52.信ずる心と預け合う命
オラコールの騒ぎを鎮めようと、
ハチクが特殊能力『黄金竹林』を使った結果。
狙い通り人々は摩訶不思議な体験に呆然としていた。
穂波は城壁上街側の淵に立ち、
ありったけの声を張り上げて叫んだ。
穂波
「「皆さん!!聴いてください!!」」
堂々とした穂波の声が静寂を破り、
群衆の注目を集める。
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太った門番エレット
「んん、今度はなんだ?」
ひょうきん者門番カータス
「女の子・・・見慣れない顔だけど」
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穂波
「どうか聞いて下さい!!
勇者のアクトさんは今!
傷ついて、立ち上がれずにいます!!」
これには兵士達は勿論、
混乱を鎮めようと
奮闘していた団長は
焦りの色を隠せなかった。
団長
「ハッ!なんということを!?
あれでは余計に不安を煽るようなものだ!!」
汗を振り撒いてキョロキョロと城下を
見下ろせば、
案の定人々は戸惑いざわめく。
兵士ティアド
「おいおい...何のつもりだ...」
一兵士に過ぎないエレットやカータス、
ティアドも民衆の反応を前にゾッとしていた。
「やっぱりそうだったんだ・・・」
「勇者様でも駄目だったなんて!」
「今回は最強の勇者じゃなかったのかよぉ...」
勇者に対する諦めや失望の声すら
ちらほらと聞こえてくることに、
穂波は我慢出来なかった。
穂波
「アクトさんだって・・・
1人の人間です!!!」
怒ったように力強い声で訴える。
リノア
「ほ・・・穂波さん・・・」
いつも明るくご機嫌で、優しい姿しか
見たことがなかったリノアは、
ただただ、驚き凝視した。
穂波
「アクトさんは優しくて強くて、
完璧な人に見えるのかもしれません。
しかし、彼の心は、普通の人と同じなのです!!
悩んだり、痛みを感じたりするんですよ!!」
城壁上の兵士・騎士達にはわかる。
地べたに座り込む勇者の姿は、
あまりにもちっぽけで、
自分達と同じただの青年にすら思えてくる。
穂波
「彼は今動けずにいます。
大勢の敵に囲まれても、あのような強敵に
立ち向かっています。
とてつもない劣勢の中、
逃げるという選択肢だってあったはずです。
けれど、彼は逃げませんでした!
だって、彼は勇者だから!!」
住民
「「そりゃあ、そうだろうさ!!
精霊様に選ばれて、誰よりも強い力を
持ってんだから当然じゃないか!!」
誰かが野次を飛ばす。
「そうだ!その為の勇者だ!
俺達みたいな弱い人間を守る義務がある!!」
あまつさえ、それに賛同する声まで上がると、
大人しく見守っていたハチクやリノアも
顔を顰めて口を出しそうになる。
リノア
「黙って聞いてれば!このっ…」
穂波
「……弱い、強いの話ではありません」
多数の反論に臆すること無く、
更に言葉を紡ぎ続ける。
穂波
「どんな状況でも立ち向かうか、
そうでないかの違いです!
あなた達ぃ.....」
ところが、その声は急に小さく掠れる。
湧き出た思いを伝えたいのは山々だったが、
失敗は許されない場面だ。
つい感情的になって出た人称を穂波は考え直す。
穂波
(私の上から目線の言葉に何の価値があるのでしょうか…)
だから、
今度はゆっくりとした口調で。
迸る感情と
届けたい言葉を咀嚼しながら、語り出す。
穂波
「・・・今までずっと。
勇者さん達のおかげで、
平和に過ごしてこれました。
しかし、そこに困難な場面はなかったのでしょうか?
それは違います。
勇者が辛い場面を乗り越えて正義を果たす。
そんな英雄譚を私たちは知っています。
そんな英雄譚が物語っています。
彼らは私たちの期待に応えてくれたことを!
