止められない酒
家から出た俺は、トバル公園に向けて歩いていた。
トバル公園は、俺の芸を披露するいつもの場所になっている。
公園に向かう中、町の大通りを歩く俺は、行き交う人々を観察していた。
このバンダイは王都ナザレに向かう人達と、冒険者や冒険者相手に商売をする行商人達が多く見かけた。
大勢の人達がこの町を通るので、ここは大いに賑わっているといえるだろう。
だが、この町を通る人達の表情は明るい‥‥‥とは言えなかった。
なにか不安を押し殺しているような、そんな雰囲気が見え隠れしていた。
そんな中、2人のご老人の会話が耳に入ってきた。
それは「大丈夫かの」や「バーミリオンから逃げたほうがよいかのぉ」と話していた。
ご老人達だけではない、ちらほらと商人達や冒険者達もそれらしい話をしていた。
「‥‥‥」
俺はそんな色んな声を耳にしながらも無言で歩いていった。
そしてトバル公園に到着した。
公園には大きな噴水とそれを囲むように置いてある長椅子、それと大きな立て看板が立っていた。
かつてはその大きな立て看板には勇者新聞という、勇者の近況が書かれた新聞が貼られていたのだけど、今は何も貼り出されてはいない。
俺はその立て看板の前まで歩いて、背負っていた荷物をそこに置いた。
「さてと‥‥‥」
俺は周辺に観客になりうる人達がいないかと見回すと、散歩で歩いている老人や長椅子に座って日向ぼっこをしている老人が見えた。
「老人ばっかりだな。まぁいつものことだ」
今、この公園には人が少ないけど、もう少し時間が経って‥‥‥そう、昼頃になれば、トバル公園に休息を求めてやって来る人達が現れるだろう。
「まぁ、やるか」
荷物から空の木箱を取り出して、自分のいる場所の前のほうに置いた。
これから俺のやる演技が面白かったり、楽しかったり、賞賛に値するものだったら、観客達がその木箱にチップを入れてくれるのだ。
そのお金こそが俺の唯一の収入元になるので気張ってやりたいところなのだけど、最近は、全然チップが貰えない。
なんというか、観客らは俺の演技を見ずに素通りして行ってしまうのだ。
おかげでやる気が駄々下がりなのだけど。でも、ピエロの俺に出来る事はこれしかない‥‥‥。
だからたとえ誰にも見てもらえずとも、やるだけなのさ。
「それで、ピエロのおじさんはこれから演技をするのですか?」
「するの?」
突然、俺の真後ろから2人の子供の声が聞こえて、思わず「ほぁっつ!?」と奇声をあげて振り向いた。
するとそこには少年と少女がいた。
黒色の髪の眼鏡をした利発そうな少年と同じ黒色の髪をしたボブカットの可愛い少女だ。
見た感じからして、2人は兄妹なのだろう。
「あーえっと、そうそう。今からやるからぜひ見ていってね」
「うん、いいですよ」
「いいよー」
‥‥‥思わぬところから小さな観客が現れたな。なら全力を見せてやろう。
俺は地面に置いた袋から道具を取りだして、ニッコリと笑顔‥‥‥にして演技を始めた。
「はい、おしまい!」
俺は演技を終えて、兄妹の前に丁寧にお辞儀をして、チラリと目線をあげた。
自分の持ちうる最高の演技をした‥‥‥と思う。
だから兄妹は十分に楽しんでもらえただろう。
そう思い、俺は兄妹の顔を見た。
その顔は‥‥‥「んー」と言いながら、無表情な顔をしていた。
「あれ、楽しくなかった? 面白くなかった? ど、どうなんだい?」
思わず、うわずったような声を出しながら兄妹に感想を求めた。
今まで「面白くない」「使えない」と言われ続けていたので、すごく気になったのだ。
すると少年は「そうですねー」と言いながら、眼鏡をクイっと人差し指で持ち上げた。
「それではピエロのおじさん、感想を言うのでそこに正座してください」
「正座するの!!」
「えっ、正座? それとおじさんと言うのはやめてほ‥‥‥」
「座ってください」
「座るの!!」
「はい!」
おじさんという言葉に反論したい気持ちがあったが、2人の有無を言わさない迫力に俺は地面に正座した。
「それでは言いますね。まずは演技の技術はなかなか良かったですよ。すごいなぁと思いました」
「うん、技術良かった!」
「お、おう。ありがとう」
「ただ、楽しそうな感じはありませんでした。なんだか淡々と演技を見せているだけに見えました」
「すごい技術を見せてるだけー!!」
「‥‥‥えっ」
「気になっていたのですけど‥‥‥何で無表情な顔をして演技をしているのですか? もったいない感じがします」
「笑顔でやればいいのにー。なんだかつまらなそう」
どちらかというと、2人の方が無表情だと思うが‥‥とそう思いながら、俺は顔に手を当てた。
「無表情?」
いや、そんなはずはない。俺はちゃんと笑顔になって演技をしたはずだ。
ニコニコと笑顔でやっていたはずだ。
そのはず‥‥‥だ。
「あのー、ピエロのおじさん!」
「おじさん!」
「‥‥‥あっ、なに?」
俯いて考え事をしていた俺は、兄妹の声で顔をあげた。
「ピエロのおじさんの演技を見てあげるというお願いを聞いてあげたので、次は僕達のお願いを聞いてください」
「聞いてください」
「えー」
兄妹の言葉に頬を引きつらせた。
なぜか、俺がそこの兄妹にお願いして演技を見てもらった事になっているぞ。
「まぁ、いいか。えっとなんだろう?」
「僕達の先生になって教えてください」
「先生? 教える?」
突然の言葉に俺は驚いた。
先生になって教える‥‥‥まさか、俺みたいなピエロにでもなりたいのかな?
