40。メルティとはじめての学校生活
オマタセ
メルティ、登校初日。
あれ、入学試験はどこへ?――と思った方へ。
それについては、おいおい語るとしよう。
……ハプニングだらけであったことだけは、ここで明言しておく。
「ねぇねぇねぇねぇあの娘、転入生かしら!? 可愛らしいポーチをつけているけれど」
「ええ、そうだと思いますわ。このアタシが言うんだから間違いありませんわ。全く、ええ、ちっちゃくて可愛いわね……」
「うち年齢制限あったぞ」
「お子様じゃんか」
「そういう事じゃないわ、おバカ男子たち。可愛いは正義と言っているのですわ、アタシが」
「完全に見られてますね」
「うん、見られてる」
学園の廊下に踏み入れると、それなりの数の学生があちこちにたむろしていた。
すでに芸術科が練習を始めているらしく、遠くからかすかに弦楽器の奏でる音色が漂ってくる。
メルティはキツネに言われた通り「エレガントに、たおやかに」振る舞いつつ―――キツネのやや後ろをちょこちょこ着いていっている。
本人は言いつけを守ったつもりなのだろうが、いかんせん見た目が完全に幼い子供なので、何をしても優雅とは程遠いのである。やはり問題はもっと、芯の部分にあるのだろう。
「最初のホームルームクラスは私と一緒にしてもらいましたから、安心してくださいね」
「うん。……そのあとは?」
「授業は先生から説明がありますよ。ただメルティちゃんはおそらくまず、今日のところ能力測定になると思います。ええっと確か……魔力量とか、耐性とか」
「はえー」
教室に着くと既に生徒がちらほらいた。先生らしき男性教壇前に座って、読書をしていた。
メルティを見ると、中途半端にかけている瓶底メガネを外して立ち上がった。
「……メルティ・イノセント嬢。相違ないかね」
「うん、じゃなくて、はい。あってます」
「……では第五の『工房』に向かうように。フッサ嬢はフォローに回りなさい。いいかね」
「ワメーク先生、承知しました!」
「……あとりえ」
「メルティちゃん。多分放送で自己紹介をするんだと思います。うちの拡声魔法の装置、規則上工房から持ち出せないんですよ」
キツネが横からちょこっとフォローを入れる。
「なるへそ。わかった……わかりました。今いきます」
「行って参ります!」
メルティとキツネが「第五の工房」なるところに着くと、そこにはすでに数人の生徒と先生がいた。
その中で特に、異彩を放っているのは二人。
背後に屈強な男子数名を控えさせている、薄紫の縦ロールヘアーの少女。
それから両頬が擦れたように赤くなっていて、カチューシャを長髪に付けた眼鏡少女。
眼鏡の少女が先に二人に歩み寄った。
犬歯を見せるような裂けんばかりの笑顔だ。
背は高くなく、メルティより頭半個飛び出る程度である。
「あらキツネさん、御機嫌よう。そちらの方もお会い出来て嬉しいですわ。生徒総括、ツェドリカ・ゾナンブルーマと言いますわ。……貴女が転入生かしら。……お名前を伺ってもよろしくて?」
「うん。……メルティ・イノセント」
「メルティさん、ですわね」
メルティは一瞬だけ、ツェドリカの影が揺らいだ気がした。
(気のせい、……じゃないはず)
(それに、前にどこかで出会った気がする)
しかしもう一度ツェドリカの顔を見ても、笑顔を浮かべっぱなしでそれ以上感情が読み取れなかった。
横目でキツネを見る。こっちは気づいていなさそうだ。
「あの」
キツネがメルティの代わりに説明した。
「ワメーク先生にこちらへ来るよう仰せつかったのですが……」
「ええ、そうよ」
今度答えたのは、端に寄っていた秀麗な縦ロールの少女。
扇をパチンと閉じて手袋を外すと、メルティに手を差し伸べた。
「紹介が遅れたわね。わたしの名は、シャルメイ・ノア・メランジュ。メルティさん、キツネさん、学友としてお二人にお会いできてとても嬉しく思うわ」
「うん。よろしく」
そう言って彼女の手を握るメルティ。
「……キツネ、握手しないの?」
「あ、はい。よ、よろしくお願いいたします」
硬直したまま、なんとか声を絞り出すような挨拶を返すキツネ。
「お二人が『精霊の悪戯』への特効薬の採集に成功したことは、大変素晴らしいことだとおもうわ。わたしこう見えて、お薬に興味がありますの。お時間あればお茶でもしながら、お話しませんこと?」
「うん。わたしでよければ」
「は、はい!ぜひ!」
キツネが深く頭を下げて挨拶するのを見て、メルティはやや疑問に思いつつも真似して礼をした。
「……さて、本題に入りましょ。メルティさん、ツェドリカさんが貴女に合図を送ったら、この水晶に向かって軽い自己紹介をしてほしいの。せっかくの新しい学友よ。華々しく混ざるのもいいんじゃないかしら?……あ、もし苦手なら無理はしないでちょうだいね。そのためにキツネさんに来てもらったのだから」
「うん、わかった」
「かしこまりました。シャルメイさ……様」
まずは、ちょうど打ち合わせが終わった頃にやってきた、この学園の校長の挨拶である。
ちなみに彼女の話は多くの先生より短く終わるというのもあり、大変人気である。
次に生徒総括のツェドリカの挨拶があり、最後に、メルティの自己紹介である。
メルティは頭サイズの水晶の前に腰を下ろすと、マイクテストをしてから、挨拶を始めた。
『あー、あー。……おはよう、ございます。……はじめまして。えーっと、転入生??のメルティ・イノセントです。好きなものはシールです……ねえキツネあと何話すの』
グダグダである。
彼女の場合は緊張とかではなく、単純によくわからないのだろう。
ちなみにキツネはその間、両手をそわそわさせながら、彼女を背後から見守っていた。
(ああっ、全部きこえちゃってますってば〜っ!)
