51.旅する目的と譲れぬ信念
平凡だが穏やかな毎日を過ごしていた人々が
様々な感情を露わにして響めき合う。
その流れは大河の如く、
もはや抗う術すらないと思えるまでに
混沌極まるオラコールの街を眼下に、
リノア・ブックスはただ立ち尽くす
しかなかった。
リノア
「(頼りの兵士も騎士も動けない。
・・・かといって、
怖がっているみんなを落ち着かせることだって
僕1人じゃ出来ない・・・・・
結局他人任せだったのは僕も一緒じゃないかっ!!)
・・・クゥッ...どうすれば...
アクト達を助けるには...街を守るには...
僕は一体何をしたら!...」
覚悟を決めた筈なのに、
ここに来て踏み出すべき方向が
分からなくなってしまった。
目は泳ぎ、挙動がおぼつかず、
その場所で足踏みをしては
何度も短い間隔を行ったり来たりしている
自分自身に腹が立つ。
リノア
(・・・あっ!そういえば穂波さんと
ハチクさんは?)
いつの間にか2人の姿が消えていた事に気付き、
兵士や騎士でごった返している中に目を凝らす。
リノア
(ひょっとしたら・・・あの2人なら、
妙案を出してくれるかもしれない!)
必死に視線を振り回すと、
チラッと、城壁塔の扉から女の子の2人が
出て来たのが目に入る。
リノア
「いた!...おーーーーーい!!」
大声を張り上げても、
やはりそう簡単には振り向かない。
穂波達に不思議な期待を抱いて、
僅かな希望を逃すまいと追いかけて声をあげる。
リノア
「穂波さーー…」
ハチク
「スゥーーー」
細く長い息を一気に吐きながら、
ハチクの瞳がゆっくりと閉じられようとした
その刹那ーーーー
ーー**************ーーー
リノア
「ハチクさーー…ん・・・?」
違和感を感じて立ち止まり、辺りを見回す。
衛兵や群衆の様子は変わっていないはずなのに、
あれほど空気を満たしていた騒音が、
まるで遠くに離れていくかのように
次第に小さくなっていく。
リノア
「は・・・あれっ?」
リノアは自分の耳がおかしくなったのかと
指で撫で払ったり手の平で叩いてみるが、
どうやら他の人も同じ影響を受けているらしい。
ハチク
「ふぅぅーーーーー.....」
ハチクはより集中し、強く念じるように
繰り返しゆっくりと呼吸をし、
ゆっくりと瞼を閉じた。
ーー**************ーーー
すると、
日差しが強く瞬いたせいなのか、
瞼が重く感じたのか。
兵士も騎士も住民達もごく自然と瞼を下ろす。
何千人もの瞬きが同時に重なり、
一斉に目が開かれる。
「・・・・・・・・・ぇ」
「・・・は・・・何?」「・・・ぁぁ?」
瞬き1つで世界は一変していた。
団長
「な・・・」
隊長
「・・・は」
リノア
「・・・・・・っ・・・ぁ」
眼鏡を拭いて、掛け直すリノア。
そこにはオレンジ色の明るく温かな光が降り注ぎ、
周囲には頭上高くまで細長く伸びた
棒のような植物が鬱蒼と広がっている。
黄金色に染まる竹林の世界。
聞こえるのは、遥か頭上でカサカサと
揺らめく竹の葉の擦れる軽い音だけ。
乱暴な戦火の響きも、怒号や叫び声もない世界だ。
住民「・・・・・・・・・・・・」
呆然と立ち尽くす何千もの住民たち。
目の前の光景に対する理解が追い着く前に、
ただ、この場所の美しさが彼らの思考を飲み込む。
私が初めてこの景色を目にした日のことを回顧する。
それまでの不安も、
それまでの戸惑いも全て一蹴してくれた。
ただ、美しいと思えたこの場所を。
穂波
「ハチク、ありがとうございます」
穂波はハチクに感謝の意を述べる。
彼女にはかなりの疲労が見てとれる。
そして一歩前へと踏み出した。
ハチク
「……どういたしまして」
ハチクは穂波の背をみて思う。
お前は今どんな表情をしているのだろう。
先程までの
自身の力の無さを悔しむ顔、
助けたい人たちを思う憂いる顔、
様々な表情をするお前が
今はどんな表情をしているのだろう。
そんな疑問の答えは遠に出ている。
だから、ハチクは目一杯の希望を託して激励する。
ハチク
「これからはお前の役目だ。」
「ええ…!見ててくださいね、ハチク!」
穂波は振り返り、笑顔でそう言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数分前
穂波は迷っていた。やりたいことは明確なのに、
それを叶える力がない・・・・・
けど、けど…と自身には過ぎた望みを捨てられない。
故に頭を捻って出た彼女の作戦は、
穂波
「ここにいる人達全員を『あそこ』に
連れいく事は可能ですか?」
穂波ではなく、
ハチクにしかできないことだった。
意表を突話を聞いたハチクが
豆鉄砲を食らったような顔をする。
当然大人しく引き受けるはずもなく、
とりあえず近くの城壁塔の扉に穂波を
引き連れ込む。
バタンッ!
