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第7話 初期設定はあなたより強い(中編)

第7話 ちょっと長くなったので、前・中・後編と分けることにしました。



3


翌日の放課後、生徒会室。黒板の前の明、聴衆は籠宮、恵、八田、そして硬い顔の湯浅である。


「授業の前に、恵さん、いつものクイズです。今使ってるスマホ、買った時から設定を変えた項目、いくつあります? 着信音、壁紙、文字の大きさ、通知、何でも良いです」


「え? えーと……壁紙は変えた。着信音も。あとは……あれ、それくらいかも。通知とか、細かいのは全部そのまま」


「設定項目、何百個もあるんですけどね。恵さんがずぼらなわけじゃありません。世界中の人間の大半が、機械でもサービスでも、最初に設定されていた状態のまま使い続けます。この最初の状態を初期設定、「デフォルト」と言います。そして人間の行動を予測する上で、これほど強力なものはほとんどありません。実例をお見せします」


明は黒板に、二つの国の名前と数字を書いた。


「ヨーロッパの臓器提供の意思表示率です。オーストリア、九十九パーセント。ドイツ、十二パーセント。隣同士の国です。言葉も近いし、文化も宗教も似てる。なのに、この差。理由は国民性でも道徳教育でもありません。書類の初期設定です。


ドイツは『提供したい人が、丸を付けて申し出る』方式。オーストリアは『提供したくない人が、丸を付けて断る』方式。つまり、何もしなかった場合にどっちに転ぶかが、逆に設定されている。それだけで、九十九対十二です」


「それだけで!?」湯浅が思わず声を上げた。


「それだけで、です。人間は初期設定から動きません。理由は三つ。第一に、変えるのが面倒くさい。第二に、初期設定は『おすすめ』なんだろうと勝手に解釈する。第三に、決めるのを先延ばしにしているうちに、初期設定のまま人生が進む。


で、ここからが図書室の話です」


明は、昨日湯浅から借りた資料の中から、一枚の紙を抜き出して黒板に貼った。図書室の掲示物の控え。発行日は、九月第二週の月曜だった。


「返却率が崖から落ちた週の初めに、図書室にこの掲示が出ています。読み上げます。『お知らせ。今学期より、返却期限を過ぎても、次の予約が入っていない本は自動的に貸出延長となります。忙しい皆さんの読書を応援します。図書委員会』」


「……は?」


湯浅の顔から血の気が引いた。


「な、なんですかそれ。うちの委員会、そんな告知出してません」


「出してない?」


「議事録にも、掲示物の管理簿にもありません。第一、うちの貸出システムに自動延長なんて機能はない!期限を過ぎたら、ただの延滞です!!」


「でしょうね。でも、生徒はそんなこと知りません。図書室の掲示板に、図書委員会の名前で貼ってあれば、それが公式です。


この一枚が何をしたか、分かりますか。それまで生徒の頭の中の初期設定は『期限が来たら、返す』でした。この掲示は、それを『期限が来ても、何もしなくていい』に書き換えたんです。


オーストリアとドイツの書類と、まったく同じ操作です。初期設定を裏返す。それだけで、九割が五割になる。……なるんですよ、実際。目の前の数字の通り」


生徒会室が静まり返った。八田が、探るように口を開く。


「誰が、何のためにそんな掲示を」


「分かりません。管理簿に記録がない以上、外から紛れ込ませた誰かがいる、としか。ただ、はっきりしてるのは、犯人が何をどうすれば人が動くかを、気味が悪いほど正確に知ってるってことです。


罰も、脅しも、嘘の情報すら使ってない。使ったのは、初期設定の書き換え一枚。……正直に言います。僕がもし返却率を落とせと言われたら、たぶん同じ手を考えます。それくらい、「教科書通りに沿った」内容です」


明は、口の中に苦いものが広がるのを感じながら、黒板に向き直った。


「ともかく、対策です。湯浅先輩、まず罰則案は一旦しまってください」


「で、でも、原因の掲示を剥がして、嘘だと告知すれば」


「それは当然やります。ただ、それだけだと戻り切りません。一度『返さなくていい』に慣れた行動は、掲示を剥がしても勝手には戻らないんです。慣れた状態が、新しい初期設定になってしまってるので。


それと罰則強化には副作用があります。延滞が『恥』や『罪』になると、人は延滞した本を返しに来なくなる。窓口で気まずい思いをするくらいなら、鞄の底に沈めて、卒業まで知らんぷりです。回収したいのか、罰したいのか。目的は回収のはずです」


「じゃあ、どうしろと」


「敵と同じ武器を使います。初期設定の設計です。ただし、今度は返す方向に」


明は黒板に、三つの施策を書いた。


「第一に、返却日しおり。貸出手続きの時、カウンターで返却日を大きく書いたしおりを、必ず本に挟んで渡す。生徒が何もしなくても、読書のたびに返却日が目に入る状態を初期設定にするんです。リマインドを『生徒が自分で覚えておく』から『勝手に目に入る』に裏返す。


第二に、返却ポストを昇降口に増設。今、返却は三階の図書室カウンターだけですよね。返すという行動の面倒くささを、物理的に削ります。靴を履き替えるついでに落とせるなら、返却は『わざわざやること』から『通り道のついで』になる。


第三に、貸出期間は二週間の原則に戻しますが、延長したい人はカウンターかスマホでひと言申請すれば一回まで延長可、と明記する。自動で延びるのは論外ですが、延ばす自由まで取り上げる必要はないので」


「……罰則、なしですか」湯浅はまだ少し不服そうだった。


「常習者への個別対応は残していいと思います。ただ、延滞している243人を罰するのは制度の失敗であって、243人の性格の失敗じゃありません。


人がこれだけまとまって同じ方向に転んだ時は、坂の傾きを疑うべきなんです。人を叱る前に、坂を直しましょう。――それでも戻らなかったら、その時に罰則の話をもう一度」



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やはり、ランキングに乗ると嬉しいのです。

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