3年という月日
「すぅーーー、ふぅーー」
大きく吸った息を吐いた俺は、目を瞑って心を落ちつかせる。
これからもう少しで舞台の上に立ち、観客達の前で演技を行うのだ。
ダッダッダッダッ。
部屋の外から足音が聞こえる。
多分、トム座長の足音だ。
ようやく俺達の出番がきたのだ。
バン!
ドアが開かれてトム座長が入ってくる。
「さぁ、出番ですよ」
「おうよ!!」
俺は自分の出番が来たと思い、頬をパンパンと叩いて気合を入れて立ち上がった。
「あ、いえ。ロジック君、君ははまだです。さぁフレディ、君の出番です」
「あ、あれ?」
拍子抜けして思わずコケそうになった。
俺は後ろに振り向くと、フレディがニヤニヤとしながら大股で歩いてきた。
「はっはっは。残念ながらおいの方が先だわい」
そう言って、トム座長と共に部屋から出ていった。
俺はもう一度椅子に座って「集中集中」と呟き、目を閉じて乱れた心を落ち着かせた。
それから少し時間が経つと、また部屋の外からトム座長の足音が聞こえる。
次こそは俺の出番がきたのだろう。
バン!
ドアが開き、トム座長が入ってくる。
俺は目を開き、立ち上がった。
「いえ、ロジック君はまだです」
「あ、あれ‥‥‥?」
またもや拍子抜け。思わず肩を落としてしまう。
するとそんな俺の両肩をポンポンと叩かれた。
誰だ? と思い振り向くと、そこにはティティとアレクがいた。
「先に行くわね、ロジック」
「まっ、お先に失礼ってな」
2人は手を振って、部屋のドアの先にある舞台へと歩いていく。
俺はそんな2人の後ろ姿を呆然としながら見ていると、また肩をポンポンと叩かれる。
「うっしうし、んじゃ俺も行くぜい!」
「おしおっし、俺達も行くんだぜいぜい!」
振り向くと、ベルニーニとバルタが歩いてきた。
2人もまた俺より先に部屋から出て舞台へと向かって行った。
「さてっと‥‥‥俺も行くとしようかね」
「えっ?」
親父も後ろから歩いてきた。
俺の横を通り過ぎて、部屋を出て舞台へ行こうとしていた。
「ちょ、ちょっと待てよ親父。俺と親父はピエロのコンビだろ。一緒に行かないといけないだろうが」
「ん? おいおい我が息子よ。お前まったく準備が出来てないだろうが。そんな姿で舞台に上がれると思ってるのか?」
「何を言っているんだ。準備はちゃんと出来ているぞ!!」
「ほー。俺にはそんな風には見えないな」
「なに」
「だって、お前さぁ‥‥‥泣いてるじゃないか。そんなピエロ、誰だって見たくないぞ」
「何を言ってるんだおや‥‥‥じ。あれ‥‥‥あれ?」
気がつけば、俺は目から涙を流していた。
自分でも意味が分からなかった。
なぜ、涙がポロポロとこぼれ落ちているのかが。
「ピエロってのは、大勢の観客達を笑わせて、笑顔にさせて楽しくさせる。そんな存在だ。なのにお前きたら、子供の様にベソベソ泣いちまってまぁー、そんなんじゃ周りをも悲しくさせてしまうじゃないか」
「‥‥‥」
「お前はもういい大人だ。いい加減泣くのを止めてちゃんと前を見ろ。そして歩き出せ。お前の自身の人生をな‥‥‥んじゃ、先行ってるからな。俺達は先に舞台の上でお前が来るのを待ってるぜ。わっはっはっ」
「あ、おい。待ってくれ」
俺の言葉など聞こえないかのように、親父はドアの向こう側へといってしまった。
そして‥‥‥。
バンッ!
