酔っ払い達のあらそい
バンダイの町のダウン通りには、酒場や屋台などの色んな食事処が集まっていた。
この場所では、依頼を終えた冒険者や商談を終えた商売人達などがここで食事して、今日1日の締めくくりを盛大に祝っていた。
そんなダウン通りに俺は酔っ払いながら歩いていた。
酒瓶を片手に「うぃー」と良い気分になって、ダウン通りを行き交う人達の声に耳を傾けていた。
「くそ、やってられるか。メントシアの商人らは強欲すぎる」
「先輩先輩。次の調査の依頼、俺が先頭で戦います! 任せてください!」
「なぁ、こんな世の中だしさ。後悔もしたくないから、その‥‥‥そろそろ俺と結‥‥‥いや、なんでもない」
「知ってるか? ライオネット騎士団が全滅だって。やばくないか?」
「この国もそろそろいかんのぉ。西のマルトロン神国にでも逃げる事を考えないといかんかのぉ」
このへんを歩く人達は、主に各地を巡る冒険者や商人達だ。
彼らが話す内容は、町の外にあまり出ない俺にとって興味深い話だった。
今日俺がここへ寄り道をしたのも、酒のつまみにと、そんな話を聞くためだったりするのだけど、どうも今回はかなり悪い出来事の話が聞こえてきた。
「ライオネット騎士団の全滅か‥‥‥そりゃーたしかにやばいなぁ」
バーミリオン王国には5つの騎士団が存在する。
セレナイ騎士団、フロンティア騎士団、マインクラフト騎士団、バーミリオン騎士団、最後にライオネット騎士団だ。
この5つの騎士団にはそれぞれ役割があり、例えば、王都ナザレを守護するのがバーミリオン騎士団の役割といった感じになっている。
そして先ほど話題になっていたライオネット騎士団は、外敵の侵入から守る役割をもっていた。
そんなライオネット騎士団が全滅した。
これがもし、本当だとするとなると国境の守りは丸裸になっている。
いつどこでも簡単に、敵はバーミリオン王国の中へと侵攻することが出来るだろう。
そう、敵だ。
このままだと魔王軍が侵攻してくる。
「ひっく‥‥‥ふぅ」
しゃっくりして、俺はダウン通りにある大きな立て看板の前まで歩いた。
「‥‥‥あいつは今どうしてるんだろうな」
あいつ。それは俺の親友。
勇者として立ち上がった。いや、立ち上がらざるえなかった親友ロレンス。
あいつは今どこにいるんだろうか‥‥‥。
「死んだんだよ!!」
「!?」
俺はビックリして振り向いた。
後ろで酔っぱらった4人の冒険者が、立て看板に向かって声を張り上げていた。
「勇者は死んだんだよ。もういねぇんだよ。おかげで、俺達はもう終わりだ!」
「まったくだ。くそぉ、何が勇者だ。魔王を倒すどころか、幹部なんかに負けちまいやがって。なさけねぇなぞ」
「せっかくバードリ王国と魔法都市ハリーを奪還して、北の5国の内3つも魔王軍から解放したっていうのに、途中で負けやがって。お前が負けたせいで、全部取り返されて、今やアレンシア王国も滅ぼされちまいやがったぜ、こんちきしょう」
「‥‥‥はっ、勝手な事を言うぜ」
俺は真っ赤な顔をした冒険者を見て、憤りながら鼻で笑った。
あいつらには、ロレンスがどんな気持ちで魔王軍と戦っていたかわかってない。
あいつは、あいつはなぁ‥‥‥。
「‥‥‥ふぅ」
いかんいかん。
酔っ払いの戯言で憤っても仕方ない。
癒しの水でも飲んで落ち着こうじゃないか。
「んぐんぐんぐ‥‥‥はぁふぅー」
瓶でラッパ飲みした俺は、もう1度立て看板を見た。
‥‥‥あの看板に勇者新聞が貼られなくなって、いったいどのくらい経つのだろうか。
