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メルティ✕ギルティ〜その少女はやがて暗夜をも統べる〜  作者: びば!
2章。学園編〜それは、蝕まれた憧れ・上
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50。蝕まれた憧れ

ようやくこの上・下章のテーマですね。


「いやはや……この場所にはよく肥えた神の苗床が転がっていますナ」

「……」


「いやはや……今すぐにでも『とうとき』儀式にうつりたいですナ」

「……」


「いやはや……なにかいったらどうですかナ」

「……」



 ガチャリと鈍い金属音を立てて、二つの影が部屋の中に潜り込んだ。


「いやはや……しかし、あなたという素晴らしい『とうとき』聖職者がいたからこそワタクシは―――ぐぇっ!?」


 片方はもう片方―――高身長の方の顔面を鷲掴みにすると、その後頭部をめいいっぱいに壁に叩きつけた。


 意識を失いかけてバランスを崩し、どさりと壁沿いに座りこむ彼の顔を真っ正面から踏んだ。


「一つ言っとくけど僕は別にお前らの宗教とやらに関わるつもりはねぇんだよ。勝手に巻き込むな」


 声からして、もう片方はどうやら女らしい。


「……っ。いやはや……しかしやってらっしゃることはあなたの御両親とそっくりでございまして、ええ?―――ーー()()()()()()()さン?」


「殺すぞ。虫が」

「いやはや……誉め言葉でス」


 これが、彼らの日常会話だという。


 部屋の中、並ぶは二つの整頓されたベッド。


 片手側のベッドの近くに、一つの小さな植木鉢が置かれている。

 中の植物はすでに無残な姿で蹲って枯れていた。


「いやはや……どうやらだいぶ()()()()()()が整ってきたみたいですナ?」


「とっくに出来ている。……お前が邪魔をしなければもっと早くにな」

「いやはや……なんのことやらぐぇっ」


 今度食らうのは、鋭い膝蹴り。

 しかし地面に這いつくばり鳩尾(みぞおち)を押さえて呻く男に気にもとめず、女は植木鉢へと手を添えた。


「……誰が動いて良いっつった。お前が余計なことをしなければ、あの時、影を()()()に呑ませることだってできたはずだ」


「いやはや……あの場ではこの国の『犬っころ』が混ざり込んだのがわるいのでス。ワタクシはどこも悪くありませン」

「犬っころって第二王女のことか。二度とその言い方するんじゃねぇ。別にこの国に情があるわけでもないが、王族というものの情報網を舐めるな。その一言で全てが露呈する事だって有り得るんだ」

「いやはや……そんなとうとい存在でもありませんがネ」

「お前よりはよっぽどマシだ。同じ空気を吸ってるだけでも反吐が出る。……話を逸らすな。

 あのフラッペに誰が虫入れていいっつった。影を忍び込ませるだけでいいという約束はどこにいった。

 あのせいで王女通じてバレたんだぞ―――お前ら『とうときおくに』の関与が!」


 今にも植木鉢を握りつぶしてしまいそうな様子で、彼女は両目をこれでもかというほどに見開いた。


「協力するとは言ったが、お前らに足を引っ張られてこっちまで転けるのはごめんだ」


「いやはや……ワタクシはただ、一人でも多く救済したいと思っているまででス。これもとうとき女神様のお言葉でございまス。ですから「虫」ではなく「聖虫」とお呼びくださイ。彼らはとうとき女神様の使いにございまス

