第十四章:王城の一室にて
謁見の前、与えられた僅かな猶予――それは、これから訪れる運命に備えるための、静かな時間だった。
豪奢な部屋の中で、二人はまだ、互いの存在を確かめ合うように寄り添っていた。
王城に到着した二人は、謁見までの間、賓客用の一室へと案内された。
「こちらでお待ちください。陛下との謁見は、明日の朝を予定しております」
案内の侍女がそう告げ、深々と一礼して部屋を後にした。
扉が閉まると、彩はほう、と息を吐いた。
「……なんだか、現実感がないです」
彼女は、部屋の中を見回しながら呟いた。天井には繊細な装飾が施され、壁には見事な織物が掛けられている。村の粗末な小屋どころか、これまで住んでいた家とも比べ物にならない豪華さだった。
「座れ。少し休むといい」
紅蓮が、柔らかなソファを指し示した。彩は素直に腰を下ろしたが、その表情にはまだ緊張が残っていた。
「明日、陛下に何を聞かれるんでしょうか」
「分からん。だが、あの邪竜のことを考えれば、何か厄介事に巻き込まれる予感がする」
紅蓮は窓の外に視線を移した。王都の夜景が、遠くまで広がっている。
「……お前は、俺と共にいることを、後悔していないか」
唐突な問いに、彩は目を丸くした。
「なぜ、そんなことを聞くんですか」
「俺のせいで、お前まで、こうした面倒事に巻き込まれている」
彩は、静かに首を振った。彼女はソファから立ち上がり、紅蓮の隣に歩み寄った。
「後悔なんて、一度もしたことありません」
彼女は、まっすぐに彼を見つめた。
「あなたと出会わなければ、わたしは今頃、あの獣の森で終わっていたかもしれません。それに――」
彩は、少し照れたように続けた。
「厄介事があっても、あなたと一緒なら、乗り越えられる気がするんです」
紅蓮は、彼女の言葉に、しばし言葉を失っていた。それから、そっと彼女を抱き寄せた。
「……お前には、敵わないな」
「ふふ、そうですよ」
彩は、彼の胸に頬を寄せながら、小さく笑った。
夕食の時間になると、豪華な料理が運ばれてきた。彩は目を輝かせながら、見たこともない料理の数々を眺めていた。
「こんなにたくさん……」
「遠慮せず食べろ」
紅蓮に促され、彩はおずおずと食事に手をつけた。一口食べるごとに、彼女の顔がぱっと明るくなる。
「美味しい……! これ、何のソースでしょう」
「さあな。だが、お前が喜んでいるなら、それでいい」
紅蓮は、彼女が楽しそうに食事をする様子を、穏やかな表情で眺めていた。廃坑での戦いで見せた鋭さとは対照的な、柔らかな眼差しだった。
食事を終えた後、彩はふと、部屋の隅に置かれた姿見に目を留めた。
「明日、陛下にお会いするなら、身なりを整えないといけませんね」
「侍女が、明朝に見繕ってくれると言っていた」
「そうなんですか。でも……」
彩は、少し不安げに自分の服装を見下ろした。
「わたし、こんな場所に相応しい振る舞いなんて、分からなくて」
「気にする必要はない」
紅蓮は、彼女の肩に手を置いた。
「お前はそのままでいい。誰に何を言われようと、俺がついている」
その言葉に、彩の不安は、少しずつ和らいでいった。
夜も更け、二人は用意された寝室で休むことになった。大きな寝台が一つ――しかし今度は、以前のような遠慮も気まずさもなかった。
「今日は、色々なことがありましたね」
彩が、寝台に腰を下ろしながら呟いた。
「ああ」
紅蓮も、彼女の隣に腰掛けた。窓の外では、王都の灯りが、夜空の星々のように輝いている。
「紅蓮さん」
「なんだ」
「明日、何が起きても……わたしは、あなたの傍にいます」
彩は、まっすぐに彼を見つめながら、そう告げた。紅蓮は、その真剣な眼差しに、静かに頷いた。
「ああ。俺もお前を、決して手放さない」
彼は彼女をそっと抱き寄せ、額に軽く口づけを落とした。
「明日に備えて、休め」
「はい」
彩は、彼の腕の中で、静かに目を閉じた。不安はまだ完全には消えていなかったが、彼の温もりが、それを優しく包み込んでいた。
王都の夜は静かに更けていき、二人は寄り添ったまま、穏やかな眠りへと落ちていった。
謁見を控えた夜、二人は互いの存在を確かめ合うように、静かな時間を過ごした。
彩の心には、確かな決意が芽生えていた――たとえどんな運命が待ち受けていようとも、紅蓮と共に、それを乗り越えていくという決意が。
そして翌朝、王城の大広間では、すでに謁見の準備が整えられようとしていた。二人を待つのは、王国の命運を左右する、重大な依頼だった――




