第二十一章:忍び寄る影と、守られた命
深く進むほどに、迷宮は牙を剥く。
守る者と守られる者――その関係を、改めて思い知らされる瞬間が訪れた。
生存者を見送った後、紅蓮と彩は、さらに深い階層へと足を進めていた。周囲の空気は、階層を下るごとに、重く、禍々しいものへと変わっていく。
「静かすぎますね……」
彩が、小声で呟いた。これまでの階層とは違い、魔物の気配すら感じられない不気味な静寂が、通路を支配していた。
「油断するな。何かが潜んでいる」
紅蓮も、警戒を強めながら歩を進めた。
やがて、一行は広い空洞へと辿り着いた。天井から差し込む微かな光が、床に転がる無数の骨を照らし出している。
「これは……」
彩が、思わず息を呑んだ。
その時だった。
床に転がっていた骨の山が、一斉にカタカタと音を立て始めた。
「彩、下がれ!」
紅蓮の警告と同時に、骨の山から、無数の骸骨兵が立ち上がった。禍々しい赤い光を目に宿し、錆びた武器を手に、一斉に二人へと襲い掛かってくる。
「数が多い……!」
紅蓮は、彩を背に庇いながら、迫りくる骸骨兵を次々と斬り伏せていった。しかし、倒しても倒しても、新たな骸骨兵が骨の山から湧き出てくる。
「きりがない……この空洞自体が、奴らを生み出す装置になっているのか」
紅蓮が苦々しく呟いた、その時。
「紅蓮さん、後ろ!」
彩の叫び声に、紅蓮が振り向くと同時に、一際大きな骸骨の巨体が、彼に向かって剛腕を振り下ろしていた。
紅蓮はとっさに身を捻り、致命的な一撃を躱した。しかし、その隙を狙うように、別の骸骨兵が彩の方へと迫っていた。
「――っ!」
彩は咄嗟に短剣を構えたが、相手の勢いに押され、体勢を崩してしまう。
「彩!」
紅蓮の声が、焦りを帯びた。しかし、巨体の骸骨との間合いを詰められたままの彼では、瞬時に彩の元へ駆けつけることができない。
骸骨兵の武器が、彩へと振り下ろされようとした、その刹那。
彩は、恐怖に目を見開きながらも、咄嗟に地面を転がり、致命傷だけは免れた。しかし、肩に鋭い痛みが走る。
「くっ……!」
浅い傷ではあったが、彼女の身体から、血が滲んだ。
「彩から離れろおおおお!!」
紅蓮の怒声と共に、彼の身体から、これまでにないほどの魔力が噴き出した。漆黒の鱗が、瞬時に彼の腕を覆い、瞳が鋭い金色の光を放つ。
次の瞬間、紅蓮の姿が、残像すら残さぬ速さでその場から消えた。
気づけば、彩に迫っていた骸骨兵は、跡形もなく粉砕されていた。周囲の骸骨兵たちも、紅蓮の一閃によって、次々と塵と化していく。
数秒後、空洞には静寂が戻っていた。骨の山からも、もう何かが立ち上がる気配はなかった。
「彩! 大丈夫か!」
紅蓮は、すぐさま彼女の元へと駆け寄った。その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「だ、大丈夫です。少し、切られただけで……」
彩は気丈に答えたが、肩からの出血は、決して軽いものではなかった。
「しっかり掴まっていろ」
紅蓮は、震える手で、鞄から回復薬を取り出し、彼女の傷口に直接かけた。淡い光が傷を包み込み、みるみるうちに出血が止まっていく。
「……すまない。俺が、もっと早く気づいていれば」
紅蓮の声には、自分自身への苛立ちが滲んでいた。
彩は、そんな彼の頬に、そっと手を添えた。
「謝らないでください。助けてくれたじゃないですか」
「だが、お前を傷つけた」
「これくらい、かすり傷です」
彩は、柔らかく微笑んだ。
「それに……あなたが本気で怒ってくれたこと、少し嬉しかったです」
紅蓮は、彼女の言葉に、しばし言葉を失った。それから、強く彼女を抱きしめた。
「二度と、お前を危険な目に遭わせない」
「紅蓮さん……」
「もっと、強くなる。お前を、完全に守れるくらいに」
彩は、彼の背にそっと腕を回した。
「あなたは、もう十分すぎるほど、強いです。だから……」
彼女は、彼の胸に顔を埋めながら、小さく続けた。
「無理はしないでください。あなたが傷つくことの方が、わたしには、辛いですから」
紅蓮は、その言葉に、静かに目を細めた。
「……ああ、分かった」
二人は、しばらくの間、互いの存在を確かめ合うように、静かに抱き合っていた。骨の散らばる空洞に、穏やかな静寂が戻っていた。
骸骨兵の群れとの激闘――それは、紅蓮に新たな決意をもたらした。
彩を守るためなら、どんな力も惜しまない。その想いは、これまで以上に強く、彼の胸に刻まれていた。
一方、彩もまた、改めて実感していた。紅蓮の存在が、自分にとってどれほど大きなものであるかを。
深層の主が待つ、さらなる深みへ――二人の絆を胸に、旅は続いていく。




