第十八部 第8話 invisible(不可視)
「んだよ・・・2人ともかよ。カッコつかねぇな」
決闘の結果としては極めて稀なことだ。2人はそれぞれ相手を生かそうと考えたのだろう。互いに斬られるつもりのまま、ただ2機はすれ違った。今度は交点に火花が散ることは無かった。
それまでずっと動きを止めることなく動き続けていた2機だったが、動きを止めた瞬間、各関節からを中心に、機体各所から白い煙が立ち上り始めた。どうやら限界を超えていたのはパイロットだけではなかったらしい。互いのコンソールには、機体各所のオーバーヒートを警告する図が写され、大音量というわけでもない警告音が静かに音を立てている。機体ダメージの詳細を見てみると、どうやら熱によって溶解を始めた箇所や、抵抗に屈した部品、もともと2つだったが熱で1つになろうとするパーツまで現れたらしく、それまでがウソだったかのように、まるでサビついたブリキのおもちゃのような動きが精一杯だ。
「お互い、恥ずかしさのあまりケムリを吹いてるみたいだね」
「ウマいこと言うじゃん・・・ルアンクっ!」
ソレはレーダーに表示されていない存在だった。ThekuynboutとGuiverならいざ知らず、その周囲で見届けていた誰も、その姿を目にしていない存在だった。見ることが叶わず、レーダーでも捉えられない。何より、この戦場にはNEXTが居る。NEXTの中でも最強だと言える者も居る。それでも、彼女たちにも察知されることのない存在だった。
突如現れたのは見覚えのあるMhwだ。驚いたことに10機以上がソコに居る。まるで何かマジックだったかのように、本当に突然姿を現したそのMhwの正体は、SamaelとNLBMが12機。BABELが保有するMhwであり、ミリア・クロンが操縦する機体と、そのサポートMhw群だった。
それが現れたのはThekuynboutの背後。もちろん後部カメラが搭載されているが、その映像は全天周モニターに反映されているモノであって、正面にも小さなワイプで表示されているが、今の状況下ではそれほど気にしていなかったのだろう。さらに言えば、WivreのMhwたちやOrionをはじめとしたA2のMhw数機が周囲に展開している。実際、Samaelたちが出現した位置は、アイとリッカのコノハナサクヤとシズカゴゼンが待機している地点と、Thekuynbout、Guiverの居る地点の間だった。Guiverからは正面にはっきりと見えたSamaelたちだったが、ルアンクには姿を現してなお、認識することができなかった。
突如出現したMhwたちに反応できなかった一瞬は、その戦場において致命的な一撃を生み出すに十分な時間だった。おそらくSamaelの指示がそうさせたのだろう。NLBM12機がThekuynboutに向かって手にしたビームライフルを一斉射し、それほど波長が長いものではなかったが、12本の光が線となって戦場の中央、ThekuynboutとGuiverに向かって収束していった。
突然の出現からの射撃。なぜ2機だけを狙ったのかは分からない。もしも12本の矢がそれぞれ別のMhwを狙ったとしたなら、もしかしたらそれだけで少なくとも12機がその戦場から消え失せていたかもしれない。それをせず、ある意味Mhwによる包囲のただ中に現れたのだ。2機を撃墜してしまえば四方から攻撃されることを意にも介していないと言っているのと同じだ。
「おい・・・ベク!」
それは一瞬の出来事だった。Thekuynboutの向こうに現れたMhwを目にしたベクスターは、それらが手にするビームライフルが構えられた瞬間、その銃口が誰を睨んでいるのかを悟った。なぜそうしたのかと聞かれれば、素直に「分からない」と答えただろう。反射的に動いた体はGuiverを操作し、Thekuynboutと銃口の間にその機体を滑り込ませていた。
すでにNLBMたちは散開し、A2の各機だけでなく、Wivreの生き残っている機体たちにも追い回されている。それぞれ追ってはいるものの、どうにも追いつめている雰囲気は薄く、どうにも遊ばれているのではないかと思えるようだが、それでもThekuynboutに追撃を加える隙は与えずに済んでいる。そうして生まれた静寂に包まれた空間の中に浮かぶThekuynboutとGuiverは、深い森の中で身を寄せ合って不安に怯えるかのようだった。
