44。メルティと〇〇フラッペ
虫注意。。。
学園のカフェテリアにて。
夏も近づいてきて、アウトドアのお茶をする生徒も増えてきた。
その一角で、丸い白テーブルに突っ伏す少女が二人。
パラソルのかすかに揺れる影はまるで、彼女らの今の気持ちを表しているよう。
バテること一分弱、メルティとキツネの口から同時に出てきた言葉は。
「「……リョナたん……」」
そう―――二人は今、ソリュから与えられた「夏イベント」、【闇配信リョナたん】と仲良くなることに頭を悩ませているのだ。
これが意外とうまくいかないもので、行くたびにカルテの山を浴びせられ、行くたびに蹴り出され、全くといっていいほど心を許してくれる気配がしない。
人付き合いがそれなりに上手なキツネすらも、今回の事に関しては頭を抱えて唸っていた。
「別に無理やり仲良くするものでもない」
「まあ、それもそうですが……あぁ、少しでもきっかけがつかめたら……」
飲み干したグラスの中で、氷が溶けてカランと崩れる。
「どうして、あんなに拒んでいるのかが解ればちょっとは理解できるかもしれません」
「……悪いことをしたって自覚があるからかな」
「んー、違う気がします。それに反省していてば解決するようなことなら、私たちと会うことはないと思います」
キツネは頬杖をつきながら、ストローで氷をかき混ぜた。
メルティが顔をあげる。
「どういうこと?」
「ほら、メルティちゃんの【悪役カード】の中にいる人々は、ちゃんと生きているじゃないですか」
「それはわからないけど……そんな気がする」
「ということは、その中に入る以前まではどこかで生きてきた訳ですよね。……もし、ごめんなさいって謝って、罰を受けて、反省して、赦されるくらいのことだったら―――あんなにも真っ暗な場所に収容されたりなんかしなかったと思うんです」
そう、忘れがちだが、メルティのポーチのなかに収まっている悪たちは、文字どおり「悪」を具現化したような存在たちである。
その背景にどんな物語があるのか、どれほどの思いがあるのか拘らず、彼らは「悪」―――と、どこかの社会で決められて淘汰された人々である。
どうして彼らがこの中に入ることになったのか。
どうやって入ったのか。
わからない。
しかしメルティ経由で彼らの話を聞くたびに、キツネは「訳あり」という言葉の重みを感じた。
メルティにとっては「枷」では無くとも、彼らという見なされ悪―――通称「悪役」にとっては「枷」であり「牢屋」であるのだ。
では、そんな訳ありの子を相手に、一体どうやってコミュニケーションを取ればいいのか?
この【闇配信リョナたん】という子が格別接しにくい訳ではなく、ただただ、今までがイージーモードなだけだったのかもしれない。
巨人ガロミヤは気づけばメルティを主と認めていた。
スケイプ王子もメルティの声を聞いてすぐに落ち着いた。
ナナに至っては遊ぶ約束をしただけだ。
前途多難という言葉が、改めて身に染みた瞬間であった。
「あら、何か困りごとかしら?」
突然頭上からした声に二人は顔を同時に向けた。
そこにいた人物を見て、キツネが目を丸くした。
「し、シャルメイ様……? どうしてここに」
そう、この王国の第二王女であり、この学園のアイドル的存在であるシャルメイだ。
閉じた扇子を肩に添え、サメのように尖った歯を覗かせている。
ただの制服からですら漏れ出ている高貴さをまとい、背後には数人の護衛であろう男子生徒が整列していた。
王女は手をひらひら舞わせ護衛を引かせると、二人の横にしゃがみ込んだ。
「お困りさんのレーダー反応があったからよ。さ、良かったらぜひ聞かせてちょうだいな」
「え、えとぉ。……まずは椅子用意いたしますね」
「それは平気よ。これくらい問題ないわ」
太ももをスカート越しに叩いてアピールするシャルメイ。
彼女のノーブルでありつつもどこか「外見へのこだわりのなさ」に、キツネはなんとなくメルティみを感じた。
(平気、じゃなくって、周りの目線が痛いんですってばぁ……!)
