第十七章:準備と、覆面の同行者
旅立ちの前には、必ず準備というものがある。
そして、思いがけない同行者との出会いもまた、これから始まる物語の伏線となる。
「迷宮に潜るなら、それ相応の装備が必要だな」
王城から支給された資金を手に、紅蓮は彩を連れて、王都の武具店街へと向かった。
「わたしも、何か持っていった方がいいでしょうか」
彩が、少し不安げに尋ねた。
「当然だ。お前も、俺の相棒として同行するんだからな」
紅蓮の言葉に、彩の表情がぱっと明るくなった。
武具店に入ると、所狭しと並べられた武器や防具の数々に、彩は目を丸くした。
「こんなに種類があるんですね……」
「必要なのは、身を守れるものだ。派手さより、実用性を重視しろ」
紅蓮は棚を見渡しながら、いくつかの防具を手に取っていった。彩は、その様子を見ながら、ふと一つの短剣に目を留めた。
「これ、使ってみたいです」
「短剣、か」
紅蓮はそれを手に取り、彩に渡した。彼女は慣れない手つきで、それを軽く振ってみせた。
「わたし、戦えるようになりたいんです。ずっと守られてばかりじゃなくて……あなたの、力になりたい」
紅蓮は、彼女の真剣な表情を見つめた。それから、静かに頷いた。
「なら、道中で少し稽古をつけてやる。過信は禁物だがな」
「はい!」
彩は、嬉しそうに短剣を握りしめた。
店主に勧められるまま、彩は動きやすい軽装の防具も試着することになった。深い緑色の革鎧は、彼女の身のこなしを損なわず、かつしっかりと身を守れる作りになっている。
「よく似合っている」
紅蓮が素直にそう告げると、彩は照れたように頬を染めた。
「ありがとうございます。……なんだか、本物の冒険者みたいですね」
「もう、立派な冒険者だ」
紅蓮の言葉に、彩は誇らしげに微笑んだ。
必要な装備を揃え終えた頃、店の外で一人の男が二人を待っていた。
その男は、フード付きの外套を深く被り、さらに口元まで布で覆っていた。目元以外、ほとんど素顔が見えない、明らかに只者ではない出立ちだった。
「……何者だ」
紅蓮が、警戒するように目を細めた。
男は、静かに一礼した。
「陛下の命により、お二方の案内役を務めさせていただきます」
その声は、低く落ち着いていたが、どこか含みのある響きを持っていた。
「案内役?」
彩が、戸惑いながら尋ねた。
「天穿の塔について、私はいくらかの知見を持っております。危険な階層も多いため、私が道案内を務めることになりました」
「名は」
紅蓮が短く尋ねると、男は一瞬、間を置いた。
「……今は、名乗らぬことをお許しいただきたい。理由があってのことです」
紅蓮は、その男を値踏みするように見つめた。覆われた顔の奥から感じる気配――それは、只の人間のものとは、微妙に異なっているように思えた。
(この男、何かを隠しているな……)
紅蓮は内心でそう呟きながらも、表向きは特に追及しなかった。
「……いいだろう。案内、頼めるか」
「かしこまりました」
覆面の男は、再び一礼した。彩は、その素性の分からない同行者に、少し不安げな視線を送っていた。
「あの、本当に信頼して大丈夫なんでしょうか……」
彩が小声で紅蓮に尋ねると、紅蓮は静かに頷いた。
「今は、様子を見るしかない。だが――」
紅蓮の目が、鋭く光った。
「妙な真似をするようなら、容赦はしない」
その言葉は、覆面の男にも届いていたはずだった。しかし彼は、それに動じる様子もなく、ただ静かに頭を下げるだけだった。
「では、明朝、王都の門にてお待ちしております」
そう言い残すと、男は音もなく去っていった。
その夜、宿舎の一室で、彩は考え込むように呟いた。
「あの人、一体何者なんでしょう……」
「分からん。だが、ただの案内役ではないだろうな」
紅蓮は、窓の外に広がる夜空を見つめながら答えた。
「用心はしておくべきだろう。だが――今は、迷宮攻略に集中する時だ」
彩は、小さく頷いた。それでも、あの覆面の男の纏う不思議な気配が、彼女の心にどこか引っかかったまま、消えることはなかった。
翌朝の出発を控え、王都の夜は静かに更けていった。
装備を整え、思いがけない同行者を迎えた二人。
覆面の奥に隠された素性――それは、やがて物語に大きな転機をもたらすことになる。
紅蓮の勘は、決して外れることはなかった。あの男が何者であるか、それが明らかになる時、二人の運命は、また新たな局面を迎えることになるだろう。
天穿の塔への旅は、今、静かに始まろうとしていた。




