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31.ニーヴに捧げる永遠(とわ)の唄3



 訓練場からは、分隊員たちの気合いのこもったかけ声が聞こえていた。

 その合間には、コレットはほとんど聞いたことのない、クラウスの怒鳴り声も混ざっている。


「そこ! もたもたするな!」

「脇が甘い! 隙を作るな!」

「おい! 一人の勝手な判断が全員を危険にさらすんだ!

 先走るんじゃない!」


 クラウスの指示がとび、分隊員がそれに答える。真剣な訓練の様子に声をかけるのははばかられ、コレットは物陰からそっと見学することにした。


 訓練場では、五人ずつに分かれた分隊員が、お互いを仮想の敵と見なして戦っていた。日の光を浴びてきらめく模擬刀は、刃はつぶしてあるのだろうけれど、当たれば痛そうだった。


「いざ参る!」


「ローシャ! よけいなかけ声はいらん!」


 一人の分隊員と向かい合い、模擬刀で半円を描いて構えたローシャに、クラウスがぴしゃりと言い放つ。他の分隊員がどっと笑い、周りの緊張がほどけた。


「おまえら、真面目にやれ! 油断して怪我するのは自分だぞ!」


「だぁって、分隊長。もう疲れましたよ。休憩しましょうよ」

「そうですよ。今日は任務がないからって、朝から訓練ばっかり。無理して動いても、それこそ怪我の元ですって」


「集中しないから怪我をするんだ。実際の任務では、休憩なぞできないんだぞ!」


「そうですけどぉ」

「せめて水飲ませてくださいぃ。ね? 分隊長」


 訓練を続けようとするクラウスに、分隊員たちがぶつぶつと言い募る。クラウスが「そんなことではいけない」と気合いを入れ直そうと口を開いたところで、別の声が割って入った。


「おまえら、任務がないんじゃない。客が来ているから、何かあったときにすぐ動けるように控えてろと言われたんだ。

 とはいえ、分隊長。お茶会も無事終わったようですし、そろそろ休憩でもよさそうですよ」


「!」


 物陰からこっそりのぞいていたコレットは、自分の背後から聞こえたエメリッヒの声に、びくりと肩を震わせた。


「他の隊は割り当てられた部屋でごろごろしてますが、我らが分隊長は真面目なお人でね。体を温めて(ウォーミング)おく(アップ)と称して、朝からこの調子なんですよ。そろそろ十分じゃないかと、コレットさんからも言ってくれませんか?」


「コレット?」


「「「コレットさん!」」」」


 エメリッヒの言葉で、クラウスや分隊員たちが一斉にコレットに気づく。


「エメリッヒさん……いつから私の後ろに?」


「くす。今来たところですよ。城の茶会が終わったかどうか見に行って、戻ってきたんです。コレットさんのお菓子は、好評だったようですね」


 エメリッヒは、両手に荷物を持って、人懐っこそうな笑みを浮かべている。


(この笑顔がくせ者なのよね……)


 コレットは、エメリッヒから距離をとるように一歩退く。

 サリにエメリッヒがメイドたちの情報源になっていると聞いてから、なんとなくエメリッヒに対して身構えてしまうコレットである。


「おかげさまで、みなさんおいしいと言ってくださったようでほっとしました。

 あの、お邪魔してすみません。どうぞ訓練の続きをなさってください」


 エメリッヒから距離をとったことで、結果的に訓練場に入ることになってしまったコレットは、分隊員たちに向かって申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやいやいや、コレットさん!」

「どうぞ、ゆっくりなさっていってください」

「こっち、こっち来て! お茶淹れますから。むさくるしいところですがどうぞ!」


 一方、訓練に飽き飽きしていた分隊員たちは、救いの女神が現れたとばかりにコレットを歓迎した。コレットは、どうしたものかとクラウスに目線を送る。


「……休憩にする」


「やったぁ!」

「コレットさん、ね、ほら、ここに座ってください」

「一人じゃ座りにくい? 分隊長、こちらに!って、あぁ、補佐官とお話があるのか。おい、ローシャ! おまえ、特別にコレットさんの隣に座らせてやるから!」


 分隊員に休憩を指示したクラウスは、歩み寄ったエメリッヒと何か話をしている。コレットは、訓練を中断することになりクラウスを怒らせてしまったかと不安になったが、分隊員たちにとり囲まれて、クラウスに話しかけることはできなかった。そのうちに、分隊員たちに押されてやってきたローシャが、飲み物片手にコレットの隣に腰掛けた。


