39。メルティと入学
へいお待ち
「……さて、話が長くなっちゃったから、メッちゃんの話にささっと移ろうか」
そう切り替えて、ソリュは再度説明を続けた。
「メッちゃん。……君は、自分で自分のことを、どんな存在だと思ってるー?」
メルティは二、三秒固まってから、
「……よくわかんない。けど、普通じゃないと思う。皮膚が、皮膚じゃないみたいな感じ。うねうねする。……やっぱわかんないや」
「うんうん。そうだね。そこまで行ったら後ちょっとだよ。……メッちゃん。キッちゃん。二人にこれから話す内容はねー、さっきのキッちゃんの魔法並に大事で、しかもとんでもなく危ない話なんだ」
そう言って両手を組むソリュの顔はさっきと違い、おふざけが一個もなかった。
「だから、これはここの三人―――それから、君たちが『本当に大事にしたい人たち』だけに留めるように。できるかな?」
「「……はい」」
「うん。じゃ、まずは結論から言おうかな。メッちゃん、君は今ほとんど生きていないんだ」
「……わたしは、すでに死んでいる?」
「ほとんどね。なぜなら君は今、『心臓』を手放しているからだよ」
「ちょっと……意味不明」
「じゃあ続き。メッちゃん、君はヒト?……違うよね。
ゴブリン?……違う。
魚?……もっと違う。
木かな?……それも違う。
君は――――――単細胞生物なんだ」
その言葉が降りた瞬間、キツネは目を丸くした。
細胞という単語を、先生から教わったことがあるからだ。
単細胞生物。それは、太古から存在した生き物。
その生命力は、植物を越える。
その柔軟性は、動物を超える。
―――すべての生きとし生けるものの、元祖たる存在だ。
「えっ……!? と、ということは、メルティちゃんって、これで……一つの細胞なんですか!?」
「そ。メッちゃんは特殊な細胞。とんでもなく大きくなれて、自分の思った形になれる細胞。そしてそんなメッちゃんが体を支えるのに本来は『核』が必要なんだ。魔物が魔力の核を持つように。動物が心臓を持つようにね。」
先生は続けた。
「でも、今のメッちゃんにはそれがない。だから、ボクは『ほとんど生きていない』と表現した。メッちゃんの大きさになるには、数えきれないくらいの核が本来は必要。でも、それを君はかつて―――捨てたんだ。
……うん。きっと覚えていないだろうねー。だって君、『記憶』も捨てたんだから」
「「……」」
言葉が出なかった。
ただ、ソリュの口から淡々と語られることを、反芻させるだけ。
そんな二人を見て、ソリュは愉快げに目を細めた。
それから立ち上がって、彼女らの頭に手を置いた。
メルティも、キツネもそれには反抗しなかった。
「だから君は死なないんだ。いくら傷つけられたって、致命傷にならない。強いでしょー。……でもそれは生き物として、あっちゃいけないと思うんだ。だって、生きてすらいないのなら、素直に笑えなくなるから。痛がって、ヒヤヒヤして。それらだって大事な経験だよ。君が君らしくなるための経験。
だからボクはね、弱点のことを別名―――『チャームポイント』と呼ぶんだ」
そう言ったノーソリューションは、正しく「先生」だった。
メルティは頭を預けたまま、目を半分だけ瞑った。
「それに、今の君はまだまだ弱い。言っちゃうなら、君はハンデを負ってこの世界の相手と『遊んで来た』。核って要は、体を動かす元だからね。メッちゃんは今まで、心臓なしで気合いだけで戦ってきたわけだ。
でも今後、舐めてかかると一瞬で首が吹っ飛ぶ相手だって、出会うかもしれない」
「じゃ、じゃあ先生」
おそるおそる、キツネが手を挙げる。
「もしその捨てた核?を全部取り戻したら―――メルティちゃんは……」
「そんなことになったらこの世界は、一瞬で消し炭になるよ。……メッちゃんのご命令とあらば」
