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1.ごあいさつ<前編>



 結婚式の翌日、コレットは目を覚ますと一人寝台の上にいた。


(あれ……?)


 見慣れない天井に、戸惑う。けれどすぐに、昨日結婚式を挙げて、ここがクラウスと共に住むことになった家であることを思い出した。


(クラウス様は……)


 首をめぐらせて、広い寝台の上を探す。そこに夫となったクラウスの姿はなく、もしかして昨日のことは夢だったのかと不安になったコレットは、上着をはおり、階下へ移動した。




「まぁ」


 コレットが、口元に手をあてて、小さな声をあげる。

 一階の居間のソファでは、長い足をはみ出させて、クラウスが昨日の服のまま眠っていた。

 金の髪が乱れ、うっすら髭が伸びている。どうやら、帰宅してそのまま寝てしまったようだ。

 コレットは、自分が昨夜ゆうべこのソファでクラウスの帰りを待っていて、たぶんそのまま眠ってしまったことを思い出した。寝室にはクラウスが運んでくれて、きっとその後クラウスもここで寝入ってしまったのだ。


「クラウス様、おはようございます」


 コレットは、クラウスの肩にそっと手を置いて呼びかける。クラウスは眉をひそめて「ん……」と反応したが、起きることはなかった。


(今日はお休みっておっしゃっていたし、無理に起こすことはないのかしら)


 初日からクラウスをこんなところで寝させてしまったことに申し訳ない気持ちになりながら、コレットは考えこむ。そして、せっかくの休みなら起きるまで眠らせてあげようと思い、先に朝食の準備をすることにした。




*****



 とんとんと、包丁を使う音がする。

 日の光と食べ物の匂いに起こされたクラウスは、狭いところで眠ったせいでギシギシと痛む体を、ゆっくりと伸ばした。


「……」


 まだ酒の残る頭はにぶく、胃のあたりがむかむかする。昨夜は分隊員たちに注がれるまま、しこたま呑み、戻ってきたのは明け方だった。

 コレットは怒っているだろうか――

 そう思いながらこっそり家に帰ると、コレットは居間のソファで眠っていた。クラウスは羽根のように軽い体を抱いて寝室に運び、風呂に入ろうと思いながらもそのまま寝てしまった。


「あ、おはようございます」


 店で見るのとは違う、明るい色合いの服を着たコレットが、クラウスが目覚めたのに気づく。私服も髪を下ろした姿も何回かは見ていたが、同じ家の中にいて、朝一番にあいさつを交わすことができる状況に、クラウスの心臓が跳ね、卒倒しそうになった。


「昨夜はかなり召されたようですが、朝ご飯はどうなさいますか?

 軽いものがいいかと思って、スープを作ったんですけど」


 コレットの手には、湯気の上る皿がある。いい匂いのもとはそれで、クラウスは胃のむかつきも忘れて、こくりと首肯した。


「パンも焼きますか?」


「スープだけでいい。いや、先に風呂に入る」


「わかりました。ご用意できてます」


 にこりとコレットが微笑む。何時に起きたのか。コレットは風呂と食事の用意を整えて、クラウスが起きるのを待っていてくれたようだった。





 具はセロリとキャベツだけ、というシンプルなスープは、しかしチキンでていねいに出汁をとってあり、酒で焼けた胃に沁みわたった。


「……うまい」


「ふふ、よかったです」


 ダイニングのテーブルの向かいに座るコレットは、薄化粧をした頬に温かな笑みを浮かべる。クラウスはうっかりその笑みに見とれて、コレットが小首をかしげるのに我に返り、慌てて残りのスープを口に運んだ。