「貴殿のおかげで助かった。礼を言う」


「ローシャさん。お久しぶりです」


 素面しらふでは堅苦しいことこの上ないローシャだが、酔えば素直で、ごく普通の女性であることをコレットは知っている。

 コレットは、ローシャが差し出してきた飲み物を受け取り、にこやかに挨拶をした。


「今日は、城で菓子を作っていたとか」


「はい。お城の厨房の片隅を使わせていただいて、とっても緊張しました」


「コレット殿の菓子はうまいからな。客人たちも舌鼓を打っていたことだろう」


「そうだといいんですけど。今回のはティル・ナ・ノーグ(このまち)を紹介する目的もあったので、少し変わったお菓子だったんですよ」


 コレットがローシャと話し始めたのを見て、他の分隊員たちも思い思いに休憩をとる。コレットは、どんな菓子を作ってきたのか、ローシャに話して聞かせた。


「というわけで、クラウス様のおかげで、女性のお客様もおもしろがって召し上がってくださったようでした」


「なるほど、ラミナとクアルンのな。混ぜてしまえば形もわからなくなるから、それはよいと思う」


「そうなんです。みなさんにも、今度作って持ってきますね」


「ありがたい。代金は補佐官殿に請求してくれ」


「こら、ローシャ。なんでそこで俺なんだ。それを言うなら分隊長だろ」


 自分のことには特に耳聡いエメリッヒが、素早く会話に混ざる。どうやらクラウスへの報告は終わったようで、上着を脱いでくつろいだ様子だった。

 かたやクラウスは、エメリッヒが持ってきたらしい書類を片手に難しい顔をしている。


「む。聞かれていた。私としたことが、一世一代の不覚」 


「くすくすくす。ローシャさんったら」


「何を大げさな。いっそのこと、お代の請求はローシャ(こいつ)でいいですよ」 


「部下にたかるとは、上官として恥ずかしくはなかろうか」


「都合のいいときだけ上官扱いするな。いつもいつも偉そうにしてるくせに」


「偉そうなわけではない。こういう話し方なのだ」


「それが偉そうなんだってーの。

 まぁ、いいや。コレットさん、城のメイドたちにもらった菓子があるんですが、いかがですか。今度の”林檎を使った菓子大会”に出る職人の菓子らしいですよ」


「えっ、”林檎を使った菓子大会”の?」


 コレットが興味を示したとあって、エメリッヒが袋から三つの菓子を取り出す。先ほど両手に持っていた荷物は、メイドにもらった菓子だった。


「これが”アフェール”代表・クレイアの林檎パイ。これが海竜亭の料理人ユッカの林檎タルト。それでこれが同じく海竜亭のノエルが作った林檎のクレープ包みだそうです」


「まぁ、どれも美味しそう!」


 エメリッヒによれば、今年の”林檎を使った菓子大会”では市民票も審査項目の一つとなっており、大会に出場する職人は、各自自分の店で大会に出す菓子を販売しているのだという。


「客の生の声を聞きながら、大会当日まで改良を続けるんだそうですよ」


「へぇ。私ったら、何も知らなくて……。こんなことで審査員なんてできるかしら」


 メリルが一般市民も審査に、と言っていたのはそういうことだったのか。てっきり誰か一人選ぶのだと思っていた。


「コレット殿が、審査員をするのか?」


「そうなんです。大会まであと半月なのに、何も準備してないわ。メリルさんにちゃんと内容を聞いておかないと」


 審査員を引き受けたのはいいが、その後、城のお茶会用の菓子にかかりきりになっていた。気づけば大会は目前に迫っており、詳しいことを確認していなかったコレットは焦った。


「お菓子、買えるんですね。帰りに探してみます」


 どの店がどんな菓子で参加するのか知りたい。自分も買って食べてみなくてはと、コレットは意気込む。


「では、とりあえずこの三つを食べてみましょう。三人で少しずつ味見をすれば、ちょうどいいでしょう?」


「そうですね。ありがとうございます」


 エメリッヒが三等分に切り分けた菓子を、コレットは受け取る。食べながらちらりとクラウスを伺うと、彼は自分の前に置かれたクレイアの林檎パイには手を着けずに、まだ書類を読んでいた。


