67.一筋の光・伝わる温もり
第2関門内は避難民で溢れかえっていた。
門をくぐってすぐのオラコール中央噴水広場に
設置された臨時の指揮本部には、
騎士によって続々と各地域からの報告が
あがっていた。
騎士見習い
「サントス地区、エルバレーン地区、
ノルンカット地区の避難は完了しました!」
青年騎士
「まだ避難途中の地区の中には、
家財などの荷物の運搬で立ち往生している
地域があり、人命優先だと説得を試みておりますが、
他の場所での指示との違いを指摘されて
不公平だと言う声も上がっております!」
街の見取り図が広げられたテーブルを挟んで、
報告を聞いた上位騎士達は頭を悩ませる。
「道幅や各地に備え置いてある
荷車の数には差がありますからね...
対応の違いに住民達が不満を抱くのも
無理はありませんよ」
年長騎士
「だが既に荷物を運んだ住民に戻せとも言えまい!
今後はどの地域でも最低限の持ち物以外は
極力家に置いていくように勧告せよ!
但し!!食料や生活に必要な物は別だ!
備蓄しているものは兵士にも運搬を手伝わせよう!」
年長騎士
「城壁の守りについては問題あるまいな?」
「ハッ!抜かりなく!
城壁上でも見張り塔内でも敵の動きを
観察し、野原に潜んで忍び寄る魔物が
いないか目を光らせております!」
年長騎士
「正門の様子も逐一 報告せよ!
今頃は″例の作業″に取り掛かっているであろうからな。
何かあればそちらにも手を貸してやらねば...」
住民とのいざこざや籠城準備、
街の防衛など全てが予断を許さぬ状況ではあるが、
統率の方は騎士達でなんとかとれていた。
一方、隊長と一部の職人集団は
第2関門の上にある見晴り塔に集まり、
あらゆる手段・視点から最善策を探ろう
と話し合いを重ねていたが、
兵士
「いっそのこと、街ん中に誘い込んで
袋叩きにすればいいんじゃないか?」
「そりゃあいい!俺も聞いた事があるぞ!
土地勘のない敵を狭い場所におびき寄せて、
建物の上と道の両側から挟み撃ちにして
やる戦法で...」
職人
「ダメダメダメだぁ!!
そんな単純な話じゃねぇんだよ!
魔物共にかかれば建物の扉も壁も
障害物足り得るかわからん!
逆に火でも付けられたらどうすんだ!」
ーーーーーーーーー
「不眠不休で早馬を走らせても、
洞窟以外の道では人のいる街まで3日はかかる。
無事に辿り着けたとして、救援はいつになるやら」
「少なくとも我々だけの戦ではなくなる!
希望があるならば試す価値はあろう!」
ーーーーーーー
「それか民を街の外に避難させるのは?
大勢であれば野生のモンスターや盗賊も
そう簡単には手出し出来まい」
「あれだけ用意周到な敵だぞ。
どこに潜んでいるやら...既に聖域からの
脱出路は包囲されている可能性もある」
皆が思い浮かんだ案を出し合うものの、
リスクが大きく不確定要素に左右される
賭けのような策ばかり。
どれも危険を冒すに見合うほどの成果が
得られるのかと、大半の者が納得しかねていた。
《ガチャ》
そこへ屋外に出ていた穂波が戻ってくる。
穂波
「親方さんからの伝言です!
投石器はかろうじて2台動きそうとの事です!」
「「オオォ!!」」
期待していなかった吉報に、
一同の表情は明るくなる。
穂波
「ただぁ・・・投げる岩はどうするのか、
とのことでした...」
長年それを使ってもいなかった騎士達は、
忘れていた当たり前の問題に肩を落とす。
兵士
「んなもん、その辺の石でも火樽でも...」
武器職人
「バァァーーーカ言うな!!
城下町またいで味方のいる野原も
飛び越して必ず敵に当たる位置に飛ばすんだぞ!!
大岩でもなきゃ、10数人がかりで
小石を投げるのと同じだ!!」
騎士
「・・・大聖堂裏の山ならば岩石を
幾らでも採掘出来るが、ここまで運搬するとなれば...」
騎士
「実行しようにも、ここは避難民で溢れています!
今も尚、食料と物資と共になだれ込んで
いる!」
鍛冶屋
「だが、その分人手は山ほどいるって事だ!
他の連中も巻き込めばあっという間さ!」
壁に寄りかかるハチクがボソッと意見を呟く。
ハチク
「・・・いっそのこと城壁の一部でも、
切り出したらどうだ?」
それは騎士達には考えつかない突拍子もない発言だった。
騎士
「な、なにを飛んでもないことを!
