69.辺境の街の真実
□正門前
「「敵がこっちに向かってるぞ!!
さっさと掘りあげちまぇぇ!!!」」
男達は必死に農具を振り下ろす。
彼らはオラコールの住民で、多くが平凡な農夫だ。
彼らはオラコール軍が出陣してからずっと、
城壁の外へ出て野営地を築き始めていたのだ。
そんな大勢の市民の協力の甲斐あって、
作業開始からまだ1時間も経たぬ間に
障害物は正門をほぼ囲んでいた。
ただ、一部の場所では作業が遅れており、
未だに一般人の撤収が完了していなかった。
「「もういい間に合わん!!
ボムで一気に吹き飛ばすぞ!」」
まだ浅かったり繋がっていない箇所を
何とかしようと、責任者の職人は指示を下した。
農民達は農具を手放して、
爆発物の詰まった樽や赤い魔鉱石を
リレー方式で穴に敷き詰めていく。
「ホラッ、あと少しだ」
青年
「チクショウ、最初からこうしてれば
よかったんじゃないのか」
「量が足りるわけねぇだろ!
いいからサッサと運びやがれ!」
「残りを爆発物で片付けたら、
仕事が終わった俺たちは城内に戻れる
んだからな。あと少しの辛抱だ」
青年
「こんな溝作っても意味ないですよ!
あのデカブツが見えるでしょう!!」
指差す先には、
戻ってくる友軍の横に並んで歩く巨人。
自分達が背にする城壁と同じ高さの
ゴーレムが襲い迫る現実に、
動揺せずにはいられない者もいた。
「無駄骨だ...あんなの相手じゃ
人間に勝ち目なんて...」
「もうこんなんで街を守れるとは
思えませんよ...」
吐かれた弱音は周囲にも暗い空気を
伝染させていくが、大人がそれを諭す。
「だったら背を向けて逃げるか?
文句を言っても仕方がないじゃないか?」
「んだ。大して役に立てないとしてもだ、
俺たちゃ頑張ったんだって、胸張って
街に戻れるようにやり遂げようぜ」
励まし合う言葉で皆は大人しく作業に戻り、
爆発物には火を。魔鉱石には石を投げて
衝撃を与える。
「「「離れろぉぉーーー!!」」」
《ボゴォォォォーーーー!!!》
《ボスゥーーーーーーーン!!!》
数箇所で起こる小規模な爆発。
強引に空けられた穴によって、
堀は出入口を残して完全に陣を囲った。
そこへ丁度、戦場から戻った副長の指示が
遠く柵と堀の向こうから聞こえてくる。
副長
「モタモタするなぁーーー!!
敵が来るぞぉぉぉ!!
半数は前線の味方の増援に向かえ!
残りは敵の襲撃に備えよ!!
仕事を終えた民は城内へ!!」
自分達の役目が終わり、
男達は安全な城内へ戻れることに安堵する。
「よっしゃあ!!やるだけやったさ!!
後は兵士の連中に任せ...」
/////// ブォッ!!
