マスターピエロと童話
フィレンツの宿、小さな部屋の中であらくれサーカス団の皆が集まっていた。
部屋の真中に机を置き、その机の周りを皆で囲んでいた。
「さて、皆さんに言わなければならないことがあります」
トム座長は机の上に肘を置き、両手の指を交差させながら皆を見た。
団員達はごくりと喉が鳴った。
なんだか部屋の中が重苦しい緊張感が漂ったからだ。
「許可書が‥‥‥貰えませんでした」
「!!」
驚愕の一言だった。
団員達は口を開け、言葉を出す事が出来ずに固まった。
だがそんな中、親父はすぐ冷静さを取り戻して机に手を置いた。
「と、申しますと。トム座長。俺達はここでサーカスの興行が出来ないと?」
「いや、中央通りと王城付近の許可はとおりませんでした。すでに貸し与える場所もないとのことです。なので、もしサーカスとして興行をしたいのであれば、どこか個人で所有する建物を借りるか、はずれの通りの隅っこにある空き地でも借りるか‥‥‥とのことです」
「建物は借りる‥‥‥は出来るんですかい?」
「お金が足りません。無理です。なので安く借りることが出来る空き地くらいしかないのですが、これまた人がまったく通らない場所でしてね」
そうしてトム座長は俯いて溜息を吐いた。
‥‥‥なんだか俺も含めてだが、うちらのサーカス団の人達は溜息を吐くのがとても多いと思うな。
「どうします。もうこの際ですから、別の所に行きますかい?」
当初は賑わいを見せているこの場所で、がっぽり稼いでいくはずだった。
だが、もう稼げる当てもなくなったので、俺達はもうここにいる必要がなかった。
「そうですねぇ‥‥‥。まぁ、これから何処に行くにしても情報が欲しい所です。なので皆さん、次なる目的地の場所としてより良い場所を、各自調べてきてはくれませんか」
次なる目的地。
お祭りなど、なんらかの行事がおこなわれる場所がどこかにないかを、ここで情報を集めて、次なる目的地の場所を決めようと考えているのだ。
「ういっす。となると俺達はどうします? こんな状況になると、俺と息子は冒険者組合の方で稼いだ方が良さそうですけど」
「たしかにその方がいいだろうね。バレルク、そちらも大変だけどお願いできるかな?」
「まかせてくださいトム座長。俺達はサーカス団は家族。助け合いは当たり前ですよ! というわけで、ロジック行くぞ! 俺の息子として最高の働きでもってあらくれサーカス団に貢献してくれ」
そう、俺達あらくれサーカス団は皆家族。
一番稼げる奴が働いて支えるのが常識ってもんだ。
「バレルク、ロジック。助かりますよ。いずれ、儲かった時はちゃんとお金は返しますし、お給金も弾みますよ」
「おまかせあれ!!」
こうして俺と親父はフィレンツの宿から出て、王都にある冒険者組合へと向かったのだった。
それから1週間後。
俺はゼェゼェ言いながら、ある獲物を追いかけて全速力で駆けていた。
「ま、待ってくれ、マジで待ってくれよ!!」
俺の言葉など聞こえてないかのように走り、素早い身のこなしで曲がり角をまがった。
その後を追った俺は、曲がり角をまが‥‥‥りけれなかった。
足を踏み外して、転がって壁に体をぶつけた。
「痛ってぇー」
ぶつけたとこを摩りながら、俺はすぐ体を起こして獲物を探した。
がしかし、獲物はもう目の前にはいなかった。
見失ってしまったのだ。
俺は落ち込んで「はぁー」と溜息を吐いた。
そしてポケットに入れていた紙を手に持って広げた。
「こんな依頼受けるんじゃなかった‥‥‥」
手に持った紙は依頼書だった。
依頼書には101匹ネコちゃんの捜索と書かれていた。
報酬が大銀貨1枚という破格の値段だったのでつい受けてしまったのだけど、これがまた、とても難しい依頼だった。
この王都にいる101匹のネコを拾う依頼だと思っていたら、貴族様がもともと飼っていて、逃がしてしまった101匹のネコを見つけて保護する依頼だった。
だから、どのネコが貴族様の飼っていたネコかどうかわからず、1匹ずつ探して貴族様の元へ持っていかなければならなかった。
そうして気づけば、依頼を受けて1週間も経っていた。
もちろんまだ依頼は達成していない。
「83匹。あと83匹もいるなんて、まじで辛い」
正直諦めたい‥‥‥というか、今更だけど無理な気がしてきた。
