第十八部 第2話 hacking(解析)
「ミシェルさん!あと5分もムリだと思います!」
セシルの悲鳴にも似た叫びには口惜しさがふんだんに盛り込まれていた。ことプログラムの世界において、おそらく負けた(何をもって勝敗が決まるのか定かでないけれど)ことが無かっただろうセシルが完敗と言って差し支えない状況に追い込まれたのだから、その心中は察するに余りある。
この暗礁宙域内で廃棄コロニーを活用して建造した〝反物質精製コロニー〟は、名称どおり反物質を精製することができる。その中心にあるのはPlurielから抜き取ったウテナの創った反物質精製装置だ。反物質精製装置が手元にあること自体は問題じゃない。問題なのはその使用方法だ。少なくとも、このコロニーを目指したNoah’s-ArkとStarGazerはコレを〝兵器〟と認識し、その目的で使用することを考えていたはずだ。そしてそれは、戦争に勝利するための条件でもあった。だけれども、このどちらかがハッキング・・・セシルのセキュリティを突破する術を持っているとは到底思えない。だとすれば何も深く考える必要はない。やはりコレはBABELによる仕業だ。
「大丈夫よ、セシル。それだけあれば十分だわ。むしろ、アレ相手によくもそれだけ時間が稼げると感心してるぐらいよ」
「え?ミシェル姐ぇ、相手が誰だか分かったん?」
「バカねぇ。そもそもセシルに対抗できそうな人物なんて居ないでしょ?それこそあのミリアークだってムリよ。頭脳的には可能でも、速度でセシルには勝てないわ」
クルりと振り返ったミシェルは(空中に浮きながら)見事な仁王立ちをキープしている。目の前にひれ伏すウテナやナナクルを配置すればさらにカンペキな光景だろう。
「アレ?ゴメン、理解フノーなんだけど?」
「簡単なことよ。頭脳では対抗できても速度で勝てないのなら、ミリアークが速度を手に入れるか、速度で勝るナニカにミリアークの頭脳を植えればいい」
依然としてセシルは画面に集中したままだ。おそらく、自発的な発言時以外、他に意識を割く余裕はないのだろう。
「ミリアークってさっきまでココに居たよね?あのヒトが速度を手に入れるってよくワカンナイし、ミリアークの頭脳を植えるって・・・ん?」
「マジで!?NEXTコンピューターみたいに自分のノーミソ引っ張り出したん?・・・ウェ・・・想像しちゃった・・・」
思わず2人ともシートから立ち上がり、コンソールを掴むようにしてミシェルの方へ身を乗り出したが、あまり思い描きたくない光景が目に浮かんだのだろう。すぐさま嫌悪を全力で表現している。
「おバカ。それじゃあ自分が死んじゃうでしょ?」
少しため息交じりのミシェルをセシルが遮った。
「ミシェルさん・・・ヤられました。コントロールロストです」
「そぅ。ちょうどいいわ。セシルも聞きなさい。・・・全員聞いてちょうだい。コロニーが乗っ取られたわ。ハッキングよ。ソレをやったのはたぶん、ミリアークのヤツが作った大型有機コンピュータだわ。使用した脳の持ち主だったNEXTはおそらく・・・アレイス・セウ」
アレイス・セウは世界で最も有名なNEXTだ。彼がまだ民間人だったころ、ロールアウトしたばかりのsksに乗り込んでVAZZを撃破したのは有名な話だが、その背景を知る者は多くはない。彼は独力でマスコットロボットを作り上げるなど、機械工学や電子工学、さらにはプログラミングにも精通していた。だからこそ、マニュアルを見ただけのsksを操ることもできたし、ソレを理解して戦闘行動を行うことができた。彼自身がそういった技術者の方向へ進まなかった(本心ではどうだったのだろうか?)ことで表に出てこなかったが、その方面においても優秀であり、そのスキルはADaMaSに在籍していたとしても遜色ないものだった。
