第6話 夏休みの宿題はなぜ八月三十一日に終わるのか(後編)
3.
「皆さん、小学生の頃、七月の頭に夏休みの計画表を書かされましたよね。あれ、どう書きました?」
委員たちが顔を見合わせる。誰かが苦笑まじりに答えた。
「そりゃ……『七月中に宿題を終わらせて、八月は自由研究と遊び』って書いたよ。毎年」
「で、実際は?」
「……八月三十一日に、泣きながら」
「毎年ですか?」
「……毎年」
準備室に笑いが起きた。明も笑って、しかし続けた。
「笑い事なんですけど、よく考えると変なんですよ。一年目に失敗するのは分かります。初めてだから。でも二年目、三年目、六年目、過去五回、全部八月三十一日に泣いた実績データを自分自身が持ってるのに、六年目の七月にはまた『今年は七月中に終わる』計画を書く。過去の自分の実績を、なぜか毎回、参考にしない。
これ、子供だからじゃないんです。大人も、まったく同じことをやります」
明は黒板に、大きな建物の絵を描いた。例によって絵心はない。貝殻のような何かである。
「オーストラリアのシドニーに、オペラハウスっていう有名な建物があります。着工した時の計画では、四年で完成、予算は今の日本円でざっと百億円弱でした。
実際にかかったのは、14年と、当初予算の14倍以上です。国家プロジェクトで、プロの建築家と役人が寄ってたかって計画して、これです。ほかにも、世界中の鉄道、ダム、オリンピック、新製品の開発……大きな計画の完成時期と費用の見積もりは、面白いくらい同じ方向に外れます。早く安く終わる方向には、まず外れない。必ず、遅く高くの方向に外れる」
「なんで、そんな判で押したように……」
「人間が計画を立てるとき、頭の中で何をしてるかを考えると分かります。計画って、頭の中で作業の手順を並べて、うまくいく筋書きを一本、映画みたいに再生することなんですよ。
問題作成が終わって、装飾ができて、搬入して、完成。その映画には、インフルエンザで班長が三日倒れる場面も、プリンタが壊れる場面も、テスト期間で全員の手が止まる場面も、出てきません。
だって、いつ何が起きるかなんて具体的には分からないから、筋書きに書き込みようがない。一個一個のアクシデントは確かに起きるかどうか分からない。
でも、『何かしらのアクシデントが起きる』ことは、ほぼ確実なんです。頭の中の映画は、その『何かしら』を、構造的に上映できない。だから見積もりは、いつも晴天用にできあがる。これを’’計画錯誤’’と言います。錯誤、つまり錯覚です。目の錯覚と同じで、知っていても、かかる」
「知っていても、かかる?」
「はい。ここが一番大事なところです。実験がありましてね。卒業論文を書いてる大学生たちに『何日で書き終わると思うか』を予想させたんです。しかも意地悪に、『すべてが最悪に進んだ場合』の日数まで予想させた。
結果、半数以上の学生が、自分の最悪予想よりもさらに遅れました。最悪を想像してもなお、現実の方が遅いんです。だから『今年は気を引き締めるから大丈夫』は、対策になりません。錯覚は気合いでは消えないので。対策は、たった一つです」
明は、黒板の貝殻の隣に書いた。
『中から見るな。外から見ろ』
「自分の計画の中身を覗き込んで考えるのを、やめるんです。代わりに、外側の記録を見る。つまり過去の似たような計画が、実際どうなったかの実績です。
さっき読み上げた三年分の記録、覚えてますか。計画完了日と実績のずれは、5日から10日。なら、今年の僕らの見積もりにも、まず10日のずれを足す。自分たちだけは違うと思いたくなりますけど、三年前の先輩も二年前の先輩も、全員そう思ってたという記録がここにあります。僕らが特別である証拠は、どこにもありません」
そこから先は、実務だった。明と三隅先輩は工程表を根本から引き直した。
まず、外注二件の仕様確定を全作業の最優先に据え、三日後を締切にした。次に、残る作業を全部一週間単位に刻み、それぞれに担当者と中間締切を付けた。大きな塊のままの作業は、遅れが前日まで発覚しないからである。
「それと、予備の時間の置き方ですが、各作業に余裕を足すのは、やめておきましょう」
「え? 余裕は必要なんじゃ」と三隅先輩。
