50.世界が醜くとも、1人ひとりは
窮地に立たされた勇者達を救うべく、
全軍を指揮している騎士団のいる正門へと
急ぐリノアと騎士隊長達の後ろを
穂波とハチクが追いかけていく。
城壁の上から右側のオラコールの城下町を
走りながら見下ろすと、
穂波
「うわっ...すごい人の量……」
街道から狭い脇道まで
逃げ惑う人々が溢れていた。
何処に逃げるつもりなのかという疑問の
答えは、目的地にあった。
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住民
「早く出してくれぇえ!!」
「もうこの街もお終いだぁ!!」
「押すな押すな!!!」
荷物をまとめた住民達が我先にと
逃げようと殺到していたいる光景に、
穂波達は息を呑む。
最初に訪れたのが交易が盛んな
南都ウヌファスト街だったこともあって、
閑静な田舎街の印象が強かったオラコールに、
これ程の人がいたのかと穂波とハチクは
思い知らされる。
大聖堂から城門へと続く街の中央通りは
正門から、既に坂が始まる第2関門まで
群衆で埋めつくされていたのだ。
正門付近には数千の兵士達がいるものの、
彼らは城壁の外ではなく中の騒ぎを
鎮めるので手一杯の様子。
リノア
「皆が正門に押し掛けてるんだ!」
騎士隊長
「通りで・・・これでは余計に動けぬわけだ!」
正門上の城壁を目指して走る横で、
下から様々な声や叫びが聞こえてくる。
青年
「兄貴!!母さんが逃げるから
早く降りて来いって!!」
騎士
「なにぃい?こんな時に持ち場を
離れられるわけないだろ!!何言ってんだ!」
青年
「お、俺だってわかってけどさぁ・・・」
住民
「さっさと開けろよ!!
なんで邪魔するんだぁぁぁ!!」
騎士
「ここを出てどうする!
外には魔王軍が待ち構えているんだぞ!!
逃げ切れるわけ...」
住民
「だったら貴方達が護衛してよ!!
何のための兵士なのよ!!」
穏やかだった日々が一変し、
恐怖に駆られた住民達の不安は
怒りとなって兵士達にぶつけられる。
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□城門前にて
カータス
「おいエレット!あれティアドじゃねぇか!?」
栗色の瞳で大柄の男が指差す。
従者バーグとイノスを戦場へ送り届けた
門番エリックとカータスの2人は、
見慣れた顔を兵士達の中に見つける。
エレット
「・・・おいおい、なんであいつが
前線にいるんだぁあ?
おーーーーーい!!ディアドォーー!!」
ふくよかなエレットが腹から出した
掛け声が、門前のティアドに届く。
彼は城壁から降りて騎士や兵士達と
柵をつくり、押し寄せる人々を
静止しているところだった。
ディアド
「アア゛!?なんだお前らかっ!
どうかしたかぁ!?」
エレット
「どうしたはこっちのセリフだぁ!!
なんでお前がそんな所にいるんだよ!?
お前普段は後方でサボって...」
ティアド
「んなことどうでもいい!!
こいつらが騒いで何も出来ない!
お前らも手伝え!!」
必死な友の呼び声に応じないわけにもいかず、
門前2人はなんとかティアドの元へと
群衆を押し退けながら向かっていると、
すぐ前を血相を変えた農夫らしき男が
兵士達の方へと突っ込んでいく。
農夫
「「もう終わりだァァァ!!
勇者も負けちまったんだ!
スグに逃げなきゃ、
袋の鼠だぞォォォォォォォ!!」」
明らかに錯乱状態の男に、
隣の者も触発される。
住民
「!!・・・そうだぁ!!
どけぇぇ!!押せぇぇぇ!!」
2人の男が無理やりにでも押し通ろうと
騎士に迫る。
騎士
「何をする!?クゥッ!
やめたまえっ!!」
阻止しようとする騎士に掴み掛かる市民。
その目は明らかに正気を失っていた。
ティアド
「こんのぉぉ...」
止むを得ずティアドが動こうとした矢先、
エレット
「「うるせぇっ!!」」
太い拳が暴れる2人の頭に落ちる。
ボカッ!っと頭を殴られると、
喚いていた農夫と住民は黙り倒れた。
するとすかさずカータスが住民達と
兵士達の間に割って入る。
カータス
「ヘヘッ!よくやったエレット!
おい、ちょっと!ちょっと!!
ガキじゃあるまいし、どうしちまったんだ!?