 ……いやはや、やや疲れましたナ。ゾナンブルームさんの寝床は申し訳ないので、こちらの空きベッドを使わせてもらいま―――」


 その瞬間。


 男の体は首を吊られる形で持ち上げられた。

 女の足元でとぐろを巻いていた濁った影から触手が伸び、男の首を絞るように締めていた。

 さすがに楽観的にはなれず、男が痛々しい呻き声をあげる。影を叩いて言葉にもならぬ命乞いをするが、束縛はきつくなっていく一方だ。


「僕言ったよなぁ?キツネ様には毛一本でも触れるな、触れたら協力断絶、即殺すと―――それが仮に、キツネ様本人ではなくキツネ様の物であったとしても」


 血走る眼に、中毒症状でも起こしたかのような癇癪に近い笑い。


「もう、殺していいってことだよな? ねぇ? 僕の憧れを踏み(にじ)ったんだから。それに、計画まで乱しやがって。そんな奴に生きる価値なんてないよなぁ」

「……ひっ」


 女は懐から短剣を引き出した。

 そして顔を青ざめ鼻水を垂らす男の喉笛に、鈍色の刃先を引っ掛けた。

 しかしその手はそれ以上動かなかった。


 一筋の膿を含む血だけが、男の肌をなぞった。

 二人の目線は同時に、地面に向いた。


 膝までの高さしかないビスクドール(※フランス人形のこと)が、裂けるような笑みを返していた。


「ぁーぁーぁー」


 とたんに腸を煮込み腐らせたときのような、不快な匂いが部屋に充満した。

 強気でいた女ですら、やや眉をしかめて一歩下がった。

 男を縛っていた影がするりと解けて、植木鉢のほうへと戻っていく。


「ぁーぁーぁーぃーぇー」


「いやはや……ええ、当然承知しておりますよ、とうときあなた様。ちょっと方針違いに揉めてしまったまででス」


「ぇーぃーぃーぃーぃー」


「いやはや……そんな、とうときあなた様の崇高なるご心意に、ワタクシ、ゴマッパイが申し上げることなどございませン」


「ぇーぁーぁーぁーぁー」


「いやはや……えぇ。当然承知の上です」


 そんな歪な会話を腕組みしながら眺めていた女は、嫌悪感丸出しの顔であった。

 男は地面に伏したまま人形の言葉に相槌を打っていた。先ほどよりも明らかに声のトーンが釣り上がっている。


 土下座なんて足りなさすぎる。

 五体投地、いや頭を床下に埋めるべき―――というくらいの崇拝の心を、彼はその人形……あるいはその奥にあるモノに懐いていた。


 本人は朗らかな気持ちだろうが、端から見たら気分のいいものではない。

 その歪曲(わいきょく)した憧れに彼女も眉をひそめたが、何も言い出せなかった。

 一つに、その人形の舞台裏に身を潜むモノの存在を知っているからだ。



 そしてもう一つ―――ー彼女だって、()()()()()()()()を抱いているからであった。



 ツェドリカ・ゾナンブルーマ。

 その南方由来の由緒ある名前は、彼女本人にとっては決して名誉なものではなかった。

 冷酷で名が通っているゾナンブルーマ男爵家現当主は元妻―――ツェドリカの実の母―――が衰弱死した直後、色事に走るようになった。


 そして一ヶ月も経たずに彼女には継母ができた。

 ツェドリカがまだ、三歳頃のことだった。


 男爵が仕事でしくじるたびに。

 嫌なことがあるたびに。

 鬱な思いをするたびに。


 ―――被害を受けたのは幼き日のツェドリカだった。


 一生消えないアザ。

 見るも痛々しい鞭の跡。

 しかしツェドリカは信じた。信じ続けた。


 ―――きっと、きっとお母様はお空の国で見守ってくれていると。


 ツェドリカはまともに教育も受けてもらえなかった。男爵家に生まれたというのに、礼儀もマナーも、何一つ教わる機会がなかった。


 ―――だって、生れつき目が見えないのだから。

 ―――「目が見えない奴に、教育の価値はない」のだから。


 そんなある夏の日、ツェドリカは屋根裏の窓から外の世界を「聞」いていた。


 両親は今祭りに出かけているらしい。

 今のツェドリカは自由だ。

 ふと、たわいない会話が耳に入ってきた。


 青年と、自分と同い年くらいの少女。


 ―――しぇんしぇ、どうして「ひまわり」さんはお日さまにむかってさくの?


 ―――ん、そうだねぇ。お日様がすきだからかなぁ。陰りだと暗くて、ジメジメするでしょ。


 ―――お日さま、「あいどる」?


 ―――あはは、アイドルかぁ。そうかもね。


 ―――ひまわりさん、あこがれてるのかなぁ、お日さまのこと。あたち、お日さまになりたい!


 ―――え、キッちゃん、それはどうしてかなぁ?


 ―――だって今のお日さま、夜になるとおねんねしちゃうでしょ?だから、あたちがね、お日さまになったら、ずっとずーっとひまわりさんにきりゃきらするの!


