31.這い出る闇の尖兵(せんぺい)
穂波達が眠りについた頃。
□外世界とオラコールを結ぶ洞窟内では
夜にも関わらず、穴掘りや採掘の激しい騒音が
外にまで鳴り響いていた。
男達がピッケルを振るい、土岩や鉱石を運ぶ中。
2人の鉱夫が仕事を終え、
即席で掘った穴部屋で睡眠をとりに
薄暗い洞窟内を歩いていた。
鉱夫
「ふぁあ〜あ!もう何日目だろうなぁ。
そろそろ賑やかな街に行って、
身も心も綺麗にしてぇもんだぜ」
鉱夫
「まったくだ。親方も加減を知らねぇからな。
根性あるっつうか、『がめつい』っていうか」
鉱夫
「がめつい で思い出した!
そういえば昨日来た勇者様からも通行費を
ぶんどったらしいぞ」
鉱夫
「本当かよ!!流石にそこまでやるかねぇ・・・」
その日の何気ない会話をしながら、
2人は松明だけで照らされたほの暗い
通路の角を曲がる。
鉱夫
「まぁ、確かに人が通るとその分だけ
作業が滞っちまうからな。
親方のおかげで俺達みたいな奴らでも
いい稼ぎが貰え・・・・・ん?
何だありゃ?」
鉱夫
「あっ?どした?・・・」
2人が会話を中断してちゃんと前を見ると、
寝床へと続く通路の途中の松明が消えており、
そのど真ん中に暗がりに『何か』が置いてあった。
だが、暗くてハッキリとは見えない。
鉱夫
「・・・ちょっと見に行くか」
2人は奥に進む。
置いてあったのは、真ん中にぽっかりと
穴の空いたダルマのような人形像だった。
鉱夫
「気味ワリィなぁ。
誰だよこんなもん持ってきたのは?」
《カン!カン!》
拳で叩いてみる。材質は金属のようだ。
それもかなり丈夫な。
鉱夫
「それか、暇つぶしに親方が作ったのかもな」
ジロジロと人形像を眺める2人。
鉱夫
「邪魔で仕方ねぇから、
とりあえずどっか適当に運ぼうぜ」
ドロォ
鉱夫
「おいおい、勝手に動かして怒られねぇか?
まず親方に確認しねえと」
ドロドロォ
鉱夫
「親方なら外でエルフの連中と話してっから、
暫く戻ってこないだろう。
ほらっ、手伝え...」
そう言って1人が人形像の隙間に
手をかけた時ーーーー
《ベチャ》
鉱夫
「ウヘッ!?なんか手に着いた・・・」
茶色にくすんだ鉱夫の手に、
青い粘性の液体が糸を引いた。
手が汚れた男はすぐに服でそれを拭うが、
もう1人はその異様に青く色のついた
粘液に見覚えがあり、眉間にシワを寄せる。
鉱夫
「・・・おい。それって、
もしかして・・・・スラ...」
《ブワアアアア!!!!》
《《ギャアアアアーー!!!!》》
洞窟に叫び声が響き渡るが、
《ガンッ!!ガンッ!!》
「ん?今なんか大声が聞こえた気が...」
1人の鉱夫が手を止めて、
声の聞こえたかもしれない方向を見るも、
耳に入るのはそこら中の岩を打ち砕く音ばかり。
「おい!何サボってんだ!!
