アレンシア王国へと出発
泣いている声が聞こえる。
俺はいったい誰が泣いているのかと振り向くと、1人の少年が泣いているのが見えた。
どこかで聞いたことのある声に、俺は気になって泣いている少年に近づいた。
その金色の髪をした少年は手で涙を拭きながら、俯いて座っていた。
近づいた俺はその少年の顔と声で、ようやく誰だかわかった。
「ロレンスどうした。なんで泣いてるんだ?」
その少年は俺の親友。少年の頃のロレンスだった。
思えばあの頃のロレンスはよく泣いていた気がする。
「戦うのが怖いんだ‥‥‥僕は臆病だから、あんな恐ろしい魔物となんて戦えないよ。なのに皆が僕に戦えって言うんだ」
「そりゃ、まぁ勇者だからしょうがないわな」
そう答えてる俺も、いつの間にか昔の頃の少年になっていた。
ロレンスは魔王を倒す宿命を背負っている。
だから勇者として、魔王を倒すまで戦い続けなければならない。
もし勇者が戦うのを止めてしまえば、この世界は魔王によって支配されてしまうだろう。
魔王がこの世界を支配したら、俺達人間はどうなる?
多分奴隷になるか、食われるかの2択になるんじゃないかな。
なら勇者には魔王を倒してもらわないといけない。
魔王を倒せる唯一の人間は、勇者だけなのだから。
「僕は勇者になりたくなかった。僕は白いキャンパスを片手に持って歩く画家になりたかったんだ」
「たしかに、お前の絵は上手かったな。勇者じゃなければ一流の画家になれたかもな‥‥‥。でもお前は勇者に選ばれたんだ。なら仕方ないよ」
「仕方ない‥‥‥か。でも僕1人で戦い続けるなんて無理だ」
古の勇者は仲間と共に戦った。
その仲間は、聖魔法で癒す神官テンドウ家、魔法を巧みに操るヒラガ家、武道を極めるカドウ家の3つの家系が勇者を支えたという。
だが、今はその一族は存在しない。前の魔王との争いで、その一族達は不幸にも死に絶えてしまったとのことだ。
だから今回の勇者ロレンスは、その仲間達の支えなしに1人で戦いに行くことになる。
「ならさ、新しい仲間を見つければいいじゃないか。この世界には優秀な人間は沢山いるぞ。もしかしたらかつての勇者達より強力な仲間に出会えるかもよ?」
俺はニィと笑ってロレンスに言った。するとロレンスは俺の方に顔を向いてこう言った。
「ならさ、僕を手伝ってくれ。いや、僕の仲間になってくれ」
「‥‥‥それは‥‥‥無理だ。だってさ、俺は見習いピエロ。勇者の仲間には一番入れちゃいけないんだぜ?」
‥‥‥わかってるはずだ。
俺みたいな弱いのを仲間にすると、勝てる戦いも勝てなくなるということを。
そんな俺の言葉に、少年姿だったロレンスが青年姿になった。そして手を差し出した。
「そんなことはない。‥‥‥僕は待ってるよ。君が仲間になってくれることを」
「‥‥‥」
ロレンスの言葉とともに目の前が歪む。
そして真っ暗になって、そして‥‥‥。
俺は目を覚ました。
チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえて、それから窓から光が差し込んできた。
体を起こすと、俺の上にかけられていた布団がパサリと落ちた。
ついでに額に乗せられていた濡れ布巾も落ちた。
俺は辺りを見回すと、そこはジェーソンの宿屋の1室だった。
俺はその部屋のベッドで寝ていたのだ。
‥‥‥そういえば、俺はどうやって宿屋に帰ってきたか覚えていないぞ。
たしか帰る途中で気を失ったようなきがするんだけど‥‥‥。
そう思っていると、部屋のドア開き親父が入って来た。
「おお、起きたかバカ息子よ! 全く、心配させよって」
起き上がったばかりの俺の頭を、押さえつけるように撫でた。
そしてそのままベッドに寝かされた。
「今日は寝とれ。神官様のありがたーい神聖魔法で体を治してもらったが、それでも疲れは治らんからな」
「神官様?」
そういえば気絶する前にあった激しい痛みがなかった。
体を見てみると傷すらなかった。
なるほど、神官の神聖魔法で体の傷を治してもらったのだろう。
「俺どうしてここで寝てるんだ。親父が連れて来てくれたのか?」
「いや、俺じゃないぞ。倒れたお前を宿屋まで運んだのは、小さな少女だ」
「少女?」
「どっかで見た少女だったな。泣きながらお前を運んでいたぞ」
泣きながら? 誰だろう‥‥‥。
「今度会ったらお礼言っておけよ。すごく心配していたぞ」
「ああ‥‥‥」
「それとだ。‥‥‥これからは無理はするな。絶対にだ!」
「んん? なにがだ」
「受付から話は聞いている。巨人ギガースと戦ったんだってな。本来、戦いの素人のお前が勝てる相手じゃない。今回は本当に、最高に運がよかったんだ。次は必ず死ぬ。だから今度は戦うな。逃げろ。人質がいるとか、危機的な状況に陥っている人がいても、助けずに逃げろ。自分の命だけを考えろ!!」
親父はベッド脇にある椅子を座りながら俺に指差した。
「俺もそう思っていたんだけど‥‥‥体がな。勝手に動いちまったんだ」
実際は逃げるつもりだった。
だけど助けを求める声に、思わずギガースと立ち向かってしまった。
