到着
早朝。
バタレムの村から出発したあらくれサーカス団の馬車は、コルトバの町を目指して動き出した。
俺はコルトバに着くまでの間、ベルニーニとバルタの曲芸師の技を教えてもらうことにした。
「というわけで、やるしょ」
「やるっしょしょ!」
曲芸に関しては、ピエロの俺もよく披露する。
それはジャグリングだったり、玉乗りだったり、綱渡りだったり、パントマイムだったり。
俺みたいなピエロは、ある程度練習すれば習得可能な技を使い、それを面白おかしく見せて笑わせようとする。
だが曲芸師は違う。
彼らの技はまさにプロフェッショナル。芸術の域まで持っていく人達だ。
小さい頃からの訓練で、体の柔らかさやバランス感覚を養い、常人ではこなせないパフォーマンスを、難なく行う事ができる肉体へと変化させた。そしてその体でもって高度な技術での演技を行い、誰にも真似出来ない芸術的でもって観客達を驚かせるのだ。
もちろん、どこまでの演技が出来るかは人それぞれだけど。
「体硬いっしょ」
「曲げるっしょしょうよ!」
「ふぎぃー!」
俺はこれでも体を動かして演技をするピエロ。
だからそれなりに体は柔らかい。なんだけど、ベルニーニとバルタには敵わない。
彼らは巻き尺の様に全身を丸めれるけど、俺には無理だ。
‥‥‥というか、2人の骨はどうなってるんだ? ゴムなのか? それとないのかな?
無脊椎動物の様に思えるベルニーニとバルタは、カタツムリの殻のように丸めながら、手を足代わりにして動き出した。
「歩くっしょ」
「行くっしょ」
「無理っしょ‥‥‥」
このように曲芸師の技を教えてもらいつつ、コルトバの町に着くまで体を動かした。
「ほらほら、次は玉の上に逆立ちしながら、頭にネコちゃん置くよぉ!」
「落とすなよぉよぉ!!」
「ロジック、おいの可愛いアルフレッドを落としたら、尻に折檻しちゃるからの!」
「あーそれやめて。マジで止めてー」
と言うか、フレディの飼っているネコはアルフレッドという名前にしたんだな。
そう思いながら馬車は進む。
コルトバの町に着いた俺達は、そこで宿を取って体を休めた。
そして次の日の朝には出発した。
国境の関所を目指す馬車は、何事もなく順調に進んだ。
「おーい、ロジック。新しいデザインの特殊メイクをするぞ。こっちへ来い」
「あいよ、親父殿」
俺と親父の顔は毎回決まったデザインの化粧をしている。
その姿は、まずは顔を白くて、口周りは赤いタラコ唇のように赤く、両目の周りは黄色の大きな星マークが描かれている。
最後にちょんっと赤い玉を鼻に付けて、これでいつものピエロの顔になる。
今回はそのピエロの顔を変えて、新しいピエロの顔を作ろうとの事だ。
「フレディのネコを参考にしてみたが、どうだ?」
親父は仕上がった顔を皆に見せた。
顔の色を灰色にして、その上にネコの髭と鼻下に線を引いたネコの口。
毛並み感も上手く描いているので妙にリアルだ。
全身の姿で見ると、ピエロの服を着た筋肉マッチョのネコちゃん? に見えた。
「面白い! ‥‥‥面白いけど、何か違う気がするな」
親父は手鏡を見て「うーむ、そうか‥‥‥」と唸って団員達を見た。
「ふふっ、私は良いと思うわよ。体はムキムキで顔はネコちゃん、とても面白いわ」
「ああ、悪くないと思うよバレルクさん。ただピエロとは違う気がするけどな」
ティティとアレクがそう評価した。フレディとベルニーニとバルタ、それにトム座長も似たような事を言ったので、親父は布で顔を拭いた。
俺もさっそく手鏡を見ながら顔に筆をはしらせた。
「よし、出来た! 俺のピエロの顔はどうかな?」
完成したピエロ顔を皆に見せた。
少し自信作なので皆の感想に期待した。
「‥‥‥」
皆はなぜか俺の顔を見て困った顔をした。
‥‥‥あれ? なぜ皆困った顔をしているのだろうか。
「ど、どうかな?」
誰も答えてくれないので、不安になってきた。
「うーん、なんというか‥‥‥あれだな。ロジック、その顔は止めといたほうがいいぞ」
「えっ?」
アレクの意外な言葉に驚いて、改めて皆を見た。
「息子よ、止めとけ。誰も近寄らんぞ」
「止めておいた方がいいわね」
「おいは別にいいと思うがのぉ」
