第8話 地獄のマラソン大会に豚汁を(中編)
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翌日の放課後。黒板の前の明、聴衆はいつもの面々に加え、剛田先生の代理として大会運営担当の体育委員長が座っている。
「今日はまず、ちょっと痛い実験の話から始めます。内視鏡検査って分かりますか。お腹にカメラを入れる、あれです。昔はかなり痛い検査でした。ある研究者が、検査を受ける患者さんたちに、検査中ずっと『今どれくらい痛いか』を記録してもらったんです。
そして検査が終わってしばらくしてから、『あの検査、全体としてどれくらい辛かったですか』と聞いた。さて、ここで奇妙なことが分かります。検査時間が長くて、痛みの総量が明らかに多かった患者さんの方が、『そんなに辛くなかった』と答えることがあるんです」
「え、痛みが多い方が、辛くない?」恵が眉を寄せた。
「はい。種明かしをすると、人間が後から思い出す『あの体験の辛さ』は、体験の合計でも平均でもないんです。記憶に効くのは、ほぼ二点だけ。一番きつかった瞬間「ピーク」と、終わり際「エンド」。この二つの印象を足して二で割ったようなものが、『思い出』として保存される。
だから、検査の最後に、痛みの弱い時間を数分足してやると、体験の総量としては痛みが増えてるのに『終わりが楽だった』せいで、思い出全体がマシになる。実際、そういう患者さんたちの方が、次の検査を嫌がらなかったそうです」
「そんな、いい加減な……」体育委員長が呻いた。
「いい加減なんです、人間の記憶は。しかも面白いことに、体験の長さは、思い出にほとんど影響しません。冷たい水に手を60秒つける実験と、60秒プラス『少しだけ水温を上げた30秒』をつける実験、どっちをもう一回やりたいかと聞くと、多くの人が後者を選びます。
冷たい時間の合計は後者の方が長いのに、です。終わりが少しマシだった、それだけで。記憶は、時間の長さを勘定に入れ忘れる。ピークとエンドの二点だけで、体験全体に成績をつける。これを「ピーク・エンドの法則」と言います」
明は黒板に、マラソン大会のコース図と当日の時間割を貼り出した。
「その目で、うちの大会を見てください。スタートして序盤から中盤は、まあ普通の持久走です。そしてラスト二キロに、心臓破りの坂。つまり苦しさのピークが、一番終わりに置いてある。坂を越えて魂が抜けたままゴールすると、演出は何もなし。係の人が黙々とゼッケンを確認するだけ。
そのまま寒空で30分整列、締めは20分の訓話。整理しますよ。ピークは終盤、エンドは震えながらの訓話。ピーク・エンドの法則から見ると、この大会は『最悪の思い出を製造する』ために設計したとしか思えない構造なんです。悪意は誰にもないのに、です」
生徒会室が、変に納得の沈黙に包まれた。
「そして目安箱の苦情の山も、それを裏付けてます。走行中の苦しさそのものへの苦情より、坂とゴール後への苦情が圧倒的に多い。みんな、7キロや10キロの大半のことは、恵さんと同じで、実はよく覚えてないんです。覚えているのは坂と、震えた閉会式。その二点が『マラソン大会』の思い出のすべてになって、廃止嘆願62件になる」
「じゃあ……どうするんだ? 距離は減らせないんだぞ」と体育委員長。
「減らしません。苦しさの総量には、ほぼ手を付けません。いじるのは二点だけです。
第一に、ピークの位置。コースを逆回りにします。心臓破りの坂は、序盤3キロ目に来る。序盤なら体力もあるし、何より『思い出の終わり際』から一番遠い場所に苦しさのピークを移せる。代わりにラスト2キロは、川沿いの平坦と緩い下り。走った人の記憶の終盤が、『地獄の坂』から『ゴールに向かって下っていく道』に変わります」
「逆回り……その手があったか。安全管理上は、たぶん問題ない。折り返しの誘導を変えるだけだ」
「第二に、エンドの全面改修です。ここが本丸です」
