第5話 ポスターは脅かす(前編)
1
10月の学園には、二つの季節が同時に来る。文化祭の季節と、そして部活動の静かな代替わりの季節である。
三年生が夏で引退すると、どの部も一回り小さくなる。
大所帯の運動部なら気にもならないが、もともと小さな部にとってこれは死活問題だった。この学園には「部員5名を切った部は、翌年度から同好会に降格」という規定がある。同好会になれば部費は打ち切り、部室も取り上げ。事実上の廃部宣告である。
だから毎年10月、学園の掲示板は秋の追加募集ポスターで埋まる。
今年も掲示板はポスターで埋まった。ただし、例年とは少し違う埋まり方で。
「......というわけで、これが問題の掲示板の現状です」
生徒会定例会。書記の仰木明は、昼休みにスマホで撮ってきた写真をタブレット上に表示させた。
議長席の籠宮沙知代が身を乗り出す。窓から差した秋の陽が、その手首の青い石で小さく輝いていた。
「何よこれ。ポスターっていうか......果たし状?」
写真に写るポスター達は、異様な熱気を放っていた。
『帰宅部で三年間を溶かした先輩の後悔、聞きたい人は吹奏楽部へ』
『"あの部"に入って幽霊部員になるくらいなら、うちに来い(美術部)』
『知っていますか? 文化部経験の内申点、運動部と同じです。知らずに損してる人、多数』
『まだ間に合う。でも、来週にはもう遅い』
「先週まではまだ普通だったんです。『楽しい仲間が待ってます』みたいな。ところが10日ほど前、どこかの部が『入らないと損』系のポスターを貼ったあたりから空気が変わって、今や煽り文句の軍拡競争です。名指しの悪口すれすれのやつも出始めてます。
で、昨日、生徒指導の剛田先生から生徒会に通達が来ました。『来週月曜までに正常化しなければ、追加募集ポスターは全面掲示禁止』だそうです」
「全面禁止!? ちょっと待ってよ、それ困る部があるでしょ」
声を上げたのは、書類綴じを手伝っていた小林 恵だった。
「うちのクラスの柏木さん、文芸部の新部長なんだけど、三年生が抜けて部員4人になっちゃったの。あと一人入らないと同好会落ちだって、ずっと青い顔してる。
ポスター禁止になったら、勧誘の手段なくなっちゃうよ」
「文芸部だけじゃないですよ。天文部が4人、囲碁将棋部が5人ぎりぎり。締切は10月末。あと三週間です」
「......つまり、こういうことね」
籠宮はタブレットに表示された写真をスライドさせながら、にんまりと笑った。トラブルを前にした時のいつもの顔である。
「ポスター戦争を鎮圧して、剛田先生の全面禁止を回避して、ついでに崖っぷちの弱小文化部に部員を補充する。
オーダーよ、三つ同時に解決しなさい書記くん」
「僕への発注が過積載なんですよ、毎回」
2
翌日の昼休み、明と恵は現場検証を兼ねて掲示板前の廊下に立っていた。
籠宮は剛田先生への時間稼ぎ交渉に出向いている。ああいう対外交渉だけは本当に強い人である。
「ねえ仰木くん。そもそもさ、なんでこんなことになったんだろ。先週までみんな『楽しいよ、おいでよ』だったのに」
「......効くからですよ」
「え?」
「『楽しいよ』より『損するよ』の方が、効くからです。ほら、見ててください」
昼休みの廊下。生徒たちが掲示板の前を流れていく。
『楽しい仲間が待ってます』というポスターの前は、誰も足を止めない。
だが『知らずに損してる人、多数』の前では、何人かが確かに歩みを緩め、二度見していく。
「......ほんとだ。嫌な感じのポスターの方が、見られてる」
「一枚が『損』で客を止めるのに成功すると、隣の部は焦って、もっと強い『損』を書く。そのまた隣はもっと強く。
誰も悪気はなくて、ただ隣より半歩目立とうとしただけで、掲示板全体が脅し文句の見本市になる。軍拡競争と同じ構造です。で、なんでそんなに『損』が効くのかっていう話なんですが」
明が言いかけた、その時だった。
「あれ?」
恵が、ふと廊下の窓の外に目をやって、小さく声を漏らした。
「どうしました?」
「え、いや......今、中庭の向こうの渡り廊下に、フードかぶった人が立ってた気がして。こっち見てたような......」
明が振り向いた時、渡り廊下には誰もいなかった。10月の風が、植え込みの葉を揺らしているだけである。
「誰もいませんけど」
「......だよね。うん、気のせいか。最近ちょっと寝不足なんだよね、あたし」
恵は首を振って笑ったが、その目は一瞬だけ、もう一度窓の外を確かめた。
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