みんな情けなく取り乱しやがって・・・
まだ勇者は戦ってるっつうの!
どいつもこいつも、一体いつから
肝っ玉が縮んじまったんだぁ、えぇ?」
両腕を広げて周りを見回しながら、
落ち着いて諭そうとするカータス。
ところが、1人の男が反論する。
住民
「お、俺も見たぞぉ!
勇者が怪物に胸を貫かれて
殺られちまったのを!!」
1人の男の言葉に、周りがザワつきだし、
更なる混乱を招く。
カータス
「・・・・・・そいつァァ...初耳だ。
・・・・・・・・・・・・・
デェェェェェェェ!!??
マジかっよっ!!??
戦士の旦那はっ!騎士のイノスさんは?
セクシーッッダイナマイトゥ!ッボディ!の
魔法使いはどうなったんだああぁぁぁ!?
コノヤロォォォォォォ」
ブンッ!ブンッ!ブンッ!
住民
「ぬあっ!あ゛あ゛ぁぁああぁぁ!!」
カータスは
男に掴み掛かって振り揺さぶるが、
すぐに離し倒して、長髪の頭を抱える。
カータス
「ナンテコッタァ・・・・
こりゃあ想像以上にヤベぇ事になってやがる!
もう俺らの手に負える問題じゃない!!
俺たちゃ今や、おとぎ話で最初に犠牲になる
町村と同じだぁぁぁぁぁ!!!
ついてネェェェェ!!!」
ドカッ!!
我慢ならずに、ティアドが後ろから
カータスの腰を蹴り倒す。
ティアド
「お前がつられてパニックを起こして
どうするっ!!
誰だ!勇者が死んだなんて言ったのは!?
勇者はまだ健在...生きている!!」
咄嗟に口から出た『健在』という表現に
自信が持てなかったティアドは、
最後まで言い切れずに、とにかく事実を伝えた。
住民
「上で見てた連中が言ってたんだぞ!!」
子ども
「そんなぁ!勇者様死んじゃったのぉ?」
母親
「ちょっと!子どもの前よっ!!」
情報が錯綜し、誤った噂も流れていた。
留まることのない動揺が、
兵士達にも伝染していく。
□城壁上
兵士
「下の連中・・・見てもねぇのに
勝手なことを!」
兵士
「でもよぉ・・・今の様子だって・・・」
城壁にいる者は真実を知っていたが、
現実も決して人々を安心させられるもの
ではなかった。
《ブワァァァァァン!!》
外で衝撃音がなる度に兵士は肝を冷やし、
人々の恐怖と焦りが膨らみ続けていた。
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□城壁上
リノアと隊長はやっと正門上の城壁に
辿り着く。
隊長が兵士に団長の所在を聞こうとした矢先、
目の前で若い騎士がヘルメットを
脱いで地面に叩きつけていた。
騎士
「クソッ!安全だっていうから、
わざわざこんな辺境の街に来たってぇの!
やってらんねぇよ!!」
まだ未熟な青年とはいえ、
騎士としてあってはならない愚行を
隊長が見逃すはずもなく、
すぐに相手の胸倉を掴んで石塀に叩きつける。
騎士隊長
「キッ!キサマァ!!」
リノア
「ちょっ、落ちついてっ!」
あまりの怒らに満ちた剣幕に、
リノアも流石に仲裁しようとするが、
当の本人は生意気な目つきで隊長を睨む。
騎士
「なんだよ!俺は中央出身の
名門ブリオッシュ家の跡取りだぞ!!
今まで我慢していたが、
この俺に傷でもつけようものなら...」
暴言を重ねる自称貴族の若僧の
表情が突然に強ばる。
その視線の先には、悲しげな表情の穂波と
冷たく鋭い目線で睨むハチクの姿があった。
穂波・ハチク
「・・・・・・」
哀れみ同情しているかのような瞳と、
汚い物をみるかのような軽蔑の眼差しの前に、
貴族の騎士は口を閉ざすしかなかった。
隊長も時間の無駄だと割り切って
彼を突き放すと、再び団長を探しに行く。
塀の前でごった返している大勢の兵士と
すれ違いながら、遂にリノア達は
人混みの中から団長を見つけた。
リノア
「やっと見つけたぁぁ!あそこだっ!」
立ち並ぶヘルムの隙間から見える団長を
隊長は確認するが、少し躊躇してしまう。
リノア
「何やってるのさ!早く行ってきてくれよ!」
隊長
「ま、待て!待ってくれ!