そうだ、だいたい1年ほど前だったか。それまでは、あの場所に勇者新聞がちゃんと貼られていた。
かつては多くの人が立て看板の下に貼られている勇者新聞を見ながら、勇者の活躍を肴にして酒を飲んで喜びを分かち合っていた。
だけど、それは勇者が負けるまでの話だ‥‥‥。
それは3年前。
勇者ロレンスが率いるアレンシア騎士団とバードリ騎士団の残党を合わせた合同騎士団でもってバードリ王国と魔法都市ハリーを魔王の支配から解放した。
その活躍を知った周辺の都市国家から戦士隊と魔法隊が送られ、またバーミリオン王国のセレナイ騎士団も勇者達と合流して、魔王に支配された国々を取り戻すべく、さらに北へと進軍した。
バードリ王国の北にはテンペランス共和国、さらに北へ行くと3つの小国、アルス、ベティム、ポルタがあり、最北には広大な領地を持つヴェスター帝国がある。
勇者率いる軍団は、魔王のいるヴェスター帝国に向けて進軍。
テンペランス共和国、そして小国アルスとベティムを魔王から奪還に成功した。
次は小国ボルタに入り、順調に拠点にされた各都市を攻略して、ボルタの王都ブレメンタルまでやってきた。
王都ブレメンタルを攻略すれば、ボルタ王国の奪還は出来たと言えるだろう。
そしてその戦いが終われば、次は魔王のいるヴェスター帝国へと進軍することになる。
戦いの終わりは近い。
平和の時が近づいている。
この大陸に住むすべての人達はそう思っていた。
だが、そうはならなかった。
なぜなら‥‥‥勇者は、魔王軍のとある幹部に敗れたからだ。
ボルタ王国の王都ブレメンタルでの戦いで勇者が敗れると同時に、各騎士団や戦士隊や魔法隊も壊滅状態になり敗走した。
多くの犠牲を出した騎士団らは、重症を負った勇者ロレンスとその仲間達を連れて後退し、バーミリオン王国の王都ナザレまで運ばれた。
そんな動きに追い打ちをかけるように、魔王軍は勇者らを追って進軍を開始した。
解放した国々がまた魔王によって支配されるようになった。
そして、アレンシア騎士団の壊滅で戦力が低下したアレンシア王国も、瞬く間に魔王軍によって滅ぼされてしまった。
アレンシア王国を滅ぼした魔王軍はそのまま東へと進み、バーミリオン王国へと手を伸ばした。
セレナイ騎士団を失ったバーミリオン王国は国防を担うライオネット騎士団でもって魔王軍の侵攻をなんとか押さえた。
だが、それを押さえられなくなるのも時間の問題だった。
この大陸に生きるすべての人達は、勇者の再起を願った。
もう1度立ち上がってほしいと。
戦って、次は勝ってくれと。そして平和に導いてくれと。
しかし、王都ナザレに運ばれた勇者は、あれから何1つ動きがなかった。
それどころか勇者やその仲間達の誰1人として表に顔を出すことがなかった。
それから数日、数週間、数か月と経っていくと、民衆の中からある噂が出てくるようになった。
その噂は‥‥‥。
勇者はすでに死んでいる。
もうこの世にはいないといった噂だ。
たしかに勇者が生きているのであれば、バーミリオン王国の危機的状況に立ち上がっているはずだ。
そして、ライオネット騎士団と共に魔王軍と戦い、打ち勝ってくれるはずだ。
そのはずなのだが‥‥‥勇者は現れなかった。
現れないまま1年が過ぎてしまった。
今では、その噂はまことしやかに話されて、多くの人達はそれを信じてしまった。
もう勇者は死んでしまったと信じてしまったのだ。
あれから事態は何も変わらず、さらに1年が過ぎて、とうとう国境で魔王軍を押さえていたライオネット騎士団は全滅してしまった。