「分隊長が気になります?」


「あ、え」


「一区切りつかないと休む気になれないだけですよ。そのうち勝手に食べますから大丈夫です」


「はい。いえ、ごめんなさい。なんだか、訓練の邪魔をしてしまったみたいで……」


 クラウス様、怒ってらっしゃらないかしら、とフォークをくわえたコレットはぽつりと言う。


「なぜ分隊長殿が怒るんだ?」


「だって、私が来たせいで休憩になっちゃったから」


「くすくす。他の分隊はごろごろしてるって言ったでしょう? うちぐらいですよ、こんな真面目に訓練してるの。みんな、いい具合に現れてくれたコレットさんに感謝してます。分隊長ってば自分の体力に合わせて訓練を組もうとするから、誰かが止めないとだめなんですよ」


 いつもはその役をエメリッヒが担っているが、今日は城に様子を見にいってしまったので、訓練時間が延長されていた。日頃から鍛え抜かれている十八分隊の面々とはいえ、つらいものはつらい。


「陽気もいいからな。暑い中での訓練はこたえる。コレット殿が来てくれてよかった」


「そういっていただけると……」


 ローシャに淡く微笑みながら、コレットはタルトを口に運ぶ。


「あら、このタルト生地、おいしい!」


「あぁ、海竜亭のですね。海竜亭は、コレットさん行ったことありますか?」


「いえ、ありません。お菓子やさんなんですか?」


「ははっ、いえいえ、交易所近くにある飲み屋ですよ。コレットさんが知らなくて当然の店です。いかつい親父とかわいい娘さんがやってる店で、海の幸をふんだんに使った創作料理が有名です。ユッカはそこの料理人で、菓子を作るとは聞いたことがありませんでしたが、今回は参加するようですね」


 エメリッヒの説明を聞いて、コレットはなるほどとうなずく。さくさくのタルト生地には塩味が効いており、上の煮詰めた林檎にも香辛料が多量に使われていて、菓子というより一つの料理のようだった。


麦酒エールが飲みたくなる味だな」


「そうですね。林檎が主食にもなるんですね。新しい発見だわ」


 作り手が違えば、視点も変わる。林檎が添え物(デザート)としてだけでなく、主食や副菜になる可能性もあるのだと気づき、コレットは感心した。


「こっちのクレープ包みは、まぁ、普通ですかね」


「うーん」


 同じく海竜亭からの出品だという林檎のクレープ包みを食べたコレットは、おいしいけれど特に変わったところのない味に、首を傾げた。


「お店で出てくればおいしいと思います。ただ、大会となると、みなさん工夫を凝らしているので、目立たないかもしれませんね」


「私はパイがいいな。懐かしい味がする」


「クレイアのですね。老舗の味ですから、食べ慣れているのかも。応援はしたいけど、個人的な感情を入れてはいけませんよね。あぁ、他のお店のももっと食べてみなくっちゃ」


 エメリッヒによると、どの店が参加するかは、商店街で配っているチラシを見ればわかるという。コレットのように、一つ食べるともっと他も食べ比べてみたくなることから、参加店の売れ行きは上々で、それにともなって人通りの増えた商店街も活性化しているそうだ。


「メリルさんたちの計画通りなわけですね。すごい!」


「これも去年の成功あってのことでしょうから、コレットさんの功績も大きいですよ」


「そんな、私はたまたま……。あ、そろそろ訓練再開ですか? 長居してしまってすみませんでした。ごちそうさまでした」


 分隊員たちが片づけを始めたのを察して、コレットが席を立つ。ローシャが食器を片づけ、エメリッヒは帰るコレットを隊舎の入り口まで送った。結局、クラウスとは一言も話せなかった。




