53.動き出す
オラコールの民が籠城の準備に
取り掛かり始めた頃。
□城下町のとある一軒家で
兵士から副長と呼ばれる1人の男は
鏡の前に立ち、戦支度をしていた。
正面に映る己の顔をしみじみと眺め、
一息吐くとナイフを手に取る。
副長
「フゥ・・・♫〜〜」
大雑把に伸びきった髭を鷲掴み、
短く切り落としていく。
それから暴れている灰色の髪を
一気に何度もかきあげ流して後ろで結ぶと、
清々とした様子で鏡の前から消える。
ーーーーーーーーー
「あら素敵。雑だけど、
久々に男前になったんじゃないの?」
彼の妻がリビングで出迎えたのは、
1人の戦士だった。
副長
「なんだ、惚れ直したかマデル」
副長は得意気に髭を摩ってみせる。
多少くたびれてはいるが、
年季の入った革の鎧は味のある色艶を増し、
腕や脇下から覗くチェーンメイルは
主人の瞳と同じく、微かな光を照り返して
輝いていた。
自分の夫の見違えた姿に見とれていると、
ガチャガチャと装備の音をたてて
もう1人が副長の後から出てくる。
息子
「そりゃあ、今までが酷過ぎたんだよ母さん。
戦装束でも着れば、子どもだって立派に見えるさ」
だらしなかった副長の姿を皮肉る
2人の息子ハロルダもまた、兵士の装備をしていた。
父とは対象的に綺麗に髭を剃り、
髪は蝋を使ったオールバックで
キッチリ整えられている。
既に成人を過ぎたいい大人だ。
副長
「ハッ!我が倅も言うようになったわっ!」
息子ハロルダ
「・・・なぁオヤジ。
やっぱり考え直してくれないか。
オヤジなら適当な理由をつければ、
皆察してくれるさ」
副長
「アァ?何を馬鹿な事を言ってる?
本来、兵士の統括は俺の仕事だ。
将が出でないでどうする!」
ハロルダ
「よく言うぜ。普段だってろくに
兵舎に顔も出さないくせによぉ...
騎士達ほどではないにしても、
親父が鍛錬や稽古をしてる姿だって
見たことないぞ!
過去の栄光の話は散々聞いてるけど、
流石にブランクもあり過ぎるだろう!?
正直俺にはもう衰えた老兵にしか見えない!
母さんもそう思うだろ?
なんとか言ってやってくれ!」
母マデルには息子の言葉の真意は
分かってはいたが、
マデル
「・・・ハロルダ・・・口を慎みなさい」
ハロルダ
「ナッ!」
母の意外な返答にハロルダは唖然とする。
マデル
「確かに貴方は、この街での父親の姿しか
知らないから仕方ないわ。
でもこの人は正真正銘、生まれながらの
戦士なのよ。
ただここに来てからは、
活躍するほどの事もなかっただけ。
私のわがままに付き合って、合わない
平穏な日々を過ごしてたのよ・・・」
マデルは語りながら夫の元へと歩み寄り、
顔を見上げて見つめ合う。
マデル
「だけど、この人は望んでない退屈な
生活に文句も言わず、酒に溺れる事はあっても、
私に暴力1つ振らなかったのよ・・・
こんな優しい武士が他にいるかしら?
私はハロルダを育て、貴方の隣で
幸せな毎日を過ごしたわ
・・・だから私も、その妻として
送り出してあげるの」
髭の生えた顎へ愛おしそうに手を添えると、
副長も手を重ねる。
副長
「フッ・・・流石は我妻よ。
この『ファリオス・ガルファード』に
好きだ、惚れたなどと言い寄ってくる女は
いくらでもいたが、お前ほど俺を理解
してくれた奴はいない・・・
これほど出来た女が他の何処にいようか。
もし時間が許すのならば、
景気づけに夜の一戦を交えたい所だったが...」
真顔でそんな事を言うもんだから、
妻マデルは思わず笑ってしまう。
マデル
「ムフッ...フフフフフッ!!
ヤダわこの人ったらぁー!アハハハッ!」
ハロルダ
「おぉい!ちょっとぉ!こんな時に
子どもの前で何を言ってんだっ!!?