オラコール最後の守りの要を傷付けるなど!」
「まったくだ!他人事のように無責任な事を!」
焦りと苛立ちが溜まっていたせいか、
意見を同じくする者は怖い形相で余所者の
ハチクを睨むが、賛同する者もいた。
職人
「・・・いや...案外名案かもしれん。
そこら中に頑丈なレンガの塊があんだ、
運搬に人手と時間も必要もない。
直ぐにでも発射に取り掛かれる」
「そうじゃ。何も全部崩せとはその娘も
言っとらんだろ?ワシらで慎重に見極めて
削り取れば防衛力は維持できよう」
隊長
「・・・・・」
考え込む隊長。誰もが彼の意見を待つ。
しかし、ハチクはーーー
「一発逆転だの起死回生とかいう都合の
いい話は夢物語だ。奇策にはリスクが伴う。
大事なのは思い切りの良さと、
信じて迅速に行動する度胸だ」
隊長
「・・・私は...」
決断を迫られる時ーーー
過酷な現実も持ってはくれない。
「「失礼します!!」」
「「戦場に巨大なゴーレムが出現!!
その大きさは城壁の高さをも越えると!!」」
その場に緊張が走る。
ある者は信じられないと。
ある者は聞き間違いかと耳を疑い、
またある者は想像だけで顔を引き攣らせていた。
隊長は先程までの迷いを捨て、命令を下す。
隊長
「大至急トレビュシェットの準備にかかれ!!
近くの兵士、騎士、技師も向かわせよ!最優先だとな!」
騎士
「ハッ!」
髭オヤジ
「「野郎どもいくぞぉぉーーー!!」」
数人の騎士と職人達が外へと向かう。
隊長
「一応、大司教様にも報告しておかねば...」
ハチク
「というか、こんな時に司教本人は何を
しているんだ?」
隊長
「大司教様は巨大樹に結界を張られておられるはず。
・・・たとえこの街が陥落しようとも、
母なる精霊と我らを繋ぐ架け橋たるあの
木だけは、
決っして侵されてはならないのです!
その為の奥義級・防御結界の形成にお力を注がれて...」
会話の途中ながら、穂波にはある疑問が湧いていた。
穂波
(神聖な土地オラコール...
閑静な田舎だとみんなが口を揃えて言ってるけど、
精霊の宿る巨大樹に...勇者誕生の儀式だって...
どう考えても人類にとって重要な場所のはず)
この世界の中で過ごすうちに、
すっかり忘れていた。
ここは異世界だ。
魔物だけではなく、精霊もいる。
魔法や人知を超えた力も存在している。
科学では説明出来ない不思議な道具もある。
ゲームやフィクションの世界ならばと、
穂波は想像力を働かせた。
そして、一部の望みを探り出そうとする。
穂波
「隊長さん...ちょっと宜しいでしょうか?」
穂波はダメもとで尋ねてみる。
穂波
「私達の人間の力だけじゃ足りないなら・・・
他に頼りになるモノはないのでしょうか?」
隊長
「・・・はい?・・・そ、それはどういう...」
穂波
「それは、秘められし剣とか…
守ってくれる精霊さん…とか?」
自身で言ってて少し恥ずかしくなったのか
歯切れが悪くなった。
穂波
「だ、だって!聖域ですよっ!その!なんかっ!
すごいのっ!ありそうじゃないですかっ!」
言われて見ればその通りだと、
平民である兵士や職人達のみならず
騎士までもが隊長に目を向ける。
隊長
「・・・うーーーーん...父上や大司教からは
1度も聞いた覚えはないですね・・・
そもそも、そういった類いの聖剣、霊薬、
貴重なアイテムの数々は各地の都市や
北の国の重要拠点に保管されています。
万が一侵略を受けた時と、勇者が必要と
した時に授ける為です。
ですから、オラコールには使える遺物や
遺産など残っていない...はずです....がぁぁぁ........」
穂波
「がぁぁ?」
一同
「ぁぁぁ?」
言葉を連ねていた口が大きく開き、
瞳もこれでもかというぐらい見開かれる。
とても間抜けな表情を見せる隊長を
全員が凝視しているとーーー
隊長
「「アアアアアアァーーーーーーーーーー!!!!
あったァァァァーーーーー!!!」」」
絶叫に驚く一同。
隊長
「あるではないか・・・とびきりの一振が・・・
初代勇者が使っていた巨大剣が!!」
穂波
「あ!あああーーーーー!!あれですかー!!」
一同
「「ハァァァァ!?」」
それは、大聖堂に祀られた初代勇者の
巨大な大剣を利用出来ないかというものだった。
確かに魔王を倒した実績のある剣ではあるが、
あまりにも規格外の代物である。
理性的な隊長の口から常軌を逸した
発言が飛び出したことに、騎士達は驚かされる。
ハチク
「折角閃いた案に水を差すようで悪いが、
あんなデカブツをどう使うって言うんだ?」
彼女の疑問はその場の全員も同じく
考えていたことだ。
騎士
「剣とは言っても、振れなければただの鉄の柱です」
隊長
「その通りだ・・・・・だが、
操るに足る素質を持った者ならばいるでないか!