話は少しそれますが、この英雄譚の登場人物は
もちろん勇者だけではないのです。
それはただ逃げ惑う村人だったり、
笑ってしまうような臆病者だったり、
話を盛り上げるためだけの役立たずだったり。
……けれど、それは決して私たちではありません
家族の命を案ずる者、また、自分の身を案ずる者。
みんながみんなちゃんとした理由を持っている
ことを私は知っています。
だから、そんな意思あるみなさんにお願いがあるのです。
勇者が一度へこたれたぐらいで見捨てないで下さい!!
ちゃんと信じてあげて下さい!
勇者がまた立ち上がれるように!!!
そして...」
穂波は後ろの兵士達に目を向ける。
穂波
「兵士や騎士の皆さんの事も信じましょうよ!!!」
団長・隊長
「!?」
副長
「おっ?」
突然自分達に白羽の矢が立ち、
兵士・騎士達は意外な顔をする。
穂波
「彼らが自信を勇者と比べて卑下する声を
私は耳にしました。けれど、そんなことはないのです。
彼らもまた何より、私たちのために苦心しているのです。
もう一度言わせてください。弱い、強いではありません。
彼らもまた、そんな定義では到底及ばない大切な
正義を持っているのです」
年端もいかない少女が発する言葉に
耳も心も釘付けになり、
兵士や騎士達は真っ直ぐに穂波の姿を見つめる。
穂波
「偉そうにここまで話しましたが
私も戦えません・・・無力です。
でもここには、必死にこの街を守ろうと
戦ってくれる方々がいます!!
勇者さんと同じく、私達の代わりに
命をかけてくれています!!」
人々は隣りや城壁の兵士達を見る。
日頃から挨拶を交わす者や知り合い、
身内の者も住民達の中にはいた。
青年
「兄貴・・・」
いつも身だしなみを整えているはずの
騎士達が髪を振り散らかし、装備は
細かい傷や砂埃で汚れている。
他にも敵の攻撃で負傷し、
頭や腕に包帯を巻いた状態の兵士が
城壁から下を覗き込む視線と目が合うと、
痛ましさに同情せざるおえなかった。
女性
「・・・・そうだねぇ。
アンタらが命懸けで戦ってるって時に、
私らは何やってんだろう・・・
ごめんねぇ...うぅ」
1人の中年女性が泣き出すと、
人々も同じ街の隣人である戦士達に思いを馳せる。
もう誰も彼らを押し退けてまで、
外へ出ようとはしなかった。
副長
「・・・おい、あの娘は何者だ?」
騎士隊長
「え...あぁ、彼女は勇者達と共に
都から来た旅人ですが」
副長
「ほぉ・・・・・通りで、ここの連中と
違って活きがいいわけだ」
ニヤつく副長に、隊長も頷く。
兵士・騎士達は穂波の言葉と住民達の反応に、
始めて自分達の存在意義を認められた
ような気がしていた。
穂波
「私達は戦えない代わりに、
自分達で出来る事を精一杯やりましょう!
これだけの人がいるんですから、
みんなで協力して頑張れば、なんとかなるはずです!!
諦めないで下さい!!」
・・・・・・・・・・
言いたい事は全て言い切った。
ハチクは民衆の様子を伺う。
穂波の話に納得する者がいる反面。
彼女の言葉が届かず、ひそひそと話しあったり、
棒立ちのままであったり、それでもと穂波に
食ってかかろうとするものがいたりするのが見受けられた。
ただ、ここで1番大切な部分は
穂波が
この何千という人が集まる場を支配していた。
ということだ。
ここにいる全員が穂波の話を聞き、考え、
そして何より彼女に注目していた。
穂波は内心、同意を得ることができなかったことに
かなり動揺していた。
だが、このたくさんの視線の中でそのような態度は
億尾も出してはならないと決めていた。
だから、毅然とした態度で立ち向かう。
???
「「その通りだ!!!
この都はそう簡単には落ちぬ!!!」」
穂波に集まっていた視線がその声のする方へと
一斉に移る。
群衆で埋めつくされた広場を越え、
大聖堂からの坂を降りきった所にある
第二関門の方から声が響く。
耳に飛び込んで来た声に意識を
引っ張られ、全員が視線を後ろに向けると、
関門の真下に10人の人影が見えた。
中心に立っているのが声の主。
神々しい祭服を纏った、見間違いようのない人物は
他ならぬオラコールの大司教だった。
「「大司教様!?大司教様ーーー!!」」
住民達が態度を改めて頭を垂れ、
縋りつくように声を上げると、
大司教は杖を振り、静止を促した。
大司教
「静まれぇぇ!静まりたまえぇーーー!!
