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第十七部 emotions(感情の住処)

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第十七部 第17話 counterattack(反撃)

 「避けやがった!しかも・・・このヤロウっ!!」

反物質のエネルギーソードは、反物質そのものを供給させるために、Belial(ベリアル)の腰部にマウントされたおそらく反物質貯蔵装置とケーブルで繋がれている。ピンと伸びきった瞬間、腰を捻るようにしてソードを引き戻すと同時に、ケーブルそのものを握り一瞬下方向に振った。そのエネルギーはまるで波のようにケーブルを伝い、先端であるソードがそのエネルギーを受けRe:D(レッド)に向かって刃を振り下ろした。

 もしもRe:Dが刺突を横方向に避けていたのなら、腰の捻り方を大きくするだけで横薙ぎに斬り払えていたかもしれない。しかし、ソレをさせないためにフロイトは反り返った。そうすることで次の動作につなげるためだ。Re:Dに向かって刃がその方向を変えた直後、反った反動を利用してソードの柄を蹴り上げた。再びケーブルが伸びきったとき、そのタイミングを逃したBelialはエネルギーソードの回収に一手遅れを取った。そこまでの全てがフロイトのシナリオだ。当然、切り札が手元に無いBelialに向かって、その回収よりも早くRe:DがBelialの懐に飛び込んだ。

 Belialの持つソードが〝普通の〟エネルギーソードだったのなら、そこで勝負は決していただろう。コレを装備する機体はそれほど目にしないが、存在しないワケではない。ビームサーベルよりも出力の大きいエネルギーソードは、Belialの持つコレと同様、ケーブルによって直接的なエネルギー供給が行われている。その出力の高さを維持するケーブルこそが弱点であり、ソレを切断してしまえば機能を失う。だが、Belialが持つソードは反物質で形成され、そのケーブルの内部は、正に反物質が流れ続けていると考えれば、切断面から溢れ出た反物質がどうなるのか想像もできない。フロイトはケーブルを傷つけるという選択肢が取れなかった。

 勝負は一瞬だった。もちろんBelialはすぐさまケーブルを引っ張り、手元にソードが戻ってくるよう仕向けた。実際の刃は向こう側を向いているが、引っ張られたソードがまるで懐に入ったRe:Dを追うかのように戻って来る。左手のロッドで応戦するには距離が短すぎるうえ、振るうだけのモーションを得る時間は無い。あっという間に詰まる間合いが、Re:Dの攻撃手段の代名詞とも言える〝爪〟が繰り出されると教えていた。

 Re:Dの爪は手に持つタイプの武器と違い、彼らのレベルにあるパイロットが時折見せる四肢を使った、例えば剣ならばその腹を蹴り払うといった対応ができない。可能性としてはこちらも間合いを詰め、Re:Dのさらに懐へ飛び込むことだが、その場合、今の状況にあっては悪手だ。ソレをすれば、フロイトはおそらくRe:Dの手に反物質のエネルギーソードを握らせるはずだ。Belialとソードの間にRe:Dが存在している以上、ソードに先に触れるのはRe:Dだ。さらに言えば、Re:Dの爪は今2機に存在する武装の中で最も間合いの短い武装だ。つまり小回りが利く。

 「ったく!つくづく厄介なおっさんだな、アンタはよぉ」

「おっさん呼ばわりは許可できんが、そんなに褒めるなよ」

カーズにとれる選択肢はシンプルに〝移動〟だ。ソード、ケーブル、BelialとRe:Dの位置関係からその方向も絞られる。見極めなければならないのはそのタイミングだ。その結果としての絶対条件はRe:Dに空振らせることで、振りかぶった瞬間ではまだ早い。振りかぶりは攻撃への準備だ。その瞬間での移動の場合、フロイトなら攻撃準備完了状態のまま追従してくるだろうことは予想できる。見極めるべきタイミングは、攻撃開始からその爪が機体にかかる直前までの刹那だ。