ドアが閉まる。
同時に目の前の世界が白くなっていった。
椅子もドアも壁もすべて真っ白になって、そして‥‥‥俺は夢から目を覚ました。
目をぱっちりと開けて、俺はベッドから体を起こした。
周りを見ると、生活感のある部屋の中にいた。
ここは‥‥‥俺の部屋だ。
2年と少し前に借りたボロ家の中にある俺の部屋だ。
「あいたたたっ」
2日酔いのせいか、頭が痛い。
いったいどれだけ飲んだろうか。昨日の事が全然思い出せなかった。
俺は立ち上がり、ドアを開けて自分の部屋から出た。
「おはよう! ロジックお兄ちゃん。もうちょっとで御飯出来るよ」
赤い髪の少女が台所で料理を作っていた。
そして、すぐにリビングの中央にあるテーブルにサササっと食事を置いた。
「お、おう。ありがとうマリーちゃん」
この赤い髪の少女の名前はマリーちゃん。
王都ナザレで知り合ったマッチ売りの少女で、あらくれ劇場に来てくれた常連客だ。
ナザレから離れた後も何度か再会して、今では一緒に暮らしている。
「あ、お兄ちゃん。口元が汚れている。待ってね拭いてあげる」
布を持ったマリーが優しく口元を拭いてくれた。
なんというか、とてもお世話が大好きな子なのだ。
「そうだ。お兄ちゃん。今日はちゃんと帰ってきてね。また変な所で寝ちゃダメなんだからね!」
「お、おう」
指をさしたマリーのお叱りに、俺は俯いて頭をポリポリとかいた。
「それじゃ私はお仕事に行くけど、何か欲しい物ある? もちろんお酒以外でだよ」
「あー、いやないよ。それにお酒は昨日で最後にしたから、もう飲まないよ」
「えー本当? ‥‥‥あとは、そうそう夜の御飯は何食べたい? お兄ちゃんの好きなのなんでも作るよ」
「何でもいいよ。マリーちゃんの作る御飯は何でも美味しいし」
「嬉しい!! それじゃ、夜頑張って美味しいの作るね!」
「ああ。楽しみにしてるよ」
「うん。それじゃ行ってきます!」
「行ってらしゃい‥‥‥」
マリーが家から出ていくと、シーンと静かになった。
ここずっとマリーちゃんは俺のお世話をよくしてくれる。
御飯に掃除に洗濯、家に必要な日用品まで用意してもらって、そして今ではお金まで稼いで家の賃貸金まで出してもらってる。
そんなマリーちゃんに深い感謝と、それと申し訳ない気持ちで一杯になる。
本当は大人である俺がやらなくてはならない事なのだけども‥‥‥。
「‥‥‥モグモグ」
俺は食事を淡々を食べて、コップに入った冷たい水で口の中を潤した。
「‥‥‥はぁ、俺はいったい何をやってるんだろうな」
ふと、口から言葉がこぼれ落ちてしまう。
自分の不甲斐なさからくる苛立ちと、何とも言い表せない虚無感から思わず言葉に出てしまった。
そして今日の夢を思い出す。
それはあらくれサーカス団の夢。
皆が俺を置いて舞台へと歩いていった夢だ。
なんだかとても悲しくて寂しい夢だった。
「ああ‥‥‥思えば、あれから3年は経ったんだな」
3年前。
魔法都市ハリーの壊滅とともに、俺の大切な仲間、あらくれサーカス団の皆はいなくなってしまった。
1人ぼっちになった俺は、目的を見つける事が出来なくて、ただ各地へと当てのない旅をした。
‥‥‥いや、違う。目的はあった。
目的は‥‥‥そう魔法都市ハリーからなるべく遠くへ行く事だ。
なんとなく、あの場所から離れた場所へ行きたかったのだ。
そうして俺は馬車を動かした。魔法都市ハリーから離れるように。
そんな中、俺は偶然マリーちゃんと再会した。
どうやら王都ナザレを出て、1人で旅に出ていたようだ。
11ぐらいの歳で1人旅に出るって凄いなと思いながら、俺は、気がつけばマリーちゃんと一緒に行動するようになった。
ちなみにその理由は忘れた。いったいなんだったけな?