「はぁ‥‥‥」
俺は立ち上がり、追いかけていたネコを諦めて休憩することに決めた。
「ふぃー」
俺は静かな公園にある長椅子に全体重を乗せるように座った。
「お疲れだね。ロジック」
俺の横に座ったロレンスは、笑いながら俺を労った。
最初に会ってからこの1週間、ロレンスとはよくこの公園で出会う。
お互い約束をしたわけではないのだけど、お昼になったらこの長椅子に座って、俺もロレンスもお互い来るのを待ってるのだ。
「まだ101匹ネコちゃんの依頼をやってるのかい?」
「そうだよ。お金に釣られて始めたけど、この依頼を達成出来る気がしないわ。もう諦めようか悩んでるんよ」
「すごい数のネコちゃんだよね。僕でもこの依頼はやらないなぁ。例え野良ネコ集めだったとしてもね」
「そうか、ははっは‥‥‥はぁー」
‥‥‥まじかぁ、ロレンスでもそう思うのか。
よし、止めよう。この依頼は諦めよう。
「そうそうロジック、お金が欲しいならいい考えがあるよ?」
「お、まじか」
とても興味深い話なので、姿勢を正してロレンスに向き直った。
「なに、僕の仲間になればいいんだよ」
「はぁ?」
「勇者とその仲間達には各国から多大な報奨金が貰えたりするんだよ。それだけじゃないよ。危険な魔物退治をすると、そのたびにお礼金とかを渡されたりするんだ。おかげで僕達は結構お金持ちだったりするんだ」
「まじかよぉ」
知らなかった。そうやってお金を貰えたりするんだ。なんて羨ましいんだ。
「どうだい、僕の仲間にならないか?」
「なるほど。だが断る」
たしかにお金は欲しいけど、命をかけるほどのものではない。
勇者パーティに入ってお金持ちになっても、死んでしまっては意味がない。
何事も命あっての物種というやつだ。
「おおーピエロよ! お金の為に死んでしまうとは、ふがいない!」と神父様に言われたくないしね。
「なかなかロジックも強情だね」
「ロレンスはしつこいよな。諦めろよ」
いい加減俺を誘うのを諦めてほしい。
それにすでに勇者の仲間は揃っている。もう俺なんて必要ないはずだ。
「ピエロの俺を誘うなんてどうかしてるぜ」
「僕はそうは思わないけど‥‥‥そういえばロジック、マスターピエロって知ってるかい?」
マスターピエロ。たしか童話だったよな。
よく親父が自分を指してマスターピエロとか言ってるけど、ロレンスもマスターピエロについて知ってるとは思わなかった。
「まぁ。読んだことはないけど名前ぐらいは知ってるな」
「そうか、なら一度読んでみるといいよ」
「そうね、読んでみるといいかもね。それともう行くわよ」
いつものように、メシアが俺達の座っている長椅子の後ろに立っていた。
「今日は早いねメシア。もっとゆっくりでもいいのに」
「そうはいかないの。今日の侯爵様との会食を忘れちゃったの?」
「ああ、そうだったね。正直あまり行きたくはないのだけど」
「でも行くの。約束したのだからね!」
「わかった。それじゃロジックまた明日」
「お、おお。明日いるかどうかわからないけどな」
ロレンスは立ち上がり、軽く手を振ってお城に向けて歩いていった。
「ピエロのあなた」
「ん?」
声をかけられてドキッとした。
ロレンスが公園を出ていったのに、なぜかメシアはまだ俺の前にいたのだ。
「貴方はロレンスとお友達なのかもしれませんけど、彼は勇者なの。勇者の傍にピエロがいると変な噂が立つの。だから、これからここに来ないで欲しいの。わかった? それでは失礼します」
メシアは睨みつけるような目で俺にそう言って、公園から出ていった。
俺は頭をポリポリとかきながら彼女の去って行く姿を見ていた。
毎回だけど、彼女と会うたびにこのような言い方をされる。
俺自身が嫌われているというよりか、ピエロといった遊び人を嫌っているみたいだ。
「うーん、遊び人という職の名前が勘違いさせるんだよなぁ。ピエロだって大変なんだぜ」
‥‥‥まぁ、最近は冒険者ばかりしているせいか、全然ピエロしてないけどね。
俺は近くで買った手のひらサイズの5つのパンを、クルクルとジャグリングをして回し、一つ一つ口の中へと入れていった。
「うっぷ、さてと行きますかねー」
俺は101匹ネコちゃんの捜索依頼の破棄をお願いしようと、冒険者組合の建物に向かった。