夕方分の遅れを取り戻さねぇと....」
《ドポッ・・・ゴポポポ・・・》
「?・・・やっぱりなんか音が...」
《ドパァァーー!!!》
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
□オラコールの反対側の洞窟出入り口前
森に囲まれた、洞窟の入り口以外に
何も無い岩肌の平地で、
鉱夫達の親方は外で1人腕組みをして
立っていた。
親方
「・・・どうなってんだい。
今日は『珍客』が多くて仕事も出来やしねぇ!」
そう呟く親方の前には、
エルフの戦士長ユルグ
「我が名は戦士長ユルグ・ゴレイアス。
人間よ、そこを通してもおうか」
ピカピカの派手な白銀の鎧を装備した
エルフの軍勢200騎が広がっていた。
唯一ヘルメットをせずに白銀の髪をなびかせ、
表が緑で裏地が赤のマントを羽織った
整った顔つきのエルフが堂々と歩み寄る。
その容姿はまさしく触れ難い程の美青年だが、
長寿のエルフらしい貫禄も持ち合わせていた。
だが、親方も負けじと胸を張ってそれを迎える。
親方
「こんな所に、引き篭もりのエルフ様方が
一体何の御用でぇ?」
皮肉に対しては、何の反応もせずに
エルフのユルグはただ答える。
戦士長ユルグ
「森王グレヌ・ユーティアスの命により、
我々は早急に『ブレェイエル』(勇者)に
会わなければならぬ。
それ以上は貴様には関係のないこと。
事は一刻を争うのだ。
オラコールへの道を邪魔立てする事は許さん」
ユルグは許可を求める訳でもなく、
半ば脅迫のような口調で言い放つが、
親方も引き下がらない。
親方
「ああ、そうかい。
だが、払うべきモノを払ってからだ!
アンタらが一斉にゾロゾロ入って来たら、
もう今晩はろくに採掘出来ねぇからな!」
目の前の軍勢にも臆する事なく、
親方はいつものように通行費を要求するが、
ユルグ
「愚かな・・・我々がわざわざこの地に
出向いた事を、一大事だと察する事も
出来ぬとはな。もうよい」
ユルグはそう言い放つと、
見下した様子で親方の隣りを横切る。
ユルグ
「全体!縦列陣形!!」
《ザッザッザッ!!!》
エルフの軍勢は洞窟を進む為に、
洗練された素早い動きで陣形を変える。
親方
「オイオイオイ!待てってこのヤロー!
中でまだ作業してんだ!!
無理やり通りやがるつもりかぁ!!!」
親方は静止しようとユルグの肩を掴んだ。
《シャン!!》
するとユルグは振り返きざまに剣を抜き、
親方の首筋寸前で止める。
ユルグ
「では聞くが、
何故中から岩を砕く音も人の声もしない?
下手な嘘でエルフの耳を欺けるとでも?」
親方
「な、何を言いやがる・・・」
ユルグの発言が理解できず、
親方は喋るのを止めて耳を澄ましてみた。
・・・・・・・・・
ユルグの言葉の意味を理解する。
外にまで響いていた作業音が、
いつの間にか途絶えていたのだ。
親方
「ちょっと待て、オーーイィ!!
お前らぁーーー!!
どうしたんだぁーー!!!!」
・・・・・・・・・・・・
親方の声だけが反響するが、
数秒で洞窟内は静まり返える。
ーーーーーーーーーーーーーー
闇の中で転がる息絶えた亡骸達。
大小の青い水玉が洞窟中の壁や天井、
地面を這って人形像の元へ集い、
その隙間から像の中へと入っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
親方
「どうなってやがる・・・
返事をしやがれぇーー!!」
ユルグ
「・・・・・・・・・」
パッ
ユルグは手振りで、兵士に警戒を指示する。
親方
「ちょっと待ってろ!!俺が様子を見に・・・!?」
踏み出した足を止める親方。
今いる場所から遠くに覗く
洞窟の松明の明かりが、
ファ ファ ファ ファ っと
奥から順に消えてゆき、
今はただ闇へと続く大穴になっていた。
ユルグ
「・・・禍々しい殺意を感じる。弓!構え!」
冷静に命令を下すユルグ。
エルフの戦士は縦列から、洞窟の入り口を
囲むように広がり、背中に背負った弓を
一斉に洞窟に向けて構える。
親方
「ちょっおい!?中には人がいるんぞ!!」
親方はユルグの腕に掴みかかる。
ユルグ
「・・・生き物の息づかいは一切聞こえぬ。
唯一、洞窟の中で響き渡るのは...」
《キキキッ・・・ギギ》
一同「!?」
ユルグ
「硬く冷たい金属の音だ」
《キィーッ、ギギギィィィー》
洞窟の奥から、耳障りな鈍い金属の
擦れる音が響いてくる。
ユルグ
「弓引けぇー!!」
ググッ!