明は時間割の「ゴール後」の欄を、チョークで大きく囲った。
「まず、ゴールを無人にしません。放送部に協力してもらって、ゴールする全員の名前をアナウンスします。一位から最後の一人まで、全員です。速い人だけが讃えられる大会じゃなくて、ゴールした全員が名前を呼ばれる大会にする。次に、ゴール直後に完走証をその場で手渡し。
それから、これは八田さんと相談ですが、豚汁を出したい」
「豚汁」八田が眼鏡を光らせた。「……行事費の枠内で計算します。材料費だけなら、一杯あたり70円前後。全校で6万円弱。閉会式の椅子搬送のトラック代を、整列廃止で浮かせられるなら、収まります」
「整列は廃止するんですか!?」体育委員長が目を剥いた。
「廃止します。ゴールした生徒から順に豚汁を受け取って、体育館で暖を取りながら自由に休憩、着替えたら流れ解散。閉会式と表彰は、翌週の全校集会で三分だけやる。考えてもみてください。あの整列と訓話、何のためにあります? 『締めくくりは全員揃って厳粛に』という気持ちは分かりますけど、その厳粛さの代金として、全校生徒の思い出の最後の一コマに『寒さと震え』を刻んでるんです。割に合いません」
「うっ……い、いや、しかし、校長先生のお話をなくすというのは、その」
「なくしません。翌週の集会に移すだけです。暖かい体育館なら、みんなちゃんと聞けますよ。……ここは会長の出番だと思います」
「任せなさい」籠宮が胸を張った。「校長先生と剛田先生には、わたしから話を通すわ。『生徒の健康と、行事の教育効果を最大化する改革案』として。数字も付けてね。
八田さん、去年の保健室の利用記録、大会後の体調不良者数、出せる?」
「大会翌日の風邪・体調不良による欠席、昨年は平年比で二割増です。資料にまとめます」
「完璧。寒空整列の廃止は『思い出づくり』じゃなくて『健康管理』の顔で通すのよ。大人にはその方が通るの」
こういう時の会長の交渉設計は、本当に大したものだと明は思う。同じ提案でも、誰にどの額縁で見せるか、思えばこれも、第5話でやったフレーミングそのものである。この人は理論を知らずに理論を使う。
「…あの、ひとつだけ、いい?」
手を挙げたのは恵だった。少し言いにくそうに、しかしはっきりと。
「話は分かったし、豚汁は嬉しいよ。でもさ、それって……ごまかしてない? だって、しんどさは一グラムも減ってないんでしょ? 終わりだけ良くして『いい思い出でした』って、なんか、記憶を上書きして騙してるみたいな」
生徒会室の視線が明に集まった。明は、少し考えてから頷いた。
「いい指摘です。二つ、答えさせてください。ひとつ。今回やるのは、記憶の捏造じゃありません。名前のアナウンスも、完走証も、豚汁も、下りのゴールも、全部本当に起きる良い出来事です。
嘘の記憶を植えるんじゃなくて、本物の良い終わりを実際に作る。体験そのものを、終わりの側から良くしてるんです。……そしてもうひとつ。恵さんの警戒心は、正しいです」
「え?」
「ピーク・エンドの法則には、暗い使い方があるからです。たとえば、どれだけ理不尽な練習をさせる部活でも、引退の日に感動的な花道さえ用意すれば、卒業生は『いい三年間だった』と思い出を語る。過程がどれだけ酷くても、終わりの一点で記憶の成績が書き換わってしまう。『終わり良ければ全て良し』って言葉は、便利で、そして少し危険な言葉なんです。
だから僕らは順番を間違えないようにします。まず過程の理不尽を減らせるだけ減らす、坂の位置とか、整列の廃止とか。そのうえで、終わりを良くする。終わりの演出は、過程の手抜きの免罪符には使わない。……この線引きだけは、覚えておいてください。僕も忘れないようにします」
お手数ですが、☆を入れてくださると助かります。
みなさんに、行動経済学の面白さを知ってもらうためにも、推理部門でもうちょっと上位に潜り込みたいです。