「王手だっ!」

左腕を引き、右肩からまるでタックルでもするかのようにスラスターが青白い炎を一際大きくした。Re:Dの爪がBelialに届くその一歩手前、最後の加速をかけた。

「まだ詰んでねぇよ!」

カーズはスラスターを注視していたわけじゃない。もちろん、Re:Dの腕やソレを含めた爪、リーチの長さを把握していたわけでもない。互いに格闘戦に秀でたパイロット同士であり、カーズの経験則がその瞬間を自然と気付かせていた。爪が描いたわずかに弧を描く軌跡のわずか外、Belialの左腹部に塗装が剥がれたかと思わせる3本の線を残して爪が空を斬る。その動きに引っ張られるようにエネルギーソードがBelialの手に戻って行った。

 この盤面における〝王〟はBelialだ。正直なところ、どちらが〝王〟でどちらが〝玉〟なのかは知らないが、Belialと対になるもう1つの王はRe:Dだ。そのまま将棋に例えるなら、Belialの両脇を固める飛車、角はそれぞれエネルギーソードとロッドだろう。対してフロイトに残された駒は角に相当するAstaroth(アスタロト)と飛車と言いたくなる2本の長さが異なる実剣だが、カーズが相手となると精々香車程度だろう。駒として見ているということでなく、アキラから見た場合はRe:Dが飛車であるように、フロイトにとっての飛車はイザナギだった。

 将棋であれば確かにカーズの言うように、王に逃げ道があるのならば王手はできても〝詰み〟にはならない。王に逃げ道がなく、王からの攻撃が届かず、次の一手で確実に王を捉えることができて初めて勝負は決する。互いにその状況を作り出せないでいるものの、1つのミス(と言えるほどのミスではなかったとしても)が致命的になる。それはカーズが望んだ戦場そのものだ。

 「・・・ったく、振り出しに戻っちまった。オマエもじゅーぶんに厄介なヤツだよ」

「ダレに言ってんだよ、誰に・・・イヤ、チガウな。厄介程度で済まされるってのはよかぁねぇな」

2機の間には少しばかりの距離ができた。Belialのロッドであっても間合いの外だ。ゆっくりとだがBelialが完全にその場に静止していないようで、移動後の慣性がわずかばかりに残っているらしく、さらに2機の間合いをあけるかのように少し流れている。

「よぉ、カーズ・・・テメェはもっと互いに斬り合うことを望んでると思ってたんだがなぁ?」

「ああ?バカかおっさん。オレの望みはオレが最強であることだけよ。斬り捨てはオレが得意ってなだけだぜ」

フロイトの額から汗が一滴流れ落ちた。それは当然熱によるものではなく、気持ちの在り様がそうさせているのは間違いない。そしてもう1人、決してそうすることで得るものがあるわけでもないのに、固唾を飲んでモニターに注視し、流れ落ちた汗にすら気付かない者が居た。この2人の斬り合いをモニターしているベルルーイだ。

「おっさんねぇ・・・しかもバカ呼ばわりってか。互いに射撃兵装無しでコレだけヤり合ってんだぜ?」

「けっ!ソレがあったってオレには当たんねぇよ!」

フロイトとベルルーイの見ているモノは同じモノだった。そしてついに、ベルルーイの示した〔 〕の内側にBelialの機影がピタリと重なった。

「コレでもか?・・・避けてみなよ」

一間の静寂が訪れた中、Belialのコクピット内に「ゴウゥン」という鈍く短い音が響いた。カーズの意識の完全に外側にあったイザナギの、斬り捨てられた上半身から伸びた手には、刃の折れたvampire(ヴァンピア)が1つ握られたままだった。今、その銃口はBelialのコックピットにピタリと接している。イザナギから響いた言葉と同時に、その指がvampireのトリガーを一度だけ引き弾いた。短い銃身の中を尻に火を点けられた弾丸が駆け抜け、そのトンネルを出て宇宙空間を体験するよりも早く、貫通力を高められた先端がコクピットの内部へと装甲を押しのけながら侵入し、Belialの首へと昇り上がった。まだ宇宙を知ることの出来なかったその弾丸は、Belialの頭部を跡形も無く吹き飛ばした後、初めて宇宙を知った。

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