立て看板を見上げる俺は、真っ赤な顔をしながら親友を思う。
あいつは本当に死んだのか? お前の旅も終わったのか? そういった考えが頭の中に浮かび、それを消すためにもう1度酒を飲んだ。
「んぐんぐ‥‥‥あ、無くなっちまった」
気がつけば、もう瓶の中には豆酒が入ってなかった。
どうしようか。もう1本欲しいところだけど、金がない。
金がないなら‥‥‥帰るしかない。
そういえば、思い出してみれば、家に帰ればマリーちゃんが美味しい御飯を用意しているのだった。
「‥‥‥帰るか」
正直な話、稼ぎがない状態で帰りたくはなかった。
マリーは温かく迎えてくれるのだけど、俺の立つ背がなかったのだ。
‥‥‥いや、一応今日は稼ぎはあった。中銅貨1枚を稼いだのだ。
だが、それも豆酒に変えてしまった。
「まったく、俺って何やってんだか‥‥‥ははっ、うっぷ」
こんなことを毎日している気がする。同じ日を繰り返している。
もしかしたら‥‥‥このままずっと、こういう生き方をしていくのかもしれない。
頭をがくりと下げた俺は、家に帰ろうと歩き出した。
その時、誰かが俺の肩を掴んだ。
「おい、変な恰好した‥‥‥ピエロってやつか。お前、俺達を笑ったな?」
「おぉ?」
俺の肩を掴んだのは、立て看板を見ながら勇者の文句を叫んでいた冒険者達だった。
彼らは酒瓶を手に持ちながら、顔を真っ赤にして怒っていた。
いや、単に酔っぱらっていたから真っ赤になってるのかもしれない。
なんにしても、彼らはプンスカと怒っていた。
あー仕方ないなぁ。
相手にするのもめんどくさい事だし、軽く謝って終わらせるとするか。
「あー、ごめんごめっ‥‥‥ととっ」
謝って事を終わらせようとしていると、冒険者に肩を掴まれたまま「こっちへこいや!」と引っ張られた。
そして路地裏に連れていかれ、背中をドンッと蹴られて転ばされた。
「あたたっ。おいおい、なにするんだ」
俺はなぜか人通りの少ない路地裏に連れてこられた。
4人の冒険者は俺の周りを囲み、なぜかニヤニヤした顔つきになった。
なんだか、いやな予感がした。
「‥‥‥あー、悪かったよ。笑ったつもりはなかったんだぜ?」
俺が謝る事で冒険者達の溜飲を下げようと思った。
だけど。
「おらっ!!」
「ぶげっっ」
俺は冒険者に殴られて体を浮かし、そして地面に倒れた。
そんな俺に追い打ちをかけるように冒険者らが、俺に近づいて殴ったり蹴ったりと暴行を加えた。
「へへっ、いい奴を見つけたぜ。丁度憂さ晴らしがしたかったんだ」
「ピエロだったら殴っても問題ないよな! オラオラ!!」
「うらっ!! ひっくっ、今日は依頼を失敗しちまったからイラついてるんだぜ」
「ああ、だからここで俺達の鬱憤を晴らさないとな! オラッ!!」
「はぐっ、うぐっ‥‥‥」
俺はカメの様に丸まって、酔っぱらった冒険者達の攻撃に耐えていた。
どうやらこの4人の冒険者達は、俺が笑ったという事で怒り、暴力を振るっているのではなかった。
ただ彼らは、日頃に溜まった鬱憤を誰かにぶつけてすっきりしたいから、今俺に暴力を振るっているのだ。
「あぐっ‥‥‥はぁはぁ、痛いなぁ、何するんだよぉ」
「このピエロ。思っていた以上頑丈だな」
「しかもなんだこいつ。ニヤニヤと笑顔になってやがる。気持ち悪いな」
「‥‥‥笑顔?」
俺は冒険者達の言葉に、思わず聞き返した。
「痛くねぇのか? なんで笑ってんだよオラッ!!」
「ぐっう」
えがお? 笑顔? 俺はこんなに痛い思いをしているのに、笑顔になっているだって?
