同業者
王都アレンシアから出発した馬車は、アレンシア王国の北西にある都市国家群の1つ、魔法都市ハリーへ向けて進んだ。
まずは王都アレンシアから一番近いバタレムの村へ行く。その次はコルトバの町へ通り、国境の関所へと向かう。関所を通ると、魔法都市ハリーへと一気に馬車を進める。
そんな道のりを進むあらくれサーカス団は、バタレムの村を目指していた。
「はい、はい、そこでターンして右手を挙げて左手を下げる。そう、その調子」
俺は馬車の中でティティに魅惑の踊りを教わっていた。
この踊りを相手に見せることにより、相手をうっとりと魅入らせてしまう‥‥‥らしい。
「はい、もう一度やるわよ。こういった演技は反復練習で体に覚えさせるものだからね。ほらアレクも一緒にやりなさい!」
「俺もかよ。まぁいいけどよ」
「それじゃまた始めるわよ。ロジックとアレク、はい始め!」
俺とアレクは、ティティの叩くリズムに合わせて体を動かしていく。
そんな風に体を動かしている時。
ガッタン。
馬車の車輪が小石を乗り越えて、大きく揺れた。
「おわっ」
俺はバランスを崩して転びそうになった。
だが横で踊ってるアレクは、そんな揺れなどお構いなしに魅惑の踊りをおどっている。
「ほら、ロジック。すぐ再開しなさい」
「は、はい!」
俺はすぐに態勢を整えて魅惑の踊りの練習を再開した。
‥‥‥やっぱり本業の人は違うな。
ティティやアレクはどんな時でも決して踊りは止めないし、バランスも崩れない。
なにより踊っている時の集中力がすごいのだ。
「はい! そこでターンして、はい! 終わり。休憩していいわよ」
魅惑の踊りの型というべき動きを終えて、俺とアレクは腰を落とした。
「はぁはぁ。踊りは結構疲れるな」
「そりゃそうさ、全身を使って踊るからな。体に疲労がすぐ溜まるぜ。だがな不思議と踊っている間は疲れないんだよなぁ」
体の動かさない箇所がないというぐらい、曲げたり捻ったりして踊るダンサー達は、休まずに長い時間踊り続ける。
そんな彼らは決して疲れても動きを鈍らせたりはしない‥‥‥というより、踊っている時は疲労しているという事が気づかないらしい。
だから彼らはもし限界が来ればパタリと気絶するように倒れるらしい。
「さぁ皆さん、村が見えてきましたよ」
王都アレンシアを出てから最初の村、バタレムの村が見えてきた。
バタレムの村に入った馬車はオーメンの宿の前に止まった。
今日はこの宿屋で体の疲れを落として、明日に備えるとのことだ。
トム座長だけ馬車を宿屋の裏に止めに行き、団員達はオーメンの宿に入り、広い部屋を取って、皆でベッドに腰を落ち着けた。
「ふぃ、やっぱりベッドは最高だぜ」
王都アレンシアから出て、この村に来るまでに3日ほどかかった。
その間は泊まれる場所がなくて野宿をしていたのだが、寝る時は馬車の中で毛布一枚を上にかけて硬い木の板の上で寝るのだ。
もちろんそれは慣れてはいるのだけど、それでも体の疲労は抜けきらない。
硬い木の板の上で寝ているので、体のあちこちが痛かったりする。
だから今日は、柔らかいベッドで眠れると思うとほっとするのだ。
「そういえば、この村に同業者がいるな」
フレディがベッドの脇でネコに餌を与えながら言った。
同業者‥‥‥となると、俺達と同じサーカス団か旅の一座、もしくは1人だけの大道芸人だ。
「ああ、広場にいたのが見えたけど、どうやらここらで、ちょっとした見世物をするみたいだな」
「どのぐらいの規模かしら、少し気になるわね。私、見に行ってみようかしら」
「俺もせっかくだから、見てみるか」
アレクとティティは村にいる同業者が気になり、すぐに部屋から出ていった。
「ロジックよ。我が息子よ。これは良い機会だ! 俺達もその同業者の腕前とやらを見に行こうではないか」
「おう! 親父殿」
たしかに俺も気になった。
もしかしたら俺達の知らない技を披露してくれるかもしれない。
これは丁度いい勉強にもなるし、自分の新しい芸を思いつく土台にもなるかもしれない思った。
俺と親父も部屋を出て行こうとすると、ベルニーニとバルク、それにフレディもついてきた。
「やっぱり、俺達も気になるし?」
「技盗んじゃうしっしー?」
「ネコの散歩だわい」
フレディはともかく、ベルニーニとバルクは相手の技を盗む気満々で言ってる。
結局、団員達は部屋を出て、同業者がいる村の広場へと向かったのだった。
「あれ? 皆さんどこいったのですか‥‥‥」
馬車を預けてから宿に入ったトム座長は、皆がいるはずの部屋の中でポツンと1人で立っていた。
村の広場に行くと、そこには大きな舞台が設置されていて、その周りには座席として青い布が敷かれていた。
その場所に、物珍しさに村人達が集まって座り、演技が始まりを待っていた。
「どうやら俺達と同じサーカス団だな。規模も同じぐらいだな。ふむ、これは楽しみだ」
俺達は敵情視察をするかのように見回しながら、座席に座ろうとした。
「これはこれは、ようこそムラナカサーカスへ。どうかどうか、この私に見物料を支払ってもらってもよろしいでしょうかな?」
俺達が座ろうとすると、広場の入り口にいたピエロのおじさんがやってきて、帽子を脱いで俺達の前に出した。
多分この帽子の中に見物料を入れてくれと言ってるのだろう。
「いくらだい?」
「中銅貨2枚ですよお客様。いや、同業者様かな?」
どうやら服を見て同じ職種だとわかったのだろう。
俺達は村人とは全く違う服を着ている。それになにより俺と親父の服は、目の前にいるピエロのおじさんと似た様な服を着ている。
「安いね。はい、どうぞ」
「これはどうもどうも。ではでは、お楽しみくださいませ」
皆がお金を帽子の中へ入れると、ピエロのおじさんはペコリと頭を下げて、クルクルと回転しながら広場の入り口に戻っていった。
それにしても中銅貨2枚か。
うちらは大銅貨1枚だったけど、もしかしたらあらくれサーカス団の料金って高かった?
