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第6話 夏休みの宿題はなぜ八月三十一日に終わるのか(前編)

第6話は、計画錯誤を題材としたお話です。


追伸:10月22日木曜の推理部門ランキングで38位になりました。

   ポイントを入れてくださったみなさまに感謝申し上げます。

1.


文化祭まで、あと16日。


その日、生徒会室の戸を開けて入ってきた三隅先輩の顔を見て、小林 恵は綴じかけのプリントを取り落とした。


「み、三隅先輩!? 顔、顔! 今日いちだんと透けてますよ!?」


「はは……もう成仏しそうです……」


六月の公募騒ぎで幽霊のようだった顔は、七月の万灯回廊で幽霊そのものになり、何かのきっかけで昇天しそうになっていた。文化祭実行委員長という役職は、人をここまで摩耗させるのか。


「座って。お茶淹れるから。……で、今日は何?」


籠宮 沙知代が茶を差し出す。三隅先輩は両手で湯呑みを包み、絞り出すように言った。


「進捗が……進捗が、死んでます」


差し出されたのは、実行委員会の進捗管理表だった。仰木明は横から覗き込み、数字を上から追って、途中で追うのをやめた。


目玉企画「謎解き宝探しラリー」、問題作成の完了率45パーセント。装飾、三割。万灯回廊改め「十五年史展示」、資料整理の段階で停滞。各クラス出し物の申請書類、三分の一が未提出。外注予定のパネル印刷と景品の発注、未着手。


「三隅先輩。確認ですが、当初の工程表だと、今日の時点でどうなってる予定でした?」


「問題作成は完了。装飾は八割。展示は施工開始。……つまり、ほぼ全部が、二週間から三週間遅れてます」


「うわぁ」と恵。「それ、間に合うんですか?」


「それが、その……委員会の空気が、変なんです」


三隅先輩は湯呑みを置いた。


「みんな、焦ってないんですよ。『文化祭準備なんて毎年こんなもんですよ』『最後の一週間で追い込めばなんとかなります』『去年もそうだったじゃないですか』って。実際、去年もそうだったんです。前日にほぼ徹夜で、当日朝までかかって、なんとか開会に間に合わせた。だからみんな、今年もそうなると思ってる。


……でも僕、去年は副委員長で、当日の朝を現場で見てるんです。展示が一つ、開会に間に合いませんでした。搬入口で段ボールを抱えたまま泣いてた子を、僕は見てます。あれを『なんとかなった』に数えていいのか、僕にはもう分かりません」


「なるほど。状況は分かりました」


明は進捗表をめくりながら言った。


「先に、一番痛いところを確認させてください。パネル印刷と景品、外注ですよね。業者の納期は」


「発注から10日です」


「今日が文化祭16日前。つまり発注の残り猶予は6日。……三隅先輩、これ、去年までと決定的に違う点がひとつあります。去年までの準備は、全部『中の人間の徹夜』で巻き返せる作業だった。


でも外注品は、僕らが三徹しても一日も縮まりません。今年の計画には、徹夜が効かない締切が埋まってるんです。それに委員のみんなは、たぶんまだ気づいてない」


生徒会室が静まった。籠宮が、ゆっくりと立ち上がる。


「書記くん。明日の委員会、また視察が要るわね」


「でしょうね。ただ会長、今回は前と勝手が違いますよ。万灯回廊の時は『間違った熱意』を止める仕事でした。今回は『根拠のない安心』を起こす仕事です。……正直、こっちの方がずっと難しいです。安心してる人間は、話を聞く理由がないので」


2.


翌日の放課後、実行委員会・準備室。


集まった委員たちの顔に、悲壮感はなかった。それどころか、進捗の遅れを詫びた三隅先輩に、副委員長の男子が明るく返したくらいである。


「委員長は心配性ですって。文化祭準備が予定通り進んだことなんて、この学園の歴史で一度もないでしょ。最後はみんな部活休んで詰めるんで、大丈夫ですよ。今年も、なんだかんだで間に合いますって」


「そのなんだかんだの中身を、ちょっとだけ数字で見せてもらっていいですか」


明は持参した紙束を机に置いた。昨夜、書庫から引っ張り出してきた、過去三年分の実行委員会の議事録と作業日誌である。


「過去三年、それぞれの年の工程表と、実際の完成日を突き合わせてみました。読み上げます。


三年前。計画では本番十日前に全作業完了予定。実績、前日23時。二年前。計画では一週間前に完了予定。実績、前日26時、つまり当日の午前2時。去年。計画では5日前完了予定。実績、当日朝7時半。展示一件、開会に未達」


準備室が、少しだけ静かになった。


「少しまじめに捕らえて欲しいのはここからです。どの年の議事録にも、今日とまったく同じ台詞が残ってるんですよ。『毎年こんなもんだ』『最後に詰めればなんとかなる』。


三年前の先輩も、二年前の先輩も、去年の僕らも、全員そう言ってる。そして全員、自分たちの計画だけは守れると思ったまま、前日の夜を迎えてる」


「い、いや、でも実際なんとかなってるわけで」と副委員長。


「なってません。去年、開会に間に合わなかった展示が一件。それから、これは会計記録の方ですが、三年連続で、直前の駆け込み発注の特急料金と当日の買い出しで、予備費がほぼ全額溶けてます。


『なんとかなった』の裏側には、毎年、未達成・赤字という死体が転がっているんです。目立たないだけで。そして今年は、その『最後の徹夜』が原理的に効かない外注締切が、6日後に来ます」


明は、外注品のリストを黒板に貼り出した。


「パネル印刷、納期10日。景品、納期10日。この二つ、6日以内に仕様を確定して発注しないと、どれだけ徹夜しても、文化祭当日、謎解きラリーには白紙のパネルと空っぽの景品箱が並びます。


……皆さんの敵は、皆さんの怠慢じゃありません。もっとタチの悪い、人類全員が生まれつき持ってる病気です。今からその話をさせてください。夏休みの宿題の話です」


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