俺は自分の顔を手でなぞった。
あ、ほんとだ。俺笑ってるな。
なんだよ‥‥‥演技している時は無表情とか笑ってないとか言われて、こんな時だけちゃんと笑顔で笑えているって‥‥‥。
「くっふっ、ははっはははっ」
俺は自分自身がおかしくて、思わず声に出して笑った。
「なんだこいつ?」
「頭おかしくなったか?」
「黙れピエロ。ふんっ!!」
「ゴホッ」
冒険者は、笑っていた俺をおもいっきり殴った。
その時、俺の腰に付けていた革袋からコンコンっと音をたてて魔法の玉が地面に落ちた。
「んっ? なんだこりゃ。奇麗な水晶玉だな」
冒険者の足元に、2個の魔法の玉がコロコロと転がった。
「へぇ、これがなんだか知らねぇけど。高く売れそうじゃん」
「これはお前にはもったいないな。俺達で有効活用してやるよ」
「高く売れたら違約金も払えるかな?」
「おいおい、その話は止めてくれ。またイラだってくるぜ。ははっ」
そう言って冒険者達は笑い、落ちてる魔法の玉を拾った。
そして満足したかのように、この場から去って行こうとした。
「おいおい、待ってくれよ。‥‥‥それはな、大事な物なんだ」
「あん?」
俺はふらつきながら立ち上がり、冒険者達を呼び止めた。
彼らは不満げに振り返った。
「それは‥‥‥な、大事な形見なんだ。返してくれや」
「どうやら、もう1度やられたいようだな」
「返すわけねぇだろ。この気味悪いピエロが」
「へへっ、そっか‥‥‥返してくれないか。ならお前らは冒険者じゃねぇな。ただの盗人だ」
「なんだと!!」
俺は笑いながら、両手を広げた。
そして手の人差し指を上に向けた。
「魔法の玉よ。弾け飛べ」
その瞬間。
冒険者の手に持っていた魔法の玉が弾けるように上へと飛んだ。
「グベェッ」
上と飛んだ魔法の玉は冒険者の顎に激しく当たり、それから俺の手元に戻ってきた。
「おいジーン、大丈夫か!!」
「なっ、血と泡を出しているぞ」
「このくそピエロ、よくもジーンを‥‥‥な‥‥‥あぁん?」
ジーンという名の冒険者がやられた事に怒り、俺に向けて殺気だった。
がしかし、彼らは俺の姿を見て驚いた。
いや、違う。俺の周りを回ってる魔法の玉を見て驚いていた。
浮かびながらクルクルと回ると魔法の玉を見て‥‥‥。
「魔法の玉? しかも2個だと‥‥‥」
「まさか、だ、大魔法使い?」
「でもピエロだぞ? なんで、そんな」
真っ赤な顔をして酔っぱらっていた冒険者達は、サーと酒が抜けて青ざめた。
今自分達がボコボコに殴りつけた人物は、実は大魔法使いだとは思いもしなかったのだ。
「うぃっと、さてーと次は俺の番だぜ。お前ら、準備はいいかな?」
そう言って俺は想像した。
寒い寒い冬の嵐を‥‥‥。凍り付くような吹雪を。
「ブリザード!」
2個の玉から、猛烈な白い吹雪が噴き出た。
ゴォォォーーー!! と吹き出した冷たい激しい雪が路地裏を白く染めていき、冒険者達の体にもその吹雪があたり、体の熱を奪っていった。
「どうだ。酔いは冷めたか? 俺はすっかり冷めちまったよ」
俺は冒険者達に言った。
しかし、彼らは俺の話を聞いてはいなかった。
彼らは地面に倒れたまま体を震わせて、荒くて白い息を吐き出していた。
なんだか4人とも凍死寸前のように見えた。
「‥‥‥あー、やり過ぎたか? クシュン」
俺は頭をポリポリとかきながら、くしゃみをした。
さきほどの魔法で、ここら路地裏が真冬の様な、寒い場所にしてしまったのだ。
「さ、寒いな。暖かくするか。ファイアーウインドー!」
熱い風の魔法で雪を溶かし、下がりすぎた温度を平温に戻した。
「これでよし。こいつらも‥‥‥まぁ、大丈夫そうだな」
倒れた冒険者達は気絶していた。
多分、温かい風に安心して意識が落ちたのだろう。
「さてと、帰るか。つっう、あ痛ったたっ」
体を動かすと、激しい痛みに襲われた。
さんざん殴る蹴るといった暴行されたのだ。
しかも容赦なくおもいっきりにだ。
「まったく手加減しろって‥‥‥ん?」
倒れた冒険者の横を歩いていると、コツンと足に何かがあたった。
何だろうかと見てみると、そこには瓶が転がっていた。
癒しの水が入った瓶だ。
「‥‥‥ほぉ」
俺はぴくっと眉を動かして、腰を落とした。
そして、落ちている瓶を手に持って揺らした。
チャポチャポ。
瓶の中の液体が音をたてた。
どうやらたっぷり入っている。
「‥‥‥」
俺は中に入っている液体を‥‥‥。
「ゴクゴクゴクっ、ぷはっ!!」
飲んだ。たっぷりと飲んだ。
はぁ、とってもおいしいです。
「それじゃ、冒険者の諸君。慰謝料として、この酒は貰っておくよー」
酒を飲んで気分を取り戻した俺は、倒れている冒険者達を後目に言って、家に向かって歩き出した。