・・・まったくもって情けないことよ。
集会を開く間もなく騒ぎ取り乱しおって。
オマケに定期巡回の馬車まで全て出払っておった
せいで、到着が遅れてしまったぞ!!」
呆れた様子の大司教。
すると、隣りの老人も喋り出す。
杖を持った老人
「けしからん話だ!
逃げるにしても、我々老いぼれに
声も掛けずに残していくとは
薄情者ばかりだのぉ!?んん!?」
腰の曲がった老人がギョロギョロと
目玉を動かして馬車を探す仕草をすると、
馬車に乗っている者は皆身を隠し、
運転手もまた罰が悪そうに顔を逸らしていた。
すると今度は、朱色の頭巾を被った
肝っ玉の強そうなおばさんが男達に向けて一喝する。
気の強そうな中年女性
「まったくだよ!男共が女子供と
一緒に情けなくビビってんじゃいよぉ!!
アンタらがしっかりしなくてどうすんだいっ!!」
大司教と共に現れた貫禄のある大人達の
説教に、
民衆は大人しく耳を傾けている。
明らかにまとまりのなかった雰囲気が
一変してしまったのだ。
穂波
「えぇーーとっ・・・リノアさん、
あの方達はどちら様ですか?」
リノア
「あれは各地区の区長や、婦人会の会長、
教会の司祭様や街1番の工匠など、
この街の自治を担う方々です。
大司教様は都会のような特権身分による議会ではなく、
民主的な統治をしているんです」
穂波
「なるほど。年の功といいますか、
街を束ねる年長者の方々なのですね」
ハチク
「・・・」
ハチクは相変わらず悩ましい面持ちだった。
次に礼服姿の品の良さが漂う
白髪の男が前に出る。
リノア
「あれはグレム辺境伯です。
大司教が来る前はあの人がオラコールを
統治してました」
辺境伯
「ゴホンッ!諸君らはそうも簡単に
我らの故郷を捨てられるというのかね!?
生命は何ものにも変え難いものだが、
精霊の宿りし聖なる大樹によって守られ
てきた
この地での生活を捨てるなど、
なんと罰当たりなことか!
我々は試練を前に試されているのだ!」
ハチクの経験上、
歳を重ねた人間ほど古いしきたりや考えに固執し、
自らの価値観や固定観念を押し付ける印象があった。
所謂老害という言葉もある
くらいだが、
ハチク
「こちらにとっては都合がいいな」
穂波
「そうですね。大司教さん達の言葉なら、
私なんかよりもいいはずです」
眼鏡をかけた初老の司祭
「辺境伯、その辺で。
元はと言えば、敵が責めてきた時点で、
いち早く対応するべきだったのです。
長きに渡る平穏に甘え、若き勇者達に
頼りきっていたが故に出遅れた・・・
我々の失態でしょう。
あの勇敢なお嬢さんがそれを示して
くれたのです」
穏やかな口調で反省の弁を述べる司祭の
話の矛先が穂波に向き、本人が少し驚く。
大司教
「うむ・・・聞けい皆の衆!!!
1度外に出れば、待っているのは死のみ!!
恐れを抱くのは当然だが、
これ以上兵達を困らせるでない!
オラコールの防人ではあるが、
彼らには成さねばならぬ事があるのだ!」
大司教の言葉に穂波達の期待が高まり、
騎士と兵士達も勘づいて息を呑む。
大司教
「ワシらもどうするべきか迷っておったが、
あのような女子が
正しき道を勇気をもって示してくれたのだ。
世界の希望である勇者達を、
この地で死なせることなどあってはならぬとな!!
団長!!!余計な事は案ずるでない!!
