第十七部 第16話 curse(呪い)
「ヴォルフ、あの機体をポイントに誘導してください。ポイントは・・・ここです」
正面の全天周スクリーンに表示されたポイントに目を走らせ、思わず息を飲んだ。示されたポイントが意味する作戦が1つしか思い浮かばない。
「ベル・・・アレを使えって言ってるのか?」
フロイトの視線の先には、両断されたイザナギの上半身が漂っている。そして僅かな漂いに合わせて、ベルルーイの示したポイントを示す赤い〔 〕が、そのイザナギの右隣りを示し続けていた。それは本来なら爆散するはずだったモノと同意だった。
カーズ・ヤクト。本人にその認識があるかどうかは甚だ疑問だが、それでも、彼に不幸があったとしたら〝負けん気の強さ〟と〝Mhwに魅入られた〟ことだろう。
カーズは幼少期から勝負事にこだわりを強く持つ少年だった。例えば何かスポーツを始めた時、それこそ普通の人と同じで、最初は負ける事の方が多かった。それが勝てるようになっていくのだが、何もしなくてそうなったワケではない。カーズは勝つために自分に何が必要なのかを自問し、見つけ出し、補っていった。彼の性格から来る言動によって、あまり周囲はそう見なかったかもしれないが、そこには彼の〝努力〟があった。それも並大抵のものではない努力だ。
その性格は彼の家庭環境に大きく影響されていた。一言で言ってしまえば、父親に対する反骨だった。ある程度の規模を誇った企業のトップであった父親は自他共に認める優秀な男であり、その父親は息子であるカーズに厳しかった。敷かれたレール、レールから外れないための教育、性格の強制。ある種、拘束された生活のように感じられたカーズは、周囲の同年代を見て自分の境遇を呪った。その結果として自然と彼は自由を求めた。
父親の敷いたレールに乗る乗らないでせめぎ合いを続け、カーズが青年の一歩手前にたどり着いたころ、戦争が彼の生活を一変させた。父親が代表を務める企業本社が瓦礫と化した。そして父親はその中に居た。そのこと自体はカーズに何の感情も抱かせることは無かったようだった。悲しみを覚えることもなければ、開放感も抱くことは無かった。ただ1つ、カーズの生活を支えていた基盤を失ったのは痛手だったようで、生きていくためという新しい目的がそこで生まれた。
もう1つの不幸はその時に生まれた。父親を奪った存在であるはずのMhwを目にしたカーズは、Mhwそのものに恋焦がれた。Mhwという存在が、世界に縛られることの無い存在のように見えた。彼は迷うことなく軍の扉を叩いた。
Mhwパイロットとして自身の人生を決めたカーズは、最初から優秀なパイロットではあったが、特別に秀でているというほどでもなかった。それは彼の〝負けん気〟に火を点け、パイロットとしての彼を飛躍的に向上させた。その結果が今の彼だ。
格闘戦を主体とした戦闘スタイルでありながら、射撃や狙撃で攻撃を組み立ててくる相手にどう立ち向かうか。その答えはいくつか存在する。しかしカーズの導き出した回答は誰も考えつかないようなもので、〝当たらない〟だった。何が彼をそうさせるのか、そうさせるのは彼の何なのか。最早〝野生の勘〟とでも言った方が適切かのようにすら思えるほど、カーズの〝当たらない〟というスキルは研ぎ澄まされていった。カーズが狂犬に配属された頃には、その攻撃性、武装、回避を統合して、カーズそのものが「狂犬」と呼ばれていた。彼は部隊の代名詞となった。
カーズが持ち合わせてしまった2つの不幸は、本人が不幸だなどという認識を持ち合わせないまま、彼を史上屈指のMhwパイロットに押し上げ、その止む無き向上心は〝敵〟を求めた。やがて、自らを満たすモノが〝強い敵〟であり、ソレに勝つことで得られる感情がカーズを支配した。親の思いとは関係なく、その名である「カーズ」の響きが示す〝呪い〟であるかのように、その〝飢え〟は彼を乾かし続けた。
「ヴォルフ、できますよね?」