 陽気の話など、差し障りのない話をしながら、コレットはエメリッヒと歩く。

 もうすぐ敷地の外に出る、というところでエメリッヒが急に立ち止まった。


「ちょっとここで待っていてください」


「? はい」


 エメリッヒに言われ、コレットは門柱に寄りかかって待つことにした。

 朝から緊張しながら菓子を作ったせいで、結構疲れた。エメリッヒやローシャは助かったと言っていたが、訓練に割り込む形になってしまったことも、気になる。

 サリに強く勧められたとはいえ、まっすぐ家に帰っておけばよかったかなと、コレットは後悔する。


「ほんとに、怒ってないのかな」


「怒ってなどいない」


「!」


 頭上から降ってきた声に、コレットがはじかれたように顔を上げると、優しい色の碧の瞳と目があった。


「クラウス様……!」


「話しかけず、悪かった」


 クラウスは、口の端を少し上げる。他の人なら笑顔といえるものではなかったが、コレットには十分だった。


「お忙しいのに、私こそすみませんでした」


「忙しくなどない。待機中だったのだから」


 エメリッヒが持ってきた書類に気を取られていた。気づいたときにはコレットはもうらず、エメリッヒに言われて慌てて追いかけてきたと、クラウスは言った。


「あの菓子はどうだった」


 『花蜥蜴ラミナのゼリー』のことを問われ、コレットは今日の様子を語る。城の厨房が広かったこと、専門的な調理器具がたくさんあって珍しかったこと、料理人の人々がみんな親切で、緊張で手を震わせるコレットを手伝ってくれたこと……。


「お客様も、おいしいって言って召し上がってくださったみたいです。クラウス様、ありがとうございました」


 両手を顔の前で合わせ微笑むコレットの頭を、クラウスがぽんぽんと撫でる。コレットはクラウスがじっと話を聞いてくれて、さらに頭を撫でてくれたことが嬉しくて、きゅっと目をつむって頬を染めた。

 

 日が傾きはじめ、コレットの頬と同じくらい空が赤く染まるころ。

 微笑みを浮かべて視線をからませ合う二人を、じっと見つめる影があった。


「あぁ、そこ! そこで手を取って肩を抱き寄せるのですわ!」


「外でそれができる分隊長じゃないんですよねぇ」


 いつの間に現れたのか、サリがエメリッヒとともに二人の様子をうかがっていた。


「サリさん、メイドたちはいいんですか」


「息もつけないほどの仕事を与えてきましたわ。貴方こそ、分隊の方のお仕事はいいんですの?」


「俺は、メイド(かわい子ちゃん)たちに菓子の代わりに二人の様子を見てくるよう頼まれたんでね。じっくり探って、あとで報告しなけりゃならないんですよ」

 

「あらまぁ、いつの間に。

 報告はわたくしがしておきますから、菓子とやらをくださらないかしら」


「ははっ、全部食っちゃいました。

 あ、もう帰るのか。手くらいつなげばいいものを」


「夕日の中、手をつないで抱き合ったってことにしたほうが、おもしろいわねぇ」


「くっくっ。じゃぁ、そういうことにしておきましょうか」


 サリとエメリッヒが、顔を見合わせてにんまりと笑う。コレットの抵抗むなしく、メイドたちの間で今日のことがおもしろおかしく噂されるのは、必至ひっしのようだった。 


「ところで、クラウス分隊長は、あの話、受けそうでしたか?」


 コレットたちにこれ以上進展はなさそうだと見て取ったサリが、表情を正してエメリッヒに問う。


「うぅん、どうですかね。本来なら大喜びするところでしょうが、元々出世欲はそんなにないし、十八分隊うちのたい大好きだし、ちょっと難しい顔をしていましたね」


「まだ期間はあるでしょうから、ゆっくり考えていただきましょう。何か動きがあったら教えてくださいませ」


「わかりました。城内のことも、よろしくお願いします」


 大きく延びる影に隠れ、エメリッヒがにやりと笑う。サリも感情の読めない笑みを浮かべ、背筋をぴんとのばして足音を立てずに立ち去った。

 サリの姿が見えなくなるのをなんとなく見送って、エメリッヒも物陰から一歩出る。

 今日、エメリッヒが茶会の様子を見るついでに城でもらってきた書類には、クラウスの師団長任命の打診と、エメリッヒが十八分隊を引き継ぐよう指示する内容が書かれていた。


「師団長ともなれば、そうほいほいコレットさんの店にも行けなくなるだろうしね。分隊長はどうするのかな……」


 頭の上で腕組みをしたエメリッヒは、うぅんと伸びをして、分隊員(なかま)たちの元へと歩き出した。





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