「あっ?」「んっ?」「はぇ?」
数人が立ち止まる。
1人は微かな音が聞こえた気がした。
もう1人は背後に気配を感じて振り返るが
堀の向こうを見ても誰もいない。
さらに1人は頭上で風を感じ、
ある者は地面を走る一瞬の影が視界に
写った。
しかし、その場で空を見上げるも、
鳥1匹すら飛んでいない。
「・・・っかしいなぁ...」
「今なんかいたか?」
「いや...でも変な感じがしたような」
違和感に首を傾げながら、揃って前を向いた時ーー
それは目の前に立っていた。
《.....グルゥゥゥゥ....》
聞こえる獣の唸り声。
ひと回り大きく、明らかに人ならざる体。
目線の高さに見えるは筋肉を模した鋼の甲冑。
少し見上げれば、灰色のヘルムに覆われた
野獣の眼光がこちらを睨んでいるのがわかる。
「「「あ...あば...あばばばばば…」」」
ガチガチと奥歯を震わして硬直する人間達に、
獣は鉄の顎を開いて、赤黒い喉の奥底を見せつける。
《《Gwoooooooooooooooooooo!!!!!!!》》
「「ヒェェェアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?」」
「「バ、バ、バケモンだーーーー!!」」
「「母ちゃぁーーん!!お母ちゃーーーん!!」」
顔中に唾液を、耳に咆哮を吐きかけれた
男達は悲鳴を上げながら逃げていく。
ギア・ヴォルフ
「フンッ......腰抜ケ共ニ用ハナイ。
我ガ獲物ハタダ1ツ...」
騒ぎを聞きつけて集まってくる兵士達に
見向きもせず、ヴォルフは敵地の内部へ
と
突き進んで行く。
ーーーーーーー
68.辺境の街の真実
一方その頃
□オラコール城内 大通りの坂では、
穂波とハチクが大司教の手伝いをしていた。
城下町から始まる長く広い坂道を上りながら、
3人は道の真ん中で作業をする。
大司教
「よぉーーし。その辺でいい。
ではまた円を描いてくれるかね」
穂波
「はーーーい。じゃあハチクー、
しっかり押さえておいて下さいねー」
2人は木の棒と杭を縄で繋いだコンパスを
使っていた。
中心でハチクが杭を地面に押し支え、
穂波が結ばれた紐がたわまないように
棒をピンッと引っ張ると、
先端に付いたチョークで巨大な円を
綺麗に描いていく。
「ねぇねぇ、おねーちゃん、何してるのー?」
そんな穂波達の様子を、通りすがりの子ども達が
まじまじと見つめている。
「お絵描きー?」
「遊んでるのー?ワタシもやるー!」
穂波
「いや、これはね、大司教さんの
お手伝いでね。多分とても大事な...
あっ!ちょっと!踏まないで~~!
ああ!君ー!あっ!!困りますー!
ちょっとー!僕~~!ダメだよーーー!」
折角途中まで描いた輪の上で、
やんちゃな子ども達がはしゃぎ回ってしまう。
穂波は翻弄はされるしかない。
ハチク
「おい穂波、何を遊んでるんだ」
穂波
「えぇー!ナンデーーー!?
ハチクひどい~~~」
邪魔されて困っていると、
母親らしき女性が慌ててやって来る。
母親
「コラッ!迷惑かけてるんじゃないよ!
すいませんね。何やってるか知らないけど、
頑張ってね!ホレ行くよ!」
子ども達がいなくなってホッすると、
穂波は改めて途中だった円を描き仕上げる。
そこに大司教が呪文や線、図形を書き込むことで、
魔法陣らしき模様図が完成していく。
「よろしいですかな...大司教さま。
ワシらにもお役に立てることがあれば、
是非とも手を貸しますぞ」
「ご苦労さまです大司教様。何か必要な物など
ありましたら持ってきますが、大丈夫ですか?」
大司教の方にも城下町から逃れて来た避難民や、
通りの店から覗いていた住人から次々と声をかけられる。
大司教
「うむ。それぞれの申し出、有り難く思うぞ!
とりあえず人手は足りとる。
皆はまず腰を落ち着ける場所を確保して、
英気を養っておくとよい。
これから先が大変になるであろうからな」
「あぁ...お心遣いありがとうございます」
「そう仰られるなら...どうか精霊の加護があらんことを」
子ども
「「頑張ってーだいしきょーさまー!!」」
労いの言葉を背に、大司教と穂波達は長い坂を
登りながら魔法陣を配置していき、
遂に聖堂の前に最後の円を描いた。
大司教
「ご苦労であった...イテテ。
2人とも良くやってくれの。礼を言うぞ」
坂を昇り降りしたり、屈んだりしていたせいか。
大司教は腰を痛そうに伸ばしてから、
最後の魔法陣に書き込みを始める。
穂波
「いえいえ!ところでこれはなんの
準備だったんですか?」
大司教
「ああ、これはあの聖なる大剣を運ぶ
為の魔法陣なのだ」
今頃になってサラッと大事なことを
カミングアウトされて穂波は驚く。
穂波
「えぇえー!あっ!これそうだったんですかぁ!?」
ハチク
「そんな大事な作業を私たちに
手伝わせて大丈夫だったのか?