かつて初代勇者が使ったというのならば.....
同じく勇者であるアクト殿にも
使いこなせるのではないだろうか!?」
皆がハッとする。確証はなくとも、
勇者
アクト・レインファルトほどの実力ならば、
充分に可能性がある話に聞こえてくる。
穂波
「なるほど!確かに試してみる価値は
あの立派な大剣にはあると思います!!」
他の者達も勇者という特別な存在の力に
再び希望を抱いてみる。
隊長
「これから大司教様に進言してみます!
きっと答えを知っておられるはず...
皆の者、しばしお待ちを!」
急いで塔の外へと向かう隊長を、
穂波とハチクは当然のように追う。
ハチク
「お手柄だったな」
穂波
「いえいえ!問題はこれからですよ!」
戦いの行方を、オラコールの街の命運を
左右するかもしれない可能性を確かめに、
隊長と穂波達は大司教のいる大聖堂へと向かう。
ーーーーーーーーー
対して、戦場の戦士達の間には
恐怖と動揺が広がっていた。
《ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
突如として現れたゴーレムは咆哮を轟かせ、
硬く重い土と岩石でできた巨体を生き物
のようにゆっくりと動かして歩行し始める。
雲よりも暗く陽の光を遮る巨体とその四肢。
腕を振り、足を踏み出す。
ただそれだけの動作にとんでもない質量が
伴うことで、たった1歩の歩みがーーー
(( ((《ズドォォォォォォンンン!!!》)) ))
大地を窪ませ、震動を起こす。
さっきまで抑えきれていた魔族とは
まるでスケールの違う怪物を前にして、
兵士も騎士も冷静さを失いつつあった。
兵士
「どうすんだよあれぇ!!」
「蹴散らされて終わりだぞぉ!!」
徴兵はみな腰が引け、騎士達は怖がって暴れる馬を
制することで手一杯だった。そこに副長の激が飛ぶ。
副長
「隊列を解くなぁ!!撤退は始まっておるのだ!
さあ!走り続けよ!!」
「「ヒィィィーーーー!!」」
魔王軍を抑えていた先頭隊は密集陣形を
維持しながらも徐々に後退していく。
特に機動力の劣る重装歩兵は重いフルプレートや
盾をその場に捨て、残っている馬車に次々乗り込む。
この時、魔王軍はここぞとばかりに
全軍で追撃をかけるかに思われたが、
参謀ミデュラの命令で大胆な展開をみせる。
ーーーーーーーーーーーーー
□魔王軍陣営
ミデュラ
「全軍を3つに分ける。デスピア!シュラム!
ゴーレムを先頭に200の兵を率いて左右へ
回り込み、城壁を突破するのよ!」
デスピアとシュラムはそれぞれ200の兵を連れて、
のっそりと大きな歩幅で移動する
ゴーレム2体の後を追いかけていく。
ミデュラ
「ヴォルフは正門へ向かいなさい!
アンタの足ならまだ勇者達に追い付ける。
大暴れして敵の退路を断つのよ」
ヴォルフ
「ガァウゥゥ!!心得タ!!
コノ機会、決シテ逃シハシナイ!!」
焦らされ堪えた昂りを吠え、
駆け出す鉄の狼。
こうして主力の指揮官達が去った後、
残された魔族達にも命令が下されるが、
ミデュラ
「残りの部隊は2手に別れて、
伸び切った敵陣を北と南から挟撃!
軟弱な人間どもを囲んで痛めつけてやりなさい!」
それは素直に頷き難いものだった。
オーク
「アノ軍勢ヲコレダケノ数デ潰セト!?」
戦場に出たオラコール軍は兵士4000。
騎士2500の総勢6500人。
いくら屈強な魔族の兵士達といえども、
残された魔王軍約1500ではあまりにも
心もとなかった。
ミデュラは弱腰の部下達を情けなく思いながらも、
珍しく優しめの口調でなだめる。
ミデュラ
「アンタらだけでどうにかしろとは言ってないわ。
守りに穴を空けられるのなら一気にやっちゃっても
構わないのだけど...(どうせ無理でしょ)
とりあえずは戦力を維持出来る範囲内に広がって、
敵を両側から抑えつけておけば充分よ。
ヴォルフが敵の退路を、
アンタらが両脇を硬め、
逃げ場を失ったところをーーー」
魔族達は参謀の戦略を聞くと、
頭の中には鮮明な勝利の光景が浮かび、
打って変わって意気揚々と進撃を開始していく。
ミデュラ
「(・・・私は儀式で消耗した魔力を回復するので、
暫くは後方から動けません。どうか御容赦を)」
念話の相手は愛しき我が君。
返ってくるのは、やはり慈悲深い労いのお言葉。
ジェネラム
「案ずるなミデュラ。
あれほどの見事なゴーレム...大儀であったぞ。
気にせず身体を休めて力を蓄えるのだ。
我も出し惜しみしてはいられぬ。
全ての因縁に...我が直々に決着をつけてくれる」
ーーーーーーーーーー
兵士
「馬車はもう全部出ちまったぞーー!」
副長
「戻ってくるのを待っていては手遅れになる!