と、心の中で叫び声を上げながら。
「ふふ、わざわざ用意してくれことに感謝するわ、キツネさん」
「いいえお気遣いなく……」
本来こうして王女と対面で世間話をするだけでも胃に穴があく思いを抱くものなのだ。
そう―――この時ですら舞い寄ってきた蝶々を目で追い回したり、鼻先に止めたりと我関せずの様子を見せるナントカティさんが特殊すぎるのである。
さて、蝶もどこかへ逃げ去ったところで、キツネが代表して軽く―――【悪役カード】の件は隠して―――説明をした。
「なるほど……つまり、その子とお友達になりたいということね」
「はい」
扇を弄ること約一分。
それから、ゆっくりと口を開いた。目線はどこか遠くへ向いている。
「……わたしも、似たようなことがあったわ。そのお友達の立場だけれどね。あの時わたしまだ幼かったから、全然話を聞いてあげられなくて、大事にしたい、憧れていたその子を傷つけてしまったのよ」
「「……」」
「でもその子、わたしのわがままも、憤りも、妬みも、全部受け止めてくれたの。それでいまは―――まあまあ上手く付き合っていられているわ」
「そう、なんですね」
「だから……たまにはぶつかって貰ってもいいんじゃない?って思うの。ずっとわがままってそれはそれで良くないけれど、その子だってきっと、ちゃんと受け止めてあげたら心を開いてくれるに違いないわ」
キツネはメルティを横目で見た。
メルティは虚空を見つめたまま、肖像のようにビクともしない。
「ごめんなさいね、抽象的すぎたわね」
「あ、いえ。お話を聞いていただけただけでも嬉しいです」
「……ん」
「そう。それなら良かったわ。これくらいならいつでもお話できるわよ」
会釈をかわしながら、キツネは心の奥で(王女様ってやっぱりすごいです……)と感心するのであった。
「……さて、お話をし終えたところでっと」
シャルメイは手袋をしたまま手を叩き合せた。
「この頃いろんなことが重なって、あまりお二人とゆっくりお話ができずにいたから、この機にお話しましょ」
こんな満面の笑みでプリンセスに言われては、断れるはずがない。
流れのままに、二人はシャルメイ王女の雑談に付き合うことになった。
と、来ればなんとなく「ああ、多分おめかしかブランドのお話でもするんだろうな」と思う人もいるだろう。
そうなると世離れなメルティは完全に仲間はずれだろうな、と。
が、そういうわけでもなさそうだ。
「デジタリアの博愛……じつは本物を見たことはなかったの。だから、お二人が採取した分が見られたのは本当に貴重な体験だったわ!」
「ですです!!私にとってもいい経験でした。でもちょっともう、あのサイズと戦うのは勘弁したいというか……」
「あら、そんなに大きかったのね?報告書によればガーネンの大樹二つ分くらいだったとか聞いたけれど」
「あはは、その判定基準は昨年変更されたんです。特に寄生生物の場合は、大きさがまちまちで。しかも最近はガーネンの木がめっきり見られなくなったとかでー」
「ああ、そんな話もあったわね。だいぶ詳しいわね貴女、気に入ったわ。そういえばガーネンの大樹って影を吸って生きるとか聞いたことがあるわ。あれってどう吸っているのかご存知だったりするのかしら……?」
「あぁー、それは影を魔力で実体化させて―――ー」
「―――ーなるほど――――――」
「―――ー」
ぺらぺら。
ぺらぺら。
……どちらかといえば、専門的すぎて置いてけぼりなのである。
最初は言葉の一つ二つを拾って何か発言を試みるメルティであったが、すぐに飽きて、今はほとんど融けきった氷を真顔で (=楽しくなさげに)かき混ぜている。
「……あ、メルティちゃんごめんなさい、つい集中しちゃって」
「あら、わたしからもごめんなさいね。せっかく三人でお話ししようということだったのに、はしゃぎすぎたわ」
「……平気。キツネが楽しそうなら、別に」
