
まぁいい。近くに見えるあの公園で少し包帯をとろうか。
チュンチュン。
「うん?」
頭上から小鳥の鳴き声が聞こえた。
上を見上げると、バサバサと羽をはばたきながら俺を通り越すように飛んで、近くの公園に入っていった。
不思議と、あの公園に行きたくなった。
いや、もともとあの公園に行くつもりだったか。
俺は小鳥の後を追うように、公園へと向かった。
「ここはたしか、ミネ公園か」
このバンダイの町には3つの公園がある。
まずはトバル公園。俺が昨日行った公園だ。町の中では一番大きな公園で、子供から老人まで幅広く利用される公園だ。
次にシナノ公園。遊具が沢山置いてある公園で、子供連れの奥様方がよくその場所で子供を遊ばせるために来ている。
そして最後にミネ公園。とても小さな公園で、中には寂れたブランコ1つとボロボロ長椅子が1つしかない。そのせいかこの公園にまったく人が来ない。だけどたまに、無職になったお父さんや彼女に振られたお兄さんが1人でブランコをこいでいる事があるとかないとか。
「やっぱり誰もいないな」
ミネ公園の中に入ると誰もいなかった。
いや、一応小鳥がいる。
ボロボロの長椅子にとまっている。
俺はその長椅子に向かって歩き、小鳥の横に座った。
俺が横に座ったにも関わらず小鳥は逃げなかった。
「人懐っこい小鳥なんだろうか‥‥‥。まぁいい、包帯少し取るか」
分厚く巻かれた包帯を外して、少し身軽になった。
それから長椅子に背もたれして存分に体を落ち着かせた。
すると丁度、ヒューと暖かな風が体に当って通り抜けた。
「ふぃー」
これまた不思議と心穏やかな気持ちになる。
特にこの暖かな風がとても気持ち良い。
つい吐息が出てしまうほどだ。
もしかしたらだけど、長椅子にとまっている小鳥もこの風を楽しんでいるのかもしれないな。
そう思い俺はちらりと隣を見た。
「‥‥‥えっ?」
小鳥はいなかった。
だが、代わりに誰かがいた。
黒い尖がり帽子と黒いフードを身につけた人物だ。
ちょっと待てよ。さっきまでこの公園には誰もいなかったはず。
それなのに、突然俺の横に人が現れて座っているのだ。
これはちょっとしたホラーだぞ。
「若者よ、どうした。挨拶がないぞ」
「えっと、こんにちは?」
俺はその人物の顔を見て挨拶した。するとお爺さんだとわかった。
何処かで見たことのある‥‥‥そんなお爺さんだった。
「うむ、こんにちはじゃ。それと久しぶりじゃな、元気じゃったか?」
「お、おう。元気元気」
俺は腕をあげてグッと親指を立てた。と同時に、このお爺さんは誰だったかな? と思った。
あちらは俺の事を知っているようだ。となると、やっぱり会ったことのあるお爺さんらしい。
さてさて、何処で出会ったのだろうか‥‥‥。
「魔法の鍛錬はちゃんとしておるかのぉ」
「おう。してるしてる」
適当に答えつつも、俺は頭の中の記憶の引出しからお爺さんの事を思い出そうとした。
しかし、全然思い出せない。
今さら「お爺さん誰だっけ?」なんて言えないからなぁ。
うーん、何かヒントのくれないかな。例えばそう、名前がわかれば思い出せるはず。
「さて、若者よ‥‥‥」
「お、なんだい」
お爺さんは顎に手を当てて、目を細めた。
何かを考えるように口を閉ざして、返事に間をとった。
それから口をひらいた。
「おぬしは誰じゃったかのぉ? どうも思い出せなくてのぉ。ワシの孫かなにかかの?」
「は?」
「あと此処はどこかの? 公園みたいじゃが‥‥‥ばあさんは何処行ったかのぉ?」
「は、はぁ‥‥‥」
いきなり何を言ってるんだこのお爺さんは‥‥‥。
先程まで、俺の事を知っている風に話していたのに、おぬしは誰じゃったかのぉ? と聞いてくるぞ。
しかも、自分のいる場所がわかっていないみたいだ。
もしかしたらこのお爺さん‥‥‥認知症かもしれない。
だから言っている事が‥‥‥ん? 認知症のお爺さん? あれ、やっぱり何処かで会ったことがある気がするぞ。
認知症。お爺さん。尖がり帽子。黒いフード。魔法。ワシの孫。ばあさん。
俺の頭の中で重要なキーワードが浮かび上がってくる。
そしてある人物の名前を思い出す。
「お爺さんは‥‥‥大魔法使いドルトさんだよね?」
だいたい3年ほど前。俺がアバランマの村で初めて冒険者として依頼を受けた時に出会ったお爺さんだ。
お互いに自己紹介をした時、自分を大魔法使いだと言い、のちにそれが単なる妄想であった事がわかり、冒険者組合で待っていたお婆さんに連れられて帰っていったのだ。
「‥‥‥誰じゃそいつは?」
「あれぇー?」
あれ、違った? おっかしいな‥‥‥。
見た目や声、話し方もあの自称大魔法使いのドルトさんだと思ったんだけどなぁ。
「むぅ‥‥‥いや待てよ。そうじゃ、わしはドルト。大魔法使いドルトじゃ。わしの名前じゃ。うっかり自分の名前を忘れておったわ。わははっ」
「おいおい。はぁ‥‥‥やっぱそうだよな」
やっぱりこのお爺さんはドルトさんだった。
それにしてもなぜこんな場所にいるのだろう。
ドルトさんはアバランマに暮らしているはずだが‥‥‥。
まぁ、なんにしても俺は思わぬ人物と再会したものだった。