ユルグ
「放てぇぇー!!」
《シュン!》
《シュン!》
《シュン!》
放たれた矢は全て洞窟の中の闇へと
入っていった。だがーーーーーー
・・・・・・・・・・・
《カーン!カンッ!カンッ!キーン!!》
金属に当たる矢の音が木霊する。
手応えはなさそうだ。
ユルグ
「テェェー!!」
《シュン!》
《シュン!》
《シュン!》
2列目の隊が前列と入れ替わり、
再び闇に潜む敵に向かって弓を放つ。
《ジュポ!ポチャ!ボチャ!》
今度は得体の知れない不気味な音が聞こえた。
相変わらず手応えは皆無。
ユルグ
「・・・剣を抜け!」
《シャン!シャン!!シャン!
シャン!!シャン!シャン!!》
勢いよく鞘から剣を引き抜く音が響き合う。
親方
「オイ、俺にも剣よこせ!」
隣りのエルフの戦士の腰から、
親方は剣を拝借する。
ユルグ
「来い」
ヌァアア
15m先の洞窟の暗闇から、
微かな月明かりの届く場所に
全身をくすんだ鋼鉄の装甲で包まれた
不気味な仮面の顔を持つ魔物が現れる。
その群青色の両腕には
痛々しい棘を備えた鉄球をぶら下げ、
脚元はスカートで覆われて見えない。
全身を重装甲に包まれているにも関わらず、
一定の速さで滑るように迫ってくるその姿は、
人でもなく獣の類でもない事を物語っていた。
親方
「なんだありゃ・・・・・・」
エルフの兵も思わず唾を呑む。
戦士長のユルグは相手の出方を伺うが、
魔物の装甲上部の隙間から
赤い光が点滅した瞬間ーーーーー
《プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!》
エルフ兵「ガァ!!」
エルフ兵「グゥッ!!」
エルフ兵「ヌアァ!!」
エルフ兵「ハァァ!!」
何かが小さく破裂したような音と共に、
十数人のエルフ兵が倒れる。
親方は何が起きたのか分からず動揺しているが、
ユルグは真っ直ぐに敵を見つめている。
彼の目は見逃さなかったのだ。
魔物の仮面の両脇にある4つの穴から、
何かが連続で射出されたのを。
ユルグ
「シールドゥ!!!」
《ザッザッ!!!》
即座に指示し、縦を持った兵が前面に展開する。
《ジャラジャラ!》
魔物は両腕の鉄球の鎖を伸ばし、
それを振り回す。
《ブォッン!ブォッン!ブォッン!!》
鋭いトゲが空を切る。
遠心力で更に勢いを付けた鉄球は、
左右からエルフの軍勢目掛けて飛びかかる。
《デュン!!!》
ユルグ
「伏せろ!」
親方
「のわああ!!」
鎖は魔物の腕から伸び続け、
まず左の鉄球が十数m先の盾を持った
兵達の脇へ迫り、
《ドガガガガッ!!!》
盾ごと兵士を薙ぎ払った。
「「ウグアアアアーーー!!」」
盾ごと兵士が突き飛ばされたのもつかの間、
地面に伏せていた2人の頭上を鎖が瞬時に横切る。
《デュン!!》
《ドガガガガガガガガガガ!!!》
「「ワアアアアアーーー!!」」
もうひとつの鉄球が前列の兵士を薙ぎ払うと、
魔物は群青色の指のない腕の中に鎖を取り込み、
役目を終えた得物をズルズルと引きずって
回収していた。
ユルグ
「固まるな!!今の内に散らばって
鎧の隙間や穴を狙えぇ!!」
エルフ兵達は陣を解いて散開すると、
弓に持ちかえて次々と矢を放つが、
《プスッ!ブス!ブスッ!!》
彼らの放つ矢は正確に鎧の穴に命中して
中に突き刺さるものの、その矢はゆっくりと
鎧の中に消えていった。
ユルグ
「おぞましい魔物め・・・
魔術師隊!詠唱を開始!」
ユルグの命令を受け、
後方にいたローブを纏ったエルフの魔術師数人が、
呪文を唱え始める。
親方
「魔法使いがいるならさっさと使えよ!!」
ユルグ
「敵が奴だけとは限らん。
迂闊に魔力を消費させる訳にはいか....」
《《ドドドドドドドドド!!!!》》
親方
「今度は何だぁ!!」
うろたえる兵士達。
地面が揺れ、轟音が足から伝わってくる。
エルフ兵
「ユルグ様!洞窟の方から!!」
ユルグ
「!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
《ガチャン!!》
アクト
「僕は間違った事は言ってないじゃないかぁ!
