48。メルティとジェラシィ
お待たせ。
ゆったりと、しかし着実に今回のテーマに近づいて行きます。
夕方。
放課後の図書館にて。
メルティとシャルメイは背中合わせで本を並べ直していた。
「キネっちはもう帰ったのだ?」
「キツネのことだよね?……んーわかんない。手伝っちゃだめ、って言われてたし帰ったのかも」
「もう遅いのだ。メルっちだけ先に帰るのだ」
「それは……だめ。シャルメイ一人だと、たぶん絶対に終わらない」
……会話が弾まない。
メルティに関してはそもそもそういう言葉のキャッチボールが苦手なのだ。
だから基本はシャルメイから話題を振るスタンスである。
「うちの護衛がごめんなのだ。あと……今更かもしれないけど、喧嘩したいって言い出しちゃってごめんなのだ」
「……別に気にしてない。自分の弱点がよくわかったし、いい経験になった。マルコー?っていう男子も、キツネを怒らせたこと以外は別に悪くないとおもう。
……それよりも、本当にシャルメイがナノちゃん……であってる?」
「合ってるのだ。ナノちゃんなのだ。あと公の場じゃ無いときはぜひ『シャル』って呼んでほしいのだ。……親愛の印なのだ」
シャルメイの声は姫らしく、しかし同時に姫らしくなくて透き通っていた。
一列の古本を整え終えると、手のひらサイズの刷毛で埃をそっと落とした。
「……シャル。これでいい?」
「最高なのだ」
「ん。……普段は様ってつけたほうがいい?」
「シャルメイ、で十分なのだ。我が許すのだ。キネっちにも同じこと言っておくのだ」
「承知。……ねぇ、シャル。わたしとしてはさ。……わたしはそんなに憧れの対象に、相応しくない人って思ってる」
シャルメイは手を止めて肩ごしに振り返った。
しかしメルティはそれには気づいていないのか、ただ淡々と本を並べ替えていた。ふと手を止める。番号が欠けているらしい。
「……これなのだ? 別の棚の奥に挟まっていたのだ」
「ありがと」
シャルメイから本を受け取って、その空いた隙間を埋める。
「……どうして、相応しくないのだ? メルっちの功績を見ると、憧れない人なんていないのだ」
メルティは黙った。
それから、ゆっくりと、長い息を吐き出すようにして言った。
「憧れられるほど、強くないから」
「……メルっちが……メルっちが強くないのなら、我はなんなのだ?我が見てるメルっちはなんだったのだ?答えるのだ」
シャルメイは語気を強めて返した。
別に怒りとかではない。
どちらかというと―――もどかしさに近いのかもしれない。
手が届かないところにある存在が、わざわざ階段を降りてくる。それなのに、それなのにそれでも届かないような気がする、そんなもどかしさ。
―――本を、破り捨てたいくらいに。
「……ごめんなのだ。……熱くなっちゃったのだ」
「いい。平気。……わたしが悪かった。ただ、わたしが強くないのは本当。……デジタリアの依頼の時、キツネが居なかったらたぶん、そのまま食われてたとおもう。わたし本体は、そこまで強くない」
―――もしわたしが強いというのなら、それは頼もしい味方のおかげ。
メルティはそう続けた。
二面の棚がちょうど、掃除し終えた頃だ。
「それにさ。……シャルは王女として、人民をまとめるでしょ。……そのとき、もしその人達が苦しんでいたら、どうする?」
シャルメイはまた振り返った。
今度は、目が合った。
その見つめ返すメルティの丸目は間近で見るよりも闇夜みたいで、ともすれば吸いこまれてしまいそうな感じがした。
―――真意が、読み取れない。
「……我なら。……我なら、本人に聞いてみる。周囲の様子もみてみる。苦しんでいる人達がいるなら、その原因が必ずあるのだ」
「全部?」
「……全部は無理なのだ。だから日頃から気にするのだ。父上がよく仰るのだ―――民は財産と。そんな財産をも粗悪に扱っては『統治者』としては失格だと」