先生はおどけて言った。
「で、そこで登場するのが【悪役カード】なんだ。これで、キッちゃんは考えて力を使うことを知る。ミスをすると、……経験したと思うけど、憑依されちゃってめんどくさいからね。そのトレーニングを経てから核を取り戻せば―――メッちゃんはメッちゃんで居続けられるんだ」
「「……」」
メルティが、災害でないために。
メルティが、たった一人の潔白で天然な少女であり続けるために。
「悪」を背負うという、重荷を彼女は担ぎ続けるのだ。
「……と、いうのは置いといて」
「「え?」」
どう考えても大事な話を、ソリュは両手で退かした。
思わず転ける二人。
「だから、メッちゃん。君は全然学校に通えるわけよー」
「意味わかんない」
「核ってね、分裂に使えるんだ。そんでもって、君は細胞なんだ。……もうわかるね?」
「わかった。分裂で二人になるってことだよね。……でも核がないんでしょ。あと、ルイザのことなら大丈夫なはず。うちには強いシャチがいるし」
「でもいざというときに便利じゃない?」
「便利」
「うん。だから、あげる」
「…………うん?」
「一個目の核。場所を教えようと思ってね。指名依頼をクリアして、ナナちゃんを宥められるくらいにはなったんだから、ちょっとはお祝いしたいかなーっと」
「え、その在処に今から行くんですか。それでは明日の学校には間に合いませんが……」
「ん、いかないよー。そこにあるじゃないか、一個目」
そう言ってソリュが指差すのは―――メルティのうさぎのポーチ。
通称、「ヴィヴァミ゛ュンミ゛ュン」。
「君はかつて、核を捨てた。記憶も捨てた。けど、一個だけの核はずっと一緒に居たんだよ。―――そのポーチの中にね。ま、灯台下暗しというやつだね」
メルティは、そっとポーチに触れた。
核。
核、おいで。
するとそれはポウっと淡い光を漏らしながら、浮き上がった。
その不ぞろいの牙が並んだ口の中から、飴玉サイズの結晶が転がり出る。
メルティの身体に触れると、それはゆっくりと溶けていった。
やがて、光は消えた。
「……お加減いかがですか、メルティちゃん」
「ん、なんともない。平気。キツネありがと」
手をわきわきさせて、結晶が入ってくる感覚の余韻に浸るメルティ。
「というわけで、これで君は分裂できるよ。ちなみにエネルギーがある限りいくらでも増えます。あと結合も可能」
「なんか今、さらっととんでもないことを……」
メルティは目をぱちくりさせていた。
「あんま実感が湧かないけど……強くなった?」
「うん。五倍くらい」
「五倍……!?」
「それで他の核は……そうだねぇ、学園頑張ったらまた返そうかなー」
「ソリュ……意地悪」
「そうですそうです!!先生意地悪です!!」
キツネがメルティに加勢する。
「おっと、別にそこまで悪い話じゃないと思うけど?」
「それは、たしかにそうですが……」
「というわけで……どう思います―――校長先生?」
突然話題に出てきた校長先生に、二人が揃って頭を傾げた。
「いい話だと思うね」
「きゃあっ!?」
背後からする老婆のシワがれた、しかし威厳ある声に跳び上がるキツネ。
「こ、こ、校長先生!?」
「さっきボク言ったじゃんか。校長先生って」
「些か驚きすぎさねぇ、フッサ嬢」
やれやれと、校長と呼ばれた老いた女性が中へと入ってくる。
皺から見てかなりの歳なはずなのに背はまっすぐで、杖をついていない。
耳は尖っていて、服装もどこか民族チックである。
やさしげな目でメルティを上から下まで見ると、次はノーソリューションの方を向いた。
完全に呆れかえった顔だ。
「……この娘、とんでもない存在さね。そもそもメルティ・イノセント嬢の名は各ギルドの連中から聞いておったし。おまえたちの先生は何を考えているのだか。……のぅ、フッサ嬢よ?」
