第十三章:王都への道
見知らぬ道を進むという行為は、常に不安と好奇心を伴う。
そして、王都への旅は、彩にとって――紅蓮の過去へと近づく、一歩でもあった。
廃坑を後にした二人は、騎士団に伴われ、王都へと向かう馬車に乗り込んだ。
車窓から見える景色は、見たことのない広大な平原へと変わっていった。彩は物珍しそうに外を眺めていたが、その表情にはまだ拭いきれない緊張が滲んでいる。
「……緊張しているのか」
紅蓮が静かに尋ねると、彩はこくりと頷いた。
「王城になんて、行ったこともないですし……それに」
彼女は言葉を濁し、紅蓮の顔をそっと窺った。
「あなたのこと、まだ何も聞けていません」
紅蓮は、しばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「話そうと思っていた。……もっと早くに、話すべきだったのかもしれない」
彩は、身を乗り出すようにして耳を傾けた。
「俺はかつて、竜界と呼ばれる異なる世界で、竜たちを統べる王だった」
彩の目が、大きく見開かれた。しかし、彼女は口を挟まず、続きを待った。
「二年前、俺は裏切りに遭い、力の大半を封じられたまま、この地――人間界へと堕とされた。あの日、お前と出会った時の俺は、本来の力の欠片も持たぬ、ただの半端者に過ぎなかった」
「裏切り……誰に?」
「かつて信頼していた重臣の一人だ。詳しい経緯は、いずれ話そう」
紅蓮の声には、静かな苦さが滲んでいた。彩は、その表情を見つめながら、そっと彼の手を握った。
「話してくれて、ありがとうございます」
「怖くはないのか。人ではない者と、共にいることが」
彩は、迷うことなく首を振った。
「怖くなんかありません。あなたが何者であっても、わたしを助けてくれた、優しい人だということに変わりはありませんから」
紅蓮は、彼女の言葉に、静かに目を細めた。
「……お前は、本当に変わらないな」
「変わる理由が、ありませんから」
彩は柔らかく微笑んだ。馬車の窓から差し込む陽光が、二人を優しく照らしていた。
道中、同乗していた騎士の一人が、遠慮がちに口を開いた。
「失礼ながら、お尋ねしても?」
紅蓮が視線を向けると、騎士は緊張した面持ちで続けた。
「先ほどの邪竜との戦い……あれほどの力を、どうやって?」
紅蓮は、少し考えるように間を置いた。
「話しても、理解できるかどうか」
「それでも、お聞きしたいのです。王国は長年、ああした魔物の脅威に苦しめられてきました。あなたのような方がいれば……」
騎士の声には、切実な響きがあった。紅蓮は、彼の表情を見つめながら、静かに頷いた。
「陛下に会った後、話すとしよう」
その答えに、騎士は深々と頭を下げた。
やがて馬車は、王都の門をくぐった。石造りの高い城壁、整然と並ぶ建物、そして遠くにそびえる白亜の王城――彩にとって、初めて目にする光景だった。
「すごい……」
彼女は思わず声を漏らした。村育ちの彼女にとって、王都の規模は想像を絶するものだった。
「怖がることはない」
紅蓮が、彼女の手をしっかりと握った。
「何があろうと、俺がついている」
彩は、その温かな手の感触に、少しずつ緊張をほぐしていった。
馬車は、王城の正門へと向かって進んでいく。門の前には、すでに多くの兵士たちが整列し、二人の到着を待ち構えていた。
「……ずいぶんな出迎えですね」
彩が、やや圧倒されたように呟いた。
紅蓮は、その光景を静かに見つめながら、小さく息を吐いた。
「厄介なことにならなければいいがな」
馬車が完全に停止すると、扉が外側から開かれた。眩い陽光と共に、王城の威容が、二人の前に姿を現した。
見知らぬ王都への旅は、紅蓮の過去の一端を明かす旅でもあった。
彩の心には、新たな確信が芽生えていた――彼が何者であろうと、自分の想いは変わらないという確信が。
そして、王城の門はすでに開かれ、二人を待ち受けていた。これから訪れるであろう謁見が、二人の運命に、どのような影響を及ぼすのか――まだ、誰も知る由はなかった。