「あ、本屋か」
俺は冒険者組合がある場所へ向かって歩いていると、童話が立ち並ぶ本屋を見つけて立ち止まった。
‥‥‥たしかマスターピエロの童話を一度読んでみるといいよ、と言っていたよな。
せっかくなので俺は、本屋に入って見てみることにした。
すると中では白い帽子と白いフードを身に着けている神官が本の整理をしていた。
「!!」
その後ろ姿が、先ほど出会ったメシアにそっくりだったので、もしかしたらと思って驚いた。
だけどよく見ると違った。この神官の女性はメシアよりもっと大人ぽっくて、なにより優しそうな顔つきをしていた。
俺がその神官の女性を見ていると、こちらの視線に気づいたのか俺を見てニコっと微笑んだ。
「なにかお探しですか?」
「あ、えっと、マスターピエロの童話あります?」
「あら、古い童話をお探しなのですね。少々お待ちくださいね」
店の奥にある棚から本を1冊取り出して、俺の前に差し出した。
「これで宜しいでしょうか」
「あ、はい。多分」
本の表紙には『マスターピエロは何処へ行く』と書かれていた。
俺はその本を受け取り、最初の1ページ目を開いてみた。
そのページには人物のイラストが描かれていた。
道化師の姿をした少年と、鎧やローブなどを着た4人の男女。
「この絵の真ん中にいる少年が、のちにマスターピエロと言われる様になるフティム様です。そしてその周りにいるのが、その少年を支えた仲間達ですよ」
「へぇー‥‥‥この人達が支えたの?」
ピエロの名前の付く童話だから、サーカス団や旅の一座の中で一人前のピエロとして成長する物語だと思っていた。
だから支える仲間は芸人達だと思うのだが、どうもこの絵を見ると屈強な戦士や魔法使いなど、戦う人達に見える。
‥‥‥ああ、あれかな。そういった仮装をしているのかな。最近の言葉だとコスプレというやつか。
「はい。フティム様を支えたのはテンドウ家のアイレン様、ヒラガ家のドルト様、そしてカドウ家のフィータ様。そして剣豪アクトレイ様の4名です」
「ええっ!」
違った。仮装とかコスプレとかじゃなかった。彼らはバリバリの戦士達だった。戦う人達だった。
「なんでこの人達がピエロの少年を支えるんだ?」
俺は首を傾げた。
そうしてもう一つの疑問が浮かんだ。
ピエロを支える人達の家系、どこかで聞いたことがある。
たしかテンドウ家、ヒラガ家、カドウ家はたしか‥‥‥。
「彼らは勇者を支える一族と仲間。そしてマスターピエロは勇者その人なのですよ」
「ピエロが勇者なの?」
「はい、そうです。この童話はだいたい500年ほど前の勇者の物語なのですよ」
「‥‥‥はぁ」
俺はその本をじっくりと見た。
確かに周りの仲間達は強そうな人物像をしている。
しかしマスターピエロと呼ばれる勇者の少年はそれほど強そうには見えなかった。
「ちなみにこの童話って実話なの?」
童話は、子供達に読み聞かせるような神話や伝説など創作された物語もある。
なので、この物語はそういったものなのかなと思い神官の人に聞いてみると、彼女は首を振って本の裏を見せた。
するとそこには星の‥‥‥半分の印が付いていた。
「この童話は星の神様がお読みになった本です。そして我らが信仰する星の神は、実話以外には星の印を与えたことがないのですよ。なので、この物語は多少の脚色は入っているかもしれませんが、実話として認識してます」
あれ、そうなのか。
出来の良い創作の童話でも星の印を貰えると思っていたけど、そうでもないのか。
「へぇ、なるほど‥‥‥だけど、星の印が半分になってるけど、これは?」
「‥‥‥実は、それに関しては私もよくわかってはいないのですが、どうもこの物語はまだ終わってない、未完成だと言われています。なので星は半分と」
そんなことってあるんだな。
しかし未完成の童話か。不思議と興味が湧いてきたな。
よし、読んでみようか!!
「それじゃ、この本買います。おいくらですか?」
「はい、ありがとうございます。大銀貨1枚です」
「やっぱり、いいです」
思っていた以上の値段だったので即答した。
俺は手に持った本を神官の女性に返して本屋から出ていった。
「無理むりー、そんな高いの無理だぜー」
そう口ずさみながら冒険者組合に向かったのだった。