くっくっくと笑いを漏らす校長。
キツネは「えっとぉ……」と言い渋った。
心中、(話を振られてもわかりませんってば)とツッコみつつ。
「そりゃ、この娘に色々見てもらいたいからですよ」
「いいことさね」
「服とか教科書とかはボクのを貸し出すので」
「教科書はともかく、服はあんた何故持っているんだい」
「まぁまぁいろいろ必要でしたもんで。あ、学費はどうしますかねー」
「そこはなんとかなるさ。――こうしようかね。明日、試験を特別に設ける。そこでの成績次第で、『特待生』として迎え入れよう。当然そこで満足するモノが出せないようなら、話はナシになる。あとは本人の実績次第さね。甘やかしやしないよ、儂は。……実際、不服申し立てがあれば、冒険者ギルドまで耳を引っ張って行けばいいかね」
あっさりと決まった入学。
メルティはただぼーっとしたまま、ぽこぽこ頷いていた。
当然入学の難しさを知っているキツネは、改めてメルティの規格外さ(と校長先生の神出鬼没さ)に開いた口が塞がらなかった。
(これ、絶対注目浴びますよ……メルティちゃん……気をたしかにです!!)
「……さて、改めて紹介をしておこう。儂はジューデラ・カルカブリーナ。この王立メランジェリア学園の校長をやっている」
「……メルティ・イノセント、です」
「イノセント嬢よ。一つ、訊こうかね」
「うん。じゃなくて、はい」
「仮に、明日の試験で無事、入学が叶ったとしよう。――そこで、おまえは何を学ぶ」
「……」
厳しい質問である。
なぜならそもそも、学園に通うことを推しているのは、ソリュの方。
メルティとしては、明日のテストで追い出されたとて問題は感じていないのだ。
しかし、問題は入った後である。
そこからの意義は、自分で見つけることになる。
「わたしは......みんなが知りたい」
「ほお?」
メルティの応えは、簡潔だった。
ジューデラは、眉を吊り上げた。
「正直、なんでもいい。好きなものとか。得意なこととか。みんながどう過ごしているのか、知りたい。色んな感情を知りたい。うれしい、とか。さみしいとか。恨みでも、嫉妬でもいい。きっと、もっと知れば......わたしは、もっとわたし自身のことがわかるようになる。キツネのことも、もっといっぱいわかるようになる」
「メルティちゃん......」
「……ちょっと、自分で言っていてわからなくなった。けど、そんな感じ」
校長先生は、後ろに手を組んだままメルティの周りをゆっくりと一周した。
そして、感慨深そうに点頭した。
「面白い。とても、面白い。ーーさて、メルティ・イノセント嬢よ。たとえ入学したとしても、おまえが歩く道に『楽』という言葉は存在しない。儂が【視る】限り、それなりに波乱万丈な生活となるはずだね。……どうだい、覚悟はできているかね。揉みにもまれる覚悟は」
メルティはキツネを見た。
キツネがぎゅっと拳を握り締めて、目線で気合いを送っている。
メルティはジューデラの顔をまっすぐ見つめて、それから頭を下げた。
「……わたし――――――頑張ります」
その後、一旦先生と別れて帰ることになったキツネとメルティ。
家に着くと、仁王立ちしたルイザママがドアの向こう側に構えていた。
「遅すぎです……!! お姉さまがたは、今何時だと思っているんですか……!!」
と二人まとめて叱られたのは、また別の話である。
結論、メルティ強し。ルイザママ、なお強し。忘れがちだがルイザも豪商の娘なんだよねぇ
メルティちゃん、ついに学校へ行けるように。。。
というわけで次回更新は8/1木曜です。日曜はお休みさせてもらいますのでどうかご容赦を。
お楽しみに!