「なら、わたしより、シャルのほうがすごいよ」
メルティはそこまで言うと、シャルメイと同じ側の棚に移った。
そして、さも事なさげに打ち明けるのだった。
悪役カードのこと。
ガロミヤという巨人がいて、スケイプという王子がいて、リョナたんという配信っ子がいて、その他にも大勢の人達がいること。
―――そんな人々に、メルティはずっと支えられてきたこと。
「……」
シャルメイはメルティの顔を見入ったまま、口をぽかんと開けていた。
「だから、魔法はわたしのものじゃない。あと、わたしはその人達の苦しみも、痛みも、恨みも、全然わからない。統べる者として失格」
「そ、そんなことないのだ」
「ある」
「……」
「親愛を込めてくれたお返しとはなんだけど、わたしのことを話しておきたい。
……わたし、人の形をしているけど、本当はたぶん……違う生物。わたしもよくわからない生物。
……今までの記憶はほとんどなくて、ずっとボーッと生きてた。だからシャルが知ってるようなわたしの討伐功績を、わたし自身は身に覚えが無かったりする。
ただそこに相手がいて、その相手を殺して、依頼主に届けるだけ。
そんな感情のかけらもなかった―――モンスターとの戦いしか知らなかったのがわたし、メルティ」
「……」
「でもキツネと出会って、変わった。笑ったり、びっくりしたり、……泣いたり。そんなことをわたしは覚えた。
そしたら、今まで聞けなかった悪たちの声が聞こえるようになったんだ。
ただの悪だとしか思っていなかったのに、その背景ではどうしようもない事で人生を台無しにされた人達とか、生まれてきたことすらも罪深いって思われた人達とか。
実はたくさんいてね。
それをわたしはそれまで……全部無視してきたんだなって」
「……」
「……ね、憧れに相応しくないでしょ」
「そんなことないのだ」
シャルメイは頭を振った。
目はメルティに向いているようで、遠くを見つめているようでもある。
「我も昔は、生意気で高飛車な子供だったのだ。……王女という身分があるから驕ってしまって、あちこちに迷惑をかけて回って、それでも全然なんとも思わなかったのだ。我が楽しいならいいって思ってたのだ」
「……! 意外。全然見えない」
「あはは、よく言われるのだ。……我も、ある存在と出会って……変わったのだ。相棒と呼べるような存在。『シャル』と呼んでくれる存在」
「前、そんな話してた気がする」
埃を叩きながら、シャルメイがうんうんと同調する。
「懐かしいのだ。もう数ヶ月前の話なのだ。……あのお泊まりは結構楽しかったのだ。またやりたいのだ」
「うん」
「……それでなのだ。あの相棒はいつも我のことを気にかけてくれていたのだ。帰れば相棒がいる。自分を変えてくれた存在がすぐ隣にいる。……そんな毎日が嬉しかったはずだったのだ」
「……うん」
メルティは相槌を打った。
手は止めることなく仕事を続けている。そろそろ、次の二棚が終わる。
日もほとんど落ちてしまっていて、ランプなしでは足元すら見えない。
「でも、そんな相棒は決して我と戦おうなんてしなかったのだ。してくれなかったのだ。……一番愛してる相棒なのだ。それは変わらないのだ。……けれど、我としてはどこかさみしかったのだ」
「気持ちは、わかる」
「ありがとうなのだ。……それでメルっちを知ったのだ。―――メルっち、貴女だって我を変えてくれた人なのだ。大事な大事な、記念すべき二人目なのだ」
そう言って、シャルメイは拳をメルティへと突き出した。
「世界の広さを教えてくれた。もっと上がいることを教えてくれた。初心を取り戻してくれた。あんな一瞬で―――王女の我を口説いてしまうなんて、メルっちはギルティなのだ。誇っていいのだ。
……ほら、親愛の印なのだ。いつでもメルっちの助けになるのだ。―――親友なのだ」