「彼はセシルに匹敵するプログラマーなのよ。けれど、やっぱり速度はセシルが上だったわ」
「そんな人がコンピューターになった・・・いくら私でも、〝速度〟という面だけなら、コンピューターには敵わない」
一度、もともと大きかった瞳をさらに大きく見開いたセシルは、自分が負けたことよりも、そんなセウがミリアークによって人ではないモノに〝作り変えられた〟ことが、まるで自分の痛みであるかのように感じられ、コンソールに両手をかけたまま項垂れた。
「そうね・・・ソレはとても悲しいコトだわ。けれど、私たちはまだ終わってない。むしろ好都合!セウを載せているのはたぶん・・・アイツらの母艦よ」
ブリッジの外へ送られたその視線には、誰が見てもゾクリとするような力強さがあった。メインモニターの横に映し出されている後方視界に映るモノは何もない。
「ミシェルさん?母艦の位置、割り出せたんですか?」
聞いているだけで精一杯かと思っていたが、さすがは長年指揮を執ってきたコールマンらしく、しっかりと前線で戦闘中の代表者として反応してきた。
「ええ。と言っても、割り出したのはマギーとアリスの2人よ。ハイ、みんなハクシュー・・・はムリか。セシル?アナタはまだ負けてない。それどころか、セウはそもそも〝敵〟じゃない。どう?アイツからセウを取り戻す気、あるかしら?」
クルリと振り返ったミシェルの顔には、ニヤリとした不敵な笑みが浮かんでいる。これはもう、セシルが「YES」と答えることが分かっている顔だ。
「やりますよ、ソレ。この艦のメインコンピュータはBDで構成したモノです。そこにニューロネットワークを模した・・・」
「説明はいいわよ?ワカンナイから。ちゃっちゃと準備にかかりなさい。」
決意じみた表情を浮かべたセシルに対し、ふわりと柔和な笑みに変わったミシェルのソレは、セシルから不要な気負いを取り除いていた。何より、そのことを実感したのはセシル本人だ。
「ありがとう、ミシェル。それじゃあ取り掛かるから、私が「できた」って言うまで喋りかけないでね?」
集中が必要なのはモチロンだろうが、それ以上に時間との勝負なのだろう。再びセシルの手元から高速で弾かれるキーの音が、まるでテンポは速いが心を落ち着かせるような曲を奏でだした。
「聞こえたかしら?ということでみんな?やることは変わらないわよ?必要な時間を稼ぎなさい。Orion!ソッチの状況は?」
Knee-Socksの艦長が座るだろう位置に戻ったミシェルは、肘にケーブルで繋がれたまま空を漂っていたヘッドセットを鷲塚むとマイクが口元に来るように引き寄せた。その口元の上にある眼は空域のMhw配置が示されたモニターをニラんでいた。
「いいとは言えないかな。この部隊、純粋に強い」
モニターを見れば、いずれも被弾こそしていないようだが、一定の距離が保たれたままだ。どうやら射撃戦が展開されているらしい。Orionの3機はそれぞれ近接から遠距離までバランスに優れた機体だが、増援に向かわせたヒュート、クルーガン、ユウの3機のうち、ヒュートとユウの機体は近接寄りの機体だ。彼らの戦域状況において現状での有用性は薄い。
「とりつけないの?」
「やろうとはしてるんだけどね・・・なかなかどうして、ウマい具合に接近ルートをツブしてくるんだ。コレはベクスターのスペックじゃないね」
いつもほどの余裕がルアンクに感じられない。技術屋3人にあっては喋るどころか、音を発することすらも出来ないようだ。
ミシェルは視線を同じモニター内にあるもう1つの戦域へ目を向けたが、ADaMaSの部隊もどうやら同じような状況らしい。接近しているMhwを示すマーカーは1つも存在していない。
どうやら暗礁宙域を抜けたらしいことを知らせるブリッジの外には、分断されたイザナギを連れたRe:Dの姿があった。




