30.ニーヴに捧げる永遠(とわ)の唄2
「よくできている」
「ありがとうございます」
仕事帰りに”コレットの菓子工房”に立ち寄ったクラウスに、コレットは色を変えて作った『花蜥蜴のゼリー』を出した。
「器は、硝子か」
「はい。”アルテニカ工房”というところをご存じですか?
ユータスさんというお若い細工職人さんと、イオリさんという方が共同経営している工房で、クレイアの伝手で紹介してもらったんです」
コレットに言われ、クラウスは記憶をたどる。街はずれの工房街に、そんな名前の小さな工房があったはずだ。
「ユータスさんは細工師さんなので、普段は器は作らないそうです。
今回は、吹き硝子の練習にって作った器をイオリさんからクレイアがもらって、それをさらに私が分けてもらっちゃいました。加工した硝子は高いので、助かりました」
クラウスは、ゼリーを持ち上げて横から透かして見る。赤紫と白のムースが層になっており、一番上は黄緑のジュレ、そして白い林檎の花が乗っていた。花の隙間からちょろりと顔を出しているのは、薄桃色の花蜥蜴。
丸い硝子の器は、ところどころ厚みが違い、中身が微妙にゆがんで見える。練習だからと言われればそれまでだが、なかなかに趣のある器だった。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あぁ。……うまい」
「よかった」
クラウスがゼリーを口に運ぶのを、向かいに腰掛けたコレットは嬉しそうに見つめる。
「ラミナも、特に気になりはしないが?」
「うーん」
薄桃色の花蜥蜴は半透明で、ぷるぷるとやわらかい。ほんのり酸味の聞いたラズベリー味が、下の甘いムースとよく合っていた。
「昼間、サリさんに食べていただいたのはこっちなんです。他にもいろいろ……」
コレットが、厨房から色とりどりの花蜥蜴の乗ったトレイを持ってくる。無色透明から黒ずんだものまで十数種類の花蜥蜴は、こうして並ぶと確かに少々気持ちが悪かった。
「味で一番おすすめなのは、右はじの黒いのなんです。濃厚な甘さがミントのジュレとよく合うと思います。でも、いかにも本物みたいですよね。なので、色の薄いのを作ろうとしたら、味が変わってしまったんです。
仕方なく、逆に酸味を強くしてみました」
コレットの勧めで、クラウスは黒い花蜥蜴を食べてみる。色つやといい弾力といい、先ほど食べたものより本物に近い。味はいいのだが、なるほど、これでは一般的ではない。
そこで、色の薄いほうを食べてみると、こちらは酸味が効いていてミントの風味を邪魔することもなく、さっぱりと食べられた。
「これくらいでもいいかもしれない」
コレットが出してくれたものよりも、さらに甘さをおさえて酸味を強くした花蜥蜴をクラウスは指し示す。
「そうですか? なら、生クリームも添えたほうがいいかしら。林檎の花の代わりに、ふわっと真ん中に」
「花はあったほうがいいんじゃないか。
クリームを泡立てずに、そのまま回しかけるのはどうだろうか」
「! クラウス様、それいいです!
お好みで、混ぜて食べていただくんですね!」
紅茶にミルクを入れるように、ゼリーにミルクをかけてもらう。
ティル・ナ・ノーグのあるアーガトラム王国では、クアルンという大型の草食動物が飼われており、このクアルンからは、濃厚で甘みの強いミルクが穫れる。ゼリーにかけるミルクを王国特産のミルクにすれば、さらに客人の目を引くだろう。
「それなら、ラミナでできなかった濃厚さを加えることができるわ! あとは黄金林檎が使えれば……下のムースに? それともジュレで?」
クラウスの一言をきっかけに、コレットは次々と思考を巡らせ始める。
メモ帳を取り出して、ああでもない、こうでもないと書いていくコレットを眺めながら、クラウスはゆっくりとお茶のカップを傾けた。
クラウスの助言を受けて作った『花蜥蜴のゼリー~クアルンミルク添え~』は、サリも大喜びの出来で、早速城のお茶会用の菓子として使われた。
「お客様にも大好評でしたわ! コレットさん、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。勉強になりました」
客人の口に入るものに何かあっては大変なので、『花蜥蜴のゼリー』作りはすべて城の厨房で行われた。コレットは城の料理人に手伝ってもらいながら、朝から百個以上のゼリーを作った。
「こちらはサリさんの分です」
「まあ! 私の分をとっておいてくださったの?
コレットさん、なんてすばらしいの!」
感激の声をあげるサリの手には、すでにスプーンが握られている。これまでさんざん試食をしているはずなのに、それでも喜んで食べてくれるサリに、コレットは嬉しくなった。
「器も用意してくださってありがとうございます。
数がそろうか心配だったんです」
「ノイシュ様やお客様に、下町の工房を知っていただくいい機会だと思いましたの。
ユータスは器作りは専門ではないということで、兄弟子のライアンに作らせました。お客様も、ティル・ナ・ノーグの職人の腕の良さに感心していましたわ。もちろん、ユータスの細工物も売り込んでおきました。アルテニカ工房は、若くして引退した名女優、マダム・ステイシス御用達の店だというではありませんか。彼の細工物は、もっと世に知られていいものだと思います」
サリの言葉に、コレットも深くうなずく。そして、こうして街の職人や街のことを考えてくれる人がいるティル・ナ・ノーグという街を、コレットはより一層好きになった。
「隊舎にも寄っていかれますわよね?」
厨房の片隅でゼリーを食べ終えたサリは、不意にそんな話を振る。
「えっ。……このまま片づけをして帰ります」
またメイドたちの噂の的にされてはたまらない。クラウスには会わずに帰ろうとしていたコレットである。
「せっかくいらしたのですもの、お顔を見せていかれたらいいと思いますわ。クラウス分隊長は、これからお忙しくなるので、しばらく会えないかもしれませんもの」
「そうなんですか?」
「あら、まだ分隊までは通達がいっていないのかしら。きっとそのうちお話がありますわ。
あ、ご安心なさって。メイドたちは私がきちんと監督しておきますから。覗き見なんてさせませんわ」
「のぞ……っ
やっぱり私、帰ります」
「だから、させませんって。ご安心なさいませ」
荷物を持って帰ろうとするコレットの手を、サリはがしっとつかむ。
「おいしいお菓子のお礼に、誰にも会わずに隊舎まで行ける道をお教えしますわ」
サリのごり押しとしばらく会えないかもしれないという言葉から、コレットは渋々と家路とは別の方向に歩を進めた。
「覗き見、しないでくださいね」
背中を押すサリを振り返って、コレットが言う。
「ほほほ。ゆっくりしていってくださいませ」
独り立ちしているとはいえまだ二十歳すぎのコレットに、百戦錬磨のメイド長の笑顔の裏を読むことはできない。
コレットは少々不安に思いつつも、サリに教えてもらった道を通って、隊舎へと向かった。




