第七章:報酬と、はじめての休日
小さな依頼の達成は、二人にとって初めての“成果”だった。
そして、報酬を手にした後に訪れる、何気ない一日――それもまた、かけがえのない時間となる。
夕暮れ時、二人はギルドへと戻ってきた。籠いっぱいの月光草を受付に差し出すと、職員が目を丸くした。
「こ、これは……依頼の十本を大きく超えていますね! しかも、状態がとても良い……」
彩が誇らしげに微笑んだ。
「全部、彩が見つけたものだ」
紅蓮がそう付け加えると、彩は少し照れたように俯いた。
「わたしだけじゃ……紅蓮さんも、最後は三本見つけましたし」
「三本、な」
紅蓮は苦笑まじりに呟いた。あの慣れない薬草探しを思い出し、彩はまたくすりと笑った。
職員は手早く計算を終えると、革袋を差し出した。
「報酬になります。それと――F級にしては素晴らしい成果ですので、次回からもっと良い依頼を紹介できると思いますよ」
「ありがとうございます」
彩が丁寧に頭を下げると、紅蓮も軽く頷いた。二人はギルドを後にし、夕暮れの町を並んで歩き始めた。
「はじめての、お給金ですね」
彩が革袋を両手で包み込むように持ちながら、嬉しそうに呟いた。
「これで、何を買う?」
「え……使っていいんですか?」
「当然だ。お前が稼いだ金でもある」
彩は少し考えるように視線を彷徨わせた後、はにかむように笑った。
「明日、一緒に町を見て回りたいです。何を買うか、その時に決めても……いいですか?」
「構わない」
紅蓮は短くそう答えた。彩の顔が、夕陽よりも明るく輝いていた。
翌朝、二人は珍しく依頼を受けず、町へと繰り出した。
「今日は、何も予定がないんですね」
彩が弾んだ声で言うと、紅蓮も小さく頷いた。
「たまには、こういう日があってもいいだろう」
町の大通りは、朝から多くの人で賑わっていた。露店には色とりどりの果物や、焼き立てのパン、手作りの雑貨が並んでいる。
「見てください、あの果物! 見たことない色をしています」
彩が目を輝かせながら、露店の前で立ち止まった。鮮やかな青紫色をした果実が、山のように積まれている。
「食べてみるか」
紅蓮が店主に金を払い、その果実を一つ手に取ると、彩に差し出した。
「いいんですか?」
「食え」
彩は小さく齧ると、途端に目を見開いた。
「甘い……! すごく美味しいです」
彼女は満面の笑みを浮かべながら、紅蓮にも一口勧めた。
「紅蓮さんも、食べてみてください」
紅蓮は差し出された果実に口をつけた。彼にとって、こうした些細な喜びを味わうこと自体が、まだ新しい経験だった。
「……悪くない」
その素っ気ない一言に、彩はまた笑った。
市場を歩いていると、一人の老婦人が二人に声をかけてきた。
「あら、仲睦まじいこと。新婚さんかい?」
「――っ!」
彩の顔が、瞬時に真っ赤に染まった。
「ち、違います! わたしたちは、その……」
しどろもどろになる彼女の隣で、紅蓮は特に動じる様子もなく答えた。
「まだ、そういう関係ではない」
「まだ」という言葉に、彩はさらに慌てた。
「こ、紅蓮さん!?」
老婦人は、二人のやり取りを見て、にこやかに笑った。
「まあまあ、初々しいこと。お似合いの二人だよ」
そう言い残し、老婦人は去っていった。彩はしばらくの間、真っ赤な顔のまま、何も言えずにいた。
「……本当に、あなたって人は」
「なにか、間違ったことを言ったか?」
紅蓮が真顔で尋ねると、彩は小さくため息をつきながらも、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「いいえ……別に」
二人は再び、並んで歩き出した。市場の喧騒の中、彩はそっと紅蓮の袖を掴んだ。
紅蓮はそれに気づきながらも、何も言わず、ただ歩調を合わせて歩き続けた。
その後、二人は小さな雑貨屋に立ち寄った。彩は棚に並んだ小物を眺めながら、一つの髪飾りに目を留めた。月光草に似た、淡い紫色の花をあしらったものだった。
「これ、素敵ですね」
彩がそっと手に取ると、紅蓮はその髪飾りを見つめた。
「買うか」
「え、でも……自分のお給金で、自分の物くらい――」
「いいから、買え」
紅蓮は彩の返事を待たず、店主に金を渡した。
「……ありがとうございます」
彩は嬉しそうに、その髪飾りを髪に着けた。夕暮れの光を受けて、淡い紫の花が優しく輝いている。
「似合っているか?」
「……ああ」
紅蓮は、彼女の姿をじっと見つめながら、静かにそう答えた。その眼差しには、これまでにない柔らかさが宿っていた。
夕暮れの町を、二人はゆっくりと歩いていった。特別な出来事など何もない、ただの一日。それでも、二人にとっては、何よりも大切な時間だった。
報酬を手にし、はじめての休日を過ごした一日――
些細な買い物、他愛のない会話、そして誰かに「お似合いの二人」と言われたこと。
それらすべてが、彩の心に静かに積み重なっていった。
紅蓮もまた、気づき始めていた――かつて天の頂に君臨した己が、この小さな人間の少女との日々に、これほどまでの安らぎを見出すとは、思ってもみなかったことを。