「必要です。でも各担当に配ると、消えるんですよ。人間、締切までの時間は、あればあるだけ使ってしまうので。『余裕が三日ある』と思った瞬間、作業は三日ぶん遅く始まります。
だから余裕は各作業には配らず、工程全体の最後に一括で五日、委員長預かりで置きます。遅れた班が出たら、委員長の判断でそこから配る。財布と同じです。小分けにして全員に配ったら、あるだけ使われますから」
「あなた、それ、うちの費目管理の思想ですね」
視察に同行していた八田が、めずらしく満足げに眼鏡を光らせた。
最後に、明はもうひとつ提案した。
「……で、ここまでやっても、計画錯誤の教え通りなら、想定外は必ず起きます。工程を直しても、当日そのものは守れない。
だから、あとひとつだけ時間をください。縁起でもない遊びをやります。全員、目を閉じて。今日から十六日後、文化祭当日の夕方だと思ってください。そして、こう想像してください。『文化祭は、大失敗に終わった』。
……はい、想像しました? では聞きます。何が原因で失敗しましたか。思いつく限り、挙げてください」
奇妙な沈黙のあと、ぽつり、ぽつりと声が上がり始めた。
「……雨。屋外の受付が水没した」
「ラリーの答えが事前に流出した」
「校内放送の機材が壊れた」
「迷子」
「体調不良者が続出して救護が回らなかった」
「停電」
「景品が足りなくなった」
「開会式に会長が遅刻した」
「最後のは失敗じゃなくて日常…痛っ、ちょっと会長、視察中に暴力はやめてください。
以上、出た原因、全部書き留めました。うまくいく前提で計画を眺めてる時には絶対に出てこない項目が、『もう失敗した』と思い込んだ瞬間、こんなに出てくる。
頭の中の映画を、無理やり悪天候用に上映させる小技です。この一覧を元に、当日の対応表を作っておきます。雨なら受付はどこへ移すか、機材が死んだら誰が代替を回すか、責任者は誰か。――使わずに済むのが一番ですけどね」
4.
工程表引き直しから十日あまり。外注品は期限内に発注され、中間締切は、三つほど破られた。
計画錯誤は、やはり知っていてもかかるのである。ただし今年は、遅れが中間締切の時点で発覚したため、委員長預かりの5日がそこへ投入された。それでも装飾班の人手だけは、どう計算しても足りなかった。
そこから先は、理屈の出番ではなかった。
「というわけで、皆さん、集まってくれてありがとう!」
文化祭三日前の放課後、装飾作業の教室に、籠宮沙知代の声が響いた。
集まったのは、文芸部の柏木さんと新入部員、天文部と囲碁将棋部の面々、購買委員会の戸井、テニス部から恵が引っ張ってきた友人たち、そして「十五年史展示は装飾班の意地です」と宣言して居残る、あの装飾班班長。
この半年、生徒会が首を突っ込んできた先のほぼ全員だった。
「うちの生徒会長、こういう時の動員力だけは本当に大したものですね」と八田。
「だけ、は余計よ。……ほら、書記くんも手を動かす!」
「動かしてますよ。ちなみに言っておきますけど、この人手はどんな工程表にも書けません。計画錯誤の対策の教科書に、『日頃の行い』の項目はないので」
明はぼやきながら、パネルにやすりをかけた。今回の一件は、最初から最後まで、嫌になるほど普通のトラブルだった。謎の人物も、出所不明の品物も、不自然に整った構図もない。あるのは、人類共通の錯覚と、古い議事録と、義理で集まってくれた人たちの賑やかな声だけである。
’’事件は、本来こういう手触りのものだ’’
ふと、先月も同じことを考えた気がして、明は苦笑した。逆に言えば、この普通の手触りを基準に置くから、あの妙に鮮やかな事件たちの輪郭が、際立って見えるのだが。
作業を終えた夜、明は生徒会室に戻り、書き上げた「当日想定トラブル対応表」を封筒に入れて、机の抽斗にしまった。例の、出所不明の舶来手帳が眠っている引き出しである。鍵を回しながら、我ながら妙な取り合わせだと思う。
一番使いたくない書類と、一番正体を知りたい品物。
「……どっちも、出番がないのが一番なんですけどね」
戸締まりをして、明は生徒会室の電気を消した。
文化祭三日前はこのように過ぎ去っていくのであった。
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