殿は騎兵連中に任せて、
あとの者は死ぬ気で走れぇぇえ!!」
街から最も離れた位置の兵士達が
フルプレートを脱ぎ、盾を投げ捨てて
全速力で掛け走るのを、騎士隊が後ろから護衛する。
敵の猛追撃が予想されたが、
駆けながら敵の流れを伺っていると、
魔王軍は左右に別れて並行に移動していた。
騎士
「ゴーレムがいるのをいいことに、
我らを挟みうちにする気か!」
副長
「・・・違うな。デカブツと少数は離れておる...
狙いはおそらく城壁であろう!!
これはまた随分と舐められたものだなぁ!!」
騎士
「「なんてことだ!流石にあんな巨大な怪物
相手ではひとたまりもないぞ!!
どうされますか団長ーーー!?」」
前を走る騎士団長は暫く返事を返さない。
声が届いていないのかと思い、
副長が代わりにまた尋ねようとした時だったーーー
団長
「副長!!おヌシは先に正門へと急ぎ、
後方半分の兵に守りを硬めさせて備えよ!!」
副長
「それはいいとしてだなぁ!!
追っ手を凌いで無事に城内へ撤退したところで、
アノ2体に城壁を突破されては全てが無に帰すぞ!」
団長
「んなもの重々承知しておるわ!!
そうならぬように...これから恥を忍んで、
頭を下げてくるのだ!!」
そう言い残して戦列の隙間をぬって
先に進んでいく団長。
副長
「...フンッ!...まったく、アヤツも
損な役回りよな!!」
ーーーーーーーーーーー
□勇者一行を運ぶ馬車内
《ダカラッダカラッダカラッダカラッ!!》
馬の蹄と馬車のタイヤが回る音、振動。
.......まれ......とま........れぇぇ....
《ガタンッゴトンッ!!ゴロンッガタンッ!!》
馬車自体の軋み、揺れぶつかる荷物。
それらの騒音に混じって、時折聞こえる声。
...まれぇぇぇ.....お...ぃぃ...すぐに....
《ガタンッ!!ガコン!!》
「「止まれェェエ!!止めるのだァァァ
!!」」
それは壁を隔てたすぐ外から飛び込んできた。
リノア
「ンオォッ!?...ンァ、ナニィ??」
たったの数分間が長い時間に感じられるほど、
ぐっすりと深い眠りに落ちていたリノア達は
強引に意識を呼び起こされる。
パチパチしぶしぶと瞬く瞳にぼんやりと写るのは、
同じく何事かと目を覚ましたアクト達。
すると、カーテンがめくり開けられ、
騎士団長が顔を出す。
団長
「勇者方!!大変急な申し出ではございますが...
どうか今一度お力を貸し頂けないでしょうか!?」
団長の要請に全員の顔が強ばる。
特に勇者アクトは露骨に嫌そうな辛そうな表情を
浮かべたのが、リノアには強く印象に残った。
アクト
「そんな...だってさっき...」
バーグ
「おいおい勘弁してくれよぉ!?
さっきの言葉はどうしたんだい!?」
団長
「魔王軍が強大なゴーレムを2体の出現させたのです!」
これまた驚愕の事実を知らされ、
皆が馬車の外を覗き見る。
北と南のそれぞれ方角で、羊の骨格型の
頭をした
岩土のゴーレムが大地を闊歩している。
リノア
「あ、あ、あんな凄いの生まれて初めて
見たー!!」
フォロア
「ちょっと!!なに関心してんのよ!!
まったくもう!信じらんない!!
あの妖魔どんだけ魔力あんのよぉ!!?」
イノス
「これでは仕方ありませんね」
団長
「誠にお詫びのしようもない・・・
このガロス・ロフェル、誓って先の言葉は
嘘も偽りもない本心ではありましたが...
出来ぬ事を出来ると言い張り、
兵達を勝機なき死地に向かわせることだけは
指揮官として命令しかねます!
