第十七部 第15話 wordsman(剣士)
「あ・・・キラ?」
今、自分が目にしているモノが信じられない。ただ成す術も無く宙を漂うだけの、元はイザナギであったその2つの鉄塊は、少しずつ互いの距離を開けるようにただそこにある。ヴォルフゲン・フロイトの詰まりながらも辛うじて口にできた呼びかけに答える声は無かった。
「バカが!受けられるとでも思ってたのかよ」
ゆっくりと向きを変え、今度はその黒いビームサーベルの切っ先をRe:Dの方へ向けたBelialの顔は、やはり笑っているように見えた。
「カーズ・・・オマエ、その剣・・・反物質か?」
Mhwがビームサーベルで腹部を切断された。本来ならば、その断面から火花が散り、炎を纏って爆炎となるはずだ。だが、宙を漂うイザナギは、もともと2つだったかのようにそこにある。熱量を持った刃であるビームサーベルに切断されたMhwが、爆発の類を起こさずにそこにあるというこの現象を説明できるとすれば、全ての物質を消滅させてしまう反物質以外に考えられない。
「ヴォルフ、確かに反物質でないと説明できないけれど、同時に反物質ならばああはなりませんよ?」
一瞬、矛盾しているような気になるが、確かにベルルーイの言うとおりだ。イザナギを切断せしめたのがビームサーベルであるならば、切断箇所からしてその機体は爆散している。だが、反物質で切り裂いたのならば、単純に刃が通った箇所の物質が消失しただけなのだから、その過程で発生する熱量そのものも無い。だが、反物資は触れた物質と対消滅を起こす(ように見える)。あのビームサーベルの大きさならば、ラクにMhw1機分ぐらい消滅していなければおかしい。
「・・・ヴォルフ?私の予測、聞きますか?」
「想像や予想じゃなくて、〝予測〟なんだな?・・・聞かせてくれ」
悠長にベルルーイとの会話に集中する余裕は無い。こうしている今も嬉々として斬りかかって来るBelialの凶刃を躱し続けなければならない。これが斬り結ぶことができる相手ならば、その余裕も幾分かは持てただろうが、カーズ、Belial、反物質のコンボともなれば、僅かな緩みで藻屑となりそうだ。今はひたすらに躱し続けるしかない。耳以外の全ては目の前に集中させた。
「アレは反物質の廉価版です」
反物質はウテナ局長にしか作り出せない。しかも、「もう一度作れ」と言われて出来るかどうかも分からない。そんなモノをウテナ局長以外の誰かが生み出せるとは到底思えない。たぶん、ソレは不可能なコトだ。ならば、Belialの持つ反物質はどこから来たのか?答えは簡単。どこからも来ていない。アレはもともとウテナ局長が生み出し、Plurielと呼ばれた存在から切り離されたモノ。ソレはウテナ局長が開発した反物質の保管庫に格納され、Valhallaという組織の基地で、電力を始めとしたエネルギーの供給源として活用されていたと考えれば辻褄が合う。残された問題は、どうやって保管していたのか?だった。Plurielだった反物質はウテナ局長が創り出したモノによって存在を維持していた。要はコレと同じものが創れたか?ということだが、ValhallaにはADaMaSから流れたというルシオンという技術者が居る。彼は新しいモノを生み出すことこそ得意ではないが、〝量産〟という得意分野を持つ人物だったと聞いている。箱を作ったのはおそらく、彼だ。これは出来るできないのハナシではなく、可能性の大小という話だ。
「なるほど・・・ね。そのブツが、あの腰にある・・・ヤツって、コト、ね」
どれぐらいの時間があったろうか?持てる集中の99%をBelialに注ぎ、残りの1%でベルルーイの言葉に耳を傾ける・・・つもりだったが、その美しい声に10%ぐらいは意識を持っていかれただろうか。
「ベル?廉価版だと言ってもアレとは・・・斬り結べないだろ?実際、・・・アキラは両断されてる・・・少し時間を稼いでみる・・・見てくれ!」
一瞬たりとも気を抜けない(ベルルーイの声は別)中、正面のコンソールに手を伸ばし、手早く操作し通信を切り替え、その間レバーから離れる手にヒヤヒヤする。