‥‥‥そっか、まさかこの子達が俺みたいになりたいとは思わなかったな。
うん、いいぜ。俺が弟子をとるのも悪くはない。
「ああ、いいぜ。お前達に色々と教えてやんよ!」
「お願いします。反面教師として」
「‥‥‥ん? 反面教師?」
反面教師。はんめんきょうし。あれ、どんな意味だったかな。
あまり良い意味じゃなかったような気がするんだが。
「それじゃ、お聞きします。なんで遊び人になったんですか?」
「‥‥‥あーいや、たしかに遊び人職だけど。うん、まぁうちの親父もピエロだったからね。その影響かな」
「なるほど、父親の影響っと。それじゃ、どうして多くの大人が働いている中で遊んでいるんですか?」
「いやいや、遊んでないよね。ほら、さっきまで俺の演技見てたやろ?」
俺がそう言うと、兄妹はお互いを見て、それから言った。
「あれ、ピエロのおじさんが暇つぶしに遊んでいるのかと思ってた」
「いやいや、俺はあれでお金を稼いで生活しているんだよ」
何てことを言いやがる。
これでも俺は必死に働いているというのに。
「稼げているの?」
そう言って兄妹は俺の前の方に置いてある木箱を見た。
もちろん中にはお金は入ってない。
「あいや、今はここに来たばっかりだから入ってないよ。これからこの箱にたくさんのお金が入るんだよ」
「本当?」
「ほ、本当だともー」
「ふーん。でもお父さんから聞いたけど、ピエロのおじさんは全然稼げてなくて貧乏だって。一緒に住んでいる妹の稼ぎで生活しているって聞いたよ」
「な、なぬ!!」
妹? 多分マリーちゃんの事かな。
それとなんだ、なぜ俺の懐事情が知られているのだ?
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。お母さんも言ってたよね。妹さんは頑張って働いているのに、ピエロのおじさんは遊び歩いているクズ男って」
「ク、クズぅ‥‥‥」
「うん。酒ばかり飲んで、迷惑ばかりかけているって。妹さんがかわいそうだとも言ってたな」
「こんな大人になってはいけないって言ってたよね」
「‥‥‥」
「あのね、僕達はお父さんとお母さんから、悪い見本であるピエロのおじさんを見て学びなさいと言われて、遊び歩いているおじさんを探したんだ。だからおじさん、色々と教えてください」
「色々教えてね」
「‥‥‥ぐふぅ」
俺は兄妹の突き刺さる言葉に吐血しそうになった。
だが、だがな‥‥‥俺はこれでも強靭な精神力を持っていると自負している。
目の前で精神攻撃をしてくる兄妹の言葉などで落ち込んだり、辛くなったりはしない。
俺のタフな男。タフボーイだ。
それから俺は、兄妹の正論を掛け合わせた言葉の連続攻撃で精神を削られながら、気がつけば夕方になっていた。
そう、夕方まで付き合わされていたのだ。
「ピエロのおじさん、ありがとう。参考になったよ。お礼にチップあげるよ」
「アリガトウ」
「はい、木箱に入れますね」
カランカラン。
話を聞けて満足した兄妹は、空っぽの木箱の中に中銅貨1枚を投げ入れた。
「それでは。また来ますね」
「またねー」
「マタネー」
俺は無理やり笑顔で固めた顔をしながら、公園から去って行く兄妹に無言で手を振った。
そしていなくなった後、俺は荷物をまとめて、袋に入れて、そして背負った。
「‥‥‥」
俺の‥‥‥俺の精神は強靭だ。タフボーイだ。
だが、先ほどの激戦でボロボロに亀裂が入った。
直さないと‥‥‥補強しないと‥‥‥。
そのためには癒しの水が必要だった。
俺の精神を癒してくれる水。万能薬ともいえる聖水をだ。
俺はトバル公園を出た。
これから行く場所は、もちろん行きつけのあの場所だ。
早く飲みたくて仕方なかった俺は、足早にそこへ向かった。
「親父さん。いつもの頼む」
俺は今日稼いだ中銅貨1枚を親父さんに渡した。
「お前さんまた来たのか。たしか昨日、今日で最後にするとか言ってなかったか? まぁ、俺が言うのもなんだが、あんま飲みすぎは良くないぞ?」
「大丈夫、少しだけ。ほんのちょびっとだけだから。明日から本当に止めるから。本当だから!」
「本当かよ? まぁいい、ほら」
ドンと置かれた瓶を、俺は手に持った。
「あんまり飲みすぎるなよ!!」
「だいじょ・・・っぶ。少しだけだから」
「このピエロ、言ってるそばから飲んでやがる‥‥‥こいつ絶対止めないな」
俺は貰った瓶に口をつけてゴクゴクと飲んだ。
すると、あら不思議。
亀裂のはいった精神に癒しの水が注がれて治っていくじゃありませんか。
「ふぅー癒される。さてと、もうちょっとだけ飲むかな」
俺はさらに瓶に入っている癒しの水を飲んだ。ゴクゴクと飲んだ。
するとこれまた不思議と頭がぼんやりとしてきた。
気持ちよくなってきたと言ってもいい感じだ。
「ふぅ、最高だ。この水は」
俺は瓶を持ち上げて絶賛した。
その時ふっと、瓶に貼ってあるラベルが目に入った。
ラベルには『大いなる癒しの豆酒』と書かれていた。
豆酒。この町の中では一番の格安酒で、それなりに美味しいお酒だ。
俺の親父も樽で買って備蓄していたくらいだ。
「ふっふ、さーてと帰ろっかなー」
真っ赤な顔をした俺は、酒瓶を片手に持ちながらスキップして夜の町中を進んで行った。