どう伝えたものか...少し考えさせてくれ」
隊長は悩ましい顔をしながら
口をちびちびと動かし無言で呟く。
これには常日頃から争っているリノアも
呆れてしまう。
リノア
「ハァ!?・・・・まったくもぉ!
まさか怖じ気づいたんじゃあ...」
穂波
「まあまあリノアさん!
焦る気持ちは分かりますけど、
邪魔しないであげましょうよ!
隊長さんだって決心してここまで来てくれたんです。
でも、かなり上の立場の人にこんな大変な
状況で意見しなきゃならないのは、
凄く緊張するでしょうし・・・
勇者さん達を助けに行く為にも、
隊長さん自身の為にも、
言葉を選ばないけない
大事な話しですから!」
言われて見れば確かにその通りだと
リノアは納得すると、
隊長は申し訳なさそうに眉と口元を
歪ませ、すぐに面を上げる。
隊長
「....すいません。もう覚悟は決まりました。
・・・団長!!早く勇者殿を支援しに!....」
堂々と声を張り上げて近づこうとした時、
???
「「なぁーーにをしているのだ!!
さっさと兵を出さんかっ!!
引きこもっていては、敵は引かんぞぉぉ!!」」
隊長の呼び声は掻き消され、
誰かがドスの効いた声で隊長に物申していた。
穂波
「ってあら?どうやら私達より先に
動いてた人がいるみたいですね。
よかったぁ……」
状況が打開されるのではと期待感を
持つが、
リノアと隊長を含む騎士達は
覚えのある声に顔を見合わせる。
隊長
「えぇい黙れっ!コノ酔いどれが!
どの面下げてこの場に現れた!
オマケに・・・貴様また朝から飲んでたのか!」
団長の言葉に耳を疑いながら更に近づくと、
そこにいたのは髭も髪もだらしなく伸ばし、
嗅ぐだけで酔いそうなぐらい酒の匂いを
放つヨレヨレの衣服を着た男だった。
意外な展開に困惑してしまう。
酒臭い男
「勇者がいるのならば出る幕はないと
思っておったが・・・・・
こうなっては出陣する他あるまい!
遂に我らの為の戦が訪れた!
我が魂を捧げるに足る戦がなぁっ!!
なのにお前は...なにを手をこまねいている!?
民が邪魔をするのであれば、
1度自由に外へ放り出せばよい!
敵を目の当たりにすれば、すっ飛んで
戻り引きこもるであろうてぇぇ!」
団長に対して憚ることもなく
豪快な口ぶりは、
まるでこの危機を喜んでいるかのようで
不謹慎にも思える。
容姿から言動にいたるまで、
目の前の騎士団長と比較してしまえば、
どう見ても落ちぶれた戦闘狂の兵士だ。
その後の主張を聞かなければ、
穂波達は彼という人間の本質を
誤解していたことだろう。
酒臭い男
「勇者の出陣の際から討って出て、
露払いでもしてやれば幾分かマシで
あったものを...」
団長
「全軍の総指揮は私に責任があるのだ!
ろくに兵舎にも来ない怠け者に
とやかく言われる筋合いはない!!
いくら数で勝るとはいえ、敵は
勇者達でさえ手を焼く強者揃いなのだぞ!
早まって兵を出していたら・・・
今頃どれほど被害が拡大したことか...
酒臭い男
「「これは耐え凌げられる嵐ではなく、
逃げられぬ戦だっ!!
不要な被害と避けられぬ犠牲を
履き違えるでないっ!!!」」
男の飛ばした檄に皆の
慌ただしい足音が止まる。
兵士一人一人の人命を尊ぶ団長の考えは
確かに情に厚く優しいものではあるが、
全体としての勝利を目指す指揮官として、
避けては通れぬ道もある事を
その男は熟知していた。
穂波
「あの人・・・只者ではなさそうですね」
ハチク
「あぁ、珍しく気迫を感じる男だな。
それなりの豪傑なんじゃないか?」
ハチクは尋ねるように隊長を見ると、
腫れ物に触られたような顔で答える。
隊長
「彼は・・・・・・・・・・・
衛兵隊の総指揮官で、
騎士団長に次ぐオラコール全軍の副長です」
穂波
「ええええ!?」
血の気の多い猛者だというのであれば、
人目を気にしない風貌にもまだ納得が
出来ただろうに。
益々この男の謎は深まるが、
詮索をしている場合ではない。
隊長は便乗してここぞとばかりに
会話に入り込む。
隊長
「団長!!自分も副長に賛同します!