「昨夜は遅かったんですか?」


「あぁ、つい奴らに呑まされてしまった。待たせてすまなかった」


「いえ、私のほうこそ、寝てしまって……。運んでくださったんですよね。ありがとうございます」


 コレットが、恥じらうように頬を染める。クラウスはスプーンを皿に置き、この環境が続いて、はたして自分の身はつのだろうかと胸を押さえた。


「クラウス様? 具合が悪いんですか?」


「いや……」


 まさか、君があまりにも可愛くて、などとは言えないクラウスである。

 クラウスは心配そうな顔をするコレットに無理に微笑み返し、頭を切り替えて今後の予定を話し合うことにした。


「俺は休みだが、君は?」


「私も数日お休みにしました。いろいろ片づけもありますから」


 コレットが部屋の隅を見やる。クラウスがコレットの視線を追った先には、コレットの物らしき荷物が積んであった。


「わかった。

 荷物が片づいてからでいいのだが、よければ、俺の両親に会ってほしい」


「! あっ、そうですよね」


 遙か遠くに故郷があるコレットと違い、クラウスの実家はティル・ナ・ノーグ郊外の農村にある。荷物の片づけよりそっちが先だと言ったコレットに、クラウスは「すまない」と言った。


「そんなこと……。あぁ、でもお菓子を作る時間をいただけますか? せっかくなので、お持ちしたいんです」


「気を使うことはない。今から作るのは大変だろう」


「大変なことはありませんし、手ぶらで行くわけにもいきません。材料は今日お店で使うはずだったものを持ってきていますから、そろってるんです」


 だから作らせてくれ、というコレットに、断る理由もなかったクラウスは「まかせる」とうなずいた。




*****




 クラウスの両親の家は、ティル・ナ・ノーグの城壁の外に広がる、広大な農地の一画にあるということだった。実家に向かう道すがら、コレットはクラウスの家族の話を聞く。


「では、ご実家はお兄さんが継がれていて、ご両親も弟さんたちもみなさん一緒に住んでらっしゃるのですね」


「あぁ。いずれは弟たちも家を出るだろうが、今は働き手としてそれなりに役に立っているらしい」


 クラウスも、分隊長になるまでは郊外の自宅から隊舎に通っていたこと、肥沃な大地と温暖な気候のおかげで農作物はたいへん育てやすく一家で暮らすのに収入面での問題は何らなかったが、兄弟で一人くらい別の職業についたほうが安定するだろうと、体格にめぐまれた自分が騎士を目指したことなどを語った。


「えっと、では、本当は騎士になられるのはお嫌だったのですか?」


「嫌ということはない。……が、志願した当初はさほどの熱意はなかったかもしれないな。今思えば、無礼な話だ」


 けれど、先輩に恵まれ仲間に恵まれ、騎士の精神と心身を鍛えるおもしろさにあっという間に時間は過ぎ、いつのまにか騎士以外の生き方は想像できなくなっていたとクラウスは言った。

 コレットは、懐かしそうにとつとつと思い出話をするクラウスの横顔を見上げる。騎士としてではなく、素のクラウス自身の話を聞くことは珍しく、低く響く声が心地よくていくらでも聞いていたかった。




 途中、カフェで一休みしてから、街の城壁をくぐる。

 自然豊かな街道をしばらくいくと、急に視界が開けた。遠くに見える山々を背にして、のどかな田園風景が広がる。

 クラウスの家は、かなり広かった。玄関先で声をかけると、前掛けをした年配の小柄な女性が出てきた。


「まぁ、おかえり! どうしたの、突然」


 驚きに見開かれた瞳は、クラウスと同じ碧色だ。栗色の髪は、後ろで一つにまとめられている。コレットはクラウスの背後から顔を出し、緊張の面持ちで頭を下げた。すると、クラウスの母親――エリサはあんぐりと口を開け、次いで叫んだ。