どうか御容赦を!」
団長の言い分はもっともだ。
いくら頭数がいようとも、相手が悪過ぎる。
兵士達ではアリの如く蹴散らされてしまうだろう。
とはいえ、バーグも己の拳を開け締めしながら
全員の本心を素直に代弁する。
バーグ
「・・・けどよぉ、俺らだってもう余裕ねぇぞぉ...」
団長
「勿論タダでとは言いません。
誰か馬車の奥にある鍵付きの箱を!」
騎士イノスは心当たりがあったのか、
自分から率先して馬車に積まれた木箱の中から
鍵穴のある箱を持って来る。
イノス
「これですか?気になってはいたのですが...」
団長は箱を受け取ると、
内ポケットから取り出した鍵を差し込む。
蓋を開けると、入っていたのは
艶やかな赤い布に包まれた3本の瓶だった。
翡翠色のガラスの中身は乳白色の液体で
満たされている。
団長
「ここにあるは、
精霊の大樹より授かりし聖なるポーション。
その名も...
『ホーリーポーション』」
その名を聞いた勇者一同とリノアは
食い入るように瓶の液体を覗き込む。
リノア
「ホ、ホ、ホーリーポーションだって!?
口にすればどんな傷も病も、疲労や魔力だって
瞬時に回復してしまう伝説の!!
本当にあったんだぁ!!おとぎ話じゃなくて!!」
見ても何が分かるわけでもないが、
目の前の存在が尊い価値のあるものだという
事実を知って、首を伸ばして凝視する。
イノス
「噂には聞いてましたが、これが...
回復のみならず、秘められた力すらも底上げするとか」
フォロア
「私も見るのは初めてよ。こんなに真っ白なのね」
団長
「精霊様の宿る場所は数あれど、
あらゆる力の加護を授けられるのは
この大精霊樹ただ1つのみ。
気まぐれに葉や幹から滴る奇跡の雫を、
1瓶溜めるのには1年かかります。
ゆえにホーリーポーションはこの聖域から、
勇者殿が旅するであろう各地に届けられ
保管するのが習わしです。
これはオラコールに残っていたそのあまりし物」
バーグ
「だから3本しかないのか...
1番必要としてるっていうのによぉ!」
フォロア
「この地でポーションを使うなんて
こと、
これまで1度もなかったんだから、
仕方ないわよ」
冒険が始まってすぐに精霊の奇跡に縋る。
勇者一行としては不名誉な事この上ない。
団長
「これほどの危機こそ、精霊の贈物を
使うに値する機会でありましょう!!
どうか、これを使ってご助力を!!」
アクト
「…..ゴクッ...ンッ」
アクトは当たり前のように手を伸ばす。
自分が飲むのは絶対だとーー
これさえ飲めば力が戻ると信じてーー
本当にそうなのだろうか...
例えまた全力を出せたとして、
それでも尚・・・力及ばなかったら
あの痛みーー苦しみーー焦りーー無力感ーー
瓶にゆっくと手を伸ばす数秒ーーー
あらゆる感情が砂嵐のように頭を茫然と埋め尽くすーー
フォロア
「・・・・アクト、いいのよ」
滑らかな肌触り。
だけどもしっかりとしたフォロアの指が
、
アクトの手首をしっかりと掴んでいた。
アクト
「えっ...あぁ.......ち、違うんだ...
僕は...そんな.....」
なんとか言い繕おうとしたがーー
己の手の震えは自分の意思では止まらなかった。
こんな時でも強くあろうとするアクトに、
従者達は自分らが彼の隣りに立っている意味を思い出す。
バーグ
「・・・全回復してしかも強くなれるって
んなら、やってろうじゃあねぇか!
いくらデカかろうが、あんな土くれの
ゴーレムなんざ俺らの敵じゃねぇだろ!」
戦士は笑いながら箱から瓶をその手に掴む。
フォロア
「伝説の秘薬さえ飲めば、アタシだって
いくらでもアレを倒す術は持ってるんだから♪
勇者が出るほどの脅威でもないわ!」
女魔法使いもホーリーポーションを手に取る。
イノス
「・・・団長、先頭に立つ指揮官は多いに
越したことはないのでは?
僭越ながら、自分には経験があります」
団長
「お...おお!それは是非とも!!
騎士の者共の士気も上がることでしょう!」
騎士は自分の身の程をわきまえながらも、
友の為に、相応しくない過ぎた力をその手に握る。
アクト
「・・・僕だけで...帰れっていうのか...」
リノアはドキッとしたが、
従者達は気丈に明るく振る舞う。
バーグ
「バァーーーカッ、当たり前だろ?