「ルアンク・・・もう、離れろ・・・だが、1つだけ頼みがある」
わずかに途切れて聞こえたベクスターの声だったが、彼自身には致命的ダメージは無いように感じられる。だが、Guiverの被弾状況を見ればそう楽観できるものでないのは明らかだ。コクピット周辺こそ免れてはいたが、その機体には複数個所に被弾を示す穴が見える。損壊している場所からはスパークが見え、徐々に煙が外に漏れだし、ソレは腹部と胸部にも見られた。
「頼まれてやるから、まずは脱出しろ!誘爆するぞっ!!」
「そうしたかったんだがな・・・射出もできなけりゃ、そもそもコクピットすら開かねぇ・・・だから聞けよ。彼女たちを頼む」
ベクスターの言った「彼女たち」が誰を指しているのかはすぐに分かった。そもそもどちらが勝とうが、ベクスターの部隊員はA2が保護することになっている。ベクスターが真に頼みたいのは保護そのものではなく、彼女たちの扱いのことだ。
「わか」
Guiverの胸部、どちらかと言えば肩に近い辺りがフイに歪んだように見えた。まるで電動ドリルが布か何かを巻き込み始めたかのように、開いた穴を中心にねじれ始めたかと思うと、その穴を中心に炎が生み出された。そのときの捻じれが引き金となったのだろう。胴体の対角にもあった穴に向かって亀裂が走り、コクピットを横断するかのように機体が避けたように見えた。無論、連動しているかのように四肢に被弾していた箇所も弾けた。もしかしたら幸いだったのは、Guiverがバラバラになる様が炎と煙に包み隠されたことだったかもしれない。
「ルアンク!?・・・無事?・・・無事よね?返事しなさいっ!」
NLBMを追っていたアイは、その視界の片隅に大きな爆炎を捉えた。その位置に誰がいたのかを考えるよりも早く、それでいてNLBMを追うことを止めることなく、アイはコクピット内で叫んでいた。モニターでチラりと見る限り、確認できるのは爆炎のみだ。
「ああ、生きてるよ・・・片腕持ってかれただけで済んだみたいだ」
爆炎の中からThekuynboutの翼が見えた。それはゆっくりと根本まで姿を現すと、さらにバックパックから伸びるノズルや、バックパックそのものへと移り、やがて全てを現したThekuynboutは、なるほど確かに、手にしていたはずのビームライフルごと右腕が消えていた。
「アイ、リッカ・・・ルアンクは大丈夫よ。誘爆は無いわ・・・ルアンク?戻れて?」
「ああ、戻るからライフルを1つ用意しといてくれないか?」
気のせいかと思っていたが、どうやらルアンクの口調が普段とは違っているらしい。隠そうとして隠し切れなかった〝怒気〟らしきものがわずかに見え隠れしている。
「ジョーダンは止して。それにアイツらも引いていくわ。全機!深追いはしないで。ルアンク?こうなった以上、約束を最優先しなさい・・・そうすべきはずよ?」
アイの言葉に少し我に返ったのだろう。ふと周囲を見渡してみれば、まだ交戦状況にはあるものの、BABELの部隊は後退しているように見える。戻ろうとしている場所は暗礁宙域の向こう側だ。やはりその方向にBABELの母艦なり拠点なりが潜んでいるのだろう。
「・・・いいや、約束を違えるつもりはないけれど、今ココの枚数を減らせば、ヤツらが向きを変える可能性は高いと思う。できれば現状を維持したいところだね」
「・・・分かった」
「全機、一度距離をとって。Noah’s-Arkの機体も聞こえてるかしら?一回仕切り直します」
オピューリアの声は聞く側の心境やその周囲に関係なく届くような声質をしている。それぞれが抱える多様な感情を一度落ち着かせてくれるような響きだ。ついでに言えば、Wivreの使用している専用回線を割り出したのだろう。オピューリアの声は間違いなく彼女たちにも届いている。
「・・・聞こえている。こちらは了解した。そちらの指揮下に入る・・・ありがとう」
そう答えたまだ見ぬ誰かの声に、ほんの少しの悲しみが潜んでいることを、オピューリアが聞き逃すことはなかった。