「きゃああああ!? お父さん! お父さぁん!」


 エリサが、家の奥へばたばたと駆けて行く。慌てて何かにぶつかったのか、物が落ちる音や悲鳴が聞こえた。


「……騒がしくてすまん」


「いえ、ふふっ

 なんだか素敵なお母様ですね」


 クラウスの案内で家に上がりながら、コレットは微笑む。エリサの率直な反応に少し緊張が和らぎ、笑みを浮かべる余裕ができた。


「母は、基本的にそそっかしい。それに弟たちは……」


 クラウスが、家族の個々の性格について話そうとしたところで、締めたはずの玄関が勢いよく開いた。


「うおっ、本当だ! クラウスにぃが女の人連れてる!」

「なになになになに、どういうこと!?」

「え、甘い匂い! ってかその人誰? 兄ちゃんの何?」


 仕事の最中だったのだろう。泥のついた作業着を着て長靴を履き、肩や頭に葉っぱをつけた少年やら青年やらが飛び込んできた。


「左から、トゥーレ、ヴァリオ、アルマスだ。アルマスが俺のすぐ下で二十五、ヴァリオが十八、トゥーレが十四になる」


「おれ、もう十五だよ、兄ちゃん」


「ん? そうだったか。こいつが一番うるさいから気を付けてくれ」


 クラウスが、トゥーレを顎で指してコレットに言う。母親によく似た少年は、にきびの浮かぶ頬をぷぅっと膨らませた。


「ひでぇっ。人の歳間違えといて、なんだよ、その言い草!」

「トゥーレがうるさいのはいつものことだろ。さっきだって、たかが蜂くらいで大騒ぎしてさ」

「なんだよ、ヴァリオ。だって蜂だぜ? 刺されたら嫌じゃん」

「おまえが騒ぐからよけい蜂が興奮するんだよ。そっとしとけば、たいした害はないって」

「おれ、あの、ブーンって音だけで嫌なんだよね。おしりがむずむずして走り出したくなるんだ」

「蜂は急に動いたものを追っかけてくんだ。一緒にいたら、一番に刺されるのはトゥーレだな」

「えええ」


「トゥーレ、ヴァリオ、その辺にしとけ。

 クラウスにぃ、おれたちのことより、その人のこと紹介してくれよ」


 言い合いを始めた四男と末っ子を、三男アルマスがたしなめる。青みがかった灰色の瞳に、淡い金髪をしたアルマスは、三人の中では一番クラウスに似ていた。


「みんなそろったら紹介する。とりあえず、着替えてこい」


「えぇ、けちっ。名前くらい教えてくれたっていいじゃん」


 口を尖らせて言うトゥーレは、まだ幼さの残る顔立ちで、まくった袖からのぞく腕もしなやかで細い。ヴァリオも似たようなものだったが、トゥーレに比べれば随分大人びて見えた。


「兄ちゃんが女の人連れてくるなんてなぁ。はじめてだよな。

 前、なんだっけ。やけに口の上手い部下だかなんだかは連れてきたけど」


 ヴァリオが言うのは、たまたま任務の途中で立ち寄ったときに一緒だったエメリッヒのことだ。クラウスがそうコレットに説明し、コレットがうなずきながら聞いていると、それまでわぁわぁ騒いでいた兄弟たちがじっとコレットを見つめた。


「あっ、えっと、その、コレット=ラヴィネルです。よろしくお願いします」


 三人の視線に気付いたコレットが、慌ててあいさつをする。コレットと目が合ったトゥーレは赤面してヴァリオの背中に隠れ、ヴァリオはトゥーレを気にしつつ頭を掻き、アルマスはぴゅぅっと口笛を吹いた。


「コレットさん、よろしく。三男のアルマスです」


「よろしくお願いします」


 アルマスが差し出してきた手を、コレットが握る。剣ではなく鋤や鍬を握っている手は、ごつごつとして固かった。


「おれ、ヴァリオです。よろしくです。

 ほら、トゥーレ、あいさつしろ」


「……あ、どうも」


「こいつ内弁慶なんすよ。身内だけだとさっきみたいにうるさいのにさぁ」


 ヴァリオが、トゥーレを振り返って言う。トゥーレはヴァリオに言い返そうと口を開きかけたが、コレットが見ているのに気付くとうつむいてしまった。


「まぁまぁ、あなたたち、そんなところで何してるの。中に入って。

 お父さんもヘンリクも、今来るわ」


 エリサがお茶の乗ったおぼんを手に、息子たちに呼びかける。ぞろぞろと居間に入って行く兄弟について、コレットも深呼吸をして広い背中を追った。






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