・・・なのにフォロアはぁ・・・」
□一方その頃、オラコールの酒場では、
コップをテーブルに叩き置き、
顔をほんのり赤しながら文句を言うアクトがいた。
隣りでは更に赤い顔のバーグが頷きながら
彼の愚痴を聞いていた。
バーグ
「ヒック!・・・だからよぉ、
お前は気にせず、言いたい事をだなぁ...」
アクト
「!?」
会話の途中で、
アクトはいきなりイスから立ち上がる。
バーグ
「あ?・・・どうしたんだよアクト?」
アクト
「今揺れなかった?」
バーグ
「地震か?・・・いや、全然感じねぇけど。
お前も酔っ払ったんじゃねぇのか?」
アクト
「僕はそんなに飲んでないよ・・・多分」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
《ダーンッ!ダーンッ!
ダッダッダッダッダダダダダダダ!!!!》
低く重い太鼓の音。
それは音楽を奏でる為のものではなく、
ただ乱暴に、激しく、自分達の存在を示す。
地の底から這い上がってくるかの如く、
その音は次第に大きくなっていく。
親方
「また新手のバケモンかぁ!?」
エルフ兵
「戦士長!洞窟内から!」
真っ暗だった洞窟の奥に明かりが灯る。
同時に、無数の足音がザッザッと聞こえてくる。
ユルグ
「・・・やはり地獄の底から蘇っていたか!!
醜く穢らわしい化け物共めェェェ!!
洞窟へ弓を放てぇ!!」
エルフのユルグが初めて怒りのこもった声で叫ぶ。
《シュン!シュン! シュン!》
大量の矢が性懲りも無く洞窟目掛けて放たれた。
だが魔物は鉄球を手元に戻すと、
洞窟の入り口を守るように目の前で
輪を描く様に高速回転させる。
《ヒュンッヒュンッヒュン!!》
鉄球と鎖の盾に弾かれ、矢は木片となって
虚しく地面に落ちていく。
そしてその後ろからは....
野獣のごとき咆哮や雄叫びが洞窟から発せられる。
ユルグ
「備えよ!!」
《グオオオォ!!》
《ヒィヤァー!!》
《キィーッキィーッ》
そして遂に、
その軍勢は姿を現した。
洞窟から血のように赤い旗を持った
緑色の肌のオークを先頭に、
禍々しく不揃いな格好の魔族の兵士が
ぞろぞろと湧き出て来る。
先陣を切るオークは旗を掲げ、
鋭い歯を剥き出しにして大きく口を開く。
オーク
「アイアンッ!サンッ....」
《シュン!》
オーク
「グゥボオァァ!?」
しかし、何かを叫び終わる前に
オークは額を射抜かれて倒れる。
魔族達は立ち止まり、同族の死体から
矢の放たれた方へと視線を上げる。
ユルグ
「エルフの目と、弓の腕を舐めるなよ」
ユルグは高速で回転する鉄球と鎖の
隙を見極めて矢を飛ばし、
見事に敵へと命中させたのだ。
だが、そんな神業の事よりも、
同胞を殺された怒りから
魔族達は目や牙を、敵意を剥き出し、
《グオオオオオオ!!》
《キシャァァァ!!》
進撃を再開する。
鋼鉄の魔物が鉄球を収めると、
軍勢は魔物を囲むように次々と横切り、
エルフ達に襲い掛かる。
ユルグ
「行けェーー!!!」
エルフ族の洗練された剣と、
魔族の荒く研がれた刃がぶつかり合う。
冷たく静まる夜の辺境地で、
新たな時代の戦いの火蓋がエルフ族と魔族に
よって切られたとは、この時はまだ誰も
知らなかった。




