38。メルティとただ一人の英雄
おまたせでーす。
「そうだねぇ。どこから話そうかな。……ま、適当に座って。明日のことも考えて今日はそこまで引きとどめないけど、疲れちゃうと思うから」
ランプの光を捻り開けるノーソリューション。
「順番に話そう。うん、決めた。……まずはボク自身のお話から行こうかな」
彼は対面に座って落ち着いた二人を確認して、言葉を続けた。
「メッちゃんには悪いけど、自己紹介は短めにさせてもらうよ。ボクは『ノーソリューション』。通称ソリュ。キツネに魔法を教えた人。最近は地球―――ま、そういう名前の別の世界に行っていてね」
「……キツネから聞いた覚えがある」
「そっかそっか。で、ボクは転移魔法と相性がいいから無制限に使える―――んだけど、一つ弱点があって。ボクは転移をするたびに、周りの人がボクについての『記憶』を失うんだ。
転移距離が長ければ長いほど、大事な記憶が抜けていく」
キツネがあーっと納得の声をあげた。
「だからずっと、私先生の名前が思い出せなかったんですね……」
「そ。キッちゃんのせいではないんだよ。で、その記憶はボクがその人に近づけば返される。仕組みは知らないけどね」
そう言って、ソリュはおどけるように笑った。
「では次は―――キッちゃんについて、話そうか」
キツネはごくりと唾を飲んだ。
彼女の中でじわじわ湧いてきそうだった眠気が、すっかり霧散していた。
「……メッちゃんは、キッちゃんの魔力量は知ってるのかな?」
メルティは首を横に振った。
「知らない。そもそも……魔力量がよくわかんない。……ソレで人を判断したことがないから」
「それは普通だよー。普通に生きるだけなら、魔力が気になることなんてないからね。
……魔力量は魔法をどれほど使えるのかを示すもの、と思ってくれればいいかな。
せっかくこうして相棒を組んでいるのだから、ちゃんと相手のことを知っておこうね」
「相手のこと……」
メルティはキツネを横目で見た。
キツネは気まずそうに下唇を噛んでいる。
「キッちゃん、メッちゃんに話をしちゃっていい?」
「……」
キツネは答えずに、ただこくりと頷いた。
「そ。じゃあ遠慮なく。……キッちゃんこと、キツネ・フッサは―――魔力量がほとんどゼロなんだよ」
メルティは、びくりとキツネの身体が跳び上がった気がした。
震え上がって徐々に彼女から離れていく手を、そっと掴まえて包んだ。
「それに、普通の魔法を使うと、全身が不調を訴える体質でね。だから昔、ネッ君―――この娘のお父さんのお雇い家庭教師だった人に、『不吉な持病』『感染する可能性がある』として指導放棄をされたんだ」
「……」
「その時、かなり荒れた覚えがあるよ。……あ、ネッ君側がね? 今がどうかは知らないけど、あの時―――キツネが生まれてからの数年はだいぶ怖い人だったよ。オッちゃん―――ママの方もそう」
「……全然イメージ湧かない」
「そっか。ま、でもそういうものだよね。……ま、そんなわけで、お流行りの火とか水とか―――いわゆる、自然の力を使った魔法ではどうしようもなくてボクに話が回って来たんだ。だから、ボクはオリジナルの魔法を『渡した』」
「「渡した?」」
「そ。渡した。ボクは自分の魔法の執行権限を、一部キッちゃんに渡したんだよ。だからボクは今、君が使える魔法は使えない」
「そ、そんなこと初めて聞きました……」
ソリュはこくりと頷いた。
「そりゃ、話してないからねー。あの時のロリキッちゃんに話しても伝わらなかったろうし、必要なかったからさ」
「ロリって幼い女の子のことですよね。……なんか、身体がゾワっとします」
キツネはいきなり冬を迎えたように両腕でからだを抱いた。
「ありゃ、ボクがアッチで住んでいる『日本』って国では重要な文化財産だったよ」