(―――親友……)
メルティは「よろしく」とだけこぼして、自分の拳をそこに合わせた。
「……わたし、シャルには何もできないけどいいの?」
「憧れが横にいてくれるだけでもいいのだ。いわばマスコットなのだ」
「絶対違う」
「あと、王宮の出入りもキネっちまとめて許可をするのだ。遊びにくるのだ」
メルティは目をぱちくりさせた。
さすがの彼女でも、王宮がどれほどの場所なのかは理解しているらしい。
「……嬉しいけど、いいの?勝手に決めて」
「あとで父上に報告しておけばいいのだ。責任はわたしが持つのだ」
父上。パパ。つまり、ふぁざー。
シャルメイのふぁざー。
王女のふぁざー。
……王様。
「……なんか申し訳ない気もするけど、ありがとう」
「お安い御用なのだ」
なんとなくでまとまった話だが、メルティはキツネがその話を聞いて胃を痛める様子が頭の中で、くっきりと思い浮かぶのであった。
―――。
「……キツネ、重い」
「ひどいです、ちょっと乗っただけじゃないですか」
「……これはちょっとじゃない。もう一時間くらいへばりついてる。……暑くないの?」
「メルティちゃんは暑いですか」
「暑くない」
「じゃあ私もです」
「なにそれ」
キツネは、今日もメルティのベッドで寝るらしい。……もはやキツネの部屋のベッド実はいらないんじゃないのか、と思うほどの通い頻度だ。
いつもよりもべったり―――というより自分の腹の上に乗っているキツネを見て、メルティは「やっぱりそうなったかぁ」と言いたげに深呼吸した。
なぜ今日のキツネがこんなにも粘着質なのか。
アンサー、シャルメイに嫉妬したから。
なぜ嫉妬したのか。
アンサー、メルティとシャルメイがあんな近距離で寝そべって(シャルメイがおさえつけられているだけ)、図書館デートまでしている(罰則を受けただけ)から。
というわけで、毎週恒例の逆ナデナデタイムである(※普段はキツネが撫でるから)。
とは言えキツネはこのモードに入るとメルティくらい無口になるので、メルティが引っ張る役になる他ない。
「……キツネから離れたりしないから」
「……」
ぴくりと、キツネの指先が動く。
「……だから、安心して」
「……はい」
それ以上、メルティはなんて言えばいいのかわからなかった。いや、何かを言えば慰められるようなものでもないような気がした。
ひしりと握られる手の温かみを受け止めながら、メルティは目をそっと瞑った。
「もう、寝よっか」
「……はい。……ごめんなさい」
「謝らなくて、いい。キツネの気持ちもわかるから」
「……わがままですね、私。私だって、メルティちゃんに憬れて、メルティちゃんの横に並んで見たくて仕方がないのに。
……シャルメイ様だってきっとそうですよね。
私ならまだメルティちゃんとこうしていられますが、シャルメイ様は王女という立場がありますし、変な噂が立たないように行動しなきゃいけませんもんね。
……だから私、決めてるんです。メルティちゃんを縛ったりなんてしないって。メルティちゃんが行きたいところも好きなものも否定しません。
憧れが歪んでしまったら―――せっかくの想いも伝わらなくなりそうですから」
「大丈夫。突然消えたりなんかしないから」
「……」
「わたしには憧れって気持ちも、嫉妬もよくわからないけど。……こんなふうに直接伝えてくれるキツネ、……好き」
「……そう、ですか」
「うん。今日はもう遅い。また……明日お話ししよ」
「はい。……おやすみなさい」
「うん。―――おやすみ」
このネタはですね、最初の王女ちゃんのキャラデザをするときに、キツネちゃんと王女ちゃんの二人がメルティで綱引きしてるシーンを描いたのが由来なんですよ。
次回更新は、9/1(日)。ルイザちゃんの日常についてです。
お楽しみに!