「Re:Dに射撃系の武装はほとんどないぞ?まさか、あのエモノ相手に格闘戦で追い込めってぇの?」
この会話の流れなら、普段なら少々お道化て見せるところだが、今のカーズ相手にそんな余裕は微塵も無い。叶うのならば、戦闘中であってもベルルーイの顔を見たいと思うところだが、コンソールに映っているだろうソレに視線を落とすヒマも無い。状況から考えれば、ベルルーイの声が聞き取れているだけでもヨシとすべきなのかもしれない。
「できるんでしょ?」
ベルルーイの声に怒気は感じられない。だが言葉の抑揚にベルルーイが冷めた笑顔を浮かべているのではと思わせるモノがある。この瞬間ばかりは別の意味でその顔を見れない。
「・・・やらせてイタダキマス」
正直なところ、フロイトにはそんな自信のカケラも無い。射撃兵装が無かったとしても、相手と切り結ぶことができるのなら、任意の位置に相手を誘導することもできただろう。だが、基本的にコチラが避けるしかない状況下では如何ともし難い。この状況でベルルーイの示したコトを成すには要するに、「攻撃に転じろ」ということだ。相手の攻撃を全て〝受ける〟のではなく〝躱し〟つつ、攻撃を加えて目的のポイントへ誘導する・・・「言うほどカンタンじゃない」とはよく耳にするが、「言うのも憚られるほどに」カンタンではない。
「へぇっ!ソレだよ!ソレぇっ!!アンタの攻撃がオレを強くするんだからよぉ・・・もっとだ!もっとオレを高ぶらせろっ!!」
いつぶりだろうか?向かって左上方から振り下ろされた反物質の刃を左回転しながら躱すと同時に、右手に握られたロングソードを横薙ぎに一閃する。反物質を振り下ろしていたBelialの脇腹目掛けて振り抜かれたロングソードは、普通ならば完全に虚を突いた一撃だったはずなのに、極端と言った方がいいほどのスエーによって刃は空を斬った。
「・・・の、ヤロゥ!器用な避け方しやがって!」
「ほぉうら、次だ!」
〝ありえない〟スエーでいとも容易くRe:Dの斬撃を躱したBelialはしかし、その動作の中で、まるで別の誰かがソコだけ操作しているかのように取り残されていた左腕を振り上げた。その振り上げに応じてロッドがしなりを伴って振り上がって来る。
「ソレはもういい!にしても・・・可笑しいと思ったが・・・ソッチも見えたぜ!」
言葉どおりフロイトにとって、ここまで多くのMhwを葬ってきたBelialのロッドに脅威は感じていないらしく、じつに鮮やかにロッドの側面を足で蹴り飛ばしてみせた。フロイトが違和感を感じたのはその前のBelialだった。振り下ろしてきた黒いビームソードは、確かに振り下ろされた。そこへカウンターで横薙ぎで振り抜いた一撃は、直前の動きとまるで一致しない反る方向に躱された。その一連の動作の中で、フロイトの脳裏に記憶されていないモノがあった。ソレは本来なら必ず目にしているはずで、むしろ目立つはずのモノだ。場合によっては、ソレがそのまま手にあれば、反る動きに合わせて攻撃に転じることもできたはずだ。しかしそれはワザとしてあまりにも有名であったがためだろう、カーズが攻撃手段として選択しなかったワザは〝燕返し〟といった。燕返しが頭にあったフロイトは、その一瞬、確かにスキを見せた。
「コレでぶっ刺されロぉぉ!!」
Belialが足元にあった反物質で生成されたサーベルの柄を蹴り上げた。なぜソコにあるのかと問われれば、タネはカンタンだ。振り下ろした後のスエーの動作の際、ソレがまだ手に握られていたのならば、フロイトの目に反物質のサーベルは存在していたはずだ。それを目にしていないとなれば、そうなる理由は1つしかない。サーベルを手から離したのだ。
Belialはこの一撃のために状況を作り上げた。しかし、瞬きする間に目まぐるしく攻防が交替する刹那の違和感を逃さなかったフロイトは、カーズがトドメを叫ぶよりも早く、その一撃を予測していた。Odin-Frameを使った反る動きで、今度はRe:Dが躱す番だった。