といいつつ、氷の撹拌は止めないメルティ。
「あはは、拗ねないでくださいな、メルティちゃん」
「拗ねてない。……飽きた」
「ふふ、メルティさんは素直ね」
そう丁寧に感想を言うシャルメイの心の中で、メルティにたいして微かに母性を掻き立てていることに本人は気付かない。
「あ、オータムの水晶―――新しい果実がやっと実ったので、メルティちゃん一粒いかがですか?お詫びといってはなんですけど」
「ん、もらう。……二粒」
「はい、どうぞ」
「あら、『オータムの水晶』がこの時期に実るなんて珍しいわね。わたしも一粒いただけるかしら?……メルティさん、美味しそうにしているからわたしまで欲しくなっちゃった」
テヘペロ、という言葉が似合いそうな顔だ。
だがその何気ない一言で、割って入ろうとした護衛は歩みを止めた。
シャルメイの最後の言葉を訳すなら―――「毒味は必要ない」であろう。
「―――あら、本当に美味しいわね。質のいいパウンドケーキに使われることが多いけれど、そのままでもシャキシャキして楽しいわ」
すかさず入るキツネ博士の解説。
「その食感は糖分が高いゆえのものですよ、シャルメイ様」
「それならなおさらすごいわ、キツネさん。そもそも本当なら旬では無いのよね?」
「ええ、この髪の中に特製の容器が入っていまして……成分の配合を調整すると甘さが上がったり、実りが良くなったりするんです」
口の中に残るほんのりの甘さの余韻を楽しみながら、メルティはキツネとシャルメイの対話をじっと見つめていた。
(キツネ、すごいって言われて嬉しそう)
「メルティさん、貴女とても興味深い魔法が使えると耳にしたけれど、どんなものか聞いてもいいかしら?」
「んー?」
今度は話題が、メルティに回ってきたらしい。
「興味深いかはわからないけど、……んー、あんまりうまく説明できないや」
自分の身の上のことは、意外とはっきりとわからないものである。
「あら、無理やり聞き出したりはしないから安心してちょうだいな。お話しづらいこともあるわよね。ただ、お恥ずかしながら、わたし強い女性には憧れているの」
「……わたしそこまで強くない」
「あら、そうかしら。わたしからすれば、生身一つで『デジタリア』を討伐したり、誘拐事件を解決したりできるのは強者ならではだと思うわ。小さくて可愛らしい英雄ちゃんだなんて、完璧じゃないかしら?」
もう顔がまるっきりとろけている。
どうやらこの王女は本当に、メルティに興味があるようだ。
「はい、私の大事な英雄ですから。最強です」
「……キツネ、買い被りすぎ」
そんな時だった。
「お待たせしました」
店員と思しき七三分けの男性が、三人のテーブルにやってきた。
「『ベリーミックスフラッペ』でございます」
「あら……?」
それぞれの目の前に置かれたのは、しっかり三人分のグラス。
精巧に盛り付けられたベリー。
涼しげな色をしたクリームと氷の結晶が、より一層見た目の爽やかさを引き立てている。
が……。
「美味しそうだけれど……わたし、頼んでないわよ」
「わ、私もです」
「……頼んでない」
そう、誰も注文していないのにこのフラッペは届いたのだ。
三人の言葉を聞くと男性店員は困った顔をして、
「あぁ、これは御三方への……サービスでございます」
どうにも含みのある言い方だ。シャルメイが片眉をあげた。
「ご親切な方ね」
「え、えぇ、まあ」
そんな会話をよそに、メルティが自分の前に置かれたグラスに口をつけようとする。
―――がしっ。
しかしその手はシャルメイに掴まれた。
何が起きているのか理解が追いつかず、メルティとキツネが揃って目をぱちくりさせた。
シャルメイは歯を見せない薄いスマイルを顔に貼ったまま、店員に向かって言った。
「実はメルティさんのフラッペに、わたしの髪が入ってしまったの。交換してもらえるかしら」
「えっ、……と、」