「‥‥‥まぁいいだろう。うむ、しかしよく巨人ギガースを倒せたな。ギガースが絶滅していなかった事にも驚いたが、お前が勝てたのビックリものだったぞ!」
「ああ、親父の言う通り本当に運がよかったんだよ。もう絶対こんな命がけの戦いはしないぜ」
「うむ、それでいい。身の丈にあった仕事をするのが一番だ。それに俺達の本業はピエロだ。色んな人に芸を見せて笑わせて喜ばせるのが仕事だ。戦いは本業ではないのだからな」
「さてと」と言って椅子から立ち上がった親父は、部屋から出ようとした。
そして何かを思い出したかのように俺に振りむいた。
「そうそう、明日この町から出るぞ。収穫祭も今日で終わったしな。ちなみにお前は2日間寝ていたぞ」
「え? まじで!」
衝撃的な言葉を残して親父は部屋を去って行った。
「‥‥‥まじで?」
そんなに長く寝ていたのに驚いた。
ギガースとの闘いで消耗した体力と精神には、それだけの休息が必要だったみたいだ。
次の日。
完全に回復した俺は、1階の酒場に降りてあらくれサーカス団の皆がいるテーブルに向かった。
「おはよう! ロジック君。体の調子は大丈夫かい?」
「ロジック。お前まじで傷だらけだったし、もう大丈夫なのか?」
「そうだぜぃ、大丈夫なのかい!」
「大丈夫かい? かい?」
トム座長と他の団員達も俺を心配そうに見た。
「心配かけました。もう大丈夫です!」
俺はバク転を2回して、それから手を広げてお辞儀をした。
自分の体は問題ないとアピールしたのだ。
「うむ、それならよかった。しかし本当に驚いたよ。あんなにボロボロになって帰ってくるなんて、もうそんな危険な事をしてはいけないよ。わかったかい?」
「はい。もうしません‥‥‥というか、したくありません」
「うむうむ、それなら宜しい。さて、それでは皆が集まったことだし、これからの事を話しますよ」
俺はすぐに席について、団員の皆と共にトム座長の話を聞いた。
「ようやく活動資金がある程度は溜まりました。なので、当初の目的地であるアレンシア王国へと目指しますよ。さぁ、これを見てください」
トム座長はテーブルに地図を広げた。そして今俺達がいるアバランマの場所に指をさした。
「今はここバーミリオン王国王都ナザレの西にあるアバランマにいます。そしてここからマーメイを通り、さらに西へ行くとアレンシア王国に入ります。それから国の中心へと入って行き、王都アレンシアへと目指します」
これから進む道を指でなぞりながら、トム座長は周りの皆を見回した。
「少しだけ長い道のりですが、皆さんがんばって行きましょう!」
「おうよ!」
団員達は気合を入れて返事をした。
それから席を立ちあがって出発の準備にはいった。
「トム座長。一度冒険者組合に軽く挨拶してくるので、俺がいなくても出発していてください。町の入り口で合流しましょう」
元気満々に立ち上がった親父は、両手を腰につけた。
「うむ、わかりました。それでは後で合流しましょう」
「我が息子よ、お前の分まで受付に挨拶しておくから。お前はお前の準備をしておけよ」
「おう、頼んだ」
親父は冒険者組合に向かって走っていった。
‥‥‥元気だな親父は。そういえば、親父の依頼は終わったのだろうか。
ふと思えば、親父がなんの依頼をしていたのか聞いてなかった。
後で聞いてみようと俺は自分の部屋に荷物を取りに行った。
馬車に自分の荷物を置いてから、トム座長に頼まれた保存食と薬草を買いに道具屋に行った。
そしてそれらの荷物も馬車に入れて出発の準備を終わらせた。
準備を終えた団員達が集まると次々に馬車の中へと入っていった。
「それでは出発しますよ。皆さん準備はいいですか?」
「いいですよ!」
トム座長が馬車の前部に座って手綱を手に取って、団員達に振り返って確認をとった。
すると団員達は、準備出来た事を声に出した。
「それでは、出発!!」
トム座長が持つ手綱を鞭のようにしならせて打ち、馬が動き出した。
馬車の車輪が回り、前へと進みだした。
「あ!」
「ロジックどうしたの?」
俺が出した声に反応したティティは、頭を傾げた。
「そういえば、お礼言ってなかったな」
「お礼?」
自分をジェーソンの宿屋まで運んでくれた少女に、お礼を言ってなかったことを思い出した。
「ティティさん知らない? 俺を運んでくれた少女の事」
「あー、赤い髪の子よね。思えばロジックを運んだ後すぐいなくなったわね。ねぇ、皆はあの子が何処にいるか知ってる」
ティティが皆の方に向いて、その赤い髪の少女の事を聞いた。
しかし誰も知らないのか首を振った。
「‥‥‥そっか、どうしようか」
俺を運んでくれた少女にお礼が言いたい。
その子のおかげで宿屋に帰ることが出来たのだ。
なのだけど、馬車はもう出発している。
もうその子を探す時間もない。
「またここに来た時にでも、探してみたら?」
「そう‥‥‥だね。そうしよう」
これからの俺達はアレンシア王国へ行くけど、そこにずっといるわけではない。
またいつか、この町へと来ることはあるだろう。
その時にでも探してお礼を言ようと思った。
こうして、あらくれサーカス団は町の入り口で親父と合流して、それからアレンシア王国へと向けて出発したのだった。