お前は勇者だぞ。優先されて当然だ」
フォロア
「そうよ。それにアタシ達だって、
あの邪魔なゴーレムだけ倒したら帰ってきて
いいんでしょ?」
団長
「はい。それさえなんとかして頂ければ、
死力を尽くして皆様を送り届け、
総員撤退する所存です」
アクト
「でも僕が戦えば、きっと...」
本心では戦いに気が進まないのは、
本人も含めて誰もが分かりきっている。
だが勇者としては素直に受け入れ難い
のも理解出来る。
イノス
「いいえ・・・駄目ですよ」
だからこそ、友である騎士イノスが決着をつける。
イノス
「自分でもよくわかっているはずだよアクト。
いくら強くても.....今の君では戦えない。
この瞬間にも、多勢の人が君を助ける為に
命を掛けているんだ...時間は無駄に出来ない」
アクト
「・・・・・・すまない。
みんな、無事に戻って来てくれ」
フォロア
「大丈夫よ。さっさと終わらせてくるから、
先に休んでおいて!」
リノア
「・・・ぁーー...僕はどうしようか..」
イノス
「君だって充分頑張ってくれたんだ。
このまま一緒に帰還してくれ。アクトを頼む」
団長
「ではそろそろ...出してくれ!!」
馬車が走り出す。
アクトは大人しく腰を下ろし俯いたまま。
リノアは気を使ってカーテンを閉めきった。
見送る従者達。フォロアは袖で目元を拭う。
バーグ
「大丈夫か?」
フォロア
「...ンンッ...アタシは平気よ。
今のアクトに必要なのは力じゃない...
少しでも体を休めて、心を落ちつかせないと」
イノス
「その為の我々です...ではいきましょう」
3人は手にした瓶の蓋を開け、
未知の秘薬に唇を触れ、喉に流し込んだ。
今まで味わったことのない味。
ごくごくと喉を鳴らして体が欲する。
細胞の隅々まで染み渡る聖水は喉を潤す。
腹は心地よい腹八分ほどの満足感。
溜まりたまった疲労が吹き飛び、
眠りから覚めたかのような清々しさ。
バーグ
「プハァッ!...これは!?」
腕に巻いた布を解いてみると傷は塞がり、
ハリのある筋肉に力を込めても開くことはない。
フォロア
「ヤバイわね...最高に気持ちがいいわ」
顔色は元に戻り、使い切って枯れた
魔力も普段以上にみなぎる。
イノス
「うぉぉ...凄い...僕の体じゃないみたいだ」
フォロアとバーグに比べれば
屈強な肉体もずば抜けた魔法技術もないが、
常人として努力で鍛えてきたイノスには
明らかな感覚の違和感を感じ取る。
″調子がいい″と言う曖昧なものではない変化を、
今すぐにでも戦って確かめたいぐらいだった。
団長
「バーグ殿とイノス殿に新しい武器を
持ってきて差し上げよ!
ここからが正念場だ!!」
ーーーーーーーー
リノアとアクトを乗せた馬車は
兵士達の列の間を走り抜ける。
アクト
「・・・・・・」
リノア
「・・・・・・」
気まずい。
話す話題もないし、無理に会話をする
必要もないのだけども....
《キンッ!!カンッ!ガギィッン!!》
外では両脇で馬上の騎士達と、盾を持った兵士達が
魔族達の攻撃を食い止めているのだろう。
刃の擦れる音。魔物の雄叫び。
ひしめき合う鎧と盾。
「「グハッ!!」」
時折痛みを叫ぶ声も聞こえた。
《キケェキケェ!!》
「このぉ!!」
「大丈夫か!」
「肩の付け根がぁ・・・」
「負傷者だぁ!!誰か代われぇ!!」
「こりゃダメだ!盾を寄越せぇぇ!!」
《ドカッ!》《グルアァァ!!》
「うああ!!」
「何してくれてんだコラァ!!」
「今のうちに騎士を中に運べえ!!」
騒音に紛れて聞こえる呻き声や叫びに
リノアもアクトも気が気ではなかった。
既に何人も犠牲者が出ているかもしれない。
そう思うと外の様子を伺うのも躊躇われた。
アクト
「・・・僕のせいだ...」
リノアは固まる。なんとも心が重い。
俯いた前髪で目元が隠れていて
彼の表情は見えないが、リノアは眉間にシワを
寄せてただ黙って耳を傾ける。
アクト
「心のどこかで.....自惚れていたのかもしれない。
子どもの時から精霊様に選ばれたし...
周りはみんな僕を応援して褒め称えて...
だから日々修行して...努力してきた。
人生の全てを費やしてきたんだ...
だから大丈夫だって...なんとかなるって...
言い聞かせてきたのに...
結局は中途半端で、仲間すら守れなかった。
...君にだって、街の人々にだって迷惑を
かけてしまって........合わせる顔がないよ
」
額に手を当てて弱々しくうずくまるアクト。
リノア
「(・・・なにを言ってるんだよ)」
リノアには理解し難い...
