第十六章:王都の街並みと、注がれる視線
大きな依頼を終えた後には、束の間の休息が訪れる。
しかし、王都という慣れない場所は、彩にとって、まだ多くの視線に晒される場所でもあった。
謁見を終えた後、迷宮への出発までにはまだ数日の猶予があった。準備が整うまでの間、二人は王都の街を歩いてみることにした。
「王都って、こんなに広いんですね……」
彩は、目を輝かせながら周囲を見渡した。町とは比べ物にならないほど大きな通り、立ち並ぶ石造りの建物、行き交う人々の数――すべてが、彼女にとって新鮮だった。
しかし、歩き始めてしばらくすると、彩は次第に視線を感じるようになった。
すれ違う人々が、ちらちらと彼女の方を見ている。
(また、この目……)
彩の肩に、無意識のうちに力が入った。長年染み付いた癖が、反射的に顔を俯かせようとする。
紅蓮は、その変化にすぐに気づいた。
「気になるか」
「……少し」
彩は、小さく頷いた。
「あの……ここでも、わたしの目、変だと思われているんでしょうか」
紅蓮は、周囲の視線を一瞥した。それから、意外そうに言った。
「違うな」
「え?」
「あれは、怯えている目じゃない。ただの物珍しさだ」
彩は、戸惑いながら周囲を見回した。よく見ると、人々の視線には、これまで慣れ親しんできた恐れや嫌悪の色がない。むしろ、興味深げに、あるいは感嘆するような眼差しが多かった。
「王都には、様々な種族や、珍しい魔法の痕跡を持つ者たちが集まってくる」
紅蓮が続けた。
「異なる色の瞳など、ここでは特別珍しいものではない。むしろ、美しいと見られることの方が多いだろう」
「美しい……」
彩は、その言葉を噛み締めるように繰り返した。
「本当に、そうなんでしょうか」
「ああ」
紅蓮は、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「俺は最初から、そう思っていた」
彩の頬が、じんわりと赤くなった。
しばらく歩いていると、一人の老紳士が二人に声をかけてきた。
「これは、珍しい。オッドアイをお持ちなのですね」
彩は、びくりと身を強張らせた。しかし、老紳士の表情には、悪意の欠片もなかった。
「昔、東方の国で見たことがあります。左右で異なる色を持つ瞳は、かの地では『幸運の証』とされていたものです」
「幸運の……証?」
彩が、驚いたように尋ねた。
「ええ。神々からの祝福を受けた者にのみ現れる、特別な瞳だとか」
老紳士は、にこやかにそう語ると、軽く一礼して去っていった。
彩は、しばらくその後ろ姿を見つめていた。
「……呪いだと、ずっと言われ続けてきました」
彼女は、ぽつりと呟いた。
「でも、場所が変われば、こんなにも見え方が違うんですね」
紅蓮は、静かに頷いた。
「お前を呪いだと呼んだのは、お前を理解しようとしなかった、あの村の人間たちだけだ。世界は、もっと広い」
彩の目に、うっすらと涙が滲んだ。しかし、それは悲しみの涙ではなかった。
「……ありがとうございます、紅蓮さん」
彼女は、涙を拭いながら、柔らかく微笑んだ。
その後、二人は広場にある噴水の傍で、一休みすることにした。噴水の水しぶきが、陽光を受けてきらきらと輝いている。
「なんだか、心が軽くなりました」
彩は、噴水を眺めながら呟いた。
「ずっと、この目のせいで、自分は不幸なんだって思ってました。でも……」
彼女は、隣に座る紅蓮を見つめた。
「今は、この目に生まれてよかったって、思えます。この目がなければ、あなたに出会うことも、なかったかもしれませんから」
紅蓮は、彼女の頭に優しく手を置いた。
「その通りだ。お前のその瞳は、俺にとって、何よりも美しいものだ」
彩は、幸せそうに目を細めた。二人は、しばらくの間、噴水の音を聞きながら、静かな時間を分かち合っていた。
行き交う人々の視線は、もう彩を苦しめるものではなかった。むしろ、寄り添う二人の姿を、微笑ましく見つめる者が多かった。
王都という新たな場所は、彩にとって、これまでの価値観を覆す場所となった。
長年、呪いだと信じ込まされてきた瞳が、ここでは祝福として語られる――その事実は、彼女の心に深く刻まれた。
紅蓮もまた、彼女の晴れやかな笑顔を見つめながら、静かに誓っていた。この笑顔を、これからも守り続けると。
束の間の安らぎの後、二人は再び、迷宮への旅路へと向かうことになる。




