第17話 穏やかな昼休み
図書室でシロに会ってから1週間が過ぎた頃。
私はミシェルとミオとクラーラの四人で食堂のテラスで昼食を済ませていた。
「そういえばあれからアランとはどうなの?」
「え? どうって……なにが?」
気持ち良さそうにくつろいでいるミシェルがきょとんとした顔で私に聞き返した。
もちろん訊いてるのは、アランとの出会いイベントのその後についてだ。
「……アランからその後、なにかアプローチとかはないの? 付き合ってくれーとか」
「ええッ? そ、そんなのあるわけないでしょっ!」
「ふぅん。あ、そう」
ミシェルは頬を上気させると、はにかむように口を閉じた。
相変わらず可愛らしいその仕草もアランが起因してるのなら、ちょっと気に入らないものがある。私は鼻を鳴らすと頬杖をついた。
「アリーナだって、アラン様と仲いいよね」
「…………は?」
ミシェルの予想外の質問に思わず間抜けな声が漏れる。……私とアランが?
「あ、そういえば私もアリーナ様とアラン様が放課後一緒に職員室の方に行かれるの見ました」
「……それはたぶん職員室にプリントを届けたときね。私とアランはクラス委員だし」
「それにしては仲が良さそうでしたねー」
ミオが実に嬉しそうだ。恋話が好きなんだろうか。
確かに第3王子であるアランは入学当初、私の最も重要なターゲットだったが、それもゲームの記憶が蘇る前の話だ。今の私にはゲームの主人公であるミシェルを介して、ゲーム中で何度もアランを攻略してた記憶がある。そのせいか、アランを私が攻略しようという気がまるで湧かなくなってしまったのだ。
だって……ねぇ。
それはつまり、ミシェルを妨害するということになるわけだし。
するとほら、悪役令嬢である私はバッドエンドを迎える可能性がある。
この場合のバッドエンドとは、アランを攻略するため、ミシェルを含むライバルを蹴落とした結果、その妨害工作を知ったアランに怒られて国外追放される事。今の世の中で国外追放されて生きていけるはずもない。考えただけでもゾッとする。
だけど、それはアランを私が攻略しない直接の原因とはちょっと違うかも。
前回、私がミシェルに何もしなかったのは──。
隣で楽しそうにミオたちと恋話に花を咲かせているミシェル。
ミシェルがどういう思考の持ち主か、ゲームを通じて良く知ってしまっているからだと思う。
明るくて、努力家で、人当たりが良くて、困っている人を放っておけない。私がどこかに置いてきてしまったその全てをミシェルは持っていた。ミシェルから見たら私はただのクラスメイトかもしれないけど、私にとってミシェルは……まるで家族以上の親しみを覚えてしまうのだ。
「あ、あの……アリーナ?」
「なに?」
「そんな風にじっと見つめられると、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「いやぁ、……可愛いなって」
「ふえっ!?」
先ほどよりも顔を赤くして目を見開くミシェル。
ついつい思ってることをそのまま口走ってしまった。隣では「やっぱりアリーナ様って……」「ええ、間違いないですわ……」とか、ミオとクラーラが小さな声でボソボソと話している。よく聞き取れなかったけど。
私はテーブルに置かれた紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。ほのかなリンゴの甘みが口の中に広がる。それを堪能してからソーサーの上にティーカップを静かに戻した。春の爽やかな風が私の長い髪の優しく撫でる。
「……平和ね」
「あ、はい。穏やかな天気ですねー」
なんとなく呟いた言葉にクラーラが頷いてくれた。けど、きっと言葉の真意は伝わってないと思う。まぁ、伝わるわけもないか。
12月から8ヶ月前の4月に戻されて、1週間近くが経過した。
最初は何が起きたのか事態の把握に周辺を駆けまわった。どんな危険が自分に降りかかっているのかわからなかったから。でも、事態は急を要さなかったらしい。あれから特に何もないまま現在に至っている。
図書室には毎日通うようにしている。シロとはもうだいぶ仲がいい。彼女の趣味にもだいぶついて行けるようにもなったし……って、ついて行ってもしょうがないんだけど。そろそろ踏み込んだ質問をしてもいいかもしれない。そもそもあの件とシロは何も関係がない可能性だってあるんだから。時間を無駄にはしたくない。
私がそんなことを考えていると、ミシェルが思い出したように手をポンと叩いた。
「あ、そういえば。借りてた本そろそろ図書室に返さないと」
「あら、それなら私も行くわ。私も返したい本があったし」
「ほんと? じゃあ、一緒いこっ。アリーナはどんな本借りたの?」
「えッ!? あー、え〜と……恋愛小説かな……王族たちの深い愛情を描いた……」
男女の恋愛じゃなく、男と男の特殊なやつだけど……。
「へぇ〜、面白いなら私も今度借りてみようかな」
「つまらないから借りなくて大丈夫ッ!!」
思わず席から立ち上がって叫んでしまった。
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