勘弁してくれよぉ!」
副長ファリオス
「やかましい奴だ。
嫌なら先で外で待っとれ」
ハロルダ
「あぁ、そうするさ。母さん行ってくるよ」
マデル
「気をつけてね。父さんを頼むわ」
抱擁を交わし、息子は一足先に外へ出て行く。
《バタンッ》
副長ファリオス
「なんだ、子どもに俺のおもりを頼むのかぁ?」
マデル
「お互い様よ。貴方もハロルダを宜しくね」
副長ファリオス
「自分の身を守れるぐらいの男ぐらいには
倅を信じておるわ・・・・
ではさらばだ。我が至高の伴侶よ」
マデル
「さようなら。運が良ければまた。
悪ければ天国で会いましょう...ッ」
割り切りの良い別れの言葉を伝え、
年相応とはいえない深い口付けを交わす。
髭で隠れていた唇を離し、
副長は歯を剥き出した満面の笑みを見せて
玄関へと走っていった。
《バタンッ!!》
静かになった家に残されたマデルは、
1人のリビングのテーブルにつく。
マデル
「・・・・・・・・・・
引き止められるわけないじゃない....
遊びに行く少年みたいに...
あんな楽しそうな瞳なんだものねぇ...
仕方ない人だわ」
とある武士とその家族の
光景。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
53.動き出す
騎士
「もたもたするなぁ!
見習い以外はさっさと装備を整えて
馬に乗れぇぇぇ!」
城壁周辺では騎士や兵士が入り乱れて、
出陣の準備をしている。
ここでは邪魔にしかならないと、
穂波達はとりあえず広場まで降りていた。
リノア
「あっ!ホナミさんハチクさ〜ん!!」
城壁の階段を降りると、
下にはリノアと隊長がいた。
2人の元へ駆け寄ると、リノアは珍しく
余裕のない真剣な表情で話す。
リノア
「僕はこれから...戦場に向かいます」
穂波
「えっ」
予想外の事に、驚いて声が漏れる。
隊長
「打って出るにしても、この人数だ。
急いでも半刻以上は確実にかかる。
リノアにはその時間を稼いでもらう。
・・・危険だが、重大な役目です」
頼んだ手前、隊長はリノアの任務の重要性を説明する。
穂波
「そうですか。リノアさんの『奥の手』の
使いどころというわけですね」
ハチク
(あぁ・・・そういえば)
ハチクは完全に忘れていたようだが、
リノアは街を守る為の秘密の仕掛けを
持っていた。
リノア
「はい・・・僕は死ぬつもりはありませんが、
一応お二人に伝えておきたい事があります」
穂波・ハチク「?」
リノア
「・・・・・僅かな時間でしたが、
この数日間は今まで生きてきた中でも
体験したことないくらい楽しかったです!
興奮して、ハラハラして、落ち込んで。
色々ありましたが、色々大切な事に気づけたし、
ホナミさん達にも沢山の勇気を貰いました。
だから僕...頑張って戦って来ますので!!
ホナミさん、 ハチクさんもどうかご無事で!!」
この街にきてからの事が思い出される。
ホナミは心配そうな顔をしながらも、
真っ直ぐなリノアに激励の言葉をかける。
穂波
「はい!
死なない程度に頑張ってきて下さい!!
私達も出来る事をしますので!」
ハチク
「・・・お前はそそっかしい所があるからな。
肝心な時こそ、落ち着けよ」
リノア
「はい!じゃあ行ってきます!!」
リノアは正門へと向かって行った。
その後ろ姿を見て、穂波は思わず涙ぐんでしまう。
穂波
「ああ...もう!