従者の方々が持ち堪えてはいますが、
やはり多勢に無勢!
手遅れになる前にせめて、
勇者一行を城内に退却させるべく
援護するべきかと!」
団長
「ん!?お前は今まで何処で道草を食っていた!
その上、こやつの肩をもつとは...」
副長
「おお、久しいなぁ小僧!」
隊長
「ご無沙汰しております…」
20歳過ぎの隊長を小僧呼ばわり
するからには、
きっと古くから見知っている関係なのだろう。
隊長をジロジロと眺めると、
副長は笑みを浮かべる。
副長
「・・・いい面構えしてんじゃねぇか。
俺達が暫く見ない間に、コイツは1人前の
男になってやがるぞ!
これは俺達ジジイも見習わなくてはなぁ!!」
からかっているのか、本心なのか、
笑い飛ばす副長。
団長
「黙れっ!!お前らは考えが浅はかだ!
門を開ければ民も敵も殺到し、地獄絵図が
広がるであろう!
まずは城内を収め、それから策を考える!!」
団長の言葉に、周りの兵士達も複雑な
思いを抱えていた。
己の無力さ。それを恥じつつも、
安全な場所にいられる自分。
平和な日常に突如訪れた死の恐怖。
ハチク
「・・・どいつもこいつも…やはり、
窮地の時こそ人の本質が出る…」
ハチクは眉間に皺を寄せ、目を細めて周りを見回す。
城壁の上でただ戦場を眺める傍観者。
パニックを起こして自分勝手な行動をとる住民。
他力本願な人の愚かさ・醜さを目の当たりにする。
そして、ただそれを悲観することしかできない
自分自信に腹がたつ。
だから、無意識のうちに視線が向いていた。
ただ希望を求めるように。
一方で、
ーーーーーーーーーーーーー
ヴォルフ
「奪ワレル絶望ヲ・・・
キサマモ味ワエェェーー!!!」
《バギィーン!!》
《グシャッ!!》
バーグ
「ハンマーまでぇ!?
こんのぉクソガァァァァ!!」
フォロア
「雑魚ごときがアクトを倒そうなんて、
身の程を知りなさい!!」
イノス「アクトには絶対近づかせない
!!」
アクト「うぅ・・・うっ・・・ごめん」
穂波の目には、必死に戦う従者達と
へたり込む一人の勇者。
ーーーーーーーーーーーーー
住民
「くそぉ!
頼むからせめて家族だけでも助けてくれぇ!!」
後ろで怯える母親と子ども達。
兵士
「・・・子どもが生まれたばかりなんだ
・・・俺だって死にたくないさ!!」
生まれたばかりの命、家族を守ろうと、
一緒にいたいと願う父親。
団長
「皆の身を守ろうにも、
落ち着いて貰わねば我々は何も出来ないのだ!!!
静まり給え!!!」
騎士
「どうすれば・・・何の為に我々は!」
副長
「なぁーーに突っ立ってる!!矢を放て!」
兵士
「え、いやっ、万が一 従者に当たったら...」
副長
「当たらないようによく狙うのだマヌケがっ!」
自分の責務を果たそうする者。
必死に生きようと、守ろうと足掻く人々。
ハチク
「彼らは自分の事で精一杯なんだ。
無理もないだろうが、
今までのツケが回ってきたと考えたら、
同情の余地はない」
穂波
「・・・・・・みんな、『一緒』なのに・・・」
ハチク
「一緒だって?」
穂波
「そうですよ・・・ただ生きたい。
誰かを守りたい。その思いはみんな同じなはず。
だけど・・・アクトさん達が立つ場所と、
他の人々が立っている場所は、
あまりにも離れ過ぎてる。
私達が感じていた違和感は、
この『距離感』だったんです。」
穂波の頭には伝えたい『言葉』が、
『思い』が湧き出て来ていた。
しかし、こんな状況では
ただの小娘1人の言葉など誰にも届かないだろう。
穂波
「・・・・・ハチク。
ちょっと、頼みごとがあるのですが...」
ハチク
「・・・なんだ?」
ハチクは察していた。
穂波が困っている人を放っておけずに、
こうして行動を起こすのはいつものことだった。
ところが、穂波の口から出たのは
想像の遥か斜め上をいく、
とんでもない考えだった。
ハチク
「・・・・・そうきたか。
穂波、お前・・・・・本気で言ってるのか?」
穂波達は今、
世界の壮大な物語の中で、
傍観者としての一線を越えようとしていた。