「カーズ!その剣、反物質だな?」
正直なところ、会話に応じるかどうかは一種のカケだったが、Belialの動きがピタリと止まった。2機の間には互いの武装の間合い以上の距離がある。
「ああ、そうだ!って言いたいトコだがなぁ、思ったほどじゃねぇな」
「そうらしいが、そんなモノ使うなんてのはらしくねぇ」
「ふざけんな。オマエらが卑怯なマネするからだろうがよ。あんな騙し討ちみたいなマネしやがって・・・」
確かに2対1ではあったが、本心でないことはすぐに分かる。どうやら負けたことそのものが許せないらしい。だからと言ってあの武器では格闘戦にならない。フロイトの知っているカーズ・ヤクトであれば、「邪道だ」と言って手に取らないだろう類の武器だ。
「オマエの格闘戦に対する姿勢は認めてたんだがな・・・」
「テメぇに認められたって嬉しくもナイぜ?」
フロイトは「堕ちたな」と言いかけた口を閉じた。カーズ・ヤクトは、Mhwでの格闘戦において自分と同等かそれ以上と認められる数少ないパイロットだった。だが、あの武器を持ったあの機体からは〝脅威〟こそ感じるものの〝畏敬〟はない。カーズの乗機がLaevateinnであったときに感じたソレは、どれだけ探してみても自分の内に存在していないようだ。今度は余裕を持って正面のコンソールを再び操作した。
「1つ聞く。ソレを造ったのはADaMaSにいた者だな?ソイツはどうしてる?」
「ああ?ルシオンのことか?どうしてるって・・・アイツなら死んでるぜ?あのヤロー、オレの要求に応えられねぇってんで、コイツで消してやったのよ」
正面に映っているBelialが、その手にしていたビームソードを持ち上げて見せた。その動作はつまり、ルシオンを反物質で消滅させたということを示す。
「・・・そうか」
「ああ、サイコーだったぜ?あのヤロー、縛り上げてコイツを突きつけたら漏らしやがったんだ!優しいオレはアイツの名誉のために本人ごと痕跡を消してやったのよ!」
フロイトはもう一度コンソールに手を伸ばし、A2全機と共有していた回線を切った。ルシオンの消息が分かればと思ってしたことだったが、皆に聞かせるような内容ではなかったようだ。フロイト自身にルシオンとの面識が無かったが、だからと言って気分の良くなる話でもなければ、カーズが言うような面白味も一切感じられない。唯一救いがあるとすれば、この反物質が不完全なものであったおかげで、寿命が尽きるまでの一生分の時間を身動ぎ1つできずに過ごすという地獄を味わうことがなかっただろうことだろうか。
軍属時にカーズのことは存在こそ知っていたものの、性格やらなにやらまでを知るような間柄でもなかった。だが、それでも人が変わったのだと思わせるに十分な言動だ。
「おっと!せっかくヒミツにしてやろうと思ってたのに、オレが喋っちまったらイミねぇか?なぁ!フロイトのおっさん!」
「もういい。それ以上喋るな」
確かアキラの母国には〝サムライ〟という剣士が居たと聞く。彼らは誇り高く、そして潔く、剣に生き剣に死んだという。エモノこそ違うが、自分もそうでありたいと憧れた存在だ。たぶん、カーズを認めていた部分はそういった〝気概〟だったのだろう。戦争において戦士としての誇りを失ってしまえば、それはもう、人であってもただの兵器でしかない。もともと〝倒す〟ことが前提だったカーズ・ヤクトは今、フロイトの中でハッキリと〝生かしておくべきではない〟存在へと成った。それはつまり、大量破壊兵器を破壊するということと同じだ。
「ヴォルフ・・・整いましたよ。さぁ・・・反撃です」
それは美しく、物静かで、それでいてとても心強い声だった。愛し、信頼する女性、ベルルーイが「反撃」と言ったのだ。これ以上に高揚する言葉があるだろうか?過去の記憶をどれほど探ってみようと、それに比肩するような言葉も、声も見つからない。ベルルーイの声は、フロイトにとってどこまでも唯一無二だった。




