第十八章:ギルドへの立ち寄りと、迷宮の入口
出発の前、立ち寄った場所には、もう一つの頼みごとが待っていた。
そして迷宮の入口で出会う者たちが、これから始まる旅に、新たな彩りを加えることになる。
王都を発つ前、紅蓮は彩と覆面の案内人を連れ、一度ギルドへと立ち寄ることにした。
「わざわざ、どうしたんですか?」
彩が尋ねると、紅蓮は短く答えた。
「頼みごとが一つ、思い浮かんだ」
ギルドに足を踏み入れると、ギルドマスターが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「これはこれは……! 天穿の塔の調査に向かわれるとお聞きしました」
「ああ。それで、一つ聞きたいことがある」
紅蓮が切り出すと、ギルドマスターの表情が、わずかに曇った。
「実は……あの迷宮には、うちのギルド所属の冒険者たちが数名、調査中に消息を絶ったままなんです。もし生きていれば……助けていただけないでしょうか」
紅蓮は、少し考えるような素振りを見せた後、あっさりと頷いた。
「構わない。ついでだ」
「あ、ありがとうございます……!」
ギルドマスターは、深々と頭を下げた。
「それと」
紅蓮は、傍らの彩に軽く目配せをすると、一つの小さな鞄を彼女に手渡した。
「これを持っておけ」
「これは……?」
彩が不思議そうに鞄を受け取ると、紅蓮はギルドマスターに向き直った。
「回復薬を、可能な限り用意してほしい」
「どれくらいの量を……?」
「馬車一台分だ」
ギルドマスターは、目を丸くした。
「馬車一台分!? そんな量、とてもこの鞄には収まりませんが……」
「構わない。とにかく、用意してくれ」
紅蓮の口調には、有無を言わさぬ確信が込められていた。ギルドマスターは戸惑いながらも、職員たちに指示を出し、回復薬をかき集め始めた。
しばらくして、荷馬車一台分にも及ぶ大量の回復薬が運び込まれた。
「さあ、彩。入れてみろ」
紅蓮に促され、彩はおそるおそる、一本、また一本と回復薬を鞄の中へと入れていった。
驚いたことに、いくら入れても、鞄が膨らむ様子はなかった。それどころか――
「あれ……? なんだか、軽くなっていく気が……」
彩は困惑しながらも、次々と回復薬を鞄に収めていった。馬車一台分の量が、すべて鞄の中に吸い込まれるように消えていく。それなのに、鞄の重さは、むしろ最初よりも軽く感じられた。
ギルドマスターは、口を大きく開けたまま、その光景を見つめていた。
「な、なんという魔道具だ……こんなもの、見たことがない……」
紅蓮は、それについて特に説明することなく、涼しい顔をしていた。彩もまた、この鞄の正体が、紅蓮の力によるものであろうことを、なんとなく察していた。
回復薬の準備を終えると、ギルドマスターは二人と覆面の案内人を、ギルドの地下へと案内した。
「実は、このギルドの地下が、天穿の塔の入口と直結しているんです」
案内された先には、巨大な魔法陣が刻まれた石造りの扉があった。禍々しくも神秘的な気配が、扉の奥から漂っている。
扉の前には、数人の男女が集まっていた。煌びやかな装備に身を包んだ、いかにも実力者然とした一団だった。
「彼らは――」
ギルドマスターが紹介しようとすると、一団の中心に立つ、金髪の青年が前に進み出た。
「はじめまして。俺はレオン。神に選ばれし勇者だ」
彼は、誇らしげにそう名乗った。
ギルドマスターが、小声で補足する。
「彼らは、魔王討伐の使命を神より授かった、正真正銘の勇者パーティーです。此度の迷宮異常事態にも、協力してくださることになっています」
紅蓮は、レオンと名乗った青年を、興味なさげに一瞥した。
「そうか」
その素っ気ない反応に、レオンは少し面食らったような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したように笑みを浮かべた。
「よろしく頼む。噂の邪竜討伐者殿」
「ああ」
紅蓮は短く返すと、それ以上の会話を続ける気はないようだった。彩は、そんな彼の態度に、内心で苦笑していた。
いよいよ出発の時が近づくと、ギルドマスターは紅蓮に、二枚の巻物を差し出した。
「これは、緊急脱出用のスクロールです。使用すれば、瞬時に迷宮の外――ここまで転移することができます」
「二枚か」
「ええ。貴重なものなので、本当に必要な時だけ使ってください。……責任を持って、使用してくださいね」
ギルドマスターの声には、真剣な響きがあった。紅蓮はそれを受け取り、懐に仕舞った。
「分かった」
「では……どうか、ご無事で」
ギルドマスターの見送りを受けながら、紅蓮、彩、そして覆面の案内人、さらに勇者一行は、巨大な扉の前に立った。
扉がゆっくりと開かれると、その奥には、底知れぬ闇が広がっていた。
「行くぞ」
紅蓮が彩の手を握ると、彩は小さく頷いた。
一行は、静かに、そして確かな足取りで、天穿の塔の中へと足を踏み入れていった。
ギルドでの頼みごと、不思議な鞄、そして勇者一行との出会い――出発前に、思いがけない出来事が重なった。
彩の手に握られた鞄には、計り知れない量の回復薬が収められている。それは、これから訪れるであろう困難を物語っているようだった。
迷宮の扉が閉ざされる音と共に、二人の新たな旅が、今、始まろうとしていた。




