第8話 地獄のマラソン大会に豚汁を(前編)
第8話での題材は、ピーク・エンドの法則です。
直感的になるほどと思える理論なのですが、これを学園生活にどう活かすか、思いつくのに時間がかかりました。
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十二月の生徒会室には、暖房とそして毎年恒例の紙の雪崩がやってくる。
「目安箱の今月分、集計しました。投書総数87件。」
「今月は投書やけに多いね!」と小林 恵。
会計の八田千種がその言葉にピクリと眉を上げ、話を続ける。
「うち62件が、同一の議題です」
そして輪ゴムで束ねた紙の山を、ドンッ、と机に置いた。仰木 明は一番上の一枚をめくる。力強い字でこう書いてあった。
『耐寒マラソン大会を廃止してください。人間のやることではありません。二年男子』
二枚目。『マラソン大会絶対廃止。無理。一年女子』。
三枚目。『廃止を求めます。せめて距離を半分に。心臓破りの坂を考えた人を憎んでいます。三年男子』。
以下、62連発である。
「今年も来たわね、冬の風物詩」籠宮 沙知代が苦笑した。
「毎年この時期、目安箱がマラソン大会への呪詛で埋まるのよ。書記くんは初めてでしょう、一年生だから」
「大会自体が初めてですよ。……そんなに酷いんですか、これ」
「酷いよ!!」
プリント綴じの手を止めて食いついてきたのは、小林 恵である。
「男子十キロ、女子七キロ。十二月の川沿いで、風がびゅーびゅーの中を走るの。で、ラスト二キロに『心臓破りの坂』っていう名物の上り坂があって、そこでみんな魂が抜ける。抜けた魂のままゴールすると、今度は寒空の下で全員整列させられて、最後の人がゴールするまで待機。体が冷え切った頃に閉会式が始まって、校長先生のお話が二十分。……あたし去年、あれで風邪ひいた」
「うわぁ」
「アンケートも見ますか」八田がもう一束を差し出した。「毎年、行事満足度調査で不動の最下位です。ちなみに満足度二位が文化祭、一位は意外にも球技大会。マラソン大会は五段階評価で平均一・八。学校行事というより災害の数字です」
「で、これが本題なんだけど」と籠宮。「昨日、剛田先生から呼ばれたのよ。『廃止嘆願が職員室にも届いてる。だが大会は伝統行事で、体力づくりの意義もある。廃止はしない。しないが、毎年ここまで恨まれるのも考えものだ。生徒会で何とか知恵はないか』ですって」
「何とかって、また随分と丸い投げ方ですね……。整理すると、大会はなくせない、距離も安全管理上いじれる幅は小さい、でも生徒の恨みは減らしたい。
……つまり、しんどさはほぼそのままで、嫌われだけ減らせ、と」
「無理難題よねえ」籠宮は楽しそうに言った。
楽しそうに言うのをやめてほしい。
明は苦情の束をぱらぱらとめくり直した。廃止、廃止、坂への呪い、廃止。
だが、何十枚も読むうちに、妙なことに気づいた。
「……ねえ、恵さん。さっきの去年の話、もう一回聞かせてください。走ってる最中のことと、終わってからのこと、分けて」
「え? えーと、走ってる最中は、まあ普通にしんどいよ。特に坂。でも正直、走ってる間のことって、あんまり細かく覚えてないんだよね。
覚えてるのは……ゴールしたあと。汗が冷えて、寒くて、整列で三十分立たされて、校長先生の話が長くて、震えながら『二度と出るか』って思ったの。あれはハッキリ覚えてる」
「やっぱり」
明は苦情の束を、内容ごとに三つの山に分け始めた。走行中の苦しさへの苦情。坂への苦情。そして、ゴール後と閉会式への苦情。
一番高い山は、三つ目だった。
「会長。これ、たぶん解けます。大会を一秒も楽にしないままで」
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