「止めとけよぉ」
「止めとけよぉよぉ」
そして馬車の前部に座っているトム座長も顔だけ振り向いて‥‥‥。
「ロジック、その顔は卑猥だよ」
と言ったので俺はすぐに顔を拭いた。
なんだかトム座長に言われると非常にショックだった。
そうこうしている内に国境の関所に到着した。
するとやはりと言うべきか、関所には多くの観光客や商人、同業者達のサーカス団や旅の一座や、アレンシア王国の貴族様も列に並んでいた。
「これは、時間がかかりそうですねぇ」
長い行列の後ろについた俺達は、仕方なく並んで待つことにした。
「ん? 前の方が賑やかだな」
俺達がのんびりと待っていると、前の方で愉快な声がしてきた。
「さぁさぁ、アバランチサーカス団だよ。魔法都市ハリーで開演するので、ぜひぜひ見て行ってくださいな!」
「ハクタカ一座だ! 童話を演劇で見せる我が一座をよろしくお願い致す」
「イットサーカス団だよー。ちょっと怖い、でも楽しい。そんなサーカスを見てみないかい? 魔法都市ハリーにて待ってるよ!」
「やぁやぁ、1人だけの大道芸人デスピエロちゃんだよ。魔法都市ハリーの大通りの真ん中でやっちゃうから、皆みんな見てくださいなー。楽しい笑いで盛り上げちゃうよー」
芸人達は、関所で待っている人達にビラを配り大声で宣伝をし始めた。
ここにいる人達のほとんどは魔法都市ハリーへ行くので、今のうちに宣伝しておいて、お客さんを自分達の所へ見に来させるように誘導しようとしている。
「これは、先手をうたれました!!」
トム座長は自分の頭をパシッと叩いて、団員達の方に目を向けた。
「私達もやりましょう! このままだと同業者達に差を広げられてしまいます」
「あーしかし。トム座長。うちらビラとかありませんぜ? 出来るのは声を出すぐらいですけど」
「むぅー準備不足でした。ポスターやビラなどは着いてから手配するつもりでしたので、うかつでした」
「‥‥‥まぁ、何もしないよりは、やった方がですわな。よし、我が息子よ。俺達も宣伝するぞ。あらくれサーカス団という名をこの場にいる全ての人に知ってもらわせるぞ!!」
「おうよ!!」
俺と親父、他の団員達も馬車から出て、宣伝合戦をしているその中へと入っていった。
長い時間をかけて、やっとこさ関所を抜けた馬車は、魔法都市ハリーに向けて進んでいた。
「うーむ、いけませんね‥‥‥」
トム座長は、1度親父と交代して馬車の中に入り、どのようにして同業者達に勝つかを考えていた。
「なんだか、出遅れた感が否めませんね」
関所前で始まった宣伝合戦に結局勝つことが出来なかった‥‥‥というよりはあらくれサーカス団の印象を多くの人達に与える事が出来なかった感じがする。
多くの同業者達がビラという宣伝紙をばらまいて名前をアピールしている中で、俺達は軽く演技しながら声を出すことしか出来なかった。
「あれだけ多くの同業者がいると、私達の事など見えないかもしれませんね」
宣伝合戦をしていた皆は似たような服を着ているし、同じような口上もあげている。
これではどれがどのサーカス団でどういった演技をするのかもわからないだろう。
「さてどうしたものか。このままでは魔法都市ハリーに向かっても、お客様達はあらくれサーカスを見に来てはくれないかもしれません。‥‥‥対策を考えないといけません。なにか、こう、あらくれサーカス団の名前を一躍有名にする方法はないものでしょうか」
トム座長は何か良案はないかと、周りで座ってる団員達に意見を求めた。
だが、良案はいきなり思いつくものではなかった。
そもそも有名する方法があるのなら、あらくれサーカス団はすでに試している。
「あ! いい方法を考えましたよトム座長」
親父は馬車の手綱を握りしめながら顔だけこちらに振り向いた。
「ほうほう、それはなんですか?」
「なーに、簡単ですよ。魔法大会の出場すればいいんですよ」
「魔法大会?」
頭を傾げたトム座長は、ご自慢の白髭を撫でた。
「そう、魔法大会に出場して、大会の集まった観客席に向けて大々的に宣伝をすればいいんですよ。どうぞ、あらくれサーカス団を宜しくお願いしますってね」