まぁ、こうして俺とマリーちゃんは各地を転々と移動していった。
俺達は目的のない旅をしていると、マリーちゃんがよく咳をするようになった。
旅疲れが出ているのか、よく病気にかかるようになったのだ。
俺は一旦何処かで腰を落ち着けようと考えた。
そしてその場所として、このバンダイの町に決めた。
冒険者の多いこの町には酒場が多く存在しいた。
酒場にはダンサーや歌手といった芸人達が演技する舞台が設置されていた。
俺はピエロ。いわゆる芸人だ。
あらくれサーカス団で鍛えた俺なら、丁度良い稼ぎ場所になるだろう。
そう思って俺は、この町の中でボロ家を借りて少しの間暮らすことに決めた。
それから俺は酒場に行って仕事を探した。
すると運よく雇ってもらえる酒場を見つけた。
雇い主の酒場の主人からは、店に来る客を思いっきり明るく盛り上げてくれと言われた。
俺はその言葉にうなずき、早速舞台の上で楽しい演技をした。
‥‥‥だが。次の日、俺はいきなりクビにされた。
理由は簡単だった。お前じゃ駄目だ、面白くない、盛り上がらない‥‥‥だそうだ。
いったい俺の演技の何が問題だったんだろうか。俺は頭を傾げた。
俺はこれでも結構場数を踏んでいるつもりだった。あらくれサーカス団の皆がいた時は、村や町の酒場などに行って結構盛りあげていたのだが‥‥‥。
俺はめげずに、何度も別の酒場に行って舞台を使わせてもらった。
そして、次の日にクビにされた。
理由はどの酒場も同じ、盛り上がらない‥‥‥だそうだ。
そういった事が何度も繰り返されて、俺は‥‥‥酒場で演技をすることを一旦諦めることにした。
だが‥‥‥大丈夫だ。俺の精神はタフネス。頑丈だ。こういった事はよくあること‥‥‥次を探そう。
次はそう、路上パフォーマンスをして稼ごう。
俺はそう考えて、早速行動にうつした。
しかし、これがまた不思議な事に全然稼げなかった。
それどころか、全く俺の演技を見てもらえなかった。
なぜだ? 俺の演技の何が悪いんだ? 何が問題なのだ?
理由がまったくわからなかった。
次第に俺は、別の場所へ行こうかと考えるようになった。
だけど、俺はそうしなかった。
その理由は‥‥‥いや、どうでもいいか。
なんにしても俺が出来る事はピエロとして人を笑わせ、笑顔にさせて楽しませる、そんな演技を見せる事しか出来ない存在だ。
だから俺はめげずにまた酒場でお願いしてみたり、広場や、町の公園の通りで色々な場所で演技をした。
面白可笑しく、楽しんでもらえるように芸を何度も見せた。
だけどダメだった。誰も立ち止まって見てくれる人が全然いなかった。
自分の、今までの人生で培ってきたものが、まったく見向きもされなくなったのを感じた。
俺はなんだか‥‥‥辛くて、苦しくて、悲しくなった。
いったい何がいけなくなったんだ‥‥‥わからない‥‥‥。
俺は苦悩した。そして気がつけば酒を飲むようになった。
辛くて、苦しくなる事を忘れるために。
そんなこんなで、バンダイの町に来て2年が過ぎた。
俺は今だに路上パフォーマンスをしている。誰にも見てもらえない孤独なピエロだ。
夜になると、帰りに酒を買って飲んで家に帰る、そんな日常を過ごしている。
ご飯を食べ終えた俺は「ふー」と吐息を出した。
それからよごれた食器を洗い、水気を落としてから食器棚に置いた。
「さてと、今日も行くか‥‥‥」
1度部屋に戻って、ピエロの衣装を着て、軽く特殊メイクを顔に塗った。
顔の角度を変えながらか鏡を見て、それから頬を持ち上げるようにニッコリと微笑んだ。
「なぁ、俺は笑えているよな?」
鏡に向かって自問自答してみる。
そしてもう一度、ニコっと笑顔を作る。
「よし」
笑顔で頷いた俺は、部屋にあるいくつかの演技道具を袋に入れて、それを背中に背負った。
すると、コンッコンッと音を立てて下に何かが落ちた。
「‥‥‥おっと、いけねぇ」
荷物を背負った時に、腰の革袋から魔法の玉が2つ落ちた。
俺の母親の形見と親父の‥‥‥だ。
大事な物だ。
「あらよっと」
俺は軽く手を振って、2つの魔法の玉をふわりと浮かせる。
そしてクルクルと俺の体の周りを回り、最後にスポッと革袋に入っていった。
「んじゃ、行くか‥‥‥」
俺は家を出て、玄関のドアに鍵をかけて、それからよく行く公園へに向かって歩いていった。




