38.目を逸らさない覚悟
魔法使いフォロアが正門前に到着していた頃、
□見晴らし台では・・・
《ドゴォーン!!》
リノア
「なんか飛んで来て城壁が崩れたぁぁぁ!!」
遥か遠くの城壁が崩れ、不穏な音が響く
度にリノアは慌てふためき、
頭を抱えながらその場を行ったりきたりしていた。
自分の街が目の前で襲撃されているのだから、
無理もない。
穂波も彼の隣りで固唾を飲んで見つめている。
普段なら何かしら言いそうなハチクも
2人の後ろで黙りを決めていたが、
内心は焦っていた。
穂波達の今までの旅でも多少のいざこざや
争い事に巻き込まれ、仕方なく
対処してきたことはあった。
しかし、これほどまでに大規模な戦争を
目の当たりにした事は一度もなかった。
ましてや、自分達がその渦中にいるのだから、
身の安全を第一に考えるのは、
人として至極当然の思考だった。
ハチク
「・・・とりあえず、今は安全な場所に...」
避難しよう。
厄介事には首を突っ込みたがらない
ハチクは、そう提案するつもりだった
がーーーーーー
穂波
「もっと近くに行きましょう!」
リノア
「え?」
ハチク
「なっ!?」
なんと穂波は真逆の事を言い出した。
これにはハチクも流石に黙っていられず、
ハチク
「穂波、こっちに来い・・・」
穂波
「おとととっ?」
理由が分かっていない様子の穂波を、
柵前のリノアから離れた場所に引っ張れていく。
ハチク
「何を考えているんだ。
わざわざ危険な場所に近づくなんて...」
言い聞かせようとするハチクの言葉を、
穂波は珍しく遮って、
穂波
「こうしている間にも、フォロアさんが
戦ってるかもしれないんですよ?
そうじゃなくても、こんな一大事こそ
私はちゃんと記録しないとじゃないですか!」
自分の考えを主張した。
ハチク
「それはそうかもしれないが...」
普段の単なる好奇心ではなく、
編纂の書の記録者としてやるべき使命
だと
言う事は、ハチクにも理解は出来る。
ただ、彼女が懸念しているのは
穂波の優し過ぎる性格だった。
目の前で困っている人がいれば、
例え力が及ばないと分かっていても、
彼女はその手を届かぬ限界にまで
全力で伸ばそうとするだろう。
そういう人間だということを、
ハチクは重々承知していた。
ハチク
「・・・近くまで行くのは分かった。
それは仕方がない。
だがな、もし危なくなったら、
私は自分とお前の命の安全を優先するからな」
穂波
「ええ。わかりました」
2人の会話が終わるのを確認すると、
リノアは恐る恐る近づく。
リノア
「あのぉ・・・よろしいでしょうか?
もし、本当に下に降りられるのでしたら、
僕も行きます!
オススメは敵のいない東西の城壁です。
良く見えて比較的安全かと」
穂波
「なるほど!ならそこへ行きましょう!」
リノア
「ではついて来て下さい!」
2人はトントン拍子で話しを進め、
すぐに走り出してしまう。
ハチク
「おいー!待て待て待て!!
・・・・・・勘弁してくれ」
ハチクの黒目がぐるんと天を仰ぎ見る。
その後すぐに観念して、
ハチクはその小さな身体を必死に動かして
後を追って行く。
リノアと穂波は大通りの坂に出ると、
若さに任せて一気に駆け下りて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
20分後
□城下街では、
外の騒ぎに住民達も外に出て来ていた。
穂波達は大通りの人混みの中を掻き分けて
進んでいると、
リノア
「なんか向こうが騒がしいですが」
穂波
「何かあったんじゃ」
気になって歩みを早めると、
兵士達が負傷者を載せた担架を運び走ってくる。
リノア
「怪我人も出てるのか...」
担がれている兵士を見て心配する者、怖がる者。
住民達は明らかに動揺していた。
「侵略者が来たって本当だったのか…」
「なんでこんな所に!」
「外はどうなってんだ!大丈夫なのかよ!」
分からないという不安から、住民達は
兵士に群がって行く手を塞いでしまう。
兵士
「頼むからそこを通してくれ!」
兵士
「どいたどいた!」
兵士達は人混みを押し退けて負傷者を運ぶ。
穂波は背伸びをして覗き込んだ時、
頭に血の滲んだ包帯を巻く女性が目に付いた。
穂波
「・・・あっ、あぁあ、そんなっ!・・・」
その女性の髪は、
見覚えのある綺麗な淡い緑色だった。
リノア
「穂波さん!?」
ハチク
「今度は何処に行くつもりだ!?」
先導していたリノアと息を切らしていた
ハチクから勝手に離れる穂波。
血相を変え、人々の間を縫って荷台に駆け寄ると、
穂波
「ちょっ、ちょっと待って下さい!