「ロリがですか??」
なんだか嫌そうなキツネ。しかし一方でソリュは「その表情が見たかった!」と言いたげのにやけ顔だ。
「で、話を戻すと。……キッちゃんに渡した魔法はズバリ、『ソシャゲ』だよ」
「「そしゃげ??」」
「あれ。メッちゃんはともかく、キッちゃんに教えなかったっけ。ほら、なんちゃらクエストとか、なんちゃらファンタジーとかー……」
「あー!あれですか。知ってます。要はゲームですよね」
意を得たりという風にキツネが頷く。
「……知らない」
一方でメルティは完全に置いてけぼりの状態だ。
「あはは、メッちゃんには申し訳ないことしちゃったねー。じゃ、とりあえず軽く説明するね」
彼の話をまとめると、こうだ。
ソリュがキツネに譲渡した魔法、【ソシャゲ】。
もとい、ソーシャルゲーム。
これはあくまでも特殊な属性であり、言い替えれば「火」「水」といっ属性ものに近い。
だから別に、「ソォオオオオシャァアアゲェエエエ!!!」と叫んだからといって何かが起きる訳ではない。
当たり前である。
この属性「ソシャゲ」を持つキツネは今、「この世界をゲーム感覚で生きることができる」 のだ。
「例えばね」ソリュは思い巡らすように言った。
「キッちゃんは、今『翡翠のガントレット』出せるー?」
「はい」
キツネは言われた通りに青い人格画面を開き、ガントレットを選択して装備した。
そして沈黙すること、三秒。
「……というかこれ、そんな……その、ダサい名前だったんですか」
「だ、ダサい!? いやあ、これは一応誤作動を予防するためにあえて厨二ぶった―――要は格好付けたんだけど、お気に召さなかったかー」
という割にあまり残念そうじゃないソリュ。むしろダサいと言われて嬉しそうまである。
「……それでね。そのガントレット、初めて出せた時に頭の中で何か響かなかった?」
「あっ! あの、ぴこん、ぴこん、という音ですか」
キツネは、前回の「デジタリアの博愛の採集」の時に頭の中に響いた、
【経験値を獲得しました】
【"武器変更機能" が人格に追加されました】
―――を思い出した。(※23。参照)
「そうそう、それー。それはいわゆるゲームにおける『レベルアップ』なんだ。ゲームの中では何かをクリアするたびに、報酬がもらえて、使える魔法も武器も増えていくでしょ。それをキッちゃんはこの世界でもできるというわけだ」
「クリアってどうすればいいですか」
「ナイス質問。実際にやってみようか」
そう言って、ソリュはキツネの足元の丸い画面を彼の前まで持ってくると、何かを操作し始めた。
するとピコン、という音と共に、キツネとメルティの目の前にひとつの画面が現れた。キツネが代表して読み上げる。
「【春は恋の季節、限定イベント✩
イベント:先生の目の前で『愛してる』を言い合おう✩
報酬:経験値二倍、翡翠のガントレット増強✩】
……なんですか、これ」
キツネが読み上げ終わった頃には、すでに顔が真っ赤である。見下すような目をニマニマ中のソリュに向けている。
「ん?だって試すって言ったでしょ。ほらほら、さっさとやったやった」
キツネはメルティを見た。
メルティはあまり理解していなさそうな、ぼーっとした表情だ。
先攻はキツネ。
メルティから目をそらしたり、ちらっと見たり。手をいじりながら、もじもじしている。
火照った顔を隠していてやや俯きがちだ。
「め、メルティ、ちゃん。……その、あ、あ、愛してますっ……だ、だいすきですっ」
いい終えるとキツネはすでに沸騰しきっていた。
「おっと」
ふらつく彼女を身体でそっと支えるメルティ。
「……次、わたし」
横に回ると、その耳元を唇でそっと撫でた。
「キツネ、愛してる。すき。……いつも幸せを、ありがと」
「ぐはぇっ」
キツネ、ノックアウト。
