第1話 文化祭と三十枚の企画書 その1
宣伝 黄昏薬局という物語も書いております。こちらにもあの人が出ておりますので、読んでくださると学園の問題を行動経済学で解決してみたが面白く感じると思います。
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1.
六月の生徒会室は、古い建物にありがちな、少し古い紙の匂いがしている。
梅雨入りで窓を開けられないせいもあるが、主な原因は机の上に積まれた書類の山だ。仰木 明はその山のひとつを崩しては決裁箱に移すという、地味な作業を続けていた。
「書記くん、手が止まってるわよ」
「止まってません。会長こそ、さっきから同じページ眺めてるだけじゃないですか」
「これは熟読というのよ」
正面の席では、籠宮沙知代が予算報告書を優雅にめくっている。その左手首で、例のブレスレッドがLED蛍光灯の光を弾いている。
あの占いの館の一件から、ふた月近く。結局あの占い師の続報はなく、「証拠品」は今日も会長の腕で呑気に光っている。
「失礼しまーす……あの、生徒会長、いらっしゃいますか」
ノックとともに顔を出したのは、三年の三隅先輩だった。文化祭実行委員長。温厚で調整型、貧乏くじを引く才能に定評のある人である。その顔が今日は白い。
「あら三隅くん。どうしたの、幽霊みたいな顔して」
「幽霊にもなりますよ……。会長、助けてください。目玉企画が、決まらないんです」
三隅先輩が抱えていたファイルを机に置く。どさり、と音がした。
「今年の文化祭、目玉企画を全校公募にしたじゃないですか。去年まで実行委員会で決めてたら『内輪で決めるな』って文句が出たんで、今年は開かれた文化祭にしようって」
「ええ、いい試みだと思ったわよ」
「応募、30件来ました」
「盛況じゃない」
「盛況なんです。盛況なんですが、決まらないんです。委員会で三回議決を取って、三回とも票が割れました。最多得票の案でも30人中四票です。しかも回を重ねるごとに『やっぱりあっちも捨てがたい』とか言い出す委員が増えて、二回目より三回目の方が票がバラけました。あげく昨日は『もう委員長が独断で決めてくれ』って言われて……それじゃ公募にした意味がないでしょう?」
「それで期限は?」
「今週金曜。予算枠の申請締切です。過ぎたら目玉企画そのものが消えます」
「なるほどね」
籠宮はファイルをぱらぱらとめくり、にんまり笑って、それをそのまま横へスライドさせた。仰木の目の前に。
「というわけで書記くん、出番よ」
「僕は書記であって、何でも屋ではありません」
「あら。開かれた文化祭が崩壊の危機なのよ? 生徒会書記として見過ごすの? それに…」籠宮は声を落とした。「三隅くん、このままだと責任取って委員長降りるとか言い出しかねない顔してるわよ」
ちらりと見ると、たしかに言い出しかねない顔をしていた。
仰木はため息をつき、ファイルを引き寄せた。
そして中身をじっくりとチェックする。
その間、仰木はひと言も発しない。その様子を籠宮と三隅が眺めていた。
30分ほど経過して、
「……三隅先輩。ひとつ確認ですが、30件の案って、どれもダメな案なんですか?」
「逆です。どれもそこそこ良いんですよ。だから決まらないんです」
「ですよね。じゃあ、これは解けます」
「え?」
「先輩たちが陥ってるのは、案の質の問題じゃなくて、選び方の構造の問題なんで」
仰木はファイルから応募用紙を全部抜き出し、机に広げ始めた。
「有名な実験があるんです。スーパーの試食コーナーにジャムを並べる実験。24種類並べた売り場と、6種類だけ並べた売り場を比べたら、どっちが売れたと思います?」
「そりゃ、種類が多い方が好みに合うのが見つかるんじゃ」
「逆なんです。試食に立ち寄る客は24種類の方が多かった。でも実際に買った割合は、6種類の売り場が約3割、24種類の売り場は約3パーセント。桁がひとつ違います」
「なんで……?」
「選択肢が多すぎると、人は選べなくなるんですよ。全部をちゃんと比較しようとすると頭のリソースが足りなくなるし、『ひとつを選んだら、選ばなかった23個の中にもっと良いのがあったかも』っていう後悔が先に立つ。だったらいっそ選ばない、決めない、先送りにするのが一番楽なんです。こ?は’’ 選択過多 ’’、なんて呼ばれてます」
「うちの委員会だ……」三隅先輩が呻いた。
「まさにそれです。『決めた責任を取りたくない』って空気が、回を追うごとに濃くなってて」
「でしょうね。30案から一つ選ぶのは、29案を殺す作業ですから。委員のみなさんが優しくて真面目なほど、決められなくなります。で、対策ですが」
仰木は広げた応募用紙を、手早く三つの島に分け始めた。
「まず、30案をそのまま比べるのをやめます。資料見てて気付いたんですが、この30案、方向性は三系統しかないんですよ。ステージでやる企画、来場者が参加する企画、展示や装飾で見せる企画。似た案同士をまとめると、ステージ系が11、参加型が12、展示系が7」
「あ……ほんとだ」
「第一段階は、案じゃなくて系統を選ぶ投票にします。三択なら誰でも選べます。次に、選ばれた系統の中から、実行委員会が予算と安全面の実現可能性だけで機械的に絞る。ここは好みを挟まない事務作業です。判断基準は先に紙で貼り出しておく。『なんであの案が落ちたんだ』って後で揉めないように、落ちる理由を先に公開しておくんです」
「それで、最後は?」
「残った三案くらいを全校投票。三十から一つは選べなくても、三から一つなら選べます。それに最後を全校投票にすれば、『委員会が独断で決めた』という文句も出ません。決めた責任がひとりに乗らない設計にしておくのが肝です」
三隅先輩はしばらく応募用紙の三つの島を眺めていたが、やがて頭を下げた。
「……それ、そのまま委員会でやらせてください。いや、できれば仰木くん、金曜まで手伝ってもらえませんか」
「ということで書記くん、金曜まで文化祭実行委員会に出向ね」
「会長が言うことじゃないでしょ、それ僕の台詞の先回り……はぁ、分かりましたよ」
お手数ですが、ポイントを入れてくださると助かります。