というより、共感できなかった。
自惚れ?
守れなかった?
中途半端?
僕達に迷惑をかける?
挙句の果てには合わせる顔がない...だって?
意味がわからない。一体どうしたら
そんなにも自虐的になれるんだ...
昔のリノアなら、こんな姿の勇者を
見たら情けないと思っていただろう。
でも、彼の″強さ″を間近でこの目にしてきた。
アクト・レインファルトは....
いや、3代目以降の勇者達は皆、
孤独な重責の重りに繋ぎ留められて、
誰かに頼る事を忘れてしまってたんだ。
思うことは山ほどあるが、
実際にアクトを励ましてあげられる
自信のある言葉は見つからない。
リノア
「(こんな時...あの人なら、なんて言うだろう...)」
リノアは昨晩、深い嫌悪感に陥っていた自分を
励ましてくれたあの人。
″穂波″のことを思い浮かべる。
リノアは勉強家らしく、彼女の優しさを参考に
出来ないかと考えてみる。
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穂波
「リノアさんなら大丈夫ですよ。
こんなに努力が出来る貴方なら、
報われなきゃおかしいですって。
だから、自信を取り戻して下さい!」
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穂波
「例えそうだとしても、
″素直″に向き合えばやり直せるはずですよ!」
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リノア
「(!・・・そうだよ...
肝心なことは彼女から教えてもらってたじゃないか!
つまらないものにこだわらず、素直に...)」
リノアは緊張しながらも、勇気を出して声を絞る。
リノア
「僕だって頑張ってきたつもりだ。
努力と失敗を何度も繰り返して、諦めずに。
...でも君には遠く及ばない。
それが凄く悔しかった。周りはみんな君を称える。
劣等感で君を僻んだし、自分を憎みもした」
アクトは俯いたまま。
こんなこと聞きたくないかもしれないけど、
リノアにとっては、話す上で必要なことだった。
リノア
「でもさ、それは仕方のないことだった!
だって、君は本当に凄い人間なんだから!!」
重かったアクトの瞼がパッと開かれる。
リノア
「あれだけの魔王軍を相手にたった1人で
立ち向かって、あんな得体のわからない
敵の親玉とだってほぼ互角に渡り合ってた!
他の誰にあんなことができるっていうんだ!?
普通の人じゃ、絶っっ対に不可能なことなんだよ!!」
アクト
「・・・だって...勇者だから..」
まだ言うか!っと、リノアはつい声を荒らげる。
リノア
「それでも同じ人間だろぉ!!
歳だって僕もほぼ変わらないっていうのに、
君は勇者だからって、強くて当たり前みたいに!!」
我慢ならなかった。
アクト
「そ...そんなつもりで言ったつもりじゃぁ...」
苦しそうな声で萎縮してしまうアクト。
違う、責めてるわけじゃないんだ。
リノア
「大勢を相手にして、強敵に挑んで、
何度ダメでも傷ついても戦って!
トロールまでも倒して!!
それでも疲弊しきった体で僕らと従者達を
奥義で守り抜いただろう!?
そこまで全力を尽くしたのに、
どうしてまだ自分を責める事が出来るんだよぉ!!!」
リノアは立ち上がる。勇者に物申すなんて
身の程知らずにもほどがある。
でも、それでも、今は伝えてやるんだ。
リノア
「勇者の君がここまでやっても駄目だったのなら、
他の誰にやれるっていうんだ!!」
アクト
「「・・・だからこそ...
僕が戦わなくちゃいけないんじゃないかっ!!
そうでないと、他の人が死んでいくだろう!!?」」
アクトは顔を上げて感情的に反論し、
リノアに掴みかかってくる。
怒っているようにも、悲鳴を上げている
ようにも聞こえる叫び。
全ての反応が、とても普段の彼からは
想像出来ないものだった。
《ドカッ》
リノアは壁に押し付けられる。
一瞬は焦ったが、襟元を掴むアクトの手袋は
ボロボロで赤いシミが所々に滲み、
せっかくの綺麗な顔立ちも血や泥で汚れている。
こんか不憫な勇者を怒る気にはなれないが、
決して臆することなく訴え続ける。
リノア
「なにも...君らだけで戦わなくちゃ
いけない道理はないだろ!!?
軍勢相手に4人だけで戦わせるなんて、
間違ってる!!
だから、僕達は助けにきたんだ!!!
自分達の命と大切な人を守る為に!!
弱くたって...僕らにだって戦う権利はあるはずだ!!」
アクト
「・・・勇者だから...僕が守らなきゃあけないんだ。
ずっと、そう教えられてきたし、
僕もそう思って...」
リノアはアクトの肩を掴み返す。
これ以上アクトを悩ませたくなかったからーーー
リノア
「アクト!!.....君になら出来るかもしれないけど...