メルティの腕の中からずり落ちるキツネ。
鼻血は噴き出し、意識も朦朧だが、なんだかんだ言って幸せそうだ。
おまけに合掌までしている。
―――ぴこん。
―――【経験値を獲得しました】
―――【武器"翡翠のガントレット"が強化されました】
まだ熱が冷め切っていないうちに、キツネの脳内に軽快な音が鳴った。
「この通り、君の人格画面に現れる『イベント』を行えばいい。そのイベントは今みたいにボクがいじったりできるちゃうけどね」
「……はぁ、はぁ……っ。くっ……じゃあ、結局全ては先生の掌中というわけですか」
実ダメージを受けていないのに、既に激闘後のようなキツネ。
「おっと、キッちゃんその言い方には悪意を感じるなぁ? ボクは調整ができるだけで完全に作るわけじゃないよ。それとも……メッちゃんに『愛してる』って言うの、不本意だったのかな?」
ニヨニヨ。
「いえ、本意ですが……ちょっと、いえだいぶデリカシーに欠けますねー。……ね、先生♡」
「おっとキッちゃん、そのガントレットを下ろしてもらえると助かるなー。今威力倍くらいになってるから、殴られたらボク痛い」
「ソレ程度なら大丈夫そうですね。先生ですし?」
「キツネ、落ち着こう。話が進まない」
完全にヒートアップ状態のキツネを、袖口を引っ張って戻すメルティ。
「そうですね。後でにしましょう。……こほん。つまり、私はイベント?とやらをクリアすると強くなる―――というわけですね」
まとめをするように手を挙げるキツネ。
パチンと指を鳴らすソリュ。
「そ。その通り。ただしそれはメインイベントのお話。ほかにもいろいろと試してみると面白いよ。
例えば君が髪に巻いている植物だって、レベルアップしていく。この世界のネットワークは繋がっていくんだ―――君を中心にね。ボクが言えるのは、ここまでかなー」
「あの、……ゲームが全部終わることって」
「現実を行くゲームに、終わりなんてないよ」
「ではもし……万が一死んじゃったら」
「……おっとそれは言えないかなー。どんな答えにしろ、君が今知るべきことじゃない」
キツネは口をつぐんでメルティを見た。
メルティはただその渦巻く瞳をただ前に向けたままだ。
この世界というゲームをやっていけば、強くなる。
強くなると、世界は自分中心に繋がっていく。
それらはやがて、世界を包むのかもしれない。
「君はね、ボクの魔法権限を受け継ぐことができた。でもね、それは全ての人ができる事じゃない。継承は、才能だよ。だからボクはあの時君に言ったんだ」
―――『キッちゃん、君の魔力……ようは魔法の力は強くないんだ。でもゲームマスターに相応しい者としての血が流れている。』―――
キツネは黙り込んだ。
ガントレットが淡い光と共に、消えていく。
しかしその拳はしっかりと、握りしめられていた。
(そっか……私、本当はもっと強くなれるんですね)
諦めてなんかいなかった。
けれど、ずっと目標を見失っていた。
メルティと組んでいても、すごいなぁって思ってばかりだった。
横にならぶといっても。
相棒になるっていっても。
結局、何をすればいいのかなんてわかりっこなかった。
でも、今ならわかる気がした。
キツネは薄っすらと咲った。
世界を、つないでみせる。
ずっと、ずっと、遠くへ、遠くへ。
もっと、もっと、広く、広く。
いつしか、メルティちゃんがたった一人になっても。
どれほど遠くに私がいても。
その広いネットワークで、見つけてみせる。支えてみせる。
だって私は。
私は……。
―――メルティちゃんの、英雄なんだから。
お読みいただきありがとうございまーす。
なんかやたら大事そうな内容ですが、今はそんな気にしなくていいでーす。
今は。
次回更新は7/25でーす。お楽しみに!