「それは‥‥‥いいね!! とってもインパクトがあります! たしかにそれをすれば名前が売れますよ!」
「でしょ! いやー、いい案を思いつきましたぜ。わははっ」
たしかに、魔法大会の会場のど真ん中で、サーカス団の名前を出したら観客は興味を覚えるだろう。
「あら、良い案だと思うわ」
「ああ、最高の考えだと思うぜ!」
ティティとアレクもその案に賛同した。
「グッドな案だと思うぜぇ!」
「グッドよグッドだぜぇぜぇ!」
ベルニーニとバルタも手をあげて賛同した。
「おーよしよし、アルフレッドは可愛いのぉ」
「ニャー」
フレディは聞いていなかった。
「それで、魔法大会は誰が出場するのですか?」
「そりゃトム座長。1人しかいないでしょうよ」
そう言って俺を見た。
フレディ以外の皆が俺を見た。
「え、俺が出場するのか?」
なんとなくだけど、そうなるんじゃないかとは思っていた。
魔法使いは俺しかいないし。
‥‥‥いや、まてよ。
「親父も魔法使いじゃなかったけ。大事な場面だから親父がやった方がいいと思うぞ!」
親父は冒険者組合では戦士だけど、魔法使いとしても戦う事が出来る。
なら俺よりも経験豊富な親父が魔法大会に出た方がいいと思った。
「たしかに魔法は使えるが達者ではない。それにだ、これはお前にとっての良い経験になる。大勢の観客に見られながら口上を述べて、そして演技をする。まさに一流のサーカス団でしか味わえない舞台に立つ事が出来るのだからな」
一流のサーカス団。
それは巨大な天幕を張り、中には数百人、いや数千人以上の観客を呼び寄せて、その大観衆の中で最高の演技を行う芸人の集まりだ。
俺達みたいな数十人の観客を集めて喜んでいるサーカス団とはちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ違うのだ。
「一流の舞台か‥‥‥。いいなそれ」
「まさに最高の舞台だ。その瞬間だけだが、一流のピエロになれた気分になるぞ!」
「一流のピエロか。‥‥‥よし、俺はやるぞ親父!!」
「その単純さ。流石は息子だ。見事あらくれサーカス団の名を広めてこい!」
「おうよ!!」
俺は拳の握った腕をあげ、ガッツポーズをして気合を入れた。
「どうやら、やる気になったみたいですね。頼みましたよロジック君! 貴方が頼りですよ」
「ロジック、がんばりなさいよ! あらくれサーカス団の命運は貴方にかかってるのだからね!」
「ロジック羨ましいぜ。最高の舞台の独り占めなんてな」
「話を聞いてなかったからよくわからんが、頑張るといいわいの。なぁ、アルフレッド」
「ニャ」
「ロジック頑張れよ! 正直な話、俺達も混ざりたいぜぃ」
「乱入するぜぃぜぃ!」
皆の鼓舞に乗せられて気分が良くなった俺は、何でも出来る気がして大きな声をあげた
「よーし、せっかくだから優勝するぜ!!」
「そりゃ無理だ」
皆にすぐに突っ込まれた。
「勝つことより、宣伝だよ宣伝。目的を忘れてはいけませんよ」
「我が息子よ、調子にのって我を失うなよ。やるべき事をちゃんとやるんだ。それが一流、プロというものだ。わかったか?」
頭をグリグリと手で押さえつけられて、俺は小さくなった。
「‥‥‥はい、了解です」
「あははははっ」
しょんぼりとした俺の姿を見て、トム座長と団員達は笑い、それから俺の背中を叩いて立ちあがらせた。
「さぁ、ロジック君には口上と演技の練習をしないといけませんね。皆さんも手伝ってくださいね」
「おうよ!!」
団員達は手をあげて声をあげた。
俺も気分を戻して「がんばるぜ!」と声をあげた。
こうして魔法都市ハリーに着くまで、俺は皆の指導を受けたのだった。
そして、それから3日後。
「見えてきましたよ!!」
トム座長は手を前に突き出して、道の先の方にある大きな都市を指差した。
「あれが、魔法都市ハリー‥‥‥」
城壁のような高い壁に囲まれた都市。
そんな都市には大きな時計台の建物立っていて、ここからでもよく見えていた。
‥‥‥他の町や王都とは全然違うな、なんというか変わった都市だ。
風変りな都市をだと思いながら、俺は馬車の中から見ていた。
こうして、あらくれサーカス団の馬車は目的地に到着したのだった。