薄暗く外よりかはまだ静かな塔の中に入ると、
ハチクは真剣で少し怒ってもいるような怖い顔で
穂波と向き合う。
ハチク
「ハァ・・・まさかそうくるとはな。
出来ない事もないが....流石にこの数だ。
ここの住人全員を長時間避難させる事は出来ないぞ」
穂波
「わかってます。
でも、まずみんなを落ち着かせるには
あれが1番だと思うんです」
ハチク
「・・・ややこしい事にならないか?」
穂波
「・・・いえ、きっと大丈夫です。
あの時の私がそうだったように...
奇想天外な現象に理解が追いつかなくて
言葉を失っちゃうはずですよ!」
ハチク
(なんの前触れもなく世界が変わってしまえば、
確かに驚き慌てる暇も余裕すらないだろうが...)
理解は出来たが、
ハチクの懸念は成功するかどうかでは
なかった。
ハチク
「んんっ...そうじゃなくてだな・・・
完全にこの世界に首を突っ込む事になるんだぞ?
そこまでして.....一体何をする気なんだ?
お前が危険を冒してまで、
行動するに値することなのか?」
ハチクは厳しく、穂波に問い質す。
穂波
「それはですね...私達はアクトさんや
従者の方々のことを間近で見て、接してきました。
先入観や偏見なしに、アクトさんの強さだけではなく、
弱さも目にしたんです・・・
選ばれた勇者であろうと、
彼も1人の人間で男の子だって・・・だから...」
んっ!と
肩掛けのカバンから『編纂の書』を取り出すと、
両手で適当に開いて見せつける。
穂波
「私達が見て聞いて、感じたことを
上手く言葉にして伝えられたら!
他人事とは決して思えなくなるはずです!
そう思いませんかハチク!?」
思い返せば、優秀ではあっても完璧とは
言い難い人間味を勇者達に感じていた。
とはいえ、穂波1人の行動で大勢の人間に
勇者達への同情を買ってもらうなど、
成功する確率は低いだろう。
対して、彼女自身に危険が及ぶリスクは遥かに高い。
到底ハチクが容認するはずもなく、
ハチク
「それはさせられない。成功するかではなく、
その行為はこの世界に深く干渉する行為ではないか?
お前の性格はわかっているし、尊重もしている。
だが、これまでのお節介とはわけが違う。
この重大な局面で、大勢を巻き込むんだ。
それがどれほど危険なことか.....わかるだろ?」
穂波に危険を犯せさせたくないハチク。
彼女の緑色の瞳が『編纂の書』を奇怪そうに見つめる。
ハチク
「私とお前が出会えたのも、
普通の人間が世界を渡り歩けるのも、
その本のおかげだ。
得体のしれない力を秘めた代物に
選ばれたお前が、何か余計な事をして
万が一にもそれの禁忌に触れれば、
どうなってしまうか分からない」
心配しているのだと表情から読み取れて
しまう穂波は、後ろめたさから胸を締め付けられる。
ハチク
「・・・大体、お前の言葉が誰かに
届いたとして、その後はどうする?
どの道、大規模な戦闘は避けられない。
私達、たかが女2人に何ができる?」
ハチクにしては弱気な発言は、
彼女がいつも冷静で現実的な考えから
くるものであると共に、
穂波の期待に応えるには足りぬ
己の限界を言い聞かせるものだった。
穂波と自分自身に対して。
穂波
「・・・・・・」
お互いに辛いものだが、
共に旅をする運命共同体として
この衝突は避けられない。
ハチクにとっては穂波が何においても大切で、
穂波にとっての今はもう自分など眼中になく、
目の前で苦しんでいる人たちしか見えていない。
そんなわかりやすい認識の相違がこの衝突を引き起こす。
穂波
「・・・ハチクの言うことはもっともです。
正直、反論できないことが沢山あります・・・」
穂波は天然な所もあるが馬鹿ではない。
人の意を無下にしてまでワガママはしなかった。
守るためとはいえ、俯き伺えない表情に
罪悪感すら感じてしまうが、
穂波
「・・・でも、納得いないこともあります!」
ハチクの勝手な思いやり、
配慮といった思考の渦は一蹴される。
穂波
「この書を見つけ出したのは私ですが、
突然何もわからないまま未知の世界に
放り出されたんです!