というか他の聖職者も沢山いたはずだが...」
大聖堂には少なくとも30人以上の神父と修道女が
いたのに、この場には誰一人いなかった。
大司教
「そのように驚かせたり、緊張して肩の力が
入ってはいけないと思ってな。
魔法と聞くと皆難しく考えるが、
こと魔法陣にいたっては手順さえ踏めば...おっと」
これ以上は教えられないらしい。
大司教は話の途中で口をつぐみ、代わりに
ハチクのもう1つの疑問に答える。
大司教
「教会の衆には城下町に降りてもらい、
これからの負傷者の治療にあたってもらうつもりでな。
街で治癒の術を習得している数少ない人材なのだ」
穂波
「それなら仕方がないですよね。
私達にでも出来ることなら、代わってあげられて
よかったですよ!」
ハチク
「・・・だが、隊長の連絡を待たずに先にやって
よかったのか?」
大司教
「やるにしても、これだけの距離だ。
早目に準備せねば時間が掛かってしまうからな。
それにの......ワシは大丈夫だと思うのだよ」
穂波
「え?何がですか?」
大司教が言った曖昧な言葉に、
穂波は思わず聞き返した。
大司教
「先ほどは誰もが我を忘れて混乱してはいたが...
本来の民達ならば、きっと懸命な判断を
下してくれるであろう。
根は情の深い者ばかりだからな。
よそ者のワシが赴任した時もそうじゃった....」
穂波
「あれ?大司教さんはこの街の人じゃ
なかったんですね」
大司教
「ああ、魔術師は大抵中央や都から出てくるものだ。
ワシは35歳の時に、この街の大司教として
任命されたのだ」
ハチク
「35歳で?それはまた随分と若い内からだな...」
穂波
「確かに、街を治める偉いお立場に
30代でなってるんですものね。
しかも大事な聖域を任せられるとは、
大司教さんって凄い魔法使いなんですね」
率直な感想を言った穂波だが、
大司教は少し難しい顔をする。
大司教
「やはりお2人さんは世情に疎いようだな。
聖域には違いないが...この街には
もう1つの名があるじゃろ?」
穂波
「も、もう1つの名前...あっ」
ハチク
「『辺境の地』・・・か」
実際、地理的にはその通りなのだが。
聖域として崇め奉られている場所に対して、
わざわざそう呼ばれているということは、
やはりそれなりの理由があるのだと2人は気づいた。
大司教
「そうじゃ。昔とは違い、侵略の手は
ここまでは届かなくなった。
重要ではあるが、優先ではない聖域。
故にここは、厄介払いの行き先には
都合のいい名目の場所なのだよ」
初めて聞かされた聖域オラコールと
いう街の裏の一面に、穂波はショックを受ける。
穂波
「えぇぇ・・・そんな・・・
では、大司教さんも?」
大司教
「まぁな。あの頃は生意気言っておったし、
この神聖な地を治め、巨大樹を守るのは名誉ある役目。
信頼と実績がなければ任されない大役だと
周りも認めておったが、
当時は納得いかなかった。それに本音を言えばな...」
穂波・ハチク
「?」
大司教
「実はワシも田舎はイヤでの!