急ぎ勇者の救出に馳せ参じよ!!」
穂波とハチクは顔を見合わせる。
遂に彼女達の行動が実を結んだのだ。
団長
「ハ、ハッ!!」
副長
「よし来たっ!!」
副長は水を得た魚のように、
勢い良く何処かへと走り去ってしまう。
大司教
「皆は籠城の支度をするのだ!!
食料と物資ならば無駄に蓄えとるからの!!」
辺境伯
「市民はそれぞれの居住区の指示に従い行動せよ!
生き残る為、互いを助け合う為に
己が役割を果たすのだ!」
赤い頭巾の婦人会長
「ホラホラ!生物は早めに調理して、
保存食も作るよ!!女はこっちに集まりな!!」
指導者達の指示に、住民達も覚悟を決めたのか
広場の群衆は散らばっていく中。
流れ通りすがる人混みをど真ん中から突っ切り、
大司教は1人で最前線の城壁にやって来る。
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□城壁上
大司教
「不甲斐ない年寄り達に代わって、
民を諌めてくれて誠にかたじけない。
この街を代表して...深い感謝を」
大司教は深々と頭を下げる。
穂波は恐縮して、両手を振りながら
頭も下げる。
穂波
「い!いえいえそんな!私は余所者
なのに、すごく勝手に喋ってしまって...」
リノア
「そんなことないですよホナミさん!
素晴らしい演説でした!
感動した!僕感動しましたよぉ!!」
目を輝かせて、尊敬の眼差しで穂波を讃える。
それは彼だけではない。
隊長は多くの騎士達を従え、穂波の元に跪く。
隊長
「貴女の言葉は我々兵士にとって、
どんな報奨や勲章よりも価値のあるものでした。
何の為に戦うのか・・・信じて命を預けてくれる
人々がいるのならば、我らも期待に応えなくては。
そうだろ戦士の諸君!!」
騎士 騎士
「ええ!!」「そうだとも!!」
兵士
「ありがとよお嬢さん!」
戦士達の目は先程と打って変わって、
明らかに闘士が宿っていた。
だが、団長は神妙な面持ちだ。
大司教は彼の胸中を察してか、再度自らの口で
命令を伝える。
大司教
「すまぬの団長。戦士諸君。
危険は重々承知の上での頼みじゃ。
辺境伯の言った通り、我らは試されておるのだろう。
オラコールの民と、諸君らならば
きっと乗り越えられるとワシは信じておる」
団長
「!・・・ハッ!!総員!!
出陣の準備をせよぉ!!」
兵士・騎士
「「オオオオオオオ!!!」」
オラコールの人々が生き抜く為の、
ひいては人類の存亡をかけた戦いが
始まった瞬間だった。
隊長
「リノア。ちょっと来い。話がある」
リノア
「ん?あ、あぁ」
戦地へと赴く者達に対して、
団長も大司教も深い慈悲を抱きながら、
上に立つ者として現実的な決断を下した。
険しい顔でその場を後にする2人の姿に、
理由を作った穂波自身にも思う所があったが、
とにかく目的を果たせたことで
緊張の糸が緩んだのか。
穂波は塀に寄りかかってその場に腰を降ろす。
大役を終えた穂波を労おうと、
ハチクも傍らにしゃがみこむ。
ハチク
「穂波。毎度お前には驚かされる。
あの短時間でよくもまぁあれほどの
演説が出来たものだよ」
穂波
「・・・いいえ、私では力不足でした。
大司教の方々が来てくれなかったら、
私ちゃんと立っていられたか自信がないです」
穂波はまだ緊張の糸が解れていないのか、
震える手を見ている。
穂波
「ハチクの言っていた通り、
私でなくても良かったのかもしれませんし」
ハチク
「いや、現にお前の言葉がこの街を動かしたんだ。
間接的ではあるが、彼らは自分から戦いを始めた。
・・・・・それに、私に言った言葉が真実なら、
まだ終わりじゃないだろう。」
ハチクは穂波の震える手を握るようにして引っ張り、
立ち上げさせた。
穂波
「ええ…そうです!ハチク。
まだまだこれからです」
辿り着く先は誰にもわからない。
それでも明るい結末を信じて、異世界の旅人2人は
白紙の運命へと飛び込んでいくのだった。