あまり他との料金の比較したことがなかったので、ムラナカサーカスの料金の安さに驚いた。
ある程度人が集まると、舞台に恰幅の良い黒髭のおじさんが立った。
「皆様、お集り頂きありがとうございます。この私、ムラナカサーカス団の団長ムラナカと申します。今日は最高の1日を貴方がたにお贈りすべく、全身全霊で持ってショーをお見せいたします。どうぞ宜しくお願い致します」
深々く頭を下げた団長は、村人の拍手を背中に受けながら舞台から降りていった。
さてさて、俺は今更ながら疑問が出てきた。
「なぁなぁ、親父」
「ん? なんだ」
「俺達のあらくれサーカス団の団長はトム座長だろ」
「そうだな」
「なんでトム団長と言わないんだっけ?」
サーカス団をまとめる人物はは団長と呼ばれる。
だが、俺達のあらくれサーカス団では座長が呼んでいる。
いったい、なぜだろうか‥‥‥。
「そりゃまぁ、俺達はもともと旅の一座だったからその名残だな。トム団長と言うよりトム座長と言った方が馴染みがあるしな」
「はぁ、なるほど」
旅の一座と言えば主に、演劇や歌、踊りなど見世物として渡り歩く芸人達だ。
そして旅の一座をまとめる人物が座長だ。
たしかに俺が小さな頃は皆で演劇をしていた気がする。
その後に、サーカス団の方が儲かるとかどうとか、そんな話を仲間達でしていた気もする。
そんな昔の事を思い出していると、舞台に照明があたり芸人達があがってきた。
「ほう、見せてもらおうか。ムラナカサーカスの芸人達の腕前とやらを」
あらくれサーカス団の団員達は両腕を組み、まるで審査員になったかのように、ムラナカサーカスの演技を注意深く観察したのだった。
サーカスが終わり。オーメンの宿に帰ってくる頃には夜になっていた。
団員達は無言のまま部屋に入り、そしてベッドに腰を落ち着けた。
そして、親父が先ほど見物したムラナカサーカス団の演技について感想を言った。
「ま、まぁまぁだったな。まぁこんなもんだろう。わはっは‥‥‥」
「そ、そうね」
「あ、ああ」
「だわな」
「ニャー」
「おー」
「のーぉー」
親父の言葉に、皆は顎をかきながら目を細めて言った。
思っていた以上にムラナカサーカスの演技は良かったのだ。
皆が少し落ち込むほどに‥‥‥。
「ああ、いい勉強になったぜ」
「その前向きの根性はいいぞ。流石は我が息子よ」
俺の頭を掴んで揺らした親父は、「よし、んじゃ寝る!」と言ってそのままベッドの中に入った。
他の皆も疲れたのか、すぐにベッドの中に入っていった。
早々と皆が寝る中で、俺はベッドに座って今日のムラナカサーカス団の演技を思い返していた。
‥‥‥勉強になった。特にムラナカサーカス団のピエロはなかなか面白かった。
俺達の前に見物料をとりにきたピエロ。
そのピエロが舞台に立って、村人達に大いに笑わせて盛り上げていた。
ピエロの技術も演技もそうだけど、なにより笑いを引き出す力がすごかった。
おどけた表情に、ひょうきんなポーズ。時にはすごい技術の演技を見せつつも、すぐ自分を落としめて笑いに導いていた。
まさに自分を犠牲にして人を笑わせていた。
「‥‥‥」
ふと、自分の場合はどうだったかを思い出す。
観客席にいる人達には「おー!」と技術で驚かれていたけど、それだけだった気がする。
笑い声があまり聞こえてなかったような気が‥‥‥する。
「‥‥‥はぁ」
俺も皆と同じようにベッドの中に入った。
部屋の天井を見上げながら、ゆっくりと意識を落としていった。
‥‥‥良い勉強になった。
そう思いながら、俺は目を瞑った。
深夜。
トム座長は村のある酒場でアルコール度数の高いお酒を飲んでいた。
顔を赤くしながら、寂し気な姿でポツリと声に出した。
「最近、なんだか皆が冷たい気がしますよ」
「はぁ‥‥‥」
困った顔をした酒場の亭主は、グラスを拭きながらトム座長の愚痴を聞いていた。