つまらぬ上に、よそ者には冷たいと
聞いていれば尚更だったわー!」
大司教は遠慮もなく、素直な笑いをみせる。
穂波
「まぁ、自然な感想ですよね。
慣れない場所と人ですし。」
ハチク
「それに小さな集団や地域は個々の繋がりが強い分、
外部の人間を受け付けない傾向がある。
馴染むまでは大変だろうな」
大司教
「いやだがな、実際はそうでもなかったのだ。
後から知ったのだがな・・・
外からこの街に移り住む人間のほとんどは、
″都会で夢破れて世俗に疲れ果てた者。
あるいはどこにも馴染めない癖の強い者から、
身寄りのない孤児″などが多かったのだ。
オラコールは確かに平凡で何もない街だが、
都のような慌ただしさも余計なしがらみもない。
故に人々は自身の日々の生活を実直に生き、
信仰を素直に貫いてきたのだ」
穂波
「なるほど。どうりで騎士さんは真面目で
礼儀正しいですし、街の人も気さくで
優しく接してくれる方ばかりでしたので、
納得です。
この街に来たばかりの時だって、
挑戦するリノアさんのことを誰もが暖かく
見守ってあげてる感じだったのも覚えています」
大司教
「そうだな。若者の失敗も見逃し、
互いに困ったことがあれば助け合う。
ワシは時間を掛けてその事に気づいた。
そして次第にこの街が好きになったのだ。
だからきっと、隊長はいい知らせを
持ってきてくれるだろう」
ハチク
「・・・だといいんだがな...」
ハチクはいつものように含みのある呟きを零す。
通りの下を見渡せば、
人々は籠城の為の準備に追われていた。
けれども、最初の頃のような混乱はない。
大人は子どもを。若者はお年寄りに寄り添い。
兵士や騎士見習いは自分達の役割を果たそうと
懸命に働いている。
そんな人々の姿を穏やかな表情で眺めてから
大司教はゆっくりと聖堂へと戻り、隊長の到着を待つ。
穂波
「信じて待ちましょう。こればっかりは
私達が口を挟める事ではないですからね。
住んでいる方々自身がちゃんと話し合って、
納得して決めてもらわないと...」
ーーーーーーーーー
どれくらいの時間が経ってからだろう。
時計がないので逐一時間を確認することも出来ず、
大聖堂の前でじっと知らせを待っているとーー
坂の方から馬の走る音が登ってきた。
ハチク
「やっときたか」
待ち侘びていた隊長の知らせに緊張する。
ところが、後から違う種類の音も聞こえてきた。
ガラガラと車輪を回す荷馬車。
複数人の足音と掛け声。
穂波
「もしかして・・・」
穂波達の期待は現実のものとなった。
隊長
「大司教様ー!!お待たせ致しましたーー!!」
坂を登り切って現れる隊長。
そしてあとから引き連れてきたのはーー
「急げぇー!!敵も時間も待ってはくれねぇぞぉ!!」
「エッホ!エッホ!わかぁってますって親方!!」
「道具はこのまま聖堂に運びましょう!」
街の建築職人達や兵士など60人はいた。
また建築資材を詰んだ馬車も多数来ると、
次々と大聖堂に入って準備に取り掛り始めた。
大司教は柔らかい微笑みを零しながら、
隊長に確認する。
大司教
「ご苦労であった。結論はどうなったかな?」
隊長
「はい!勇者方を助ける為、
街を守る為ならばと、承諾してくれました!
現在通りの通路でも、最低限の被害で済むように
大通り周辺の家屋や関門を壊し広げております!」
大司教
「そうか...ならば結構。大いに結構だ」
微笑みながら、コクコクと小さく頷く。
穂波
「ふぅ...いい知らせてでホッとしました。
でも少し時間が掛かったのは、やっぱり
意見が別れたりして、まとめるのが大変だったん
じゃないですか?」
隊長
「・・・実を言うと...悪い知らせもあります。
ホナミさんの仰る通り、意見が真っ二つに分かれて
話し合いは平行線のままだったのです。
ところが″ある知らせ″が届いたことで、
我々は早急な決断を迫られました...」
俯いたり早歩きをしてその場からいなくなる人々。
穂波はこの時、隊長や周りを歩く人の空気に陰りを感じ、
聞くのが怖くなった。
大司教
「ムゥ...一体それはなんじゃ?」
隊長は一呼吸おいてから、口を開く。
隊長
「大司教様・・・・・副長殿が・・・
戦死されました」
大司教は手に持っていた大事な魔法の杖を、
無意識に地面へと落としてしまう。