(あああっ、それは言わなくていいのに〜っ!!)
(ああああっ、メルティちゃんジェスチャーしても音じゃ伝わらないですよってばぁあぁ〜っ!!!)
そして放送が終わった時にようやく詰まっていた息を吐き出して、キツネはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
前途、多難。
放送から解放された後。
キツネはこれから授業があり、メルティは能力を測るテストに移るので別行動となる。
例によって例のごとく、案内役はキツネである。
「メルティちゃん、メルティちゃんってばー!!」
「なに、なに。いたい、いたい」
「どうせ痛くないんですから。じゃなくて、なんでそんな平然としていられるんですか! あの、空間で!」
顔をぐいぐい近づけるキツネ。
「?? 逆にキツネ、なんかずっと変だった。……いつも通りまではいかないけど、特に変じゃなかったとおもう」
「いやいやいやいや」
「ぶぇ」
お馴染みの、ほっぺぶにぃ、の巻である。
伸ばされ、タコ口にされ。伸ばされ、タコ口にされ。
……とにかく、キツネが興奮していることだけは伝わってくる。
「もしかして本当に知らないんですか!?シャルメイ様のこと!?」
「キツネ、声大きい。すごい見られてる」
「あっ……失礼しました。こほん。……知らないのですか……??」
「しらない」
「えぇ……? まあでも、メルティちゃんならしょうがないんですかねー」
……それはそれで、ちょっと不満なメルティ。
しかし黙ったまま、キツネの説明を促すだけにした。
「シャルメイ・ノア・メランジュ様は―――この国の王女様ですよ……!!」
なるほど、とメルティは独りでに納得した。
だからキツネがあんなに緊張していたんだと。
薄紫の髪。気の強そうなつり目。目尻から長く伸びたまつげ。不思議なまんまるの眉(つまり麻呂眉)。鋭くてかつ整ったギザ歯。オーラの違う制服姿。
言われてみれば、たしかに只者ではない雰囲気ではあった。
しかしメルティの反応は、キツネが転けそうになるくらい極薄であった。
理由は簡単。
(こういう王子様とか王女様が、身内?にいるとなぁ……)
例えば、スケイプ王子。
メルティが使っている【悪役カード】、そこには無数の悪が封じられている。
最近はどういうわけか、その中の亜空間とでも呼ぶべき場所に入っての交流も出来るようになったから、メルティの悪に対する把握度も前より良くなっている。
当然その内に、「王女」「王子」さらには「国王」の肩書き―――悉く腐敗しきった看板ではあるが―――を持つ者も少なくないのだ。
だから厳密に言えばメルティにとっては、王族の御身分とは初対面ではないのである。
……まあそれは、メルティが何も気にせず振る舞っていい理由には当然ならないが、キツネの心配が伝わる前に目的地に着いてしまった。
「本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫だから」
「ほんとの本当ですか?学校壊したりしないでくださいね」
「わかってるってば」
「私、すごく心配です……やっぱり授業なんていいのでまずはメルティちゃんのお手伝いを―――」
「キツネ、邪魔」
「えぇっ!?……!?」
メルティは「教室入りたいから邪魔」と言おうとしたのだろう。
しかしそんな風には受け取れなかったキツネ。
致命傷のショックを直に受け、乾涸びた顔をしてとぼとぼ自分の教室へと戻っていくキツネを目で見送りながら、メルティは心中「あ、……やらかした」と焦るのだった。
アリガトウネ
ヒトリデモヨンデクレテルカギリカキツヅケルヨ
ジカイコウシンハ8/4(日)ダヨ
オタノシミニ