こういうのが一番心にきちゃいますね。
・・・本当に無事に終わって欲しいです」
『編纂の書』を持つ穂波達にも、
未来の事は分からない。
これだけこの世界の人々と深く関わったんだ。
もし過酷な運命を目の当たりにしてしまった時、
果たして受け止めきれるのだろうか。
ハチクはいつかは聞かなければと思いつつ、
結局こんな切羽詰まった状況になってしまった。
穂波
「とにかく街の様子を見て、
人手が足りなそうな所を手伝いましょう!!」
ハチク
「・・・ああ」
世界の行く末など知ったことではないが、
穂波が関わる以上は傍観も出来ない。
ハチクもそれなりの不安と緊迫感を抱いて、
穂波の後を追っていくーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
□城外 正門前
騎士
「隊長!問題なしです。行けます!」
閉じられた巨大な正門。
その上を覆う城壁の足場から、
遥か下の地面へとロープが垂れている。
正門に群がる外からの侵略者に対して、
矢や岩、油などを投下する為の場所だ。
そこで複数の兵士がロープを握り、
リノアは結ばれたコブを掴んで、
降ろしてもらおうとしていたのだ。
穴の空いた足場に腰を下ろし、
足を宙ぶらりんにさせているリノア。
下を覗き込むと高さに息を呑む。
落ち着こうと深呼吸をしようとした時、
隊長が声をかけてきた。
隊長
「おいリノア。これを持っていけ」
右肩の方に振り返ると、
差し出された騎士隊長の手の上には
『綺麗な宝石のような結晶』が垣間見える石だった。
リノア
「これは?」
隊長
「昔、父上にお守りとして貰ったものだ。
魔力が宿った護石らしい。
魔法を使うお前の方が相応しいだろう」
リノア
「・・・ありがとう」
隊長
「お前に死なれては、
張り合いのある奴がいなくなるからな。
・・・・・健闘を祈る」
リノアは隊長の普段とは違った態度に
違和感を感じるが、素直に頷き答える。
リノア
「...わかった。先に行って待ってるから
頼んだよ。それじゃあ降ろしてくれ!」
リノアは紐のコブをしっかり握り、
身体にロープを抱き寄せて腰を足場から宙に落とした。
《ミシミシッ!....ミシッ...》
騎士
「ゆっくりだ!せぇーのぉ!」
ゆっくりと、正門の前を降ろされていく。
リノア
「(アクト達。頼むから耐えてくれよ!)」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃前線では、
魔族達が躍起になって勇者に群がるのを、
従者達が防衛していた。
□ロービン野原
将軍ジェネラルの命を受けて、
我先にと飛び出した魔族達だったが、
今のところは大人しくバーグを囲んで
距離をとっていた。
理由はバーグの圧倒的な制圧力に為す術がなく、
魔王軍参謀ミデュラの期待外れの有様になっていたからだ。
結局、不甲斐ない下っ端達に痺れを切らした
狼戦士ギア・ヴォルフが彼の相手をしていた。
バーグ
「ハァハァ...フゥーーー」
(ハンマーはダメにされた。
大剣なら二歩先に落ちてるが...)」
ギア・ヴォルフ
「・・・・グルゥゥゥ」
ヴォルフがこちらを伺っている。
拾いに行けば確実にスキを付かれるだろう。
バーグ
「(仕方ねぇ!)」
バーグは武器を拾いに行くのを諦め、
両腕を構えてファイティングポーズをとる。
すると、打って変わってゴブリンや
オーク達が強気になっていく。
オーク
「ギヘヘヘッ...丸腰ダゼェェ!
モウオメェナンカ怖クネェヤ!!
ヤッチマェェーーーー!!」
「「グオオオオオオオ!!」」
槍や不揃いな刃を突き出し、
魔族達は丸腰のバーグへと殺到する。
ヴォルフ
「幾ラ貴様ラデモ、得物ノナイ相手
グライナラバ殺セルダロウ...
手柄ハクレテヤル。ダカラサッサト...」
ヴォルフは背を向けて立ち去ろうとした。
《バゴォォオオンッ!!》
ーーーが、
最初に飛んできたのは戦士の叫びでもなければ、
刃が肉を裂いて血が吹き出す音でもなかった。
オーク
「ブゴォォォ!!」
代わりに真上から飛んできたのは、
先頭を切って向かっていった、
威勢のいいオークの兵士だった。
前歯は抜け、紫がかった鼻血が垂れ流している。
ヴォルフ
「.....グルァアゥゥッ!」
ヴォルフが視線を戻すと、
魔族達がまるでメデューサの目でも
見たかのように固まっていた。
彼らの視線の先には、魔族の血がついたガントレット。
それ即ち、戦士バーグの空へと
突き上げられた右拳だった。
バーグ
「誰が丸腰だって?・・・アァ?
ケンカの基本は拳だろがよぉっ!!
ッオラァア!!」
敵の前列へと左拳を振りかぶって
突っ込んで来るバーグ。
一瞬たじろいぎながらも、
オーク達はすぐに剣を振るった。
カミソリのような刃が数本空を斬る
ーーーその間合い寸前で、
バーグは左足で踏み留まり、
同時に左拳を大きく空打ちさせる。
((《ブオォンッ!!》))
髪を靡かせるほどの風圧が拳の強さを
肌で感じさせる。
オーク達
「「ンガァッ!?」」
風圧に押されて敵の動きが固まった瞬間、
戦士バーグはフェイントで放った左フックの代わりに、
振りかぶった右腕に更なる力を込めて
腰を捻り、
強烈な右フックを真正面のオークの
横っ面へと叩きこんだ!!