セルネスさん!大丈夫ですかー!!」
怪我人を運ぶ兵士を呼び止め、
穂波は名前を呼んだ。
セルネス
「・・・ほ、穂波さん?」
ゆっくりと怠そうに顔を向けたのは、
やはりセルネスだった。
頭に巻かれた服か何かの布切れには、
赤茶色く血が滲んでいた。
穂波は思わず言葉を失う。
頭を怪我したとあれば、万が一の事もありえる。
最悪、後遺症も残るかもしれない。
2人は出会って3日ほどの浅い関係だが、
共に過ごした昨日のたった1日だけでも、
穂波は世話になった恩を。
セルネスは穂波の明るく面白い性格に、
女性として親しみを抱いていた。
お互いに、
今日もきっと礼儀正しく可愛い彼女に
会えると思っていただけに、
穂波
「セルネスさん・・・あぁ、どうしてこんなことに」
いつも明るく元気な穂波が
心配で瞳を潤ませているのを見て、
セルネスは申し訳なく思ってしまう。
セルネス
「ほ・・・穂波さん。私は大丈夫ですよ。
この通り意識もハッキリしてますし...」
ハチク
「穂波、一体なんだって・・・」
後から急いで来たものの、自分を見て
穂波と同様に固まってしまうハチクに、
セルネスは思い出したように声を掛ける。
セルネス
「ハチクさんも、ご心配なく。
それより私、奴らに一矢報いてやりましたよ!
あの技で城跡に群がるスケルトン達を
吹き飛ばしたんです」
頼りなくも誇らしげに笑ってみせる。
本当に機嫌が良いのか、
騎士として気丈に振舞っているのだろうか?
ハチクは一瞬、掛ける言葉選びに悩むが、
ハチク
「・・・そうか、それは大した成果だ。
頭のそれも名誉の負傷だな」
とりあえず褒めてやる事にした。
ハチクは他人に対して過度な興味を持たず、
自分や穂波以外の人間には冷徹ではあったが、
冷酷ではなかった。
ハチクの労いの言葉に、
女騎士セルネスは素直な喜びの笑みを返す。
兵士
「もういいか!?
悪いけど怪我人なんだ!早く通してくれ!」
兵士はそのまま住民を押し退けて行く。
リノアとハチクは穂波の表情を見て
心配する。
リノア
「思っていたより、激しい戦闘が
起きてるみたいですね。
大通りは混雑してますから、
脇道を通って向かいましょう。
行けますか?」
リノアは穂波を気遣う。
穂波
「・・・はい。お願いします!」
3人は再び走りだす。
先行するリノアの後ろで、
ハチクが穂波に小声で話しかける。
ハチク
「おい・・・」
様々な思案が穂波の中で渦巻いていた、
セルネスの怪我の具合もそうだが、
何より彼女の勇姿を見届けられなかったことが
多いに悔やまれた。
自身がただできる事、精一杯やると決めた事だ。
穂波
「……大丈夫です、ハチク。」
そんな後悔を振り払うように小さく笑いかけた。
穂波
「行きましょう!」
穂波は迷いなく、前を向いて走る。
ハチクもそんな姿を見て、口を出すのを止めた。