だからって僕ら全員の命を背負い込むなよ!!
僕もフォロアや君にも守られてばっかだったけど、
だからって大人しくお荷物になる気はない!!
″みんなで一緒に戦って、一緒に守ればいいじゃないか!!″」
アクトの険しかった顔が緩み崩れる。
考えた事もなかった。
言われた事もなかった。
運命を共にする仲間は4人だけ。
命を預かることはあっても、
預けられるのは仲間内だけだと覚悟を
決めていたのに...
アクトはリノアから手を離して、
その場にへたり込む。
アクト
「・・・君が助けに来てくれた時...
頼ってくれって言ってくれたあの時....
僕は本当に......
嬉しかった...」
不意に零された本心にリノアは驚いた。
ただただ、予想外だった。
アクト
「仲間を失うかもしれない...
どうしようもないあのどん底の中で、
あの言葉にどれだけ救われたか...
だからまた戦えたんだ。君が希望をくれたから」
感謝はされているだろうと思いつつも、
こうして言葉にされると、
リノアの中に込み上げてくるものがあった。
自分の行動が、彼の助けになっていたのだと。
アクト
「でも...ブックスが傷ついて運ばれてるのを見た時、
僕は頭が真っ白になった。
命がけで助けにきてくれたのに、
頼ってしまったせいで君をみすみす死なせて
しまったら.....そうなるぐらいなら、
痛みを堪えるほうが、我慢する事の方が
ずっといいと思えたんだ」
どれだけ他人優先なんだよ。
脱帽を通り越して狂気すら感じた。
リノアも1度は敵の策略にハマって、もうダメだと
惨めさと後悔で死にたくなった時もあった。
それでも彼を絶望させずに済んだと思えば、
こうして生きていて良かったと思える。
アクトこそ誰よりも逆境の中で
苦しんでいたはずなのにーーー
目元から熱さが溢れて止まらず、
リノアは腕で顔を擦る。
リノア
「...ッ...少なくとも僕個人は、
昨日も今日も君に助けてもらったんだ。
大きな借りがあるから...
とりあえずその手を介抱させてくれ」
ほつれ、破け、黒く茶色く、赤い斑で汚れた
アクトの手袋にしゃがんで手を伸ばすリノア。
アクト
「いや、悪いよそんな」
リノア
「・・・昨日の失礼な態度をとってしまった
お詫びにさ」
昨日の夜の出来事を持ち出したのは、
アクトへの気遣いだった。
切傷は皮がチクチクとめくれ、
割れた傷口が開閉する度に痛みが
鋭く皮膚に広がる。
リノアにはそんな嫌らしい痛みが
よくわかっていたからこそ、
放ってはおけなかった。
アクトも観念して、腕から手袋を外した。
ところが現れたのは、想像していたより
ずっと酷いものだった。
リノア
「・・・うわぁっ!?...なんでこんな...」
アクトの手の平は火傷や日焼けのように
皮がただれ、虫食いのように内側の鮮やかな肉が
剥き出しになっていた。
明らかにリノアがドン引きしているので、
アクトはこんな時でも無理に振る舞う。
アクト
「剣を振り続けて皮は厚くなった方なんだけどなぁ...
きっと奥義を1日2回も使ったのは初めて
だったから、それのせいかも。
こういうのは慣れっこだったから、
全然気づかなかったよ...アハハ...」
それ以外にもジェネラムにやられたのか、
指先から腕まで大小の傷がたくさん刻まれていた。
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アクト
「だ、大丈夫かい!?もしかして
どこかやられたんじゃ・・・」
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ちっぽけなプライドを守ろうとして、
彼の手を振り払ったあの時の自分を
ぶん殴ってやりたいと心底思う。
どんな傷でも痛いものは痛いんだと、
彼も知っていたから、きっと心配してくれたんだろう。
リノア
「・・・回復なんて高等な魔法はかけて
あげられないけど...せめて応急処置ぐらいは」
ポーチの奥にしまってあった
包帯と消毒液を取り出す。
傷口だらけの腕に液を吹きかけても、
アクトは声1つ出さない。
我慢しているのか、
本人にとっては大した事ないのだろうか。
その上から包帯を慎重に、指や手首を
動かせる程度に、丁寧に優しく巻く。
リノア
「他人の傷を気にするようなお人好しが...
こんなになるまで放っておくなよ...
もっと自分を労ってくれよ...バカヤロゥ...」
手元に集中していたから、その時の
彼がどんな顔だったかはわからない。
ただ...
自分とは対称的な力強いしっかりとした手が、
プルプルと震えていて、
包帯が巻きにくかったことだけは
ずっと忘れないだろう。