しどろもどろに口を動かしつつ、彼は顔を強張らせていた。
「……先程運んできたばかりですから、そのようなことは無いかと―――」
「あら、一国の王女が言うことが信じられないのかしら」
「そ、そのようなことはっ……!!」
彼女の広げる扇は、まるでドラゴンの口元。
一瞬の油断も許さず、一切の怯みも認めない。
「では、早めにお願いできるかしら」
「か、かしこまりました!!」
そそくさと退却しようとする店員。
「ちょっと待ちなさい」
「な、なんでしょうか」
すでに彼の顔は真っ青だ。
「どうしてメルティさんの分だけ特別なのかしら」
「えっ、そ、そんな」
「あら、誤解かしら。……まるでメルティさんの分だけはしっかりと確保してあったかのような言動だったもおもうけれど。これでもわたし、耳はいいの。貴方が『黒髪の女の子のはこっち』と言っているように聞こえたわ。どれも同じように見えるのに……幻聴かしら?」
「は、はい。……あ、い、いえそんなこと、ございません」
「なら、言ったのね。ではわたしにもぜひその特別な方をくださいな。これでも王女―――珍しいものは王族にも用意してもらいたかったの」
「え、えっとそれは、出来ないと言いますか……すみません、ちょっと僕の一存では……」
「そう。ならいいわ。あと……誰からのプレゼントなのか、はっきりしてもらいたいの。その方にしっかりとお礼がしたいと思って」
「い、いえ、シャルメイ様のお礼など―――」
「不要でしょうか……?」
「い、いえっ。そ、その。僕もあまり知らなくて」
「あら、そうだったの。それはごめんなさいね。……てっきりわたしのことが好きで意地悪をしてきているのかと思っちゃったわ」
「あ、あはは」
舌を出しておどける第二王女。しかしそれに対して店員は身を引くしかなかった。
震える手をメルティのフラッペに伸ばす―――。
しかしそれも、シャルメイの扇子によって遮られた。
「あ、あの、シャルメイ様。……か、回収を―――」
「あら、回収はしなくていいわ。あなた顔色が悪いわよ。メルティさんの分のフラッペを用意し終えたらちゃんと休みなさいな」
「は、はい、そ、そうさせてもらいます……」
今度こそ、退散する店員。
その後ろ姿に向かって、シャルメイはボソリと呟いた。
「……そういえば今日この後、生徒総括の子とミーティングがあったわ。遅れないようにしないといけないわね」
―――その言葉の含みを知らない、キツネとメルティが反応できるわけがない。
大股二歩ほど離れたところにいた店員だけは、短い悲鳴をあげて、一目散に去っていくのであった。
「……さて。もうお腹いっぱいね。フラッペは……マルコーさん、お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
控えていた護衛の生徒のうち、マルコーと呼ばれたスチールタワシのような髪の男子が王女の分のフラッペ―――そしてメルティの目の前のグラスを受け取って一礼した。
メルティはふと、マルコーに睨まれたような気がした。
……あるいは、気のせいなのかもしれない。
「さて、わたしもそろそろお暇するわ。今日はお話ができて嬉しかったわ。また機会あったらお茶でもしましょ。……では、ごきげんよう」
優雅に立ち上がって、固まったままのメルティとキツネに向かってニッと笑うと、シャルメイは護衛を連れ立って室内へと入って行った。
すぐに先ほどのマルコーという男子生徒が、二人のもとに駆けつけた。
「「……?」」
「―――これを」
渡されたのは一枚の紙切れ。
その上には―――ーテープで潰された一匹のクリームまみれの幼虫。
そして、走り書きで一行の文字が書かれていた。
―――『ツェドリカに注意せよ』、と。
脇キャラ回収。たわしくんの名前はマルコー。
王女の勘は鋭い。
次回更新は8/18(日)。お楽しみに。