 その何気ないお子様な台詞。

 しかしツェドリカの心のなかでは、今まで抑えていた何かの気持ちが昇華したような気がした。


 ひまわり。


 その時のツェドリカにはそれが何なのかはわからない。

 けれどそんなわからない存在に、ツェドリカは親近感が湧いた。

 話の流れから、きっと「ひまわり」というものが花か何かなんだとおもう。


 それなら最初はジメジメした、土の影に埋もれていたのかもしれない。

 けれどお日様は遍く大地を照らし、そして自分も抱擁してくれる。

 そしてやがて殻を破り、青空へと伸びていき、開花する。


(あの子……知ってる)


 パーティーなんて参加したことなどなかった。

 が、それでもあの声と雰囲気と、妙な言葉づかい―――思い当る同年代の少女なんて、一人しかいない。


 ―――伯爵家長女、キツネ・フッサ。


 幼き日のツェドリカには、キツネという少女が「キラキラして見えた」。

 それこそまるで、永遠の太陽を見つけた「ひまわり」のような気持ちであった。


 ツェドリカは頑張った。

 同い年の誰よりも頑張った。

 勉学に明け暮れた。

 目が見えないから、世話をしてくれていたメイドに読みあげてもらった。

 やがて「影魔法」の扱いが得意になり、それを使って勉学に励んだ。

 太陽よりも早起きして鍛錬をし、夜は気絶するように眠りに落ちる。

 体力もつけて魔力放出の訓練も行った。

 ただ一心に、いつかあのお日様(ひめさま)に会えることを、憧れに会えることを夢見て―――。


 そうして時は経ち、ツェドリカはついに国内でもトップクラスの学園に入った。

 その成績を言えば右に出る者がいないほどで、ツェドリカは一年初期にして「生徒総括役」―――つまり生徒会長のような役割を得た。


 彼女は名簿を読みあげてもらった。

 悦ばしいことに、キツネ・フッサという名前はばっちりと載っていた。しかも、かなりの優秀な成績を持って。


 ―――ああ、お日様が近い。


 焼けてしまいそう。融けてしまいそう。


 けれどそれがいい。

 ようやく。ようやく。

 ようやく、()()()()()お日様に会えるんだ。


 寮もキツネと同じ部屋になった。

 二人部屋だ。

 今の自分は、すこぶる運がいい。


 しかしツェドリカはどうしてか、踏み出せなかった。

 部屋まで向かうときの足運びが、異様に重く感じた。

 今まで踏み慣れた影が消えていくような気がして。

 お日様にいきなり当たってしまっては身を焦がしてしまいそうな気がして。


 ツェドリカは踏み止まった。

 そして―――ー寮を離れた。


 徐々に、徐々に彼女の内心は陰り初めた。

 しかし当人は、それに気づくはずもない。

 ―――その親譲りの「影への親しみやすさ」が、彼女の憧れを既に腐食し切っているなど。

 歪みに歪んだお日さまへの憧れが。

 黒ずみに黒ずんだかつてのトラウマへの執着が。

 ―――やがて、彼女を「いけない」方向へと昇華させた。


 気づいてほしい。

 自分に気づいてほしい。

 けれど、お日様に当たるのすら、怖い。怖い。怖いよ。

 どうしてだろう。

 ―――こんなに憧れているのに。


 どうしてだろう。

 ―――どうしてキツネ様は、影に隠れた僕というひまわりに気づいてくれないの。

 あの時―――ずっと絶え間なく、日光をふり注いでくれるって。僕にも光を見せてくれるって。……言っていたのに。

 のに。

 のに。


 ―――なぜキツネ様は、あんな得体の知らない女と一緒にいるの?


 いくら誤魔化そうとしても無駄だよ。

 だって僕は影を操れるから。

 ここら一帯の型をとってしまえば―――すぐに、キツネ様の横にいる、「化け物」が見えてしまうんだ。


 なぜ?

 なぜ?

 ねえ答えてよ。

 どうして?

 どうしてオレに気づかないの。

 どうして。

 ねえ、気づいてよ。

 ねえ。ねえ。ねえ……―――ー。


 ……ああ、わかった。

 そっか。

 そういうことか。

 アイツがいるから、朝が来ないんだ。

 だから、オレに日の光が当たらないんだ。


 害虫。

 メルティ・イノセント。


 ―――僕が……わたくしが、駆除しなきゃ。


 例え、命を放り捨てても。

 例え、死刑になっても。

 例え、この得体の知れない宗教の(やつら)の餌になっても。


 僕は……わたくしは、日の光をもう一度だけでも浴びたい。


 ―――ねぇ、これで僕に気づいて下さるよね……キツネ様?



形の歪んだ憧れ、というやつです。

ここから少しずつ、学園の影に潜む存在が露わになっていきます。


次回更新は9/7(日)です。お楽しみに。

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