・・・唯一わかったのは物語を記す事と、
最低限やってはいけないこと。
『世界のモノを大きく壊さないこと』
『人を殺してはいけないこと』だけ。
そんな適当で投げやりで、
勝手に私を選んで託したのですから!
だから、私の小さな願いを、
否定される筋合いはありません!」
腕の中の書に震えた声で怒鳴る穂波に、
ハチクは驚き圧倒されてしまう。
ハチク
「穂波...お前...」
穂波
「・・・幼かった頃は良かったですよ。
まるで小説や漫画、ゲームの世界に
入り込んだみたいで・・・
私には真似できない、魅力的な人たちと出逢えて、
その度に、彼らは何をするんだろう?
この先何が起こるんだろう?って期待で胸が膨らみました。
けれど、歳と共に経験や思い出を重ねていくうちに、
そこに登場する人たちの憂いや不安を知るたびに。
私もそのままではいられなくなりました。
彼ら彼女らは確かにそれぞれの現実を
生きているのですから!」
編纂の書のページをペラペラと流しながら、
穂波は積み上げてきた思い、
込み上げる感情をさらけ出していく。
穂波
「物語の中で過酷な運命や試練に
苦しんでる人達に、どうか救いが
ありますようにと!
幸せな結末を迎えられますようにと!
願わずにはいられなかったのと同じように。
目の前で必死に頑張って生きている人が
報われる確信が欲しい、
だから、
少しでも助けになれたらと
手を伸ばしたくなってしまうんです!」
ハチク
「・・・その気持ちはわかっている。
勿論わかっているさ!けれど、私はおまえが!」
ハチクの言いたいことは穂波には充分かっていた。
何よりも私のことを心配してくれる愛しき隣人へ、
穂波は優しく、けれどもハッキリと伝える。
穂波
「ここまでずっとハチクがいてくれたから、
どうにかやってこれました。
そして多分これからもそうです。
だから、ここで勝手に終わる気はありません。
・・・・・・
私の行いはちっぽけな足掻きなのかもしれないですが、
だったら尚更出来る事をしたいんです!
誰かの物語を眺めるだけじゃなくて、
私は私の人生を!
後悔しないように生きたいんです!!
・・・そうしてやれる限りの力を尽くして、
どうにもならなかった時は、
涙を呑んで最後まで見届けます!
出会った人々との、
一緒に生きた記憶は絶対に忘れないように!!」
ハチク
「・・・・・・」
何も言い返そうとせず、
額に手を当てて、目元を覆うハチク。
今まで知らなかった穂波の本音。
純粋無垢だと思い込み、
彼女を侮っていたが、
信念のような強い意志を持っていた。
そんな穂波の姿は危なっかしいものの、
どこか羨ましく思えてしまった。
これほど自分の意志に正直になれたら....
及ばぬ身で懸命に助けようとするお前が、
どうしても・・・眩しく見えてしまうのだ。
ハチク
「・・・悪かったな穂波」
不安や迷いは拭いされないものの、
重く強張っていた表情が少し緩む。
ハチク
「女々しいことを言って困らせてしまった。
私はおまえの味方でありたいからな。
何があろうと、最後まで付き合ってやる」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
穂波は編纂の書を
食い入るように見つめては
必死に白紙のページに殴り書きをしていた。
穂波
「あ、あともう少し!もうちょっとだけ!」
オラコールの住民達の精神状態も
徐々に揺り起こさていく。
「俺達・・・死んじまったのか?
ここはもしや、天国なんじゃ・・・」
「なんという…今度は一体何が起きたのだ!」
「魔法だぁ!きっと敵の魔法だぞ!」
「いや!精霊様が奇跡を起こしたんだよ」
リノア
「何だこの木?
《カコォン!カコォンッ!》
中身が空っぽみたいに軽い音...
ほんとに植物なのか?
でも、葉っぱは付いてるし...
いやっこんなことしてる場合じゃない!
穂波さーーん!ハチクさーーん!」
停止していた思考が動き出せば、
当然混乱は避けられないだろう。
穂波
「うーーーっ!....もう充分です!
戻して大丈夫ですよハチク!!」
その言葉を言い終えると同時に、
元の城下の光景に戻っていた。
瞬時にして街に舞い戻った住民達に
再び沈黙が広がっていく。
リノア
「・・・な、何が・・・・・・ま、魔法?」
この場の誰もが、数分間の奇妙な体験に呆気に
とられるしかなかった。
穂波はこの静寂を狙っていたのだ。
意を決して街の内側の城壁の淵に立ち、
1度だけ深呼吸をすると、
全身全霊をかけた大声で叫び出す。