《バゴォォォーーーンッ!!》
鐘のように鳴り響くヘルム。
ガントレットに包まれた鋼の拳が
オークの頭を激しく揺さぶり、
すぐ左隣の兵士の頭へ連鎖的に衝突していく。
オーク
「ブベェェ!!」
「ギベヤァ!!」
「ヌボォッ!?」
醜い顔を更にヘルムの中で歪ませ、
ドミノ倒しに倒れていく。
ゴブリン
「ヌガァァァァ!!」
そこへ右側の死角から、剣を振り上げた
ゴブリンが襲いかかる。
だが、そんなことは容易に予測されていた。
バーグはチラッと敵を横目で捉え、
オークの頭に叩き込んだ右腕をすかさず
ゴブリンの方へと引いた。
重心を移動させ、全体重の勢いを乗せた
強烈な肘打ちがーーー
ゴブリン
「バギャァァ!!」
ゴブリンの顔を内側にひしゃげさせ、
それだけでは収まらずに突き飛ばされ、
背後の魔族達を巻き込んで倒れ落ちる。
ゴブリン
「「ギィッ!ギヤァ!!」
ゴブリン
「ヴォルフ様ーーー!!」
ギア・ヴォルフ
「・・・オォーガッ!オマエラノ出番ダゾ」
オーガ
「「グガァァァァァ!!コロス!コロス!」」
筋骨隆々なオーガ達が次々と向かってくる。
並大抵の戦士では絶望を覚えるであろう
連中を前にしてもーーーー
バーグ
「ようやく骨どころか分厚い肉のある
奴らが出てきたな・・・
潰しがいがあるじゃねぇかぁぁぁ!!」
バーグは狂気的に笑っていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
□バーグから100mほど離れた街側の野原
フォロアとイノスは仲間の奮闘を見守りながら、
自分達も敵の襲撃に備えていた。
イノス
「あぁ〜あ〜...バーグときたら、
昔の悪い癖が出ちゃってますよ」
フォロア
「でも、1人で随分抑えたものよ。
しぶといオーガ達も引き受けてくれてる以上は、
私達から先は1匹たりとも逃がさないわ!」
イノス
「ええ、わかってますって」
遠くでバーグとオーガの激しい戦闘を他所に、
他の魔族達が迫る。
フォロア
「いくわよイノス!!
その身に纏わせるは疾風。
刃に宿すは凍てつく霜。
聖なるこの地の御加護を借りて、
汝に力を!!
ウェーブ・アンドゥ・ブリザードォ!!」
イノスは剣を低く構えて突撃体制をとる。
脚に緑、剣に青のオーラが漂う。
イノス
「行きます!!」
走り飛び出すと、イノスは馬よりも
早く野原を駆け抜ける。
マンティスリーパー
「ギギィィ!!」
ゴブリン
「ナンダアリャ!!」
イノスは速く軽やかな動きで敵を
次々と斬りつけては、斬撃の深い浅いに関係なく
魔法の力で魔族を凍らせていく。
ゴブリン
「ケェッ!下ガレ下ガレ!!」
フォロア
「大人しく逃がしもしないわよ!
ヘル・ファイア・ウェーブ・ゴア!!」
魔族
「「ギャアヤァァ!!!」」
ーーーーーーーーーーーーーー
従者達の抵抗に、オークの指揮官
デスピアとミデュラは苛立っていた。
デスピア
「クソ忌々シイ取リ巻キ共メガ!
コノママデヨロシイノデェ?」
ミデュラ
「良くはないけど、兵も動かさないと
緊張感が無くなって、士気が下がるわ。
でも安心なさい。
そろそろ私の『人形ちゃん』も、
『アイツら』も復活する頃合いだから。
勇者達が惨めな死に様を晒すのも、
時間の問題・・・フヒィヒィ♪」
ーーーーーーーーーーーーー
□正門前
リノア
「よしっ、今行くぞ!!」
正門付近の城壁で積み重なった
スケルトンの骨の残骸をガラガラと踏み越え、
戦場へと急いで行くリノア。
《・・・カタッ・・・・・カタカタ》
不穏な音が密かに忍び寄っていた。
今後は投稿スピードを上げていきます。




